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270. 大きくなったチビフルール女王
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──この話を受けるのか?
(お兄様……)
そう私に聞いたお兄様が真剣な表情で私を見つめています。
なるほど……
お兄様がそんな顔をするなんて……
(お兄様は“女王フルール”が見たいのですわね!?)
きっと、昔……チビフルール女王の下僕として私をお世話したことが癖になっているに違いありません!
そう理解した私は、当時の五歳児だったチビフルール女王がしていたように、ソファに偉そうにふんぞり返る。
「……フ、フルール? お前、どうした?」
お兄様は真剣な表情のまま目を大きく見開いて私を凝視する。
私はふふっと笑う。
そして───
「ジュース!」
「……え」
真剣な表情だったお兄様の顔が崩れて、ポカンとした顔で私を見た。
そして他の皆も、なにごと? そんな顔をしていますわね。
フッフッフッ……
何を隠そう! 今の私は、大きくなったチビフルール女王ですわ!!
(さあ、お兄様!)
チビフルール女王の下僕として過ごした楽しかったあの日々を思い出してくださいませ!
「ジュース!!」
「……え? ま、また? フルール、喉が乾いたのか………?」
「おやつ!」
「お、お腹も空いたのか? うん、フルールだしな…………それよりだ、フルール」
(うーん、お兄様にしては察しが悪いようですわね?)
私は顔をしかめる。
そして大きく息を吸い込んだ。
やはり、この言葉を言わなくてはいけないようね!!
(チビフルール女王の口癖!)
「今日の分のジュースとおやつはどうしたの! 遅いですわ!」
「…………え!? フルール!? そ、それ。その言葉……は」
お兄様が目をパチバチさせています。
どうやら、この言葉でようやくお兄様は気付いたようですわ!
私はふふんっと得意気に笑う。
「フルール……お前、まさか……」
お兄様の声が震えていますわ。
これは、懐かしさに心が震えて歓喜しているからに違いありません。
(そうですわ! 懐かしいですわよね……お兄様!)
きゅるるぅぅ……
ああ、何だか本当に喉も乾いてお腹まで空いてきましたわね……
いっそのこと本当にジュースとおやつを運んで来てくれないかしら?
なんて図々しいことを考えていたら、目の前のお兄様がプルプル震えていた。
「……フ」
「フ?」
「フルーーーール! お前ってやつはーーーー!!」
あら? なぜか怒られてしまいましたわ?
(はっ! これは……ま、まさか!)
どうやら、大きくなったチビフルール女王は、下僕にクーデターを起こされてしまったらしい。
─────
「……全く、あの俺の質問からどんな思考の旅に出たら、チビフルール女王の再現ごっこに結びつくんだ!」
「お兄様……」
「俺はこの上ない程の直球をフルールのど真ん中に投げたんだぞ?」
「お兄様……」
お兄様が(何故か本当に運ばれて来た)ジュースをグビッと一気飲みしながら、怒っていますわ。
「無理だ……俺にはあれ以上の直球は投げられない!!」
「落ち着いて、アンベール!!」
オリアンヌお姉様がお兄様の背中をさする。
お兄様は頭を抱えて唸り続ける。
「変化球を投げればそのまま素直に受け取り……直球を投げても変化球にしてしまうとは…………なぜなんだーー!」
「思い出すのよ、アンベール! それがフルール様なのだとあなたはいつも言っていたわ!?」
「うっ、くっ……オリアンヌ……!」
オリアンヌお姉様が必死にお兄様を慰めていますわ。
そんな二人を私もグビッとジュースを一気飲みしながら微笑ましく見つめる。
コップをテーブルに戻すと私は隣のリシャール様に笑顔で声をかけた。
「……旦那様、お兄様たちとっても仲良しですわ」
「え? あ、そこでその感想!?」
私に話を振られたリシャール様が目をまん丸にして私を見た。
そしてすぐにフッと優しく笑う。
「もし、本当にこの先、“フルール女王”が誕生するなら、完璧な通訳者が必要になるなぁ……」
「通訳者?」
私が首を傾げるとリシャール様はますます笑みを深めて言った。
「──そう。だってフルールはこの話、受けるつもりなんだろう?」
「まあ!」
ちょっと驚いてリシャール様の顔をじっと見返すとリシャール様は声を立てて笑った。
「それは、まだ何も言っていないのに、何で分かるの? って顔かな?」
「まあ!」
凄いですわ!
リシャール様が完璧に私の気持ちを口にしています!
すると、リシャール様が手を伸ばして優しく私の頬を撫でる。
そして、国宝スマイル……
美し過ぎますわ!!
「フルール。こう見えても俺は君の“夫”だよ?」
「旦那様……」
「……とは言っても、フルールのことだから、そのまま素直にすんなり話を受けるわけではないだろうと僕は思っているけどね」
「!」
リシャール様はにっこり笑ってそう言った。
「色々と条件は付けるつもり、だよね?」
「ふふ……話を受けても私までは順番が回って来ないと思ってはいますのよ。ですが……」
万が一ということはあるから。
だから“後継者”がいないと、王弟殿下は即位しても落ち着かない日々が続いてしまう。
それではきっと公務に集中出来ない。
そして、その余波は幻の令息や、ナタナエル様にまで及ぶかもしれません。
そんなのは困りますの。
(それならば……)
「──もし、私がこの話を引き受けると……」
「うん」
「このままの私ではダメですから、王族の教育を受けることになりますわ」
「うん、そうなるね」
相槌を打つリシャール様に向かって私はフフフフフと不敵に笑う。
「それって“最強”ですのよ……」
「フルール?」
「女王教育を受けることで、私はもっともっともっともっと最強になれますわ!」
「……」
「結果として私が女王にならなかったとしても、いつもどんな時も更なる高みを目指しているこの私にとっては何一つ無駄になんてなりませんのよ!!」
私はホーホッホッホッと高笑いをする。
「──つまり、私の野望のためにも……王政制度が無くなる前に私の方がこの国の王族を利用してやるのですわーーーー!」
私が胸を張ってそう言うとリシャール様がクスッと笑う。
「王弟殿下がフルールを選んだのはそういう所なんだろうなぁ」
「え?」
「体調の問題が引っかかるとはいえ、あんなにフワフワしているレアンドル殿だって周りのサポートを手厚くして、やらせようと思えば出来るはずなんだよ」
「……」
「王族教育に関して真っ白という点や、性格が天然という点でもフルールとレアンドル殿は同じだからね。体力は圧倒的にフルールの勝利だけど。でも……」
(天然……?)
気になる言葉はあったものの、その先は言われなくても分かった。
王弟殿下は自分の子どもより敢えて私を選んだ……つまり私の可能性に賭けた! ですわ。
(吸引力? とか、悪い人たちが自滅する? とかはよく分かりませんけれど)
「よし。ならこの後、正式に話が来たら色々とたっぷり交渉するとしようか」
「旦那様……」
「それにフルールのことだから、王弟殿下に簡単に退位することは認めません! とかも言うつもりなんだろう?」
「……!」
図星だった私はリシャール様の言葉にニンマリ笑う。
すると、お母様がお腹を抱えて笑いだした。
「ポンコツはやっぱりポンコツね~。フルールを指名しなければ早く辞められたかもしれないのに。逆に逃げられなくなって辞めづらくなっているじゃないの!」
「お母様……」
お母様は本当に王弟殿下が苦しむのを楽しそうにしていますわね。
「ふふふ、それならフルール。あのポンコツに、一生懸命隠してるいつもりのあなたの昔からの“夢”は老後に叶うといいわね、と伝えておいてちょうだい」
「夢……?」
「そうよ? 昔っから必死に隠しているつもりだけど、あの人にはバレバレの夢があるのよ」
(隠している……つもり?)
私はハッとする。
そして叫んだ。
「そ、それですわーー!」
「え、なにごと? フルール」
はて? と首を傾げるお母様。
私は興奮が隠せない。
「───王弟殿下の“秘密”ですわ!!」
「え?」
私はお母様にグイグイと迫る。
「フルール! 近っ……近いわ!」
「お母様! それはどんな夢ですの? この先、正式に打診があった際の脅し……交渉に使うのでこっそり教えて下さいませ!!」
「フ、フルール……脅しって言っちゃってるよ……」
リシャール様が私の横で肩を震わせながら必死に笑いを堪えていた。
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