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269. 兄、苦悩する (アンベール視点)

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❇❇❇❇❇


 フルールがいつも通りに過ごしているだけで、後ろめたいことがある奴は自ら勝手に潰れていく───母上の言葉はその通りだし、それは最高だな……と思いつつも、内心俺は驚きを隠せない。

(えぇぇぇ!?)

 フルールが……フルールが王弟殿下の次の後継者になる!?
 リシャール様が王になって……その王妃ではなく、フルールが女王になる可能性がある……ということだろう!?

(公爵夫人になっただけでも驚きだったのに……)

 俺の妹はいったいどこを走っているんだ?
 そんな気持ちにさせられた。

 君主制の廃止は意見が分かれて難航していることは知っている。
 そこに、王族クラッシャーフルールを混ぜ込んだら、一気に話が進みそうな気はする。
 そうなれば、フルール女王は幻に終わるだろうが……

(だが、そのことは抜きにしても王弟殿下がフルールに期待したくなる気持ち……分からなくはない)

 フルールは型破りだから、目を離すと何をするか分からない。
 あの笑顔とパワーで何処までも無自覚のまま突き進む。
 そして、突き進んだその結果はなぜか“悪く”はならない。
 ダメージを受けるのは根っからの悪人、もしくは反省と後悔が遅れた者たちだから……
 そして何より───

(吸引力……か)

 王弟殿下のその言い方は最もで。
 だから、ハラハラしつつも俺もちょっと見てみたい気もする。

 ───女王フルール。

 フルール自身は王族としての教育はさっぱりだ。
 だが、俺の知っている限り、フルールの周りには自然と人が集まってくる。
 それも、なんか凄いのが。
 これもフルールの才能の一つなのだろう。
 特に、王族の伴侶としての教育を長年受けて来た、リシャール様やオリアンヌを拾ったあたり……

 ───いえ、ちょっとこの方をこのまま放っておくのは、よろしくないと思いまして。邸に連れ帰って手当をすべきと思ったのです

(リシャール様を拾ったあの時から、こうなる未来だったのかもしれないな)

 だが……

『きょうのぶんのジュースとおやつはどうしたの!  おそいですわ!』
『はい!  た、ただいま……も、もうしわけございません』

 俺の脳裏にかつてのチビフルールの女王様ごっこ遊びの記憶が甦る。
 兄である俺を下僕にしたアレが……
 フルールはいったいどこの何の“女王様”を真似しようと思ったのか……
 チビフルール女王は偉そうにふんぞり返って、とにかく下僕にせっせと貢がせた。

(まさかとは思うが……)

 いくらなんでも、さすがにフルールの脳内の“女王様”は未だにこのイメージではない……よな?
 そう思いたい。

「……」

 俺はフルールに視線を向ける。
 フルールは珍しく真剣な顔で悩んでいた。

(そうだよな……さすがのフルールだってこの話には悩むよな)

 俺が内心で大きく頷いていたら、フルールが顔を上げてボソッと言った。

「ですが、困りますわ……」

 その言葉に部屋の中にいた全員がえっ?  という顔になる。
 フルールが“困る”だと!?
 ならない可能性も勿論あるが、未来の女王になるかもしれないという立場は、さすがの“最強”好きなフルールにとっても重かっ……

「チビフルール女王はジュースを貢がせれば良かったですけれど、本物の女王は毎回、ジュースというわけにはいきませんわよね?」

(…………ん?)

 フルールの発言に俺たちは顔を見合わせる。
 今、フルールはなんて言った?  ジュース?

「……えっと、フルール?  それは何の話?」

 いち早くフルールの発言に反応したのはフルールの夫、リシャール様。
 さすがだ!  
 結婚してからも、フルールに振り回され振り回され振り回されすっかり慣れたに違いない。

 そんなフルール。
 リシャール様の問いかけに大真面目な顔で答える。

「だって……大人の女王ともなれば付き合いにお酒は欠かせませんでしょう?」
「え?  お酒?」
「そうですわ。女王フルールがお酒を飲んだら───フルール祭りが始まってしまいますわ!!」

 女王フルール追いかけっこ祭り……を王宮で開催します?
 フルールは大真面目な顔でそう口にした。

(そこか……そこなのか……!)

 え?  フルールの悩みどころはそこなのかーーーー!!
 俺は頭を抱えた。

「えっと……フルール?  君が心配するのは……そこ?」

 ほら見ろ!
 リシャール様も俺と同じ気持ちだぞ、フルール!

 すると、フルールは大きく胸を張って主張した。
 このポーズ好きだよな……

「ええ。だって……今、私に足りない教育やマナー等は今後の私のやる気次第ですから、これからのお勉強でどうとでも出来ますわ!  ですが!  この体質までは変えられませんもの!!」
「う、うん。まあ、体質は……難しい、ね」
「そうでしょう?」

 うんうんと大きく首を縦にふり、フルールは勢い付く。

(なあ、フルール……)

 これは“外交”の意味で言っているんだよな?
 あのごっこ遊びの時の貢がれている“女王”のイメージで言っているのでは無い……よな?
 大丈夫だ。フルールも大人になっ……

「……でも、美味しい料理は楽しみですわ!」

(フルールーー!?)

 俺は驚愕した。
 やはり、フルールの脳内イメージは、偉そうにふんぞり返ってジュースとおやつを貢がれていた頃から成長していないのか!?
 五歳……五歳並の女王候補……!?

「あー……うん、確かに王宮の料理人は我が家の料理人より腕が良いだろうね」
「公爵家の料理人も素晴らしいですわ!!」
「ありがとう。それを我が家の料理人たちが聞いたら、ただでさえフルールは沢山食べてくれる!  と嬉しそうにしているから、更に喜ぶよ」
「まあ!  ふふふ。では今夜は七杯目のお代わりに挑戦ですわ!」

(おい!)

 のほほん夫婦の話が脱線していく。
 リシャール様はまだフルールには敵わないようだ。

 あと、七杯は食いすぎだろ!!  実家にいた頃より増えているじゃないか!
 仕方がない───長年、暴走フルールと付き合って来た兄として、ここは俺が話を戻さねば!

「フ、フルール!」
「お兄様?」

 フルールがきょとんとした顔で振り向く。

「この一連の話で、お酒の問題以外に気になっていることは無いのか!?」
「え……?」

 もっとあるだろ?
 王族の教育を全く受けていない私で周りは何か言ってこないかな?  とか!

「そうですわね……」

 フルールが真剣な顔で考え込む。
 そして、あっ!  と声を上げて手を叩いた。
 やはり、あるのか!
 俺は姿勢を正す。

「王弟殿下の秘密が気になりますわ!」
「……は?」

 なーんーのーはーなーしーだぁぁ!?

「言うか言わないか迷っていたのですが……実は私、王弟殿下に“あなたの秘密を知っています”と言って脅しましたの」 
「あら、フルール!  それは面白そうなことやったじゃない!」

 母上の目が輝く。
 何で母上はそんなにも王弟殿下を落としたがるのか……

「どうやら秘密はあったようなのですが、その“秘密”が私の思っていたものとは違ったようで」
「あら……」
「それで思ったのです!  もしかしたらその“秘密”こそが王弟殿下が私を後継者に指名した理由かもしれませんわ!!」
「秘密……ねぇ」

 母上が腕を組みながらうーんと唸る。

「五歳の時に怖い夢を見て泣きながらおねしょしてしまって隠蔽しようとしたとか、ずっと住んでいたはずの王宮内で迷子になっていたくせにそれを認めようとしないとか、そそっかしいからいつもどこかですっ転んで怪我しているとか、色ボケ王子の婚約者だった現在の妻に実はずっと懸想していたとか……」

 母上がペラペラと王弟殿下のことを語る。

「どれも大した秘密ではないわよねぇ、旦那様」
「そうだな。昔、ブランシュが嫌がらせで嬉々として殿下の噂話を広めたから、どれもわりと知られている話だな」

 父上がウンウンと頷く。

(待て待て待てーー!?)

「噂話で陥れてやるつもりだったのに、おねしょの件も迷子の件も可愛いで済まされ、怪我の件は必要以上に心配され、恋心の件はなんて一途……と無駄に好感度が上がっちゃったの……未だに理解出来ないわ……」

 母上が苦々しい表情で吐き捨てた。
 その話をフルールは「お母様!  情報が凄いですわ~!」とキラキラした目で聞いている。

(我が母親ながらえげつない……)

 いつ暴いたのか知らないが、最後の恋心とか恥ずかしすぎだろ。
 そんな目で母上を見ていたら、

「王族相手にそこまで……?  やはり、お義母様の逞しさは素敵……!」

 と、俺の隣で愛しのオリアンヌも母上を見ながらうっとりしていた。
 何故だ!?  
 うっとりする要素あったか!?

(くっ……ダメだ……脱線しまくりだ)

 やはりフルールに変化球は効かない。
 そのまま変な方向に話が変わってしまう。
 直球で行くべきだった……

(母上によってプライベートがほぼ丸裸にされていそうな中での王弟殿下の秘密……というのが何かは俺も気にはなるが……)

「フルール!」

 俺は顔を上げるとフルールに言った。

「それで結局、お前はこの話を受けるのか!?」
「え?」

 フルールはきょとんとした顔で俺を見返した。

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