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268. 初耳ですわ!?

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(……んん?)

 私は愛する夫、リシャール様の発した言葉を聞いて首を傾げた。

(聞き間違えたかしら?)

 だって王弟殿下がリシャール様と私を後継にしたい。
 私に王族の血が少し流れているから……

 そう聞こえましたわ。王族の血?  そんなの初耳ですわ!
 なんの話ですの??
 やはり、聞き間違い、もしくは王弟殿下がとち狂った……のどちらかに違いありません───……

「はぁぁぁぁ……つまり?  あのポンコツは自分だけさっさと逃げるつもりなのね?」

 お母様が深いため息と共にそう嘆く。
 怒っているのか、お母様の顔が怖いですわ……
 そしてやっぱりおかしいです。
 なぜ、“王族の血が”という部分をお母様も他の皆も驚かないうえ、否定もしないんですの?

 ……しかし、私が内心でアワアワしている間も話は進んでいく。

「子どもがいないならともかく、息子や娘がいるでしょうに……」
「それについては僕も進言したのですが」

 リシャール様は困ったように笑う。

(そうですわ!  ナタナエル様は継がないと言うと思いますが、王弟殿下には幻の令息やメリザンド様がいますわ!)

「即位の話が正式に決まった後、レアンドル殿とはすでに話がしてあったようです」
「あら?  そうなの?  やっぱり継がないのは体調が原因かしら?」 
「いいえ、どうも体調云々は関係がなく、レアンドル殿……彼は“全く興味がない”そうで……」
「興味がない?」

 お母様の眉がピクリと動きました。
 これはお母様が興味を持った証拠ですわ!

「そんな人もいるのね?」
「……レアンドル殿は“もしそうなった場合、万が一国を潰しちゃったとしても怒らない……?”と王弟殿下に大真面目に聞いたそうです」
「あら……子息はこの国を潰す気満々なの?」

 お母様だけが嬉しそうに微笑み、お父様やお兄様、オリアンヌお姉様の顔は引き攣っています。

「王弟殿下がさすがにそれは全国民が路頭に迷うから困る。ダメだと言ったところ……それなら、無理、そもそも興味がないんだよね……と笑って答えたんだそうです」
「会ったことないけど……なんかフワフワした息子なのね」

 お母様の感想にリシャール様は苦笑した。

「そういうこともあり、殿下は留学中の娘を呼び戻したそうですが……」
「ああ、フルールの大事な国宝あなたを盗もうとした国宝泥棒の小芝居が下手くそな小娘ね?  あれにも無理でしょう?」

(まあ!)

 お母様ったら、リシャールの話を最後まで聞かずにあっさり却下しましたわ!

「……彼女は帰国後に色々と騒ぎを起こしたので、留学先に戻るか、この国で今すぐ結婚相手を探して嫁入りするか……のどちらかにするしかないと」
「そう……でも最近、あの小娘には幽霊令嬢という呼び名がついているのでしょう?  いくら公爵令嬢でもこの国でのお相手探しは大変なんじゃないかしら」

 どうやら国宝泥棒を企んだしっぺ返しがこんな形で起こっているようですわ!

「それで王弟殿下は後継問題に悩んだそうで……君主制の廃止に向かっているとはいえ、実現はまだ先。だから、即位後、自分の後継は決めておかないといけない……」
「本当に王族ってのは面倒よねぇ……」

 お母様はやれやれと肩を竦めた。

「だから、私はあの色ボケ王子が王太子のままで、王に即位するのは嫌だったのよ」
「ブランシュ……」

 お父様が窘めるとお母様は息を吐いた。

「だって、色ボケだったのよ?  実際あなただって───」
「分かってる。分かっているから、な?  全部、昔の話だろう?」
「っっ!  ───もう!  あなたのそんな所も好き!」
「……ブランシュ」
「え!?  コホッ、続けていいですかね?  ……えっと……それで今日、フルールを見ていて殿下は思ったそうです」

 なぜか突然、お父様への愛を口にしたお母様に戸惑いながらも、リシャール様はおそるおそる話を続けます。

「フルールを見て?」

 お父様とのイチャイチャを終えたお母様がチラッと私を見ます。

「フルールのこの周囲を巻き込みながらも、最後はなんだかんだ幸せにする吸引力に託してみたい……と」
「吸引力!」

 吸引力という言葉にお母様が吹き出した。
 お父様たちもなぜか口元を押さえて肩を震わせていますわ。

「ふふ、ふふふ、確かにフルールの吸引力は凄いわよね。あと、悪人を見極めて潰す力もかしら?」

 リシャール様は静かに頷く。
 いまいち話が見えませんわ。悪人ってなんですの?

「そして、なんとフルールの夫である僕は、長いこと王家で教育を受けて来た身……」
「なるほど───ポンコツがこれだ!  と目を輝かせた瞬間が目に浮かぶわ」
「そして、残る最後の問題は“王家の血筋”です」

 ここで、リシャール様とお母様が頷き合う。

「そうね。どんなにフルールに吸引力があって身分が高かろうとも、王家の血が全く入ってないと国民は納得しないでしょうからね」
「そこで、王弟殿下は思い出したそうです。フルールは義母上の娘……つまり、タンヴィエ侯爵家の血筋だ、と」
「ポンコツのくせに……」

 お母様が悔しそうに唇を噛む。
 つまり、お母様の実家であるタンヴィエ侯爵家は王家の血が……?

「義母上……タンヴィエ侯爵家は王家の傍流であっていますか?」
「そうよ。少し遡れば今の王家の直系の姫が降嫁しているのよ……だから───」
「は、初耳ですわーーーー!」

 耐えられなくなった私が叫ぶ。

「フルール……」
「初耳?  何を言っているの?  フルール」

 心配そうに私を見るリシャール様と呆れ顔のお母様。
 お母様のその呆れ顔はなんですの?

「何って……タンヴィエ侯爵家が王家と関わりがあったなんて話、初耳ですわ!!」

 私がそう訴えるとお母様が首を傾げた。

「は?  やだ、フルール。何を言っているの?  昔、説明したでしょう?」
「説明……した?」
「そうよ!  フルール、小さかったあなた……チビフルールがアンベールを下僕にして女王様ごっこを始めた時に!」
「え?」

 私は目をパチパチと瞬かせる。
 あの時?  私はいったいいつ説明を受けたんですの?
 懸命に記憶を探るも思い出せない。

「あら?  もしかして、フルールったら忘れちゃったの?」

 お母様はクスクス笑いながら説明を始めた。

「ほら、チビフルールが『おかーさま!  わたし、じょうおうさまになりますわ!!』と言った時よ」
「ええ。その発言は覚えていますわ」

 むしろ、思い出したばかりですわよ?

「そうよ。フルール女王はアンベールを下僕にして、ジュースとおやつをたくさん貢がせていた胸焼けのする光景の……あれよ!!」
「とっても美味しかったですわ!」

 私はどーんと胸を張る。

「…………俺は思い出すと泣きたくなるよ、フルール」
「アンベール……あなた下僕だったの……?」
「ああ……フルール女王は下僕をご所望だったんだ……俺はジュースとおやつを貢いで貢いで貢ぎまくったさ」
「そんなに?」
「ああ……フルールだからな」

 すかさず横から荒んだ声でそう言ったお兄様は、オリアンヌお姉様に慰められていた。

「あの時、私は言ったでしょう?  色ボケ王子を蹴落として頂点に立ったら?  と」
「ええ、言っていましたわ」

 なれるの?  そう興奮した私に……
 ────ふふふ、なれるわよ?  ただし色ボケ王子とかぼんくら王子とか引きこもり王女とか……王位継承者の皆を蹴落とす必要があるけどね

 お母様はそう言った。

(あら?)

「……もしかして、お母様」
「なにかしら?」

 お母様がニンマリ微笑む。

「あの時、色ボケ王子……たち王位継承者を蹴落とせばなれると私に言ったのは……」
「ふふ、例えではなく事実よ?  私の実家には多少王家の血が入っているから、直系を蹴落とせばフルール女王も可能になる、そうあなたに説明したのよ」
「……な、」

 なんということですのーー!?

「まさか、本当にフルールが色ボケ王子とその子供たちを蹴落とすとは思わなかったけれど!」

 お母様は嬉しそうにホホホと笑った。

「そうして、まさか本当の本当にその座が回って来ようとしているなんて……面白いわねぇ?」

 私は王族としての教育を全く受けていませんわ。
 けれど、夫のリシャール様は……
 だけど私はそこでハッと気づいた。

「あ!  いえ、それならアンベールお兄様とオリアンヌお姉様でも成り立ちますわよね?」

 お兄様だってタンヴィエ侯爵家の血筋で、妻のオリアンヌお姉様もリシャール様と同じで、王家で教育を受けて来た方───
 そう主張しようとしたけれど、お母様はやれやれと肩を竦めた。

「フルールったらなにを言っているの?  血筋だけならもっと今の王家に近い人は他にもいるわよ?  だとしても、ポンコツはフルールがいいと指名したんでしょう?」
「お母様……」

 お母様はにこっと笑って私の肩をポンッと叩く。

「大丈夫よ、フルールの目指す“最強の公爵夫人”とやらが“最強の女王”になるだけ。大して変わらないわ」
「最強の女王……」

 私の胸が震える。
 とんでもなく強そうな響きですわ……!

「フルールの謎の嗅覚と不思議な手と野生の勘で王宮内に蔓延る悪人はどんどん潰しちゃえばいいのよ!」
「え……」

 さすがにそこまでのことが私に出来るのかしら?  
 そう思っていたらお母様が鼻で笑う。

「大丈夫。フルールはいつも通りに過ごしているだけで、後ろめたいことがある奴は勝手に自ら潰れていくわよ」

 なぜかその場にいた人たちから“さすがにそんなことはない”という反対意見が出なかった。
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