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267. 頼まれごと
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フルールが可愛い笑顔を見せてくる。
(……くっ! 小悪魔フルールが可愛い……!)
この、にこっ……が誤魔化すための笑顔だと分かっていても、その可愛いさについついデレッとしてしまいそうになる。
フルールは、他の女性のことは美しいとか綺麗とか高貴な香りがするとかよく口にするけれど、なぜか自分の容姿には無頓着なので僕の気持ちなど欠片も分かっていないのだろう。
(これでは、フルールじゃなくて……僕の方がチョロールだよ……!)
にこっと笑う顔もエヘヘと笑う顔も得意そうに胸を張っている時の笑顔も……
本当にフルールは全部が可愛い。
────君はそうやって一見、はちゃめちゃな言動や行動を起こして周りを巻き込みながらも、最後は皆を幸せへと導いていくというとんでもない才能があるのだろうな
王弟殿下はフルールのことをそう言っていた。
(その通りなんだよなぁ……)
“悪役”として捨てられた僕やオリアンヌ嬢は間違いなく、フルールと出会って(拾われたとも言う)間違いなく救われた。
そして今、とても幸せだ。
隣国の王太子夫妻や弟と辺境伯令嬢……彼らもフルールと関わって幸せになった人たち。
大親友の伯爵令嬢はフルールの知らない間に婚約していたようだけれど、そこに至るまでにフルールが無関係だったとは思えない。
そもそも、二人の再会のきっかけを作ったのはフルールだ。
そして、今度は王弟殿下の家族問題まで───
(元婚約者や元国王一家、隣国の魔性の女辺りはなかなか改心しなかったから潰されたのかな?)
フルールに救われた者、潰されそうになったけど何とか踏みとどまれた者、潰された者……
辿った運命は皆バラバラだ。
(そうやって、真っ直ぐでどんな時も明るい君だから────……)
僕は王弟殿下からの“頼みごと”を思い出して、こっそりため息を吐く。
この話をしたらフルールはどんな反応をするだろう?
フルールは最近、要素が増えて歌って踊れる最強に魅力的で出来る女の公爵夫人……を目指すのだと言っていた。
その目指す道が変わってしまうかも……
(……女王フルールのごっこ遊び、か)
やんちゃなチビフルールによる、ジュースやおやつ持ってこいの命令はさぞかし可愛かったことだろう。
アンベール殿じゃなくても下僕になってしまいそうだ。
しかし、このタイミングでそんな思い出話が出たのは偶然なのか──……?
────フルール……もう、いっそのこと王弟殿下を引きずり下ろしてフルールが国のトップに立ったらどう?
────興味ありませんわ! それにそもそも私は王族ではありませんので無理ですわね
(あの時は、冗談のつもりだったんだけど)
真の強さは全て自分の手で掴みとるものだと胸を張っていたフルールは、この“頼みごと”にどんな答えを出すのだろう?
「……旦那様?」
笑顔で誤魔化すのをやめて、きょとんとした顔で僕を見つめるフルール。
僕は、そんな可愛いフルールの頬に手を伸ばしてそっと撫でる。
「んー……フルールって僕のことは心の中で“国宝”と呼んでいたんだよね?」
「ええ! だって旦那様は国宝級に美しいですもの!」
フルールが力説する。
その笑顔にこちらも思わずフッと笑みがこぼれた。
(……この顔に産んでくれたことだけは感謝だな)
両親に対してそんなことを考えていたら、フルールが不思議そうに僕に訊ねる。
「どうして、笑っているんですの?」
「いや、だってさ。僕のことは国宝と呼びながらも“リシャール”って名前も忘れずに覚えてくれていたんだな、と思ったら……」
「え!」
フルールの顔が赤くなった。
「そ、それはっ……!!」
「……それは?」
「……っ」
……これは珍しいぞ。
僕は目を見張った。
フルール好みの冷たい仕草や低い声を出していないのにフルールが照れているじゃないか。
「フルール!」
「あ、旦那さ…………ん、リシャール、さま……」
嬉しくなって思いっきり頬を緩ませた僕は、そのままフルールの唇をそっと塞ぐ。
(フルール……大好きだ)
馬車はとっくにシャンボン伯爵家に着いていた。
けれど、そこから僕らが降りるまではなかなかの時間を要した。
❇❇❇❇❇
(なんとか誤魔化して逃げ切ったと思いましたのに!)
しっかり覚えたはずの義弟──ジメ男の本名。
なぜかどこかに吹き飛んでしまった件は笑顔で誤魔化し、無事に乗り切った……
そう安堵していたのに、リシャール様は意地悪な口撃をして来てそのまま、甘々イチャイチャの雰囲気になって最後はトロトロに溶かされてしまいましたわ。
もう、これでジメ男は一生ジメ男として記憶に刻まれそうですわ!!
私の夫は恐ろしいと改めて思った。
「──あ、馬車、伯爵邸に着いている!?」
「え? あ……」
リシャール様がそっと唇を離すと窓の外を見て驚きの声を上げた。
つられて私も窓の外に視線を向ければ、そこは確かに見慣れていて慣れ親しんだ建物。
「……お、降りようか? 皆を待たせている気がする」
「で、ですわね……」
私はリシャール様の手を取り、エスコートされながら馬車から降りる。
すると待ってましたとばかりに動き出す使用人たち。
イチャイチャの邪魔をしないという鉄則をいつもしっかり守ってくれる使用人たちは、恐ろしいくらい空気を読んでくれていた。
────
「フルール! 今度は何をした? 何か破壊した……いや、誰かを潰してきたのか?」
伯爵家の玄関に入ると、慌てたお兄様が駆け込んで来た。
「まあ! お兄様ったら、人聞きの悪いことを言わないでくださいませ!」
「大人しいフルールはフルールじゃないからな…………で、俺の可愛い妹は何をやらかした?」
「何をやらかした? ではありませんわ!! もう!」
お兄様ったら私を何だと思っているのかしら!
私がプンプンと怒っていたら、横でリシャール様がクククッと声を立てて笑っている。
「旦那様まで!」
「い……いや、すまない……やっぱりフルールとアンベール殿の会話は和むな、と……」
「どこがですの!? 妻が一方的な濡れ衣着せられていますわよーー!?」
「ははは!」
私は抗議するけどリシャール様は楽しそうに笑ってばかり。
それがまた国宝級のキラキラしたかっこいい笑顔なので胸がキュンとしますわ。
「アンベール殿、大丈夫。フルールは破壊していないし、誰も潰していない…………まだ、なんとか」
「……そう、か。それは良かっ…………ん、まだ?」
お兄様が怪訝そうな表情で首を捻る。
「それで、今日は僕が義母上に会いたいと言ったんだ」
「え……あ、リシャール様が?」
リシャール様の言葉にお兄様が驚いた。
「すまないがちょっと確認したいことがあるんだ。会えるかな?」
「今、父上の前で踊っていますので、その後でなら」
「踊っている?」
不思議そうなリシャール様に私が説明する。
「求愛の舞ですわ! お母様は今日もお父様のことが大好き! という気持ちを込めて踊りますの」
「なるほど……」
「求愛の舞は片思いバージョン、恋人バージョン、夫婦バージョン……あ、夫婦バージョンも新婚夫婦と熟年夫婦バージョンのように細かく分かれているそうですわ!」
お母様は飽きさせないため、そうやってどんどんバリエーションを増やし続けている。
「そういうこと。ちなみに今、オリアンヌは新婚バージョンを叩き込まれているところだ」
「ふふ、新婚バージョンは今しか踊れませんものね!」
私がお兄様と笑い合っていたら、横で聞いていたリシャール様は苦笑していた。
────
(リシャール様はお兄様と何を話しているのかしら?)
お母様を待つ間、リシャール様はお兄様にも色々聞きたいことがあるんだ!
そう言ってお兄様と何やら話している。
(深刻そうな表情ですわね?)
これは義理の兄弟間の真剣な話し合いなんだ、と真面目な顔で言われたら私は入れませんわ。
そんなことを考えていたらお母様がやって来た。
お父様やオリアンヌお姉様も一緒。
「───あら、フルール。おかえり」
「ただいまですわ!」
ようやく現れたお母様に挨拶を返すとお母様は不敵に笑った。
「フルール、あなた最近はあのぼんくらポンコツ王子と色々あったようね?」
「まあ、お母様。相変わらず情報が早いですわ!」
さすがお母様!
相変わらず情報が早くて素晴らしいです。
「当然でしょう? 私を誰だと思っているの?」
「私のお母様ですわ!」
ふと、この時、結局分からないままとなっている“王弟殿下の秘密”をお母様に聞こうかしらと思ったけれどやめておいた。
(お母様も知らないはず……と言っていたもの)
それでもどこかで情報を手に入れて握りしめているのが私のお母様ですけれど。
「それで、今日は? フルールは何をやらかして私に怒られに来たの?」
「お母様まで酷いですわ! 今日は──」
そこですかさずリシャール様が代わりに声を上げる。
「今日は僕が聞きたいことがありまして」
「あら? そうなの?」
珍しいわね、と語るお母様に向かってリシャール様は静かに頷くと口を開く。
「僕たち、先程まで王弟殿下の屋敷にお邪魔していました」
「ポンコツの足は治ったの? 確か階段から落下したのよね?」
「完治したようです。そこで……まぁ、色々あり……」
「色々……」
なぜかそこでチラッと私を見るお母様。
不思議ですわ。どうして、ここで私と目が合うのかしら?
さらに不思議なのは、お母様だけでなくお父様やお兄様、オリアンヌお姉様からの視線も感じますの。
(なぜ……!?)
「最後に僕は殿下から頼まれごとをしました」
「頼まれごと? 面倒くさそうね?」
お母様に聞き返されたリシャール様は困ったように笑う。
「……僕とフルールを自分の後継にしたい。タンヴィエ侯爵家の血を引く夫人……フルールには少しだけ王家の血が流れているはずだから可能だろう? と」
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