王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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266. フルールの才能

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(倒れ込んでしまったのにこんなにも喜ばれるなんて……!)

 なんと言ってもお医者様が五人もいるのだから、倒れてしまったメリザンド様に対する処置はとても素早かった。

「凄いですわ!  もしかして王弟殿下はメリザンド様がこうなることを予想していたのかしら?」
「いや……違うと思うよ?」
「え?  違いますの?  では、メリザンド様がお医者様たちの出番を作ろうと気を利かして?  それはかなり体を張っていますわね……?」
「フルール……」

 私が聞き返すとリシャール様はハハハと笑った。

「まあ、王弟殿下は医者たちを自分の子どもの為に、と手配していたのだろうから、結果としてこれはこれで目的は果たしたとなる、のかな?  絶対、人違いだけど」

 リシャール様はそう言って王弟殿下をチラリと見る。
 私もつられて顔を向けた。

「あなた……!  メリザンドが!」
「あ、ああ」

 王弟殿下は、まだ呼んでいないはずの娘が突然泣きながら現れたあげく、なんやかんやで卒倒してしまったこの状態に理解が追いついていないようで呆然としていた。

「あれ……?  メリザンドはまた寝ちゃったの~……?  ダンスはまだまだこれからだったのに……」

 メリザンド様の倒れた姿を見た幻の令息が残念そうにそう言った。
 すると、ナタナエル様が驚く。

「え?  また?  妹ってそんなどこでも眠れる人なの?  それは羨ましい!」
「うん……メリザンド、帰国してからは眠いのかな、よく寝込んでるみたいだよ……!」
「へぇ、じゃあ後で目が覚めたらよく眠るための秘訣を教えてもらおうかなぁ」

 双子の兄弟は卒倒した妹を見ながらそんな会話を繰り広げている。
 アニエス様がその横で何か言いたそうにプルプルしていますわ。
 相変わらず可愛いです。

(───よし!)

「よく分からないですけど……王弟殿下の子どもたちは皆、元気いっぱい幸せいっぱいですわね!」
「フルール……」

 私がそう大きく宣言したらリシャール様はもう一度ハハハと笑った。

「だって!  とりあえず、メリザンド様もナタナエル様と無事に対面を果たせましたし、これで今度こそ家族が揃いましたので……皆、幸せですわ!」

 これで、王弟殿下が描いていた家族団欒の絵のようになりましたわ。
 良かったです。

「……」

(そういえば……)

 あの絵に描かれていたのは大人二人に子ども三人でした。
 けれど、この先もっと家族が増えてどんどん賑やかな絵になるかもしれませんわね。
 私がそんな明るい未来を想像していたら、ようやく王弟殿下が立ち上がる。

「す、すまない、モンタニエ公爵夫人……色々……色々とありすぎて取り乱してしまった」
「いいえ!  家族が揃って何よりですわ」

 王弟殿下は嬉しそうに笑う。

「……ありがとう。レアンドルはナタナエルに会えて、これまでの様子が嘘みたいに元気そうだ。メリザンドは……まあ、あれもある意味元気……な証拠なのだろう」
「それは、良かったですわ」

 私が笑顔で応えると王弟殿下はじっと私を見た。

「君はそうやって一見、はちゃめちゃな言動や行動を起こして周りを巻き込みながらも、最後は皆を幸せへと導いていくというとんでもない才能があるのだろうな」
「はい……?」

 私は内心で首を傾げる。
 はちゃめちゃな言動や行動?

「まあ、稀に潰される人間もいるわけだが…………兄上一家みたいに」
「あの方たちには、正当な慰謝料請求しただけですわよ?」

 あの方たちは勝手に落ちぶれました──私がそう答えたら、王弟殿下が軽く吹き出した。

「殿下、ナタナエル殿とは今後、どうするおつもりなのですか?」

 リシャール様が横から王弟殿下に訊ねる。

「あ、ああ……モンタニエ公爵夫人曰く、ナタナエルは重症な“恋の病”なのだろう?」
「そうですわ。アニエス様のことが大好きです」
「パンスロン伯爵令嬢と婚約中……おそらく婿入り予定なのだろうな。それがナタナエルの見つけた幸せなのだろう……」

 そこで言葉を切った王弟殿下は、双子の兄弟に視線を向けた。
 二人は生き生きとした様子でまだ踊っている。

「もちろん、ナタナエルがどうしたいか───その気持ちが最優先だ」
「……!」

 その言葉に安堵する。

「今更、家族として一緒に過ごすことは出来なくても……生きてくれていた。それならまた会える」
「離れていても“家族”ですわよ?  互いの気持ちがあれば……ですけど」
「!」

 王弟殿下は私の言葉に息を呑むと小さく頷く。
 彼らは大丈夫──私はそう思う。

「しかし、あそこまでレアンドルと見た目も中身もそっくりだから、私の息子であることをずっと隠し続けるのは難しい───……」
「ふふふ。では、そんな時のための権力ですわね!」

 私が笑顔でそう答えたら王弟殿下とリシャール様が、え?  という表情で私を見た。

「その顔はなんですの?  だって、せっかく権力があるんですもの!  こういう時に使わないでいつ使うのです?」
「夫人……?」
「犯罪を揉み消す……とか権力を悪いことに使うのは許せませんし反対ですけど、大事な家族の純粋な幸せを守るために権力を使うなら文句なんてありませんわ。どんどん使っちゃえばいいと思います!」
「……!」
「むしろ、アニエス様とナタナエル様のことは、その権力で積極的に守ってもらわないと困りますわ」

 私の言葉に王弟殿下が目を大きく見開く。
 そして一言こう呟いた。

「夫人───君は本当に豪快だな」
「……それ、よく言われますけど私は元気が取り柄なだけで普通ですわよ?」

 私の横でリシャール様が小さく吹き出す。
 王弟殿下は言葉を失い、目をまん丸にして私を見ていた。


─────


「フルール、お待たせ!」

 いい感じに王弟殿下一家の対面が果たせた様子なので、私とリシャール様は先に帰らせてもらうことにした。
 だって、メリザンド様が起きたら、この先のことも含めて“家族”での話し合いの時間が必要。

(その時に部外者の私やリシャール様がいたら話しづらいものね)

 別室で控えていたアニエス様のお父様──パンスロン伯爵も交えて今後をどうして行くか皆で決めていくという。
 だけど、そんな帰宅直前にリシャール様は王弟殿下に呼び出されていた。

「お話は終わりましたの?」
「うん」

 リシャール様は私が乗って待っていた馬車に乗り込みながら頷く。

「何か深刻そうな様子でしたわね」
「あれ?  ……そう見えた?」
「見えたというより、野生の勘ですわ!」
「!」

 私が胸を張って答えるとハハハとリシャール様は笑う。
 そして私の隣に腰を下ろすと、そっと肩を抱き寄せた。

「深刻……というか、ちょっと面倒な頼みごとをされちゃった感じかな」
「面倒な頼みごと、ですの?」
「うん。フルール、そのことも含めてちょっと帰りにシャンボン伯爵家に寄ってもいいかな?」
「伯爵家に?  構いませんわ!  ですが、なぜ……?」

 その頼みごとと関係あるのかしら?  と首を捻る。

「……義母上にね。確認したいことがあるんだ」
「お母様に?」

 リシャール様は静かに頷いた。



 こうして、帰宅前に実家に寄ることにした馬車の車内でリシャール様が私に訊ねる。

「そういえば、フルールが話していた“チビフルール”の思い出ってなに?」
「思い出?」
「ほら、王弟殿下が膝を着いていた時……」
「ああ!  ───チビフルールの女王様ごっこ遊びのことですわね!?」

 ブフォッ
 リシャール様が吹き出した。

「女王……様、ごっこ……!?」
「そうですわ。お兄様を下僕にして跪かせると偉そうにふんぞり返りながら、ホホホと笑っていましたわ」
「……」

 リシャール様は手に顔を当てながら言う。

「そ、そうか。だから、膝を着いた王弟殿下を見てフルールは遊びだと……」
「ええ。とても懐かしくなって思い出しましたわ。最強を目指したばかりの頃でしたので、野望が凄かったですわ」
「それで?  アンベール殿は下僕……なんだ」

 クスクス笑いながらリシャール様が訊ねる。

「そうです。女王フルールにたくさん貢がせましたわ!」
「何を?」
「ジュースとおやつですわ!!」
「……っ!」

 私が胸を張って答えると、リシャール様がお腹を抱えて笑う。

「フ、フルール……らし……い、何とも、か、可愛い女王様だ……」
「あの頃の“最強”は国の頂点に立つことだと思っていましたのよ」
「なるほど……」
「ですが、誰でも頂点に立てるわけではないと知ってからは、最強の令嬢を目指すことにしましたわ」

 最強の令嬢から、最強の公爵夫人へ───まだまだですわ!

「────国の頂点……か」
「旦那様?」
「いや、向上心が高いフルールには向いてそうだな、と」
「まあ!  ありがとうございます。ですが、女王フルールには難点がありますの」
「難点?」

 不思議そうな顔をするリシャール様に向かって私はドンッと胸を叩く。

「───人の名前……特に男性が覚えられませんわ!!」
「!!」

 ブフォっとリシャール様が吹き出した。

「自覚……あったんだ!?」
「頭の中で別の呼び名をつけた方はもうそちらの印象が強くなってしまい無理ですわ」
「別の呼び名……だから、弟のことも……」
「ええ、彼はどうしても最初の印象───ジメ男が前面に出て来てしまって」
「そっか。ではフルール……僕の弟の名は?」

 すると、リシャール様が真面目な顔で訊ねてきた。

「ジメ男の?  大丈夫ですわ!  覚えました。えっと、サミ……」
「……」
「サ……」

 ……にこっ!

 おそらくリシャール様には通じないと分かっていながらも私は笑って誤魔化す。
 しかし、案の定リシャール様はじとっとした目で私を見てくる。

「フルールさん……君、今、覚えたって……」

 …………にこっ!!

 馬車が実家の伯爵家に着くまでの間、この無限の攻防は続いた。

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