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265. 楽しそうですわ!!
しおりを挟む(大変……すっかり、忘れていましたわ!!)
先ほど、空耳を聞いた気がした時までは覚えていましたのに!
そう思ってメリザンド様の顔を見て、あれ? と思った。
(頬が赤くなっていますわ?)
誰かに叩かれた?
いえ、最近は幽霊令嬢などと呼ばれてはいますが、これでもメリザンド様は王弟殿下の息女で公爵令嬢ですわ。
また、泥棒なんてことを企む性格であっても、彼女にそんな無礼なことが出来る方がそうそういるとも思えません。
それに、そんなことが起きていたら王弟殿下が大人しくしているはずがありません。
(つまり……)
───メリザンド様はうっかりさん! きっとまた転んだんですわ。
王弟殿下の子どもですもの。
うっかりでそそっかしい所はしっかり受け継いでいるに違いありません。
私はそう結論を出してうんうんと頷く。
そんなメリザンド様は泣きながら部屋に入って来て、顔を上げるとピシッと固まった。
「んぁぁあ!? お兄様…………がいるぅ!? なんでぇぇ!?」
幻の令息の姿を見て絶叫していますわ。
どうやら、メリザンド様は今日も元気です。
「嘘っ……い、いつの間に……え、なんで、どうして……」
「あ……! メリザンドだぁ……」
ナタナエル様と話していた幻の令息は、妹の姿を見つけるとにこっと笑顔を見せる。
「ナタナエル……! あそこにいるのが妹のメリザンドだよ……」
「えっと、ずっと留学していた?」
「そうだよ……! あ、そうだ。せっかくだからメリザンドにもさっきのやつ見てもらおうよ……!」
「分かった! じゃあ、人参のポーズから」
そう言って幻の令息とナタナエル様が、再び合わせ鏡のような動作を始める。
「メリザンド~……! 見て見て……ナタナエルだよ……!!」
「ナタナ……ひっ!? お、にいさまっっ!? な、何をしているのーー!?」
メリザンド様は息ピッタリな双子の兄弟の動きを見て目を丸くしている。
「え~……? メリザンドも大好きな今にも踊り出しそうな人参のポーズだよ~……?」
「ひぃぃっ!? お兄様ぁぁぁぁ!?」
「好きだったよね……? どうかな……? すごいでしょ……?」
「同じ顔が─────い、いやぁぁぁぁ!? の、呪われるぅぅ!?」
メリザンド様が元気いっぱいに叫んだ。
その様子を見た私はリシャール様に声をかける。
「旦那様! メリザンド様も楽しそうです。そして、やはり双子がそっくりで驚いていますわね!」
「あの叫びって……そこに驚いているのかな……」
「え? 他に何に驚くのです?」
「……」
私が聞き返すとリシャール様は、ハハッと小さく笑って呟いた。
「いや……うん。あれ、レアンドル殿に悪気は無いんだろうね……」
「ふふふ、人参のポーズを気に入ってくれたようなので嬉しいですわ」
「純粋に妹を楽しませようとしているんだろうな…………完全に裏目に出ている気がするけど」
「裏目?」
リシャール様は苦笑しながら優しく私の頭を撫でた。
その後も二人が様々なポーズを取るたびに、メリザンド様は元気いっぱいに叫んでいた。
ちょっとばかり存在を忘れかけて除け者にしかけてしまったけれど、メリザンド様の楽しそうな姿が見れた私は良かったと満足する。
「……ひぃぃっ!? なんで!? そんなおかしなポーズばっかり……!? もう! これはどういうことなの、お父様、お母様────あぁあ?」
双子の神秘にとても感動した様子のメリザンド様は、両親ともその感動を共有しようと思ったのか、王弟殿下と夫人に声をかけようとした。
しかし、肝心の王弟殿下は未だに私の前でぐったりと膝を着いたままで、夫人はそんな夫に必死に寄り添っている。
「な、な、な、ななな……」
そんな二人の姿を見たメリザンド様の身体と声がプルプル震え出した。
「ど、どうして、お父様が公爵夫人の前に跪いているのよーーーー!?」
その瞬間、私とメリザンド様の目が合った。
私はにこっと笑顔を返す。
(ごめんなさいね、メリザンド様……)
リシャール様曰く、王弟殿下のこの行動は遊びではないらしいので、私には上手く説明出来ませんの。
ですから、こういう時は笑って誤魔化すしかありません!
そう決めた私はもう一度、にこっと微笑む。
「……っ! 公爵夫人! そ、そそそその笑いは何!」
にこっ……
「まさか! リシャール様やお兄様だけでなく……ついに、お、お父様とお母様まで手懐けたとでもいうの!?」
にこっ!
(手懐けた? いったい何の話?)
メリザンド様の言っていることはよく分かりませんが、とりあえずここは笑って誤魔化します!
「分かっているの? お……お父様はこ、国王になる人なのよ!? そ、それなのに……跪かせる……なんて、どういうつもりなの!?」
にこっ!!
(国王……跪く……懐かしいですわ)
私はメリザンド様に向かって微笑み返しながら思い出す。
お兄様とのごっこ遊び……
『わたしは、じょうおうさまでおにーさまは、しもべですわ!』
そう。
フルール誘拐未遂事件のすぐ後くらいだったかしら?
私が女王様になって高笑いしながらふんぞり返ってお兄様を跪かせ、アレコレ命じたんでしたわ。
『ジュース!』
『はっ! こちらに!』
『おやつ!』
『はっ! どうぞ!』
最強を目指し始めたチビフルール。
その頃にたまたま読んでもらった絵本に登場した女王様が、お母様みたいでかっこよくて憧れて始めたごっこ遊びでしたわ。
(国王の女性版は女王と聞いて……)
『おかーさま! わたし、じょうおうさまになりますわ!!』
『女王様? あら、フルール。やる気満々のようね?』
『はい! フルールじょうおうのたんじょうですわ! おにーさまはしもべです!』
そう言ったら、お母様ったらとても愉快そうに笑いだして……
『下僕! アンベール、あなた……もっといいポジションはなかったの?』
『ほっといてください! フルールはいちど言いだしたらとまりません』
『ふっふふふふ、それもそうね……』
私が、ホーホッホッと高笑いしていたら、お母様がクスッと笑って言いましたわ。
『なら、色ボケの分際で将来の王になろうとしている身の程知らずな殿下……あの色ボケ王子を蹴落として、フルールが頂点に立ったらどう?』
『ちょうてん!! わたしがそこにたてるの? おかーさま!』
頂点! 何だか凄そう……!
そう思って興奮した私にお母様はにっこり笑って……
『ふふふ、なれるわよ? ただし色ボケ王子とかぼんくら王子とか引きこもり王女とか……王位継承者の皆を蹴落とす必要があるけどね』
『けおとす……? ぶんって、あしをあげて、おじさんをたおしたときのおかーさまみたいにすればいいの?』
『うーん……あれは特殊な訓練が必要よ、フルール』
『とくしゅなくんれん! やる! わたし、やります!』
(ここから、お母様との舞の特訓も本格的に始まったわ)
残念ながら、禁止令が発令されたからお母様のように人を蹴り上げたことはありませんが。
「フルール? どうかした?」
「……は!」
リシャール様に顔を覗き込まれて意識を戻す。
「いえ、ちょっと色々懐かしいチビフルールの思い出に浸っていただけですわ」
「チビフルール! そう、か。すごく気になるが……」
顔を上げると真っ赤な顔でプルプルしているメリザンド様が目に入った。
「旦那様……」
「ん?」
「メリザンド様も、仲間に加わりたくてウズウズしているようですわね!」
「う……ん? あれはウズウズ……か?」
双子の兄弟はメリザンド様に見せるためという名目をすっかり忘れて、また新たな技の挑戦に夢中になっている。
アニエス様はその様子をハラハラしながら見守っていて、王弟殿下と夫人は相変わらず寄り添って仲良しで……
(ふっふっふ。これで今度こそ皆、幸せ……ですわ!)
私はそう思ったのだけど、残念ながらメリザンド様は納得していない様子。
「……なに、なんなのよ……めちゃくちゃ。今日は生き別れたナタナエルお兄様との対面……じゃなかった、の?」
「そうですわね。間違っていませんわ?」
対面を果たしたナタナエル様はもうすっかり溶け込んでいますもの。
「なら! ナ……ナタナエルお兄様はなぜ、レアンドルお兄様の不思議な行動を咎めないで一緒におかしな……コホンッ……た、楽しんでいるの?」
「二人はとてもそっくりさんだからですわ」
「顔……! 確かに、顔はそっくり。似ているわ……え? でも、まさか……まさか性格まで!?」
そこでメリザンド様がハッとして口元を押さえる。
私は大きく頷く。
「双子の神秘ですわね! 王弟殿下や夫人も感激していましたわ」
「レアンドルお兄様みたいな……お兄様……?」
驚愕の表情を浮かべたメリザンド様はそろっと兄たちに視線を向ける。
「……あ、いけない、また存在忘れてた……メリザンド~……! 見て見て……?」
幻の令息がメリザンド様に向かって手を振る。
そしてこれまたナタナエル様と息ビッタリで今度は踊っていた。
「お、お兄様たち……そ、その動きは……?」
「これ? これはレアンドル考案……人参のポーズの応用で──人参ダンスだ!」
ナタナエル様が満面の笑みで答えた。
「!?!?!?」
「人参ダンス!? ────まあ! 素敵ですわ!」
私も前に人参と一緒に踊りましたけど、あれとも違ってこれも新しいですわ!
なにより、この短時間で二人はついにダンスの域にまで……!
そんな二人に向かって大興奮で拍手をしていたら突然、横から変な音がした。
ドサッ
「あら? メリザンド様? どうなさったの?」
「……」
「メリザンド様ーー?」
どうやら新たな技を生み出した兄二人の勢いに感動したらしいメリザンド様は目を回してその場で卒倒してしまった様子。
けれど……
所在なさげにしていた王弟殿下の呼んだ五人のお医者様が、ようやく出番が来たぞ! という顔でとても嬉しそうにメリザンド様を介抱し始めた。
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