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263. 喜びとハラハラとドキドキと
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その頃のメリザンド────
(お父様たちは今頃、ナタナエルお兄様と対面している頃かしら?)
亡くなったと聞かされていた双子の弟……もう一人のお兄様。
実は、こっそり生きていたなんて本当に驚いた。
そんなことってあるのね、と思いながら私はお茶のカップを手に取る。
(やっぱり……レアンドルお兄様と似ているのかしら?)
留学先でなら双子を見かけたことがある。
顔はそっくりだった。
けれど、性格はそれぞれの個性が溢れていた。
(一緒に育っても性格まで似るとは限らないものね)
だから、お兄様たちもきっと似ているのは“見た目”だけ。
レアンドルお兄様みたいに掴みどころのない人がもう一人いたら大変だもの。
「……ねぇ、お兄様。私たちの呼び出しはまだかしらね? ちょっと胸がドキドキ───……んぁあ?」
ガシャンッ
顔を上げて目の前の兄に声をかけた私は、その光景に驚いて手に持っていたカップを落としてしまった。
「はぁ? ちょっ……え? なんでお兄様が居ないの!?」
たった今の今まで私の向かい側で「まだかな~……」って呟いていたレアンドルお兄様はどこ!?
席を立った音も部屋を出て行った音もしなかったわよ!?
使用人は?
私は慌ててキョロキョロと部屋の中を見渡す。
「……そうだった。使用人は皆、出迎えやおもてなしの準備に動き回っているんだったわ……」
では、お兄様はどこに消えたの?
私がお兄様から目を離したのはほんの少し。
それなのに、その一瞬で消えた? あの病弱なお兄様が? そんなこと有り得る?
「……嘘っ」
背中に冷たい汗が流れる。
「え……レアンドルお兄様って現実に存在している……わよね? いえ、それより……まさか」
(私、ずっと悪い夢でも見ているんじゃ……)
私は咄嗟に頭を抱える。
リシャール様がシルヴェーヌから婚約破棄された後、あのとんでもなく人間離れした恐ろしい夫人と結婚したことも夢、お父様が王位を継ぐなんて話になったのも夢、病弱なレアンドルお兄様が最近、嘘のように元気になって来たことも夢……
私が自分が開催したはずのパーティーで散々な目にあって、“幽霊令嬢”なんて呼ばれて嘲笑われるようになったのも……
「ふ、ふふふ、夢! そうよ! ここまでのことはぜーーんぶ夢! 夢だったのよ……ホホホ」
そうよ! 人間が音も立てずに消えるなんて有り得ない。
悪い夢なら早く覚めて────
「夢なら痛くなんてないわよね!? ─────えいっ!」
現実逃避を始めた私は、自分の頬をこれでもかと思いっきり力を込めて強くつねった。
❇❇❇❇❇
「はい! 次は手を上に伸ばして、そして足を……」
「えっと、こんな感じ?」
「ナタナエル様……そうですわ!」
「……野菜夫人って、色んなポーズを知っているんだね……」
私が一生懸命、ナタナエル様と幻の令息に更なるポーズの指示を出していたところ……
───いたぁぁぁぁぁぁーーい、現実ぅぅぅーー
(……ん? 痛い?)
気のせいかしら?
今、すごく痛そうで苦しそうなメリザンド様の叫び声が聞こえたような……?
(まさか……)
もしかして、幻の令息だけでなくメリザンド様まで美味しそうな匂いにつられてもうこの部屋に来てしまっていた!?
そう思って慌てて部屋を見渡すけれど、メリザンド様の姿はない。
私はうん……と頷く。
(やっぱり、気のせいですわね! 空耳ですわ)
どう見ても部屋の中にいるのは、私の愛する夫のリシャール様と大親友アニエス様と王弟殿下夫妻。
そして、待機している五人のお医者様と出入りを繰り返している使用人たちだけですもの。
(それにしても……)
誰一人として動きませんわね。
皆、同じような表情……目と口を大きく見開いて微動だにせず二人のことを熱く見つめていますわ。
料理を運んで来た使用人もお皿を持ったまま固まっていますし。
(落としたら大変ですわよ?)
どうやら、それくらい皆さまはナタナエル様と幻の令息の動きに釘付けのようです。
私はフフンッと笑う。
釘付けになるその気持ち……分かりますわ!
だって、本当に初対面? そう聞きたくなるくらい二人は息がピッタリですもの!
「さあ! 次は───」
───そうしてしばらくの間、双子の奇跡の技を皆様にお披露目していたら……
「……っ! ナ、ナタナエル!! あなた、何してるの!?」
「───レアンドル! なんでお前もそんなノリノリで……」
「フルール!!」
アニエス様、王弟殿下、リシャール様の順で駆け寄って来ましたわ。
「フルール!」
「まあ旦那様? すごい汗ですわ。大丈夫ですの?」
リシャール様はこのパフォーマンスにかなり興奮していたようで、汗がすごいことになっていた。
それでもさすが国宝。どんな時でも美しさは損なわれたりしません。
「今は、僕の汗なんてどうでもいいんだよ! フルール……!」
「はい!」
名前を呼ばれた私は笑顔で元気よく返事をする。
「くっ……可愛い…………が! 君は……そ、その……なぜ二人の所へ……」
リシャール様が私の肩を掴んでじっと見つめて来ましたわ。
「ですから、先程も言いましたけど血が騒いでしまったんですもの!」
「血が……騒いだ……そっか、本能。う、うん。それは、まだ僕には止められそうにない……」
「?」
「まだまだ修行が足りなかったか……」
リシャール様は顔を両手で覆ってしまう。
まだまだ何か言いたそうだったけれど、そのままガクッと項垂れた。
そして、なぜかアンベール殿……アンベール殿の所に行かなくては……とブツブツお兄様の名前を呟き始めた。
(リシャール様ってお兄様のこと大好きですわよね……?)
確か、以前もこんな感じでお兄様の名前を呟いていたことがあった気がしますわ。
大好きな家族が仲良しなのは嬉しい。
そう思ってニンマリした。
一方、ナタナエル様の元に駆け寄ったアニエス様。
アニエス様の姿を見たナタナエル様は嬉しそうに笑いかけた。
「アニエス! どうだった? 俺たち凄かったでしょ?」
「え、ええ。凄かったわ。まさに双子の神秘…………じゃなくて!!」
「じゃなくて?」
「あ・な・た・は! いったいレアンドル様に何をさせているの!!」
アニエス様がナタナエル様の胸ぐらを掴んだ。
慣れた光景ですわ。
「え~?」
「拡大させたフルール様にも言いたいことはあるけれど! でもね? ナタナエルから仕掛けたことは分かっているのよ!?」
「え? ……でもさ俺、レアンドルが俺と顔が似ているらしいと聞いた時から、顔を合わせたらやってみたいなって決めていたんだ~」
「は!?」
ナタナエル様はそう言ってヘラッと笑顔を浮かべた。
アニエス様は目をまん丸に見開いて驚いている。
「そうは言っても、レアンドル様は病弱なのよーー?」
「え……? あ、そういえば……うーん。でもさ、目が合った瞬間、不思議と“大丈夫”って思えたんだよね~」
「なっ……!」
アニエス様が絶句した。
すると、今度は王弟殿下が幻の令息とナタナエル様に詰め寄っていく。
「レアンドル! ナタナエル!」
「父上……?」
「?」
王弟殿下は複雑そうな表情を浮かべる。
「お前たち……お前たちのせいで……」
「「……?」」
「喜びとハラハラとドキドキがいっぺんに押し寄せて来たじゃないか!!」
「「……??」」
きょとんとしたそっくりな顔が仲良く同じ方向に首を傾げる。
「兄弟が揃ったという喜び! そんなに身体を動かして大丈夫なのかというハラハラ、次はどんなポーズを決めるのかというドキドキ…………私のこの感情はどこに置けばいいんだ!!」
王弟殿下は息子二人にクワッと噛み付いた。
「え~? そう言われても」
「うん……父上の好きにすればいいと思うよ……?」
ぐあぁぁ、と王弟殿下は天を仰いだ。
「旦那様、旦那様!」
「……フルール? えっと? そのキラキラの目は……なにかな?」
私は下を向いてブツブツお兄様の名前を呟いているリシャール様の服の袖を引っ張る。
「見てください! ナタナエル様、すっかり幻の令息と馴染んで溶け込んでいますわ!!」
「え? まあ、あれだけぴったりな動きが出来たからね…………そもそも性格も似てるし」
「これを機に、兄弟の交流がもっと増えるといいですわね!」
「フルール……」
(───実はまだまだ、やってもらいたいポーズがありますのよ!)
ここはぜひ、兄弟の交流を深めてもっともっと仲良しになってもらいたいですわ!!
そして、更なる技の披露を───
私は内なる野望を胸に秘め、ニヤリと笑った。
「もう! ───あなた! しっかりして頂戴!」
「……はっ! そうだ! 嘆いている場合じゃなかった……二人共、身体……身体は大丈夫なのか!?」
夫人の声でハッと意識を戻した王弟殿下は二人に詰め寄る。
「え?」
「え……?」
またしても同じ顔できょとんとする二人。
「想定とは違ったが……医者を呼んでおいて正解だったようだ。おい、今すぐ二人を───」
そう言って息を吐いた王弟殿下は待機していた医者を呼ぼうとした。
しかし、
「父上……! 医者は大丈夫だよ、不思議と身体は全然苦しくないから……!」
「え?」
幻の令息は元気よく答えて引き止める。
確かに嘘ではなさそうで顔色も悪くなさそうですわ。
「俺も。そもそも、これくらいで息が切れるような鍛え方はしていないし……」
「ん? 鍛え……た?」
ナタナエル様の言葉に今度は王弟殿下が首を傾げる。
「ナタナエル……? 失礼ながら君はレアンドルと同じで病弱……なのでは?」
「病弱? 誰が?」
「“ナタナエル”は病弱……しかも重病だと……いう、話を……」
「重病!? 俺が?」
ナタナエル様も不思議そうに首を傾げる。
そしてすぐにヘラッとした笑顔を浮かべて王弟殿下に向かって言った。
「うーん、俺はこれでも騎士なので───それはきっと別の“ナタナエル”って人の話じゃないかなぁ?」
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