王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
263 / 354

263. 喜びとハラハラとドキドキと

しおりを挟む

❇❇❇❇❇


 その頃のメリザンド────

(お父様たちは今頃、ナタナエルお兄様と対面している頃かしら?)

 亡くなったと聞かされていた双子の弟……もう一人のお兄様。
 実は、こっそり生きていたなんて本当に驚いた。
 そんなことってあるのね、と思いながら私はお茶のカップを手に取る。

(やっぱり……レアンドルお兄様と似ているのかしら?)

 留学先でなら双子を見かけたことがある。
 顔はそっくりだった。
 けれど、性格はそれぞれの個性が溢れていた。

(一緒に育っても性格まで似るとは限らないものね)

 だから、お兄様たちもきっと似ているのは“見た目”だけ。
 レアンドルお兄様みたいに掴みどころのない人がもう一人いたら大変だもの。

「……ねぇ、お兄様。私たちの呼び出しはまだかしらね?  ちょっと胸がドキドキ───……んぁあ?」

 ガシャンッ
 顔を上げて目の前の兄に声をかけた私は、その光景に驚いて手に持っていたカップを落としてしまった。

「はぁ?  ちょっ……え?  なんでお兄様が居ないの!?」

 たった今の今まで私の向かい側で「まだかな~……」って呟いていたレアンドルお兄様はどこ!?
 席を立った音も部屋を出て行った音もしなかったわよ!?
 使用人は?
 私は慌ててキョロキョロと部屋の中を見渡す。

「……そうだった。使用人は皆、出迎えやおもてなしの準備に動き回っているんだったわ……」

 では、お兄様はどこに消えたの?
 私がお兄様から目を離したのはほんの少し。
 それなのに、その一瞬で消えた?  あの病弱なお兄様が?  そんなこと有り得る?

「……嘘っ」

 背中に冷たい汗が流れる。

「え……レアンドルお兄様って現実に存在している……わよね?  いえ、それより……まさか」

(私、ずっと悪い夢でも見ているんじゃ……)

 私は咄嗟に頭を抱える。
 リシャール様がシルヴェーヌから婚約破棄された後、あのとんでもなく人間離れした恐ろしい夫人と結婚したことも夢、お父様が王位を継ぐなんて話になったのも夢、病弱なレアンドルお兄様が最近、嘘のように元気になって来たことも夢……
 私が自分が開催したはずのパーティーで散々な目にあって、“幽霊令嬢”なんて呼ばれて嘲笑われるようになったのも……

「ふ、ふふふ、夢!  そうよ!  ここまでのことはぜーーんぶ夢!  夢だったのよ……ホホホ」

 そうよ!  人間が音も立てずに消えるなんて有り得ない。
 悪い夢なら早く覚めて────

「夢なら痛くなんてないわよね!?  ─────えいっ!」

 現実逃避を始めた私は、自分の頬をこれでもかと思いっきり力を込めて強くつねった。


❇❇❇❇❇


「はい!  次は手を上に伸ばして、そして足を……」
「えっと、こんな感じ?」
「ナタナエル様……そうですわ!」
「……野菜夫人って、色んなポーズを知っているんだね……」

 私が一生懸命、ナタナエル様と幻の令息に更なるポーズの指示を出していたところ……

 ───いたぁぁぁぁぁぁーーい、現実ぅぅぅーー

(……ん?  痛い?)

 気のせいかしら?
 今、すごく痛そうで苦しそうなメリザンド様の叫び声が聞こえたような……?

(まさか……)

 もしかして、幻の令息だけでなくメリザンド様まで美味しそうな匂いにつられてもうこの部屋に来てしまっていた!?
 そう思って慌てて部屋を見渡すけれど、メリザンド様の姿はない。
 私はうん……と頷く。

(やっぱり、気のせいですわね!  空耳ですわ)

 どう見ても部屋の中にいるのは、私の愛する夫のリシャール様と大親友アニエス様と王弟殿下夫妻。
 そして、待機している五人のお医者様と出入りを繰り返している使用人たちだけですもの。

(それにしても……)

 誰一人として動きませんわね。
 皆、同じような表情……目と口を大きく見開いて微動だにせず二人のことを熱く見つめていますわ。
 料理を運んで来た使用人もお皿を持ったまま固まっていますし。

(落としたら大変ですわよ?)

 どうやら、それくらい皆さまはナタナエル様と幻の令息の動きに釘付けのようです。
 私はフフンッと笑う。
 釘付けになるその気持ち……分かりますわ!
 だって、本当に初対面?  そう聞きたくなるくらい二人は息がピッタリですもの!

「さあ!  次は───」


 ───そうしてしばらくの間、双子の奇跡の技を皆様にお披露目していたら……

「……っ!  ナ、ナタナエル!!  あなた、何してるの!?」
「───レアンドル!  なんでお前もそんなノリノリで……」
「フルール!!」

 アニエス様、王弟殿下、リシャール様の順で駆け寄って来ましたわ。

「フルール!」
「まあ旦那様?  すごい汗ですわ。大丈夫ですの?」

 リシャール様はこのパフォーマンスにかなり興奮していたようで、汗がすごいことになっていた。
 それでもさすが国宝。どんな時でも美しさは損なわれたりしません。

「今は、僕の汗なんてどうでもいいんだよ!  フルール……!」
「はい!」

 名前を呼ばれた私は笑顔で元気よく返事をする。

「くっ……可愛い…………が!  君は……そ、その……なぜ二人の所へ……」

 リシャール様が私の肩を掴んでじっと見つめて来ましたわ。

「ですから、先程も言いましたけど血が騒いでしまったんですもの!」
「血が……騒いだ……そっか、本能。う、うん。それは、まだ僕には止められそうにない……」
「?」
「まだまだ修行が足りなかったか……」

 リシャール様は顔を両手で覆ってしまう。
 まだまだ何か言いたそうだったけれど、そのままガクッと項垂れた。
 そして、なぜかアンベール殿……アンベール殿の所に行かなくては……とブツブツお兄様の名前を呟き始めた。

(リシャール様ってお兄様のこと大好きですわよね……?)

 確か、以前もこんな感じでお兄様の名前を呟いていたことがあった気がしますわ。
 大好きな家族が仲良しなのは嬉しい。
 そう思ってニンマリした。

 一方、ナタナエル様の元に駆け寄ったアニエス様。
 アニエス様の姿を見たナタナエル様は嬉しそうに笑いかけた。

「アニエス!  どうだった?  俺たち凄かったでしょ?」
「え、ええ。凄かったわ。まさに双子の神秘…………じゃなくて!!」
「じゃなくて?」
「あ・な・た・は!  いったいレアンドル様に何をさせているの!!」

 アニエス様がナタナエル様の胸ぐらを掴んだ。
 慣れた光景ですわ。

「え~?」
「拡大させたフルール様にも言いたいことはあるけれど!  でもね?  ナタナエルから仕掛けたことは分かっているのよ!?」
「え?  ……でもさ俺、レアンドルが俺と顔が似ているらしいと聞いた時から、顔を合わせたらやってみたいなって決めていたんだ~」
「は!?」

 ナタナエル様はそう言ってヘラッと笑顔を浮かべた。
 アニエス様は目をまん丸に見開いて驚いている。

「そうは言っても、レアンドル様は病弱なのよーー?」
「え……?  あ、そういえば……うーん。でもさ、目が合った瞬間、不思議と“大丈夫”って思えたんだよね~」
「なっ……!」

 アニエス様が絶句した。
 すると、今度は王弟殿下が幻の令息とナタナエル様に詰め寄っていく。

「レアンドル!  ナタナエル!」
「父上……?」
「?」

 王弟殿下は複雑そうな表情を浮かべる。

「お前たち……お前たちのせいで……」
「「……?」」
「喜びとハラハラとドキドキがいっぺんに押し寄せて来たじゃないか!!」
「「……??」」

 きょとんとしたそっくりな顔が仲良く同じ方向に首を傾げる。

「兄弟が揃ったという喜び!  そんなに身体を動かして大丈夫なのかというハラハラ、次はどんなポーズを決めるのかというドキドキ…………私のこの感情はどこに置けばいいんだ!!」
  
 王弟殿下は息子二人にクワッと噛み付いた。

「え~?  そう言われても」
「うん……父上の好きにすればいいと思うよ……?」

 ぐあぁぁ、と王弟殿下は天を仰いだ。



「旦那様、旦那様!」
「……フルール?  えっと?  そのキラキラの目は……なにかな?」

 私は下を向いてブツブツお兄様の名前を呟いているリシャール様の服の袖を引っ張る。

「見てください!  ナタナエル様、すっかり幻の令息と馴染んで溶け込んでいますわ!!」
「え?  まあ、あれだけぴったりな動きが出来たからね…………そもそも性格も似てるし」
「これを機に、兄弟の交流がもっと増えるといいですわね!」
「フルール……」

(───実はまだまだ、やってもらいたいポーズがありますのよ!)

 ここはぜひ、兄弟の交流を深めてもっともっと仲良しになってもらいたいですわ!!
 そして、更なる技の披露を───
 私は内なる野望を胸に秘め、ニヤリと笑った。



「もう!  ───あなた!  しっかりして頂戴!」
「……はっ!  そうだ!  嘆いている場合じゃなかった……二人共、身体……身体は大丈夫なのか!?」

 夫人の声でハッと意識を戻した王弟殿下は二人に詰め寄る。

「え?」
「え……?」

 またしても同じ顔できょとんとする二人。

「想定とは違ったが……医者を呼んでおいて正解だったようだ。おい、今すぐ二人を───」

 そう言って息を吐いた王弟殿下は待機していた医者を呼ぼうとした。
 しかし、

「父上……!  医者は大丈夫だよ、不思議と身体は全然苦しくないから……!」
「え?」 

 幻の令息は元気よく答えて引き止める。
 確かに嘘ではなさそうで顔色も悪くなさそうですわ。

「俺も。そもそも、これくらいで息が切れるような鍛え方はしていないし……」
「ん?  鍛え……た?」

 ナタナエル様の言葉に今度は王弟殿下が首を傾げる。

「ナタナエル……?  失礼ながら君はレアンドルと同じで病弱……なのでは?」
「病弱?  誰が?」
「“ナタナエル”は病弱……しかも重病だと……いう、話を……」
「重病!?  俺が?」

 ナタナエル様も不思議そうに首を傾げる。
 そしてすぐにヘラッとした笑顔を浮かべて王弟殿下に向かって言った。

「うーん、俺はこれでも騎士なので───それはきっと別の“ナタナエル”って人の話じゃないかなぁ?」

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...