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262. 兄弟の対面 ~乱入した結果~

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 どう見てもあのお顔は……
 間違いありませんわ!
 フラフラ~と部屋に入って来た幻の令息。

 料理を運んで来た使用人も、王弟殿下や夫人もアニエス様もナタナエル様もそれぞれ楽しそうなので気付いていませんわ。

(登場の予定はまだと聞いていますわよ!?)

 ナタナエル様が対面の場の雰囲気に慣れてから、頃合いを見て呼ぶからとメリザンド様と一緒に別室に待機させている……と王弟殿下は言っていた。

(ま、まさか、料理の匂いにつられて抜け出し……た?)

 なんと言っても幻の令息は、私の野菜の匂いを感知するほどの嗅覚の持ち主。
 美味しそうな匂いにつられてしまったと言われても不思議はありません……
 そして、普通なら部屋を抜け出したこともフラフラしていることもすぐに発覚しそうですけれど──……
 こちらの彼はなんと言っても……

(“本物の真実の愛”を貫こうとする信念のある方!)

 真実の愛を実らせるために、気配を消して抜け出すのは得意中の得意!
 凄いですわ~……
 隠れようとしても、すぐに見つかってしまう私とは大違い。
 ぜひ、その秘訣を学びたいところ───

 なんてことを考え、私が扉をじっと見つめたまま動かなくなったからかリシャール様が心配そうに声をかけてくる。

「フルール?  どうかしたの?」
「旦那様……!  やはり本物の真実の愛はすごいですわ!!」
「……ん!?」

 リシャール様が面食らった表情で私を見る。

「フルール?  えっと?  いきなりどうしたの?  それにどこから来た?  真実の愛……」
「脱走ですわ」
「うん?  脱走……?  真実の愛、脱走?」

 戸惑うリシャール様に私は興奮気味に続ける。

「人目を忍んでこっそり抜け出すその技術……私も欲しいですわ」
「えっと……よ、よく分からないけど、フルールは泥棒でも目指すことにした?」
「いいえ。残念ながら怪盗フルールはとっくの昔、諦めていますわ」
「そ、そっか……目指したことはあったんだ……」

 リシャール様は小さく息を吐く。

「コホンッ……それでフルール。人目を忍んで抜け出すその技術とやらを発揮しているのはどこの誰なのかな?」
「幻の令息ですわ!  実は今、料理と共に……」
「ん?  料理と?  ───えっ!?」

 うっとり幸せそうな表情でフラフラしている幻の令息の存在をリシャール様に示すと、リシャール様は驚きの声を上げて目を剥いた。

「え!?  ちょっ……レ、レア……な、何してるの!?」

 別室待機をしているはずだよね!?
 そう言って慌てているリシャール様に私も頷く。

「おそらく『美味しそうな匂いがするな~……』と料理につられて、磨いた脱走技術を駆使して部屋から抜け出して来たものと思われます」
「じ、自由人!」

 ……今頃、兄不在に気付いてメリザンド様が絶叫していそうですわね。
 気の毒だけど想像したら笑ってしまった。

「と、とりあえず、気付いてなさそうな王弟殿下たちに報──」

 リシャール様が報告しなくては!  と振り返るも……

「知らなかった……双子にはこのような性質があったのか。だから世の中から恐れられたのだろうか……?」
「……この浮世離れしたフワフワした感じ……いったい誰に似たの?」

 王弟殿下と夫人の二人はナタナエル様の性格を目の当たりにしたショックから未だに抜け切れていない様子。
 一方……

「ナナナナナタナエル!  ち、近い!!」
「えー?  ずっと言っているでしょ?  俺はアニエスが……」
「わ、わわわ分かっているから!!  最後まで言わなくていいから!」
「えー……」

 アニエス様たちも、未だに可愛らしくじゃれあっています。
 リシャール様がくっ……と苦しそうな声を上げた。

 私もアニエス様を愛でるのに混ざりたいですわ~なんてぼんやり考えた時だった。

「あ、野菜夫人……!」

 私の姿を見つけた幻の令息がこちらに笑いかけてきましたわ。
 とてもいい笑顔で手を振っています。

「すごいんだ……!  今日は野菜夫人の野菜が大活躍しているんだよー……!」

 今この部屋の空間で広がっている空気を微塵も気にした様子のない発言を聞いて、ようやく四人が振り向いた。
 真っ先に反応をしたのは……

「……なっ!?  レ、レレレレレレレレアンドル!?」

 もちろん、父親の王弟殿下でしたわ。
 それまで頭を抱えて双子がぁ、と連呼していた王弟殿下がすごい勢いで幻の令息の元に駆け寄った。

「父上……?」
「お、おおおおま!  おま、お前……なななな何をしてるぅううううう!?」
「なにって……」

 殿下の動揺が凄いですわ。
 夫人はその場から動けず唖然としています。

「よ、呼ぶまで、別室で待機していろと言っただろーーーー!?  メ、メリザンドはどうした!?」
「メリザンド……?」

 幻の令息は、はて?  と首を傾げましたわ。

「うーん……分かんないけど……その辺にいるんじゃないかな……?  多分……」
「扱いが雑!  妹だろう!?」
「んー……妹だけど……」

 そこで幻の令息は言葉を切ってしまう。

「あ……それでね、父上……!  呼ばれるのをまだかなまだかなってウズウズして待っていたら美味しそうな匂いがして来てね……?」
「おい!  まだ話が途中……妹だけどなんだ!?」

 王弟殿下は、発言の続きを聞きたがっているけれど、幻の令息の中ではもう終わった話なのか話題が完全に切り替わってしまった。

(ふふふ、相変わらずですわ~)

「時間つぶしにつまみ食いもいっかなって……」
「話を聞、け……は?  つ、つまみ食い!?  いっかな!?」
「あれ……?  そういえば、つまみ食いしようとついて来ただけなのに……どうして父上の所にいるんだろう……?」
「レアンドル!」
「まだ呼ばれていない、よね……?」

 幻の令息は部屋の中をキョロキョロして不思議そうに首を傾げた。
 そんな幻の令息の発言に王弟殿下が絶句する。

「……うぅっ!  いつものことだが───会話が成り立たん!」
「あなた!」

 夫人が慌てて殿下の元に駆け寄る。

「落ち着いて!  おそらく待っている間、暇で暇で仕方なかったレアンドルは食事の匂いにつられて部屋を抜け出してここにたどり着いただけ!  全て無意識の行動よ!」
「そ、そう、か……無意識……うん」
「料理にモンタニエ公爵夫人の野菜を使わせたでしょう?  だから……」

(まあ!  どうやら私の野菜を使ってくれたようですわ!!)

 嬉しくて私の頬が緩む。

「それに、レアンドルの予測つかない行動はいつものことでしょう?」
「あ、ああ……」
「あまり慣れていないから、きっと今頃メリザンドは兄が消えたーーって青ざめているでしょうけどね……」
「そ、そう、か……」

 夫人の言葉に王弟殿下は頷いた。
 一つ一つ状況を整理している両親を横目に幻の令息は、ハッとした。

「────弟……!  ここには弟がいるんだよね……!?」

 幻の令息は目をカッと開くと勢いよく振り返った。
 そして、イチャイチャ真っ最中の片割れの弟の名を呼んだ。

「ナタナエル……!!  君がナタナエル……」

(ついに、兄弟の対面ですわーー!)

 誰も心の準備をしていない中で、兄弟の対面が突然開始されましたわ。
 名前を呼ばれたナタナエル様が兄の名を呼ぶ。

「えっと、もしかしてレアンドル……?」
「うん……もしかしてレアンドル、だよ……」

 弟の質問に兄は満面の笑みで頷いた。

「えー?  ほ、本当にナタナエルとそっくりだわ!  双子ってこんなに見た目がそっくりなの!?」

 二人の姿を見比べて驚いたアニエス様が口元を手で押さえる。

「すごい。確かに、並ぶとまるで鏡で写したかのように似ている」

 リシャール様も感心したように呟く。

「あら旦那様。ですが、厳密には眉毛の角度と……」
「あ……う、うん!  フルール。それは分かっているからね?  細かいところはよく見ると違うと言いたいんだろう?」
「そうです、違いますわ」 

 そんな中、初対面を果たした生き別れの双子の兄弟は、互いの顔をじっと見つめ合っていた。
 すると、突然ナタナエル様が口を開く。

「───レアンドル!  左手を上にあげて」
「う、うん……?」

 言われた通りに素直に左手を上にあげる幻の令息。
 ナタナエル様は、その動きに合わせるように素早く自分の右手を上にあげた。

「よし!  レアンドル、次は首を右に傾げて」
「う、うん……?」

 幻の令息はまたもや素直に従う。
 ナタナエル様も左に首を傾げて動きを合わせる。

(まあ!  まるで鏡みたいですわ~)

「……」

 突然始まった謎行動に周囲が唖然としている中、楽しそうな二人はそんな空気を気にする様子もなく色々なポーズを取っていく。

(そのポーズ、いいですわ!  あ、でも、足をもっと……いえ、手はあちらに向けた方が……)

「……」

 血が騒いで耐えられなくなった私は、二人の元に近付こうと足を踏み出す。

「はっ!  フルール?  どこに行く!?」
「二人のお手伝いですわ」

 私は満面の笑みで答える。

「え……お、手伝っ……えええ!?」
「あの二人なら、もっともっと素敵な動きが出来ると思いますの」
「へ!?」
「と、いうわけで、ちょっと二人の所へ行ってまいります!」
「フルーーーール!?」

 笑顔でリシャール様に手を振った私は鼻歌を歌いながら二人の元に近付く。

「こーんーにーちーは!」
「え?  モンタニエ公爵夫人?」
「野菜夫人……?」

 二人が突然現れた私に驚いた顔を見せる。
 私はニンマリ笑う。

(ふふふ、名探偵フルールには全てお見通し……)

 双子の間に言葉なんて要らない。
 行動で心を通わせよう!  
 これは、そういう試みですわよね!?

「さあ!  次はもっと高度な動きに挑戦ですわ!  私がお手伝いします」

 二人は顔を見合せて頷き合う。
 さすが双子。その動きもそっくりだった。

「────では、行きますわ!  そう!  まずは足を絡めて“人参のポーズ”からですわ!」
「「……!」」

 二人が“アレか!”と息を呑む。
 こうして、まずは双子人参が出来上がった。
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