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261. 楽しいのが一番!
しおりを挟むぐぅぅぅぅ……
(……ん?)
緊張感が漂う中、いったい誰が最初に口を開くのかと思っていたら、何やら私にとって馴染み深い音が部屋中に響き渡る。
(あら? この音は……)
腹ぺこの音ですわ!
この中に腹ぺこさんがいますわ!!
そう思ったのと同時に、ふと横からリシャール様の視線を感じた。
(リシャール様?)
次に、アニエス様、王弟殿下の順で何故か二人も私を見つめる。
(アニエス様に王弟殿下まで?)
いったい何故、三人は私を見ているのかしら?
特に、アニエス様と殿下! 今はとってもとっても大事な初会話をする時ですわよ?
そう思った時、ふと私は気付いた。
三人の視線が私のお腹に向けられている、と。
(まさか……)
「違いますわ! 今の腹ぺこの音は私の出した音ではありませんわ!!」
私は必死に首を横に振りながら否定する。
なんということでしょう! 濡れ衣ですわ!
「───は? え? ち、違うの!? フルール様の出した音じゃない!?」
大親友、アニエス様が驚きの声を上げる。
「わ、私もてっきり……これは夫人しかいないと……」
王弟殿下まで!
「まあ! 酷いですわ! お腹の音が聞こえたら何でもかんでも私の音だと思わないでくださいませ! ね? 旦那様!」
「……」
私は愛する夫、リシャール様に同意を求める。
しかし、何故か私の顔を見つめたまま黙り込むリシャール様。
「ま、まさか……旦那様まで?」
「……」
肯定も否定もせず、にこっと笑うリシャール様。
その国宝の笑顔は相変わらず素敵ですけれど……
「……もう! 誤解ですわ! 今朝の私は六回もお代わりをしましたから、お腹は充分満たされていますわ!」
「ご、ごめん……! もう腹ぺこと言えばフルール! みたいな思い込みが先に出ちゃってさ」
「まあ! それに、私のお腹の音でしたらもっと激しい音で主張しますわ!」
私はポンッと自分のお腹を叩く。
腹ぺこフルールのお腹の音は、ぐぅぅぅぅ……なんて生易しい音ではありませんのよ!
「そ、そっか……! お腹の音一つにもそんな違いが……あるの、か……」
「なっ……フルール様じゃない? それなら、今の音は誰のお腹の音なの!?」
アニエス様が困惑気味にそう口にした時、その横にいたナタナエル様が堂々と手を挙げた。
「アニエス、俺だよ」
「ナタナエル!?」
アニエス様がギョッとしていると、ナタナエル様がヘラッと笑った。
「屋敷に入った時から、なんか美味しそうないい匂いがするなぁ、何の匂いかな~って考えていたらさ、お腹が鳴っちゃった」
「え? ……屋敷に入った時から?」
「うん」
ナタナエル様は大きく頷く。
「……珍しくあなたが口を開かずに静かだったのは?」
「これは、何の匂いだろうってずっと考えていたからだね~」
「……実の両親とついに対面を果たした! 何から喋ろう? と考えていたからではなく?」
「何から喋る……? え? あ! そっか挨拶!」
アニエス様にそう言われたナタナエル様は、ハッとして王弟殿下と夫人に向き合う。
そして、ペコッと頭を下げた。
「えっと───ナタナエルです。どうも、初めまして。生まれてすぐ生き別れた息子らしいです」
「あ、ああ、どうも……」
「え、ええ……」
ナタナエル様の様子に王弟殿下と夫人は面食らったようでポカンとした表情のまま応える。
私は隣のリシャール様に向かってコソッと話しかける。
「旦那様! お腹の音をきっかけに緊張した空気が和らぎましたわ!」
「う、うん……」
「なぜ、私のお腹の音と間違われたのかは謎ですが、良かったですわね!」
「そ、そうだね……」
「?」
リシャール様の顔が少し引き攣っているように見える。
ナタナエル様と私のお腹の音を聞き間違えたことを気に病んでいるのかもしれませんわ。
(なんであれ、ここからは遂に親子水入らずの会話がスタートですわ! …………ん?)
私はそう思ったのだけど、なぜか王弟殿下が突然慌てだした。
「こ、これは、いかん!」
「あなた?」
突然立ち上がって使用人を呼ぶ王弟殿下。
「今すぐ! 今すぐナタナエルの腹を満たせる最高のもてなし料理を持ってくるんだ!」
「……は!」
「だが、いいか? これは絶対に守るんだ! ───身体への負担が少なくて胃にも優しい料理。だが腹は満たされて味も最高級に美味しいものに限る!」
「は…………は、い」
王弟殿下は鬼気迫る表情で使用人にそう言いつけた。
なんという要求……並々ならぬ食へのこだわりですわ……!
「……気が利かず、すまなかったな」
「いえ」
「直ぐに用意させる。しばし待っていてくれ」
王弟殿下が座り直すと、ナタナエル様の顔をじっと見つめながらそう言った。
「……どうやら顔色は悪くなさそうだな……良かった」
「えっと……? これはいつも通りの顔だけど?」
「そ、そうか!」
パッと顔を綻ばせた王弟殿下。
そして、何故かそのまま始まった話が食事とか体調とか、果ては健康法についての話ばかり。
ナタナエル様は気にした様子もなく、にこにこしながら答えている。
その横でアニエス様が不思議そうに首を傾げていた。
「旦那様、どうやら王弟殿下は随分と健康に気を使う方なのですね……?」
「え?」
「専門家並みにお詳しいですわ。やはり、もう一人の息子───幻の令息のことがあるからたくさん勉強されたに違いありません」
「……」
私がまたしてもコソッと呟くと、リシャール様がなにか言いたそうな目で私を見る。
「どうかしました?」
「いや……うん、というかあれ、絶対に誤解…………」
「?」
リシャール様はため息を吐いた。
そして、そのまま弾んでいく王弟殿下とナタナエル様の健康トーク。
ナタナエル様も騎士なだけあってとてもお詳しいですわ!
「───あー……ナ、ナタナエル……寒くはないか? 万が一のために、も、毛布も一応用意したんだ!」
「え……? 大丈夫。それにさすがに今の季節に毛布は不要かな。熱すぎる」
「そうか! あ、熱いか!」
「ほらね、あなた。だから言ったでしょう?」
「あ、ああ」
コホンッと軽く咳払いをした王弟殿下はナタナエル様に訊ねる。
「ナ、ナタナエル! 突然だが、き、君の好きなものはなんだ?」
「え? 好きなもの?」
「そ、そうだ! 先に用意しようと思ったんだが……その、好みが分からなかったからな! こ、これまで何もしてやれなかった詫び……というか、その……とにかく! 君になにか贈り物をしたい。だから、好きなものを教えて欲しい!」
王弟殿下が必死です。
なるほど!
まず、王弟殿下は物を貢いで距離を詰める作戦に出たようですわ!
好みも知れてナタナエル様のことも喜ばせることが出来る……考えましたわね!!
「うーん、俺の好きなもの……」
「何でもいい! 遠慮せずに言ってくれ! どんな物でも私が必ず用意させてみせよう!」
悩むナタナエル様。
対して王弟殿下は権力を使ってでも何でも用意する気満々ですわ!
「……あ!」
ナタナエル様がこれだ! という顔をした。
王弟殿下の表情が期待に満ちたものになる。
もう会えないと思っていた息子への初めてのプレゼントとは───……
「アニエス!」
その瞬間、しんっと室内が静まり返る。
なぜ、ここでアニエス様を呼ぶ?
誰もがそう思った時、呼ばれたアニエス様が困ったように聞き返した。
「ちょっとナタナエル? なんでここでわたしを呼ぶの?」
「え? だって、アニエスだから?」
「……は?」
目を丸くしたアニエス様に向かってナタナエル様は笑顔で答えた。
「俺の好きなものと言ったらアニエス! 間違ってないよね?」
「…………なっ!?」
アニエス様の顔がボンッと赤くなる。
「……え、えっと……? ナタナエル……?」
「はい。なにか?」
「き、君の好きなものは……」
「アニエスです!」
ナタナエル様は屈託のない笑顔で堂々と答える。
「……うぐっ」
「?」
「あなたーー!」
呻き声を上げて脱力する王弟殿下。
一方、王弟殿下の反応にきょとんとした顔をするナタナエル様。
そして、王弟殿下は息も絶え絶え夫人に向かって苦しそうな声で言った。
「レアンドル……レアンドルがもう一人いる……!」
「あなた……」
「あの呪われそうな野菜を前にうっとり顔をしていたレアンドルと反応が同じじゃないか……!」
「え、ええ。そ、それは私も……思ったわ……!」
二人がチラッとナタナエル様に視線を向ける。
ナタナエル様は二人の視線も気にする様子もなくアニエス様に迫っていた。
迫られたアニエス様は真っ赤な顔で応戦中ですわ!
「離れて生きていても中身がそっくり……これが双子……双子なのかーーーー」
「あなたーーーー」
頭を抱える王弟殿下を必死に宥める夫人。
ヘラヘラしながら大好きなアニエス様に迫るナタナエル様と、迫られて真っ赤になって照れている可愛いアニエス様。
そんな四人を見ながら私はリシャール様に声をかける。
「すごいですわ、旦那様! 皆、楽しそうですわね!」
「え! う、うん……まあ、そうなの、かな?」
「楽しいのが一番ですわ!」
私がにこにこしながらそう答えていると──
ぐーきゅるるるるるぅ……
(今度は正真正銘、私のお腹の音ですわーー!)
どうやら、私のお腹はお代わり六杯程度では足りなかった様子。
慌ててお腹を押さえる。
「だ、旦那様、私もお腹が鳴ってしまいましたわ」
「え?」
「ちなみに今のが私のお腹の音ですわ。全然違ったでしょう?」
「う……う、うん?」
私たちがそんな会話をしていると、先程、王弟殿下がナタナエル様のためにと命じた食事が運ばれて来た。
「まあ! とっても美味しそうな匂いですわ───ってあら?」
「ん?」
私が扉に視線を向けると、なぜか料理を運んで来た使用人の後ろから見覚えのあるお顔……
そう。
なぜか、幻の令息がフラフラと匂いにつられるように料理と共に部屋へと入って来た。
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