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260. 対面の日を迎えました
しおりを挟む「……え! ナタナエル殿の王弟殿下一家との対面、フルールも参加するの!?」
「ええ!」
私が、にこにこ顔で頷くとリシャール様は、ははは……と笑った。
「旦那様?」
「あ、いや。まさかとは思ったけど……」
「頼まれなくても強引に参加する心積りではいましたが───なんと! この私……別々に両方から直々に誘われましたわ!!」
私は、ババーンと大きく胸を張る。
「え!? 両方から直々に!?」
「ふっふっふ!」
驚くリシャール様に私はニンマリと笑う。
なんと!
王弟殿下にも頼まれ、ナタナエル様と大親友のアニエス様にも、当日いてくれと頼まれましたわ!!
「そうですわ! これは、常に『歌って踊れる最強に魅力的で出来る女の公爵夫人』を目指している私だからこそなせる技ですわ!」
「歌っ!? いつの間に……えっと、魅りょ…………コホンッ、最強の公爵夫人から随分と進化しているね?」
「当然です。私は常に上を目指していますもの。目指すは最強の最強の最強ですわ!」
今度はえっへん! と胸を張る。
何故か歌の機会だけは全然訪れないのが残念ですわ。
「最強の最強の最強……」
リシャール様が、クククッと笑う。
「フルール……もう、いっそのこと王弟殿下を引きずり下ろしてフルールが国のトップに立ったらどう?」
「興味ありませんわ! それにそもそも私は王族ではありませんので無理ですわね」
私がきっぱり答えるとリシャール様は苦笑した。
「王族関係なくフルールなら、絶対引きずり下ろせると思うよ? まあ、強さは求めるけど権力には興味が無いところこそがフルールなのかな」
「あら、権力はあるに越したことはないですから貰えるというなら喜んで貰います……が! やはり真の強さは全て自分の手で掴みとるものですわ!!」
「……フルール」
リシャール様がまた苦笑する。
「私は欲張りなんですのよ」
「うん……それがフルール?」
「ええ、それが私ですわ!」
私はにっこり笑顔でそう返した。
「もう、とっくの昔に最強だし魅力的だし出来る女だし……何よりパワフルでこんなに可愛いのになぁ……その向上心はとどまることを知らない……」
「?」
リシャール様はブツブツ言いながら私の頭を撫でていた。
─────
「旦那様、仕事は大丈夫ですの?」
「大丈夫。家で仕事していても絶対に気になって気になって気になって仕事は絶対に手が付かないから」
「そうなんですの……?」
そうして迎えたナタナエル様が対面する当日。
リシャール様も一緒にプリュドム公爵邸に着いて来てくれた。
リシャール様はふぅ、と息を吐きながら言った。
「うん。仕事に身が入らない坊っちゃまほど邪魔なものはありません、だってさ」
「まあ!」
「斜めに走っていく奥様を連れ戻せるのも説得出来るのも僕だけなんだからって」
「まあ! ……ん? 説得ってなんですの?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたので首を捻る。
「……フルール。使用人たちに言ったんだってね?」
「何をです?」
「最強の公爵夫人になるには暗殺者の一人や二人は手懐けないといけないとか何とか……」
「ああ、あの話ですわね!」
私は笑顔でポンッと手を叩く。
「だって突然、屋敷に暗殺者を生け捕りにして連れ帰ったら皆さん驚いてしまいますもの。事前連絡は大事ですわ」
「その通りなんだけどね……でも残念ながら、暗殺者を連れ帰るという発想が口から飛び出た時点で驚いているみたいだよ」
「まあ!」
「それで、なんか我が家の使用人一同、闇の組織について調べだしたんだけど?」
「さすがですわ! 情報収集は大事ですものね!」
私も本日の生き別れ親子の対面が済んだら、本格的に“生け捕り”に着手しないといけませんわ!
そんな決意を改めてしたところで、馬車はプリュドム公爵邸に到着した。
(───ナタナエル様とアニエス様はまだ到着していないようですわね……)
そして、使用人たちがかなりソワソワしている。
部屋に通された私はキョロキョロしながらそう思った。
王弟殿下は終始、落ち着かないのか、窓の外を見ては、まだか……とため息を吐き、ソファに座ってもすぐに立ち上がってしまい部屋の中をずっとウロウロウロウロしていた。
公爵夫人はそんな夫を心配そうに見つめている。
ナタナエル様との対面は、まず王弟殿下と夫人が先に行い、その後、幻の令息とメリザンド様を呼ぶことにしたらしい。
(……ん? あの方たちはどなた……?)
私の目に部屋の隅で待機している白衣を着た人たちが目に入った。
人数は五人。年齢もバラバラで女性もいる。
「旦那様、あの白衣を着た方たちはどなたかしら?」
「え?」
リシャール様の袖を引いて訊ねると、振り返ったリシャール様が待機している五人に目を向ける。
「すごい緊張の面持ちで待機していますの」
「んー? あ! 白衣だし、レアンドル殿の専属医師とかかな? ほらナタナエル殿と対面して興奮し過ぎて何かあったら大変だろう?」
「なるほど! ですが五人も……さすがプリュドム公爵家は手厚いですわね」
王弟殿下の血を引く、レア……? レ…………幻の令息ですもの。
興奮しすぎたら発作が起きてしまう可能性もありますものね! と私は納得する。
そして、部屋の隅に置いてある三枚の毛布は眠たくなった時用かしら……?
(しかし、どの方も凄腕のお医者様に見えますわ!)
私の野生の勘がそう言っている。
「医者……といえば、フルール。誤解は解いたの?」
「誤解?」
リシャール様の言葉に首を傾げる。
「えっと、ほら……僕が意識を飛ばす前に、フルールは王弟殿下にナタナエル殿が重症な恋の病を患っている、という話をなんか変な誤解を与えそうな表現で話していなかった?」
「ああ、王弟殿下が興奮して階段から落ちてしまった時の?」
「そう! それ! 誤解は解いた……んだよね?」
「誤解……?」
私はもう一度、リシャール様の言葉に首を傾げる。
「……」
「……?」
「…………え! ま、まさか!!」
ハッとしたリシャール様が口元を手で覆ったその時。
「────き、きききききき来た!!」
「ちょっとあなた! 落ち着いて! また転ぶわよ!?」
窓の外を見ていた王弟殿下が声を上げると、そのままの勢いで部屋を飛び出して行く。
その後ろを夫人が慌てて着いて行く。
「旦那様! ふふふ、王弟殿下が元気いっぱいですわ!」
「え、あ……う、うん」
「手足が同時に飛び出していたので、何だか転んでしまいそうでしたけど、大丈夫でしょう……か」
私がそう口にした時、廊下からガシャーンと花瓶の割れる音が聞こえてきた。
うわぁぁーー、とか、きゃー、あなたーーという悲鳴が聞こえてくる。
「……一階の部屋で対面することにして正解だったみたいだね」
「ええ。二階だったらまた、階段から落ちていたかもしれませんわ」
私たちは顔を見合せてそう口にした。
少しすると、玄関での軽い挨拶を終えて殿下たちが戻って来る。
緊張のせいか表情が強ばり気味の王弟殿下と夫人とアニエス様。
一方、全く緊張を感じないいつも通りの飄々とした顔のナタナエル様。
(初対面はどうだったのかしら……?)
ドキドキしながら注目していると、
「──わ、見て、アニエス! 部屋が広い!」
「ナタナエル!!」
なんと、ナタナエル様は初対面を果たしたはずの実の両親よりも、室内の方にばかりキラキラした目を向けていた。
(さすが鍛え抜かれた騎士ですわ! どんな時も平常心……ということですわね?)
騎士の心得に私は大きく感動する。
ちなみに、ナタナエル様が関係者の同席は王弟殿下一家とアニエス様と私たちのみと限定したため、アニエス様の父親、パンスロン伯爵は別室に待機しているらしい。
「え、えっと、ナナナナ、ナタナエル! ……そ、それからパンスロン伯爵令嬢、よ、よよようこそ! ど、どどどどうぞ! ま、ままずはそ、そこに座って、く、く寛いでくれ」
騎士の心得とは無縁そうな最高に吃った王弟殿下の声で一同がソファに腰を下ろす。
「……」
「……」
「……」
「……」
そして、向かい合わせに座った四人の中には緊張が走る。
どうやら皆、誰が一番最初に口を開こうかと互いに探っている様子。
私とリシャール様はドキドキしながら四人の様子を見守る。
(誰……誰が一番最初に口を開くんですのーーーー!?)
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