王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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255. 天然夫人と天然騎士

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❇❇❇❇❇


(ふっふっふ!)

 ───あなたの秘密を知っています!

 この便利な言葉は素晴らしいですわね!
 やはり、ナタナエル様も目を丸くしていますわ!

 私はニンマリと内心でほくそ笑む。
 “王弟殿下の秘密”は、なぜか私の思っていたこととは違っていたので今も有耶無耶になったまま。
 ですが、結果としてこの言葉はとても効果的だった。

(と、いうわけで)

 この言葉をズバリ言われた時のナタナエル様の反応で、彼自身が自分の出自を知っているか否かが分かりますわ!
 さすが私!
 名探偵フルールの巧みな話術!

 ふふんっと胸を張り、自画自賛しながら私は彼の反応を待つ。
 残念ながらナタナエル様は顔を俯けてしまい下を向いているので、今は表情がよく分からない。
 ただ、慌てている様子がありません。
 むしろ、パンスロン伯爵やアニエス様……そして、愛するリシャール様の方が私の発言に慌てていません?

(───さあ!  ナタナエル様!  顔を上げて反応を示して下さいませ!)

 名探偵フルールに誤魔化しは効きませんわよ!
 しっかりと見極めさせてもらいます!



 しんっと静まり返った室内。
 最初に口を開いたのはアニエス様だった。

「ひ、秘密って……フルール様?  あなた何を言って……」
「アニエス様。誤魔化す必要はありません。私にはもう全て分かっていますのよ」
「!」

 アニエス様がカッと目を大きく見開いて口ごもる。
 この反応……少なくともアニエス様は知っているのかも。
 伯爵もそろっと気まずそうに私から目を逸らしていますし……

(結論!  パンスロン伯爵家の二人は知っている!  ですわ)

 しかし、肝心のナタナエル様は?
 そう思って彼に視線を向けると、ようやくナタナエル様が顔を上げてくれた。

「───ねえ!  アニエス!  すごいね、俺の秘密って何かな!?」
「は?  ナタナエル!?」
「だって、秘密だよ?  何かなってワクワクしない?」

 ナタナエル様がキラキラの笑顔でアニエス様に問いかける。

「あ、あなたね!?  自分のことを言われているって自覚あるの!?」
「え~?」
「ナタナエル、あなたの秘密なのよ!?  なんでそんなに他人事のような顔をしているの!」
「うん?  俺の……」

 きょとんとした顔で首を傾げるナタナエル様。
 そして、うーんと考えてから、ようやく思い出したのかハッとした。
 そのまま神妙な顔になって私に訊ねた。

(この顔……!)

 ナタナエル様が深刻な表情になりましたわ。
 そんな彼の顔を見たリシャール様も察したのか私の横で息を呑んだ。

「モンタニエ公爵夫人……まさか、アレのことを言っているのかな?」
「───ええ。アレのことですわ」

(喰いついた!)

 ですが、これではまだ確証とは言えない。
 だから私も神妙な顔で頷き返す。

「……おかしいな。どうして分かったの?  俺、結構必死に隠していたつもりなんだけど」
「……」

(隠していた……)

 そうですわよね。
 実は、死んだと言われている王弟殿下の子どもなんです。
 なんて軽々しく口に出来るはずがありません。

 もう、これはナタナエル様は知っているという確定でいいかしら?
 そう思った時、リシャール様が横から私に熱い視線を送っていることに気付いた。

(リシャール様?)

「……」
「……」

 なんてこと……!
 国宝凄い!
 やはり、国宝は普通の人とはひと味もふた味も違う!
 これまで受けたことのないとんでもない圧ですわ!!
 そのまま私とリシャール様はしばし見つめ合う。

 何かしら?  え?  落ち着け?  早まるな?
 リシャール様の目はそう言っているように感じますが───

「……!」

 ───リシャール様の言いたいこと分かりましたわ!
 すでにこの時点でナタナエル様は、ほぼ自分の出生には秘密があると認めたも同然。
 つまり、
 “このままとにかく押せ押せで行け!  突っ走れ!”
 ですわね!?

 危なかったてす……危うくリシャール様の気持ちを読み違える所でしたわ。
 これは妻失格!
 夫の思いを理解した私は大きく頷く。

(大丈夫ですわ!)

 だって私、真っ直ぐ全力で走るのは得意ですもの!!

「ナタナエル!  ちょっと、あなた……まさか!」

 私が走り出そうとしたその時、アニエス様がナタナエル様の肩を揺さぶった。
 揺さぶられたナタナエル様はアニエス様の顔を見ると小さく微笑んで優しく頭を撫でる。

「うん……まさか、こんな形でバレてしまうなんてね」
「ナタナエル……!」
「モンタニエ公爵夫人はやっぱりすごい人だよ。さすがアニエスの大親友……君を愛でる会の会長なだけあるね……」

(褒められましたわ!)

「阿呆なこと言わないで!  何を誇らしげに語っているのよ!」
「え~?」
「どうせそ、その……な、なんちゃらの会!  とやらのメンバーはあなたたち二人だけなんでしょう!?」

 真っ赤になってそう怒鳴るアニエス様。
 そんなアニエス様に向かってナタナエル様は諭すように言った。

「アニエス。確かに今はメンバーは俺たち二人だけ。でもね?」
「でも……なに?」

 おそるおそる聞き返すアニエス様にナタナエル様は誇らしげに胸を張る。

「会員メンバーになりたい人はたくさんいるはずだよ」
「なっ……」

(同感ですわーーーー!)

「皆、照れくさくて俺たちの仲間に入れてと言い出せないだけなんだ」
「なっ……」

(同感ですわーーーー!)

「安心して?  アニエス。俺はこれからはもっとメンバーを積極的に募集していくつもりだから」
「なっ……」

(協力しますわーーーー!)

 私は目をキラキラさせて大興奮状態になる。
 さすがナタナエル様。
 アニエス様の可愛らしい所はもっと世に広げるべきですもの!

 私が満足してうんうんと大きく頷いていると、突然ガシッと肩を掴まれた。

「え……!?」

 私の肩を掴んだのは、横にいた愛する夫・リシャール様。
 またもや、国宝の圧をかけてくる。
 そのかっこよくて真剣な瞳……いつ見ても胸が高鳴りますわ。

「フルール!  違う道に迷い込んでるから戻って来てくれ!」
「え?」
「急に道が枝分かれしたようだけど、伯爵令嬢の可愛らしい所?  とやらを広めるのは別の道だ」
「……別の……?」
「今ならまだ引き返せるから!  来た道を戻っておいで?」
「…………は!」

 そうでした!
 脳内の私は、勢いよく後ろを振り返ると、全速力で来た道を引き返した。

(危なかったですわ……)

 このままナタナエル様と次の愛でる会の会合の約束だけして帰るところでしたわ。
 私は汗を拭ってから、気を取り直して目の前でじゃれ合うアニエス様とナタナエル様を見つめる。

(……)

 アニエス様の慌てている様子、ナタナエル様のこの反応……
 そして、完全に空気と一体化し魂が抜けたような顔で口をあんぐりさせて一言も発しない伯爵。

 ここで、ナタナエル様と私の目が合う。
 その目を見て私はついに確信した。

(───間違いありません!  ナタナエル様はご自分の出生を知っていますわ!)

「……!  モンタニエ公爵夫人……やはり君は知っているのか……」
「ええ!  私は全て分かっています!」

 私の宣言にナタナエル様が諦めたように笑った。

「ごめんね、アニエス」
「は?  なんで、わたしに謝るのよ!」
「いや、だってほらもう隠せておけないなって……相手は公爵夫人だしね」
「ナタナエル……」
「でもさ、なんで公爵夫人には分かったんだろう……?」

 アニエス様がナタナエル様の手をそっと取る。

「フッ……そんなの……そこの公爵夫人は普通じゃないからよ」
「普通じゃない?」
「そうよ、ナタナエル。思考は常に明後日、全てがポジティブな解釈、犬並みの嗅覚、無駄に元気な行動力、とんでもない食欲…………ああ!  挙げても挙げてもキリがない!」

(まあ!  アニエス様に褒められていますわ~)

 たくさん褒められたのが嬉しくてこんな時なのに口元が緩みそうになる。
 それに、どうやらこのままいい感じでナタナエル様側の話も引き出せそうですわ!!

(名探偵フルール万歳!)

 ナタナエル様も出生の秘密を知っているなら話は早い。
 あとは、王弟殿下側も事情を知ったことを伝えて、ナタナエル様の気持ちを確かめて───

「でも、ナタナエル。わたしは言ったわよね?  たとえ、あなたが……」
「───誰にもバレていないと思ったのに!  俺がアニエスの大好きなお菓子をこっそり、ちまちま盗み食いしていること!!」

(……ん?)

 内心で首を捻っているとナタナエル様は、うわぁぁと唸りながら両手で自分の顔を覆う。

「バレたらアニエスは絶対に怒るから……必死に隠して秘密にしていたのに……!!」
「…………わたし、のお菓子を盗み……食い?」
「いったい、公爵夫人はどこでそれを嗅ぎつけたんだ?」
「────ちょっと、ナタナエル?  ふふふふふ。そこでじっくり話をしましょうか」
「ア、アニエス……」

 アニエス様がとってもいい笑顔でナタナエル様の胸ぐらを掴んだ。
 するとそのまま彼を部屋の端に引きずっていく。
 そして、そこで盛大な未来の夫婦喧嘩(妻の怒りのみ)が勃発した。

(あれ?)

 確かにお菓子の盗み食いの罪は重たいですわ。
 アニエス様の怒りもごもっとも!  
 食べ物の恨みは恐ろしいですもの。
 しかし……
 今はそんな話をしていたのだったかしら?

(どういうことですの?  ……いえ、こんな時は!)

 私は隣の愛する夫・リシャール様に助けを求めた。

「───どうしましょう、旦那様!  私……今度こそ迷子になったかもしれません!」
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