王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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254. 誰が相手でも変わらない(リシャール視点)

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❇❇❇❇❇


 パンスロン伯爵家に向かう馬車の中。
 僕は、窓の外の景色を見るフリをしながら密かに決意を固める。

(プリュドム公爵家では色々失敗してしまったから、今度こそ……!)

 確かに幻の令息ことレアンドル・プリュドム公爵令息は、掴みどころのない変わった人ではあった。
 フルールと似た空気も感じる。
 しかし、フルールの無自覚パワーは誰よりも分かっていたつもりなのに。
 ああも言葉にされると……

(あんなにも衝撃だなんて思わなかった!!)

 やっぱり僕はまだまだ、だ。
 僕の頭の中は、
 え?  フルール……君がそれ言っちゃう……!?
 そんな気持ちが一気に駆け巡って意識が随分と遠くに……
 人って他人のことは分かっても、自分のことは分からないものなんだな。

 そんなことを考えながら、向かい側に座った今日もいつでも可愛いフルールの顔を見る。

(……ん?)

 どうしたんだろう?
 いつもなら大親友に会いにいくとなれば、にこにこしているフルールの顔が今日は強ばっているように見える。

「……」

(これは緊張……しているのかな?)

 やはり、さすがのフルールでも今回ばかりは緊張するのかもしれない。
 なぜなら謎の騎士──ナタナエル殿の生い立ちは想像以上に重かった。
 僕が石化している間にフルールは、暴走しそうな王弟殿下をまだ冷静に対処してくれそうな夫人を使って留めて時間を稼いでいた。

(フルールも一緒に暴走してもおかしくない性格なのになぁ)

 特に悪人に対しては容赦なくズカズカ踏み込んで無自覚に大暴れするのに。
 それなのに、あの場で暴走しかねなかった王弟殿下を抑えるのに、最善な方法を瞬時に選択するあたり……

(やっぱり、フルールだよなぁ)

 フルールお手製作物(果物)の美肌効果とやらには驚かされたけど、あれはプリュドム公爵夫人の方が王弟殿下より強いのを見極めたからこその交渉だったのだろう。

 僕はフッと笑みがこぼれる。
 改めて思う。
 フルールのこういうところ本当に好きだな、と。

「……旦那様」

 僕が頭の中で色々考えていたら、フルールが僕を呼んだ。
 珍しい。
 声もどこか震えているように感じる。

「フルール?」
「ど、どうしましょう……」
「え?」

 馬車の中に緊張が走る。
 何だ?  そんなに不安なのか?
 僕は安心させるためにフルールの手を取ろうと思って自分の手を伸ばす。

「……大丈夫だ、フルール」
「旦那さ……」

 そんな僕の手がフルールの手に触れる直前だった。

 ぐーきゅるるるぅ……

(…………ん?)  

 聞き覚えのある音が、目の前の愛しの妻フルールのお腹から聞こえた……気がする、ぞ?

「あ!  あぁぁぁ……」

 フルールが慌てて自分のお腹を押さえる。

「やっぱり鳴ってしまいましたわ……!」
「えっと?」
「旦那様……実はなんと!  今朝の私はご飯が三杯しか食べられませんでしたの!」
「……う、うん!?」

 そう言われて思い出す。

(確かに今朝はお代わりの回数がいつもより少ないとは思ったが……)

 三杯───確かにそれはフルールが絶好調の時の半分だ。

「今になって音が鳴るほどお腹が空いてきてしまいましたわ!!」

 フルールが可愛く困っている。

「……フルール、聞いてもいい?」
「はい?」
「馬車に乗り込んでから、ずっと顔が強ばっていたのは、もしかして……」
「さすがです……気付いていましたのね?  そうですわ。お腹が空いてきた……と思っていたから必死に我慢していたのですわ!」
「……」

(き、緊張じゃなかっただとーーーー!?)

 本当にフルールって人は……
 でも、こういう所が可愛いくて可愛くて愛しくて堪らないんだ。

(今度からお菓子でも持ち歩こうかな?)

「じゃ、帰ったら料理人に美味しいものを用意させようか」
「旦那様、ありがとうございます…………はい!」

 食べ物が絡んだからか、フルールはキラキラが増してめちゃくちゃ可愛い笑顔で微笑んだ。



 そんな話をしているうちに、馬車がパンスロン伯爵家に到着した。
 僕らは顔を見合わせる。

「着きましたわ」
「そうだね」

 今日は事前の連絡で伯爵にも同席を願っている。

(さて、どうなることやら────)


────


「モンタニエ公爵、公爵夫人、お待ちしておりました」

 僕らは伯爵に丁重に迎えられた。
 すると、僕の横でフルールが面白い顔をしている。

「フルール?」
「あ、旦那様……その、こうもかしこまって出迎えられると不思議な感じがしましたの」
「……」

 まあ、たまに連絡しないで突撃するフルールだからな。
 その都度、伯爵令嬢の悲鳴が屋敷内に響いていることだろう。

 そんなフルールも案内されて“大親友”の姿を見るなり顔を綻ばせた。

「───アニエス様!」
「ひっ!  その笑みは何!?  フルール様!?  夫まで連れて今日は何を企んでいるの!!」

 そして、パンスロン伯爵令嬢の怯え方。
 事前連絡していてもこれだと突撃訪問された時は凄い顔色になっていそうだ。

「アニエス様、今日も元気いっぱいで嬉しいですわ!」
「は?」
「そうだよ!  だってアニエス、ずっと公爵夫人たちが来るのが待ち遠しくて部屋の中をウロウロしていたからね~」
「ナ!  ナタナエル!!  何を言っているの!  違っ……」
「ははは、そんなに照れなくても大丈夫だよ~?」
「そうですわ、アニエス様!  大丈夫です。私はちゃんと分かっていますわ」
「~~っっ!  あなたたち!!」

(……やっぱり似ている)

 ナタナエル殿とレアンドル殿。
 顔はもうそっくりだ。
 フルールの言う顔のパーツの数ミリの差なんて僕にはさっぱり分からない。

「……」

 ナタナエル殿は騎士にしては細身だ。
 仕方がないこととはいえ、レアンドル殿の方が痩せてはいるが、今後彼がもっと元気なって肉付きがよくなり二人で並ばれたら……

(無理だ!  見分けがつかない!)

 なぜなら、こうして接していても分かるが、生き別れの兄弟で共に過ごした時間は無いに等しいはずなのに、醸し出すフワッとした雰囲気までもが似ている……!

(これぞ血筋!  だが二人の性格は誰に似た!?)

 そんな疑問を覚えつつ、こんなに似ているなら隠し通すのもそろそろ潮時だったのかもしれない。
 そう思った。



「コホンッ───それで?  私まで交えての改まった話とはなんでしょう?」

 全員、腰を下ろしたあと伯爵が神妙な表情で口を開く。

「ああ、今日は……」

 僕が口を開きかけた所でふと思う。
 フルールはどうやって切り出すつもりなのだろう?

 ───私に任せてください!  大丈夫ですわ!

 そう自信満々に胸を張っていた。
 だが、名探偵フルールは情報収集が苦手。
 特に回りくどいのが───……
 だから、王弟殿下にも直球勝負に挑んでいた。

(ん?  待てよ?)

 そこで僕は動きを止めフルールの顔を見る。
 回りくどいのが苦手なフルール。
 いつも、豪速球をド真ん中に思いっきり投げ込むフルール。

(つまり……?)

「──今日は、ナタナエル様に大事な話があって参りましたの」
「え?  俺に?」

 僕の言葉を引き継ぐようにフルールは口を開いた。
 名指しされたナタナエル殿は少し驚いた表情になる。
 パンスロン伯爵の身体が少し震えたのは……気のせいか?

「そうですわ!」
「……あ!  もしかして、俺がアニエスを本当に幸せに出来るか確かめるため、アニエス試験を実施しようとかそういう話?」
「──っ!  そ、それはぜひとも行いたい試験ですが……今日は違いますわ」
「なんだ、違うの?」

(……試験、やりたいんだ?)

 大変だ。
 伯爵令嬢が目をまん丸にして、婚約者ナタナエル殿とフルールを見ているよ!
 そして、その顔はどんどん赤くなっていく。

(居た堪れないんだろうなー……)

 おそらく、彼女は出会った当初はフルールへの意地悪を企んでいたはず。
 しかし、天然フルールに振り回され、空回って空回って空回って大親友まで登り詰めた。
 こんなはずではなかった……今もそう思っているのかもしれない。

「はい、残念ですが。しかし、試験はまた今度やりましょう!」
「分かった!  勉強しておくよ!」
「百点満点以外は認めませんわ!!」
「くっ……さすがだ。手厳しいや」

 フルールの提案に大真面目な顔で頷くナタナエル殿。
 二人の会話をこうして聞いていると、前回の情報収集がクイズ大会とやらで終わった理由がよく分かる。

(話が始まる前からズレていく……戻さなくては!)

「あのさ、フルール。そろそろ話を本題に……」

 僕はフルールに声をかけて軌道修正を試みようとした。
 それこそが今日、ここに着いて来た僕の大事な大事なお役目!!

 ハッとしたフルールはチラッと僕に視線を向けニコッと軽く笑う。
 すると、ナタナエル殿に向き直って彼の名を呼んだ。

「────ナタナエル様!」
「うん?」
「───実は私、あなたの秘密を知っています!」
「……え?  俺……の?」

(なっ……フルーール!  それ、この間も聞いたぞーーーー!)

 僕の愛する可愛い妻は、誰が相手でも変わらない。
 やっぱり今日も豪速球をド真ん中に投げ込んだ。

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