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253. 無自覚って怖い ②
しおりを挟む何だか色々と目まぐるしかったプリュドム公爵家の訪問を終えて私たちは帰宅することになった。
馬車に乗り込んで、出発した所で私はリシャール様に向かって言う。
「色々な事実が次から次へと出て来て驚きましたわ。ね? 旦那様」
「……」
「まさか、ナタナエル様の正体が王弟殿下の子息、しかも死んだとされていたなんて……かなり複雑な生い立ちでしたわ。ね? 旦那様」
「……」
「……旦那様?」
リシャール様がまだ無言ですわ。
自分の足できっちり歩いてはいたけれど、未だに心ここに在らずといった様子。
相当お疲れなのかしら?
ですが、そろそろ起きてもらわないと……
(いつもみたいに、チュッってしたら起きてくれるかしら?)
朝、リシャール様の寝起きが悪い時、最近はこうやって私が起こしている。
目覚めのキスの威力はなかなか凄いようで、リシャール様はそれまでのグダグダした様子が嘘のようにいつも勢いよく目を覚ましてくれる最高の起こし方!
(さすがに王弟殿下たちの前で、チュッとするわけにはいかなかったから、ずっと我慢していましたのよ!)
「……」
ニンマリと笑った私は、そろっとリシャール様の隣に移動する。
「旦那様! そろそろ起きましょう!」
「……」
そうして私はリシャール様の美しい顔にそっと自分の顔を近付けた。
「───はっ! フルールの感触!?」
「おはようございます? 目が覚めました?」
(やりました! 起きてくれましたわ!)
私は大満足で微笑む。
ようやく覚醒したリシャール様は目をパチパチさせて私を見ている。
「あれ? 僕……? 今、フルールの感触……え?」
「お疲れなのか、途中からずっと呆けてらしたので、起こさせていただきましたわ」
「え……呆けて、た?」
「ええ」
リシャール様が戸惑いだした。
そして頭に手を当てる。
「すまない……長い……長い夢を見ていた気分だ」
「夢ですの?」
なんとリシャール様ったら、あの状態で夢まで見ていたらしい。
私の愛する夫はとても器用ですわ。
「うん。いや、だってフルールが……」
「私が?」
「……」
リシャール様がじっと私の顔を見る。
「───無自覚って怖いなって」
「あら? それは私が言ったセリフですわよ?」
「うん。だから怖いなって」
「そうですの?」
リシャール様は最後に「ほら、最強だ……」と呟いた。
よく意味が分からなかった。
「───えっと、それで僕の意識が違う世界に飛んでいた間には何があったの?」
「王弟殿下は、足を捻っているので一週間の安静を言い渡されていましたわ」
「頭を打ったりはしていないのか……それは良かった。一週間ということは骨も大丈夫だったんだね」
「公爵夫人曰く、よく落下するので身体はタフなのだそうです」
「……よく?」
リシャール様が顔を引き攣らせる。
「どうやら、かなりそそっかしいそうです」
「へ、へぇ……」
「それで、その後はナタナエル様の話になりまして……」
私はその後二人から聞いた、
双子で生まれた二人が周囲から忌避の目で見られたこと。
また、二人揃って病弱であり、まだ名前をつける前に弟の方が死んでしまったこと。
などを説明した。
「今では廃れた風習だから僕はよく知らないけど、当時、双子の不吉とされていたのは後から生まれた方を指していたんだっけ……?」
「そうらしいですわ」
私もよくは知らないけれど、そうらしい。
リシャール様は辛そうに目を伏せた。
「死んだことにされたはずなのに……実際は生きていた、ということは……」
「王弟殿下たちは、医師に告げられただけだったので……信じられない! と強く訴えたそうなのですけど当時の父親である国王陛下や兄の王太子殿下たちは聞く耳を持たず……むしろ……」
「むしろ?」
私はギュッと拳を握りしめる。
「不吉の証など居なくなってよかったじゃないか───と、まで吐き捨てたそうですわ」
「!」
リシャール様がハッと息を呑んだ。
そして悔しそうに唇を噛む。
「───王弟殿下が王家と距離を置いていた理由がよく分かるね……」
「はい……ですから、そのまま育てていたら“双子の弟”はいつか誰かに事故などを装って殺されていたかもしれませんわ」
「……そうなる前に……誰かが秘密裏に逃がした?」
私は頷く。
「そんなことが出来る人間は限られていますから……王弟殿下が調べればおそらく直ぐに判明しますわ」
「だろうね」
リシャール様も深く頷いた。
ナタナエル様が今も生きているということは、殺すためじゃない。生かすため、守るための計画だった、そう考えるのが妥当。
そうなると行動を起こしたと考えられるのは王弟殿下に近しい人たち───……
(パンスロン伯爵家も王弟殿下に近しい家の中の一つ……)
「───ところで、フルールはナタナエル殿が騎士だとかパンスロン伯爵家の令嬢と婚約していることとかは話したの?」
「はい?」
「だって王弟殿下、階段から落下するほどの勢いで興奮していたし、今すぐ騎士団か伯爵家に押しかけてでも会いに行きそうな感じだけど……あ、でも足を怪我しているのか……」
「あの足では押しかけるのは無理ですわね」
だって、幻の令息にツンツンされて涙目でしたから。
「───それと、言っていませんわ」
「え?」
リシャール様がポカンとした顔で私を見る。
「ナタナエル様の居場所です。凄いお顔で教えてくれと詰め寄られましたけど」
「フルール……」
「ナタナエル様の気持ちを聞いてからでないとダメです、と言い張って教えませんでしたわ」
「それはその通りなんだけど……でも、フルール。そんな強気に出て大丈夫だったの?」
相手は王族だよ? と、心配そうな表情になったリシャール様に私はニッと笑う。
「大丈夫でしたわ! だってちょうどいい所にいい交渉材料がありましたもの!」
「交渉材料?」
私はふふんっと胸を張る。
「持参した私の野菜たちですわ!」
「え?」
「これが欲しければ、せめて足が治るまでの一週間は大人しく我慢するようにと約束させましたわ!」
(早く会いに行きたい王弟殿下たちの気持ちは分かりますけど……)
王弟殿下がその気になれば、いくら私があの場で口を噤んでも“ナタナエル”という名前を頼りに調べればきっとすぐに判明してしまう。
ですが突然、押しかけられたら混乱するのは必至。
それならば、と幻の令息がうっとりするほど惚れ込んだ野菜たちを使って私は時間稼ぎの交渉を試みた。
「ですが、それだけでは弱いかと思い……もし約束を守って貰えるなら野菜に加えて美肌効果のある果物もオマケで付けますわ、というサービスを提案しましたの」
「ん? 美肌?」
「そうしましたところ、公爵夫人は果物のことは噂で知っていたようで……目の色を変えてその交渉に飛び付いてこられ……」
一週間も待つのは……と渋る王弟殿下を有無を言わさず踏み付ける勢いで乗って来たので無事に交渉成立ですわ!
「……フルール、待って? 美肌って何?」
「美しい肌ですわ」
「うっ…………うん、そうだね。えっと、そうじゃなくて…………まず果物って?」
リシャール様が不思議そうな表情で訊ねてくる。
「果物は果物です。野菜の他に少しだけ育てていますわ?」
「そうだったの?」
何故か驚くリシャール様。
言っていなかったかしら? そう思った所で思い出す。
「そうでした! 伯爵家で育てていた頃はお母様や使用人で全て食べ尽くしていましたし、こちらでも使用人に配っておしまいでしたわ!」
そう、つまり私のお手製果物はリシャール様の元まで届くことがこれまでなかった!
「フルールの育てた果物には美肌効果が……あるということ?」
「これも不思議な現象の一つですわ。野菜と違って味は普通なのですけど、お肌にはとても良いことが以前判明して───」
「……」
「旦那様?」
無言になったリシャール様がそっと私を抱きしめる。
そして耳元で囁いた。
「フルールさん…………無自覚は怖いね?」
「はい!」
話の流れはいまいちよく分からなかったけれど、その通りなので私は満面の笑みで頷いた。
「と、いうわけで一週間ほどの猶予が出来ましたので、私はその間にアニエス様たちの所に行って来ますわ」
「僕も行く」
「あら……? アニエス様は大親友ですから慣れていますし、一人でも行けますわ?」
私はそう言ったのにリシャール様は首を横に振って頑なに譲らない。
「フルールのことだから、また第二回クイズ大会とやらを繰り広げて満足して帰って来ちゃう可能性もあるから───僕も行く」
「まあ!」
こうして翌日。
心配性なリシャール様と共に、私は大親友の元へと乗り込んだ。
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