王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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252. 無自覚って怖い

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「う、うぅ……」

 王弟殿下、意識はあるみたい。
 でも、足が痛そう。
 捻っているのかも。

(───大変ですわ!)

「え……父上ーー……!?」

 私たちの後から顔を出した幻の令息もさすがにこの光景には驚きの声を上げる。
 ナタナエル様ではなく、今すぐ医師の手配が必要なのは王弟殿下の方になってしまいましたわ!

「───この騒ぎは何事なの?  そして、今のすごい音は何……って、あなた!?」

 そしてそこに現れたのは、これまた迫力の美人。
 顔立ちはメリザンド様によく似ています。
 なので、誰なのかは一目瞭然。
 ───妃殿下。
 プリュドム公爵夫人の登場ですわ!

「母上……!」
「レアンドル!  この騒ぎ……まさかあなた、またやらかしたの……!?」

 レアンドル様の姿を見かけた公爵夫人が叫んだ。

(また?  とは何かしら?)

 私がリシャール様と顔を見合せて首を傾げていると、幻の令息も同じように首を傾げる。

「また……?  母上、何の話……?」
「何の話?  ではないでしょう?  レアンドル。あなたは昔っからそそっかしいから……あの人を巻き込んで事故ばかり起こしているでしょう!」
「えー……?  そうだっけ……?」
「そうだっけではありません!」

 叱っている公爵夫人だけど、幻の令息は心当たりが無さそう。

「あの人の階段落下はこれでもう何回目?  庭の池に落ちて風邪を引いたのは?」
「あはは……!  そう聞くと父上ってそそっかしいね……?」
「レアンドル?  笑い事ではないのよ!?  いつもいつもいつも、あの人が何かしら事故に遭う時は、レアンドル絡みなのよ!」
「うーん……?  そう言われても……」

 どうやら話を聞いていると、王弟殿下が階段から落下するのはそう珍しいことではなさそう。
 幻の令息はあまり実感がないみたいですが。

 私は隣にいるリシャール様にコソッと小声で話しかける。

「旦那様……」
「うん?  どうしたの、フルール?」
「そこのお二人の話ですわ────無自覚って怖いですわね?」
「え!?」
「だって何をしでかすか分かりませんもの!」

 私が幻の令息のことを指してそう口にすると、ゴフッと突然吹き出したリシャール様は、なぜか驚愕の表情で私を見て固まった。

「旦那様?」
「…………」

 大変ですわ!  
 リシャール様がまた石化してしまいましたわ。

「だーんーなーさーま?」
「…………」

 リシャール様の顔を覗き込んで呼んでみても反応はない。

「ん~?」

(大騒ぎになってしまったから、リシャール様もお疲れなのかもしれませんわね)

 息はしているので、愛する夫のことは少しそっとしておこうと決めた。


 その後、公爵夫人の命令でプリュドム公爵家には慌てて呼ばれた最上級の医師が飛んで来た。


────


「頭は打っていませんが……足を捻っているせいで一週間ほどは動けないそうです」

 王弟殿下が医師の診察を終えたあと、プリュドム公爵夫人がそう説明してくれた。
 頭も打っていなければ骨折もしていないらしい。

(良かったですわ~)

 私がホッとしていると、公爵夫人がポツリと言う。

「まあ、昔からよく色々な所に落下している人なので……身体はタフです」
「あ、そういえば先程も……」

 幻の令息とそんな話をしていた。
 私が聞き返すと公爵夫人は静かに頷く。

「若い頃はプランシュ様……えっと貴女のお母様と色々あって……結婚後は主にそこの息子レアンドルが原因ですけれど」

 公爵夫人はチラッと息子に視線を送る。

「父上……大丈夫ですか?  痛そう……」
「痛っ……!  おい、レアンドルーー!  なぜわざわざ腫れている所を触るんだ!?」
「えっと……痛そうだから……?」

 そんな幻の令息は無邪気に王弟殿下の捻った足の腫れた部分を指で突っついていた。
 ベッドに寝かされた王弟殿下はその都度涙目で叫んでいる。

「親子はいつもあんな感じです」

 公爵夫人は肩を竦めながらそう言った。

「なるほど……とても楽しそうな親子の触れ合いですわ!」
「……はい?」

 私が見たままのことを口にすると、プリュドム公爵夫人が目をまん丸にして私の方を見た。

「えっと、なにか……?」
「コホッ……あ、いえ。“あの”ブランシュ様の娘にしては随分とおっとりした発言をされるのね……と思っただけです」
「え!」

(おっとり!)

 おっとり……おっとり……聞きなれないその響きに感動した。
 今の言葉、私をよくお転婆だと言っていたお兄様に聞かせたいですわ。

 プリュドム公爵夫人はクスッと笑う。

「あのブランシュ様とエヴラール殿の子どもは、果たしてどちらに似るのかと思っていたけれど……」
「?」
「聞けば、アイツ…………コホッ、失礼。国王一家を嬉々として破滅に追い込んで潰したと聞いたから、てっきりブランシュ様似なのだとばかり……ほら、ブランシュ様も昔、エヴラール殿をバカにした一家を潰したでしょう?」
「え……」
「血筋よねぇ……」

 なんだか公爵夫人がお母様のやんちゃな過去をサラリと口にされていますが、それよりも私が気になるのは……

(私が国王一家を嬉々として潰した?)

 私は、あの人たち───元国王や王子王女には諸々の慰謝料請求しただけですわ?
 だって、あれは当然の権利!  ですもの。

「そして、何故なのかしら?  何を言い出すか予測出来ない我が子とも似た空気まで感じるわ……」
「え?  似ている……?」

(どこがでしょう?)

 私が内心で首を捻っていると、プリュドム公爵夫人は遠い目をしていた。

「……ところで、モンタニエ公爵夫人?  あなたの夫、モンタニエ公爵が先程から微動だにしていませんが?」
「あ、はい。夫はちょっと疲れてしまったみたいです」
「……疲れ、ねぇ」

 公爵夫人は無言でどこか労るような目でリシャール様のことを見る。
 そのあとは軽く咳払いをして話題を変えようと夫の王弟殿下に声をかけた。

「───それで?  あなたは何をそんなに興奮して間抜けにも来客の前で階段から足を踏み外したのですか?」

 その問いかけに、息子とじゃれ合っていた王弟殿下がハッとする。
 そして真面目な表情になって慌てて公爵夫人に向かって叫んだ。

「そうだ!  ───生きていた!  生きていたんだよ……!」
「生き……?  あなた、なんの話ですか?」

 首を傾げる公爵夫人に、王弟殿下は更に興奮して叫ぶ。

「なんのって……決まっているだろう?  私たちの───……痛っ!!  レアンドル!  空気読めーーーー!」
「父上……隙あり……!」
「私で遊ぶなーー!  レアンドル!  これはお前にも……お前にも関わる重大な話なんだぞ!!」

 涙目で叫ぶ父親に向かって幻の令息は静かに笑った。

「分かっているよ、父上……?  死んだはずの弟のことだよね……?」
「レアンドル……?」
「驚きはないかな───ずっとそんな気がしていたから……何処かで生きてくれているんじゃないかなって……」
「……!」

 幻の令息の意味深な微笑みと言葉に王弟殿下と夫人は目をまん丸にして顔を見合せた。

 私はそんなプリュドム公爵一家の三人の様子を見て、名探偵フルールとなりこの件について思考を巡らせる。

(……つまり?)

 ナタナエル様は事情があって敢えて皆から離れて暮らしているのではなく……
 生きているとさえ思われていなかった……?

(なんという生い立ち……!)

 王弟殿下が慌てた理由がよく分かった。
 これは隠し子どころの騒ぎではありませんわ。

 ナタナエル様本人は知っているの?
 アニエス様は?

(今すぐ……今すぐパンスロン伯爵家に突撃したいですわ……!)

 しかし、ナタナエル様の生い立ちは今後のアニエス様の人生を大きく左右する話。
 いくら大親友の私でも軽々しく踏み込むことは許されません。
 更に、ことが公になれば、ナタナエル様やアニエス様を利用しようと企む悪人が現れる可能性もあります。

(ここは慎重に動かないと……)

 私はとりあえず、表情を引き締めて余計なことは言わずに静かに王弟殿下と夫人の様子を見守る。

「名前は“ナタナエル”というそうだ」
「ナタナエル…………だけど、どうして?  あの子は……名前もつけられないまま……」

 公爵夫人が名前を聞いて涙ぐむ。

「理由は今は分からない……が、あの子は生きてくれていたんだ。しかし……」
「しかし?」
「モンタニエ公爵夫人によると、どうやら彼は重病らしい」
「重病……そんな!  やはりレアンドルの片割れ……同じ、ということなの?  モンタニエ公爵夫人?」

 涙目の公爵夫人に訊ねられた。
 幻の令息と同じ?

(幻の令息も本物の真実の愛を貫こうと必死……!)

 なるほど、確かにこれは同じ───二人揃って“恋の病”ですわ。
 そう思った私は、神妙な表情のまま深く頷く。

「くっ……早く医師の手配をしなくてはならないのに動けないとは情けない……なぜこんな時に私は足をやってしまったんだ!」
「病気……しかも、重病?  せっかく生きてくれていたと分かったのにそんなことって……」
「え……?  弟も病気なの……?」

 ショックを受けた三人がそれぞれ嘆いていた。



 ちなみにその頃のナタナエル様は、元気いっぱい汗を流して騎士団で走り込みをしていたという。

 そして────後に、プリュドム公爵家の彼らは語る。
 この時、モンタニエ公爵夫人の横にいた、夫・リシャールの石化が解けていたなら、と。
 そうしたら、きっと彼がその場で重病説は誤解だと説明してくれたはずだったのに、と。

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