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251. 大騒ぎになりまして
しおりを挟む王弟殿下はそれから無言になりしばらく動かなくなった。
(えーーーー?)
なぜ、石化してしまったのか分からず困ってリシャール様を見る。
もしかしたら、王弟殿下はナタナエル様のことには触れられたくなかったのかもしれない。
「離れて暮らしていますし……ナタナエル様とは盛大な親子喧嘩でもしたのでしょうか?」
「うーん……?」
リシャール様も不思議そうに首を傾げるだけ。
そこへ、野菜を詰め終えた幻の令息がこっちにやって来た。
「父上~……とりあえず、野菜は箱の中に戻し終えたよ……ってあれ……?」
幻の令息も硬直した父親に気付く。
「父上……? 新しい遊びでも始めたの……?」
「……」
王弟殿下は息子の声にすら反応を示さない。
幻の令息はチラッと私たちを見た。
私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、遊んでいるわけではありませんわ」
「え……? 違うの……?」
幻の令息が驚く。
「突然、硬直してしまいましたの」
「ふーん……? なら、寝ているのかな……父上、目を開けて寝ちゃうくらい眠かったのか……」
「そうですわね、お疲れなのかもしれませんわ」
「あ……! でも、日向ぼっこしながら外で寝ていると怒るのに……自分だけずるくない……?」
首を捻りながら、幻の令息は王弟殿下の肩を掴んでを揺さぶり始めた。
「父上、まだ寝る時間ではないよー……?」
「……」
「野菜夫人と国宝夫が困っているよー……?」
「……」
ユッサユッサとかなりの勢いで揺らしているようだけれど、王弟殿下はそれでも無反応。
幻の令息は、あまりにも反応がなくてつまらなくなったのか少しムッとした。
「父上~……?」
そして、揺さぶるのを止めると、今度は頬っぺたをツンツンしたりつねったり……
それでも無反応だったので幻の令息は、箱に戻した野菜の中から茄子を取り出した。
(あれは、人参同様に変わった形の……)
幻の令息は両手に茄子を持って王弟殿下の前で踊らせる。
「ほ~ら、父上の大好きな踊り出しそうな野菜だよ~……?」
そんな彼を見ながらリシャール様が顔を引き攣らせて言った。
「す、すごい……自分の父親がアレと似た形状の人参で寝込んだと知っているはずなのに……」
「ええ、ですが王弟殿下は寝込むほどあの形が好きみたいですし、効果はあるかもしれませんわ!」
「フルール……」
私がにこにこしながらそう答えると、リシャール様は優しくフッと笑った。
「うん……そうだった、ね」
「はい!」
そしてそのまま見守っていると……
「……ひっ!? ───ブランシュの呪い!」
そこでようやく王弟殿下がクワッと目を見開くと、またお母様の名前を叫びながら覚醒した。
そしてケホケホとむせる。
「父上、おはよう……!」
「──レアンドル! おはようじゃない!! 今はそんな時間じゃないだろう!!」
王弟殿下が幻の令息を叱る。
だけど、彼も彼で納得がいかずに反論した。
「えー……? でも、父上は寝てた……」
「寝ていたんじゃない! 私は……私は今、衝撃の───……」
「茄子の踊り……?」
「そう。人型の茄子が、かつて衝撃受けた時の悪夢を再び…………って、違ーーう!!」
王弟殿下は一人で自分自身に突っ込みを入れたあと、勢いよくこちらに顔を向けた。
「ふ! ふふふふ夫人!!」
「はい?」
笑いでも堪えているのか、王弟殿下の声が震えている。
「さ、先程、君は……なんて言った!?」
「え? 殿下は寝込むほどあの野菜の形がお好きなようですものね、と……」
「違う! 色んな意味でも違う! そうではない……もっと前…………もっと前の発言だ!!」
「え……」
私が戸惑っていると、王弟殿下が叫ぶ。
「わ、私の……も、う一人息子……と言っていただろう!?」
「ああ! ナタナエル様のことですわね?」
「!」
ポンッと手を叩いて私がにっこり笑顔で答えると、王弟殿下は逆に泣きそうな表情になった。
「レアンドルに……似ている?」
「ええ! 眉毛の角度、目の離れ方に鼻の高さ。唇の厚みに耳たぶの厚さに数ミリの違いはありますが!」
「う、うん……?」
二人の違いを力説したら王弟殿下が眉をひそめた。
「数ミリの違い……えっと、とにかくレアンドルと顔は似ている……で間違いない?」
「双子ならそれくらいの差は普通だとたった今、知りましたわ」
「な、名前は……」
「ナタナエル様ですわ?」
(王弟殿下、大丈夫かしら?)
まさか自分の息子の名前まで忘れてしまったの?
老眼なのは知っていたけれど、まさか記憶力まで老化……?
本当の本当に王位継いで大丈夫??
「……ナタナエル……そう、か。ナタナエル……」
「父上……? 感動しているの……? えっと、キュウリもあるよー……?」
口元を押さえて震えている父親に、今度は別の奇形野菜のキュウリをチラつかせる幻の令息。
「ぐっ……野菜は一旦しまってくれ! そうじゃない! レアンドル……そうじゃないんだ!」
「えー……?」
ポカンとする息子を一旦置いて、王弟殿下はまたもや私に向かって叫んだ。
「夫人! そ、その彼……ナ、ナタナエルは、い、今どこで何をしている!?」
「え?」
「頼む……お、教えてくれ!!」
「……」
王弟殿下の尋常ではない迫力に驚いた私は目を丸くする。
ナタナエル様が“今”どこで何をしているかですって?
…………そんなのなんて答えればいいの?
(まさか、私の大親友アニエス様とイチャイチャしています───なんて言えないわ?)
恥ずかしくて口に出来ない、と思った私が顔を曇らせたので、王弟殿下がハッとして頭を抱えた。
「そ、その表情…………まさか、病気か!? 病気なのか!?」
「え?」
「病気なんだな!?」
(病気……?)
私は考える。
あのアニエス様への執着ぷり。
幼馴染とはいえ、何年も離れていた様子なのに大親友を誇る私と引き分ける程のアニエス様に関する半端じゃない知識と理解度。
そう! あれはまさに本で読んだ───……
(─────恋の病!!)
「確かに……ナタナエル様は(ある意味)病気と言えるかもしれませんわ」
「───っ!!」
王弟殿下が大きなショックを受けたのか頭を抱えたままフラつく。
「……! 父上……!?」
倒れ込みそうになった王弟殿下を幻の令息がとっさに支える。
幻の令息が不思議そうに私の顔を見る。
「野菜夫人……? ナタナエルって……」
「もちろん。貴方の双子の兄弟のことですわ」
「え……」
目をパチパチと瞬かせる幻の令息に、にこっと笑いかけた所で王弟殿下が苦しそうな声で訊ねてくる。
「ナタナエル……の病気は、じゅ、重症……なのか?」
「……」
私は考える。
ナタナエル様は、あれだけアニエス様のことが大好きなんですもの。
ですから、恋の病が重症か否かと問われれば───……
(答えは一つ!)
「───重症ですわ!!」
私がキッパリ答えると王弟殿下は苦しそうに唸った。
「あぁぁぁーー……!!」
「父上ーー……!?」
膝から崩れ落ちる王弟殿下。
そんなにも、息子が恋の病にかかっているのがショックなのねと私は驚く。
そこにリシャール様が小声でおそるおそる私に声をかけてくる。
「フ、フルール……あのさ……病気ってなんのこと?」
「え?」
「いや、彼……めちゃくちゃタフで元気に剣を振るっているよね……?」
「はい! ですが恋の病にかかっていますから」
「こっ!」
言葉を詰まらせたリシャール様が目をまん丸にして私の顔を見る。
「ま、待って、フルール! それ、その言い方……絶対に誤解を与え……」
「───こうしてはいられない」
リシャール様が何かを言いかけたその時、崩れていた王弟殿下が顔を上げて立ち上がる。
「父上……?」
「レアンドル。聞いただろう? これは今すぐ……すぐにでも最上級の医師の手配をしなくては……!」
(医師の手配……?)
私は知らなかったけれど、どうやら恋の病にも医師という存在がいるものらしい。
「そして……何より、妻に報告だ! すぐに報告しなくては!!」
「え……あ、父上……? ま、待って……?」
王弟殿下はそのまま勢いよく走り出し、部屋を飛び出す。
突然、殿下が出て行ってしまったので私たちも後を追いかけようとしたその時だった。
「う、うわぁぁぁーーーー!?」
「きゃーーーー」
(え、えーー!? な、何事!?)
大きな音と叫び声に驚いて、私たちも慌てて部屋から飛び出す。
すると、そこには慌てふためくプリュドム公爵家の使用人と、
勢い余って足を滑らせ階段から落下し、痛そうに足を抱える王弟殿下の姿があった。
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