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242. 迷推理の結果

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「そんなに会いたい方、なんですの?」
「ああ……」

 幻の令息がまたまた力強く頷く。

「……周りは“死んだ”と言うんだ……だけど違う……」
「死んだ?」
「絶対に生きているはずなんだ……!」
「!」

 なんてことなの!
 幻の令息に、意中の方は亡くなったのだと告げて諦めさせようという周囲の魂胆ですわね?  
 ええ、間違いありませんわ。
 この展開には本の中でもありましたから覚えがあります。

(まさかこんなことが現実に!  ますます、引き裂かれた恋人同士ですわーー!)

「それに……絶対にこれからのプリュドム公爵家に必要な人なんだ……」
「まあ!」

 なんと!
 どうやら意中の彼女は“未来の公爵夫人”として相応しい資質を兼ね備えているようですわ!
 勝手に親近感が湧いてしまう。

「もちろん……向こうの気持ちや言い分もある……ことは分かっている……」
「……」

 そうですわね。
 結婚は一生を左右しますもの。
 ましてや、プリュドム公爵家はこれから国王一家となる存在ですわ。
 そこへの嫁入りともなれば並々ならぬ決意が必要……

「だからこそ、まずは会いたい……会って話がしたい……」
「会話は大事ですわ」
「うん……!  だから……諦めたく……ないんだ……!」

 意中の恋人と無理やり引き離され、彼女は死んだから諦めろと周りに説得される。
 けれど、彼の中では“違う”“絶対に生きている”という確信がある。
 病弱でままならないけど、彼女のためにも強くなって待ってくれている彼女の元に自分の足で迎えに行きたい───
 なんて素敵で感動する愛の形……

(やはり、これこそ間違いなく、真実の愛ですわーー!)

 これですわ、これ!
 ベルナルド様を始めとしたこれまでペラッペラな風が吹けば軽く吹き飛んでしまう程の薄っぺらい“真実の愛”を説いてきた人たちにはぜひ、幻の令息のこの姿を見て欲しいですわ!!
 これが本物の真実の愛でしてよ!

 そう思った私の興奮は最高潮に達する。

「───仰る通り!  諦めなくていいと思いますわ!」
「え……?」

 幻の令息が私の言葉にビクッと肩を震わせてびっくりした顔をする。

「どうして驚くんですの?  諦めたくないのでしょう?」
「う、うん……」

 ぎこちなく頷く幻の令息。
 先程までの力強さはどこに行ってしまったの?

「その“会いたい方”は生きているのでしょう?」
「うん……!  絶対に生きている……!」

(よし!)

「あなたは病弱ではあるけれど、どんどん元気になって来ているのでしょう?」
「うん……!!  庭の散歩までなら出来るようになった……!  きっともうすぐ屋敷の外に出ても大丈夫になる……!  いや、なってみせる……!」

(よし!)
  
 幻の令息の返事がどんどん力強くなっていく。
 そして、このメラメラした目。私には分かります。
 ───これは本気の目ですわ。

「それならば、諦める必要なんかありません!」
「野菜夫人……?」
「もっともっと強くなって絶対にその方に会いに行きましょう!!」
「野菜夫人……!」

 幻の令息は、私の大切な国宝泥棒を企むメリザンド様のお兄様……ではありますけど、そんなことは関係ありません!
 本物の真実の愛───絶対にこの私が実らせてみせますわ!

「そうと決まれば……」

 私はうーんと考える。

「……?」
「まずは、外に出られるくらいには強くならないといけませんわね?」

 無理やり会いに行ったところで、行き倒れてしまえば相手も心配しますし、ますます周囲に反対されかねません。

「う、うん……」
「ですが、申し訳ございません。私はあまり医学には明るくないので具体的にどうすれば……というのが思いつきませんわ」
「そっか……大丈夫……気にしないで……」

 幻の令息は少し寂しそうに首を振る。

「ちなみに野菜夫人は、かなり元気パワーがありそうだけど……何か秘訣があるのかな……?」
「秘訣ですか?」
「うん……!」

 なるほど!
 私の元気いっぱいな生活スタイルを参考にしたいというわけですわね!
 確かに今の幻の令息の体力は成人男性よりは女性に近そう……こんな私の生活スタイルでも何かの参考になるかもしれません。

(そういえば……)

 リシャール様を拾った頃にも彼とこんな話をしましたわ。
 あの頃のリシャール様は突然捨てられて気持ちも落ち込んでいましたから……
 懐かしさについ微笑む。
 あのころから変わらない。
 私のパワーの源は……

「美味しいものをたくさん食べて、よく寝ることですわ!!」
「え……?」

 幻の令息も、あの時のリシャール様と同じで“それだけ?”という顔をした。
 私はニンマリと微笑む。

「もちろん、他にも走り込みをしたりして身体も動かしてはいますけど、この二つは絶対に譲れません」
「美味しいもの……よく寝る……」

 幻の令息が復唱する。

「あ!  ですが、レ……あなた様の場合は、寝るは寝るでも、たくさん日に当たること……も加えるといいかもしれませんわね」
「え……?」
「だってお部屋の中でずっと過ごしてばかりですと日に当たれません。そうなると気持ちも上がらないと思います」
「庭の散歩……」
「動けるようになったのなら、無理しない程度に続けるべきだと思いますわ!」

 幻の令息は、分かったと大きく頷いた。

「あとは美味しいもの……?  夫人の育てた野菜……食べたいな」
「え?」
「あの人参……!  本当に本当に美味しかった……!  だから他の野菜も……食べてみたい……!」

 まさかの大絶賛。
 ふむ……と私は考える。

「実は、私の育てている野菜は人参に限らず、いつもちょっとだけ形が歪になるのです」
「そうなんだ……?」

 へぇ、と幻の令息は興味深そうに首を傾げる。

「───でも、味は最高ですわ!」

 私はどーんと胸を張る。

「形が形ですから市場に出して販売することは出来ないのですけど」
「けど……?」
「個人的に契約するのでしたら、おそらく可能ですわ!」
「野菜夫人……!」

 幻の令息の目が輝いた。

「では、この件は夫とも話をして王弟殿下とも話をしてみますね?」
「ありがとう……!  母上も気に入っていたから大丈夫だと思う……!」

(ふっふっふ!)

 本物の“真実の愛”が見られるなら……このくらいなんてことありませんわ!
 よく食べてよく寝て……身体も少しずつ動かして……
 それ以外に出来ることはないかしら?
 ハッ!
 そうですわ。
 そこは、アニエス様曰く、昔は女の子みたいに可愛くて小さかったというナタナエル様に話を聞いてもいいかもしれませんわね。

(そっくりさんの件もありますし……)

 まあ、名探偵フルールの推理によれば、おそらく二人の関係は王弟殿下の───……

「───見つけた! レアンドル!!」
「ち、父上……!」

 そこへちょうど今、まさに私が頭の中で思い浮かべていた人──王弟殿下が現れた。

(───出ましたわ!  !)

「部屋に居ないという報告を受けたから探し回ってみれば……倒れたらどうするんだ!?」
「父上……平気だよ……?  この間は庭も散歩出来たんだから……」
「そうは言うが……お前はなぜかいつも家でパーティーを開くと決まって倒れて一週間は寝込むじゃないか」
「そ、それは……」

(命懸けの遊びをしているからですわね……)

「やはり、メリザンドを止めるべきだった……」
  
 王弟殿下は頭を抱え、深いため息とともにそう言った。

(確かに止めておけば、彼女は“幽霊令嬢”にはならずに済んだと思いますわ……)

 私はすっかり幽霊令嬢となったメリザンド様の姿を思い出す。
 そして、あのうっかりメリザンド様のお酒をこぼしちゃった事件から、チビフルールの誘拐未遂事件の話を経て、幽霊令嬢誕生までの間に王弟殿下の存在が全くなかった理由がやっと分かった。

(幻の令息が部屋から姿を消したと聞いて探しまわっていたのね?)

 この調子だと娘が幽霊令嬢になったことはまだ知らないかもしれませんわ。

「……ん?  ところでそこにいるのは──モンタニエ公爵夫人?  どうしてここに?」
「御手洗から戻る途中で迷ってしまいましたの」
「それで、レアンドルと偶然会ったのか?」
「ええ」

 私が頷くと王弟殿下は幻の令息を改めて紹介してくれた。

「そうか……自己紹介は済んでいるかもしれないが、私の息子のレアンドルだ」
「はい、存じております」
「知っているかもしれないが、レアンドルは生まれつき病弱でね……私の即位の話に伴って一緒に王都に出て来たんだ」

 王弟殿下の言葉に私は頷きながら考える。
 名探偵フルールの推理によると、ナタナエル様はきっと王弟殿下の息子に違いありません。
 これだけ似ていて無関係とは思えませんから。
 しかし、公には兄と妹しか存在していない……

 ────つまり、ナタナエル様は隠し子!

 王弟殿下の夫人は、この国の“真実の愛”の被害者はじまり────退位するあの国王陛下の元、婚約者だったと聞いて、お母様は王弟殿下のことをアレコレ言っていたけれど男気がある人なのだと感心していましたのに!
 まさか、隠し子がいたなんて……!  浮気者!
 息子さんは反対されても一途に本物の真実の愛を貫こうとしているというのに!

(幻滅ですわ!)

 迷推理によって中途半端に色々誤解をしている私は、じとっとした目で王弟殿下を睨んだ。

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