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241. 名探偵フルールの血が騒ぐ
しおりを挟む珍人発見ですわーー!
あのリシャール様でさえ、一度会ったかどうか……という幻の令息!
レアンドル・プリュドム公爵令息!
(驚きですわ……)
誰に聞いても、会ったことがない、姿を見たことがない……そんな話ばかりでしたのに!
酷いと実在するの? とまで言われてしまっていた幻の令息!
普通に生息していましたわーー!
(どうしましょう! 触って……ちょっと触ってみても……感触を確かめ……)
まさかの珍人発見と遭遇に大興奮した私は、珍獣を愛でるかのように思わず手を伸ばそうとした。
「ん? どうかしたの……?」
「あ、いえ……!」
すんでのところで正気に戻り、慌てて手を引っこめる。
(危なかったですわーー!)
ついつい珍しさに興奮してしまったけれど、この方は生身の人間でしたわ。
ベタベタ触るのは大変失礼ですし、下手すれば痴女扱いされて私が不貞を疑われかねません!
そう。
どんなに珍しくても……
以前、シャンボン伯爵家に迷い込んで来たので一時保護してモフり倒した、変わった毛色の猫ちゃんや、ワンちゃんたちとは違います。
後に、それぞれとてもとても珍しい猫ちゃんと、ワンちゃんだということが発覚して研究者が目を回しておりましたが……
しかし、それくらい今、目の前にいるこの方も珍しい存在ですわ!
「そうだ……! 人参夫人に聞きたかったんだ……あの素晴らしい人参はどうやって手に入れたの……?」
幻の令息は相当、あの人参がお気に入りみたいで、私の不審な行動については気にした様子もなくキラキラした目で訊ねて来る。
私も人参が気に入ってもらえて嬉しいですわ。
「あれは私が公爵家の庭で育てたものですの」
「え……? 育てた……?」
幻の令息が驚いた顔をする。
それは当然の反応だった。
「公爵夫人が畑仕事をするなんて! と眉をひそめる方もいるかもしれませんが、私の夫はとてもとても寛大なのです」
「そっか。モンタニエ公爵……人参夫人の夫は優しい人なんだね……?」
「はい! 私の夫は国宝ですから!」
いつもの調子で私がリシャール様の自慢をすると幻の令息は首を傾げた。
「国宝……?」
「はい! いつも素敵で眩しい最高の夫ですわ!」
「知らなかったな……モンタニエ公爵って国宝だったんだ……」
「キラキラですわ!」
私がそう補足すると幻の令息は感心したように言った。
「凄いや……それは明かりに困らなくて良さそうだね……!」
「ええ、困りませんわ!」
だって、リシャール様が隣にいてくれればいつだって私の心は明るいですもの!
「えっと? それで公爵家に畑……あ! ということは、人参以外の野菜も育てているの……?」
「ええ!」
幻の令息は、そうなんだ……と言ってしばらく黙り込む。
何をそんなに考え込んでいるのかしら? と不思議に思っていたらようやく顔を上げた彼は大真面目な顔で言った。
「では、貴女はただの人参夫人ではなく……野菜夫人だ……!」
「野菜夫人? まあ! その呼び名も新しいですわ!」
「人参以外も育てているなら、他の野菜に失礼かなと思ってね……」
なるほど!
幻の令息は随分細かい気配りをされる方のようですわ。
「でも、畑か……自分にも出来るかな……? 作ってみたいな……あの踊り出しそうな呪われた人参……」
「踊るかどうかは分かりませんが、プリュドム公爵家の庭も広いですし畑に関しては頼んでみたら───」
そう言いかけて気付く。
いけない! 幻の令息は病弱さんでしたわ!
だって、畑仕事はかなりの力仕事。
私もかつて腰痛に苦しめられましたもの。
(気軽におすすめしていい話ではありませんでしたわ)
「うん……駄目元で父上に頼んでみよう……!」
だけど、キラキラした目の幻の令息はやる気に満ち溢れているようで、王弟殿下に頼む気満々のようだった。
(それにしても……想像より元気な方ですわね?)
先程の発言───
心配性な家族がいてね……今、抜け出してここにいることも内緒なんだ。バレたらきっと怒られちゃう……
あれはきっと部屋から抜け出して、こんな所でウロウロしていることを指しているのですわ。
迷子の私を会場に連れて行けないのも、部屋で休んでいるはずなのに姿を見せたら大騒ぎになってしまうからね。
(では何故、部屋を抜け出したのかしら?)
「あの……どうしてこんな所でウロウロしていたのですか?」
「え……?」
「自宅ですし、私のように迷子ということではないみたいなので」
私がそう訊ねると幻の令息は静かに笑った。
「えっと、昔から家でパーティーが開かれると……」
「はい」
「邸の使用人たちが準備に追われて手薄になるんだ……」
「はい」
それはそうでしょうね。
使用人たちは総出で朝からてんてこ舞いですわ。
「……」
「……」
しかし、なぜかそこで幻の令息は唐突に会話を終了してしまった。
(……えっと?)
続きを口にする気配はない。
あ! なるほど……
私は内心で首を傾げるも、彼の言いたいことはすぐに分かった。
「───つまり、あなたは使用人が手薄になる所を見計らって部屋から抜け出す遊びを昔からしていたということですわね?」
「うん……! そうなんだ……でも、次の日は絶対に寝込んじゃって必ず一週間は起きれなくなるけれど……」
「一週間……」
なんて命懸けの遊びをする方なのかしら。
「あ、でも最近は調子がいいから、きっと明日は大丈夫だと思うんだ……」
「そうなのですか?」
「うん……!」
そんなに調子が上向きなら幻が幻の令息でなくなる日も近いのかも───……
そう思った時に重大な事実に気付く。
───待って? ナタナエル様と目の前の幻の令息がそっくりさんな事情がさっぱり謎ですわ!!
つい、ほのぼのして忘れそうになっていましたが。
王弟殿下の子どもは二人兄妹と聞いていますわ。
レ……目の前のこの方と、メリザンド様。
それなのに、ナタナエル様がそっくりなのは何故なの……?
別人認定済みなので、ナタナエル様が変装して私をからかっているわけではありません。
その逆も然りで、幻の令息がわざわざ元、辺境伯領の騎士の変装をするはずもありません。
そうなると二人は親戚……?
いえ、だとしても似すぎていますわ。
(……と、なると)
名探偵フルールによって導き出される答えは一つしかありませんわ!
(なんてこと……)
きっと、ナタナエル様は王弟殿下の────……
「じ、実は───会いたい人がいるんだ……!」
「え?」
そんな名探偵フルールの推理中に幻の令息が何やら力強い口調で言葉を発した。
「会いたい人?」
「そうなんだ……早く元気になって自分の足で会いに行きたい……そう思っている人がずっと昔からいる……」
「まあ!」
何だか幻の令息から並々ならぬ強い決意を感じますわ!
「あ! では、もしかしてその為に抜け出す遊びをしながらご自分の体力確認を?」
「うん……いつも外には出れずに行き倒れだったけど……」
屋敷内で行き倒れ……
相当な病弱さんですわ。
「そんなに会いたい方なら、父親の殿下に頼んでその方をこちらに連れて来て貰うことは出来ないんですの?」
「駄目──それは出来ないんだ……」
幻の令息は辛そうに首を横に振った。
「でも、どうしても……会いたい……」
「……」
(こ、これは!)
再び、名探偵フルールの血が騒いだので私は頭の中で推理を開始する。
会いたい人……これはつまり、幻の令息にはおそらく意中の令嬢がいるということ!
しかし、その令嬢はきっとプリュドム公爵令息と結ばれるには何かしらの問題や困難がある方……
よって王弟殿下に関係を反対されているに違いありません。
そう、これは最近読んだ本にもありました……
(引き裂かれた恋人ですわーーーー!)
幻の令息は早く元気になって、その恋人に会いに行きたい……
そして、きっとその恋人も健気に彼を想って会いに来てくれるのを待っているに違いありません!
(こういうの……こういうのこそ、真実の愛だと思いますわ!)
私は、自分の名推理(という名の妄想)によって導き出した病弱令息の真実の愛の物語に興奮した。
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