王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
241 / 354

241. 名探偵フルールの血が騒ぐ

しおりを挟む


 珍人発見ですわーー!
 あのリシャール様でさえ、一度会ったかどうか……という幻の令息!
 レアンドル・プリュドム公爵令息!

(驚きですわ……)

 誰に聞いても、会ったことがない、姿を見たことがない……そんな話ばかりでしたのに!
 酷いと実在するの?  とまで言われてしまっていた幻の令息!
 普通に生息していましたわーー!

(どうしましょう!  触って……ちょっと触ってみても……感触を確かめ……)

 まさかの珍人発見と遭遇に大興奮した私は、珍獣を愛でるかのように思わず手を伸ばそうとした。

「ん?  どうかしたの……?」
「あ、いえ……!」

 すんでのところで正気に戻り、慌てて手を引っこめる。

(危なかったですわーー!)

 ついつい珍しさに興奮してしまったけれど、この方は生身の人間でしたわ。
 ベタベタ触るのは大変失礼ですし、下手すれば痴女扱いされて私が不貞を疑われかねません!

 そう。
 どんなに珍しくても……
 以前、シャンボン伯爵家に迷い込んで来たので一時保護してモフり倒した、変わった毛色の猫ちゃんや、ワンちゃんたちとは違います。
 後に、それぞれとてもとても珍しい猫ちゃんと、ワンちゃんだということが発覚して研究者が目を回しておりましたが……
 しかし、それくらい今、目の前にいるこの方も珍しい存在ですわ!

「そうだ……!  人参夫人に聞きたかったんだ……あの素晴らしい人参はどうやって手に入れたの……?」

 幻の令息は相当、あの人参がお気に入りみたいで、私の不審な行動については気にした様子もなくキラキラした目で訊ねて来る。
 私も人参が気に入ってもらえて嬉しいですわ。

「あれは私が公爵家の庭で育てたものですの」
「え……?  育てた……?」

 幻の令息が驚いた顔をする。
 それは当然の反応だった。

「公爵夫人が畑仕事をするなんて!  と眉をひそめる方もいるかもしれませんが、私の夫はとてもとても寛大なのです」
「そっか。モンタニエ公爵……人参夫人の夫は優しい人なんだね……?」
「はい!  私の夫は国宝ですから!」

 いつもの調子で私がリシャール様の自慢をすると幻の令息は首を傾げた。

「国宝……?」
「はい!  いつも素敵で眩しい最高の夫ですわ!」
「知らなかったな……モンタニエ公爵って国宝だったんだ……」
「キラキラですわ!」

 私がそう補足すると幻の令息は感心したように言った。

「凄いや……それは明かりに困らなくて良さそうだね……!」
「ええ、困りませんわ!」

 だって、リシャール様が隣にいてくれればいつだって私の心は明るいですもの!

「えっと?  それで公爵家に畑……あ!  ということは、人参以外の野菜も育てているの……?」
「ええ!」

 幻の令息は、そうなんだ……と言ってしばらく黙り込む。
 何をそんなに考え込んでいるのかしら?  と不思議に思っていたらようやく顔を上げた彼は大真面目な顔で言った。

「では、貴女はただの人参夫人ではなく……野菜夫人だ……!」
「野菜夫人?  まあ!  その呼び名も新しいですわ!」
「人参以外も育てているなら、他の野菜に失礼かなと思ってね……」

 なるほど!
 幻の令息は随分細かい気配りをされる方のようですわ。

「でも、畑か……自分にも出来るかな……?  作ってみたいな……あの踊り出しそうな呪われた人参……」
「踊るかどうかは分かりませんが、プリュドム公爵家の庭も広いですし畑に関しては頼んでみたら───」

 そう言いかけて気付く。
 いけない!  幻の令息は病弱さんでしたわ!
 だって、畑仕事はかなりの力仕事。
 私もかつて腰痛に苦しめられましたもの。

(気軽におすすめしていい話ではありませんでしたわ)

「うん……駄目元で父上に頼んでみよう……!」

 だけど、キラキラした目の幻の令息はやる気に満ち溢れているようで、王弟殿下に頼む気満々のようだった。

(それにしても……想像より元気な方ですわね?)

 先程の発言───
 心配性な家族がいてね……今、抜け出してここにいることも内緒なんだ。バレたらきっと怒られちゃう……

 あれはきっと部屋から抜け出して、こんな所でウロウロしていることを指しているのですわ。
 迷子の私を会場に連れて行けないのも、部屋で休んでいるはずなのに姿を見せたら大騒ぎになってしまうからね。

(では何故、部屋を抜け出したのかしら?)

「あの……どうしてこんな所でウロウロしていたのですか?」
「え……?」
「自宅ですし、私のように迷子ということではないみたいなので」

 私がそう訊ねると幻の令息は静かに笑った。

「えっと、昔から家でパーティーが開かれると……」
「はい」
「邸の使用人たちが準備に追われて手薄になるんだ……」
「はい」

 それはそうでしょうね。
 使用人たちは総出で朝からてんてこ舞いですわ。

「……」
「……」

 しかし、なぜかそこで幻の令息は唐突に会話を終了してしまった。

(……えっと?)

 続きを口にする気配はない。

 あ!  なるほど……
 私は内心で首を傾げるも、彼の言いたいことはすぐに分かった。

「───つまり、あなたは使用人が手薄になる所を見計らって部屋から抜け出す遊びを昔からしていたということですわね?」
「うん……!  そうなんだ……でも、次の日は絶対に寝込んじゃって必ず一週間は起きれなくなるけれど……」
「一週間……」

 なんて命懸けの遊びをする方なのかしら。

「あ、でも最近は調子がいいから、きっと明日は大丈夫だと思うんだ……」
「そうなのですか?」
「うん……!」

 そんなに調子が上向きなら幻が幻の令息でなくなる日も近いのかも───……
 そう思った時に重大な事実に気付く。

 ───待って?  ナタナエル様と目の前の幻の令息がそっくりさんな事情がさっぱり謎ですわ!!

 つい、ほのぼのして忘れそうになっていましたが。
 王弟殿下の子どもはと聞いていますわ。
 レ……目の前のこの方と、メリザンド様。
 それなのに、ナタナエル様がそっくりなのは何故なの……?

 別人認定済みなので、ナタナエル様が変装して私をからかっているわけではありません。
 その逆も然りで、幻の令息がわざわざ元、辺境伯領の騎士の変装をするはずもありません。
 そうなると二人は親戚……?
 いえ、だとしても似すぎていますわ。

(……と、なると)

 名探偵フルールによって導き出される答えは一つしかありませんわ!

(なんてこと……)

 きっと、ナタナエル様は王弟殿下の────……

「じ、実は───会いたい人がいるんだ……!」
「え?」

 そんな名探偵フルールの推理中に幻の令息が何やら力強い口調で言葉を発した。

「会いたい人?」
「そうなんだ……早く元気になって自分の足で会いに行きたい……そう思っている人がずっと昔からいる……」
「まあ!」

 何だか幻の令息から並々ならぬ強い決意を感じますわ!

「あ!  では、もしかしてその為に抜け出す遊びをしながらご自分の体力確認を?」
「うん……いつも外には出れずに行き倒れだったけど……」

 屋敷内で行き倒れ……
 相当な病弱さんですわ。

「そんなに会いたい方なら、父親の殿下に頼んでその方をこちらに連れて来て貰うことは出来ないんですの?」
「駄目──それは出来ないんだ……」

 幻の令息は辛そうに首を横に振った。

「でも、どうしても……会いたい……」
「……」

(こ、これは!)

 再び、名探偵フルールの血が騒いだので私は頭の中で推理を開始する。

 会いたい人……これはつまり、幻の令息にはおそらく意中の令嬢がいるということ!
 しかし、その令嬢はきっとプリュドム公爵令息と結ばれるには何かしらの問題や困難がある方……
 よって王弟殿下に関係を反対されているに違いありません。
 そう、これは最近読んだ本にもありました……

(引き裂かれた恋人ですわーーーー!)

 幻の令息は早く元気になって、その恋人に会いに行きたい……
 そして、きっとその恋人も健気に彼を想って会いに来てくれるのを待っているに違いありません!

(こういうの……こういうのこそ、真実の愛だと思いますわ!)

 私は、自分の名推理(という名の妄想)によって導き出した病弱令息の真実の愛の物語に興奮した。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

処理中です...