王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
239 / 354

239. とんだ勘違い

しおりを挟む


(な……この仕打ちはなんなの!?)

 着替えを済ませて戻り、扉の前に立ってから既に何分経ったのか。
 誰一人として私に気付く様子がない。
 モンタニエ公爵夫人とリシャール様を囲んでワイワイしている。

(まさか……)

 これも夫人の策略!?
 私を会場から追い出せたのをいいことに、主役に成り代わってやろうって?
 私が戻って来る時間を見越して、いかに自分が人気者なのか見せつけてやろうって魂胆。
 それで腹の中では私のことを馬鹿にして嘲笑って……

(なんて極悪非道な性格の女なの!!)

 ギリッ
 悔しくて唇を噛む。

(なんとしても、あの化けの皮を剥がしてやりたいのに……!)

 皆もリシャール様も騙されているのよ!
 なのに、どうして誰もあの夫人の本性に気が付かないの?
 疑問に思わないの?

 ───無自覚に相手をやり込めて潰している。

 お父様はそう言ったけれど、そんなはずがない。
 絶対に絶対に悪意はある。

(そういえば……)

 お父様はどこに行ったのかしら?
 私はキョロキョロ見回すけど見当たらない。
 夫人を囲んでいる中にもいない。

「……?」

 今更ながら気付いた。
 夫人にお酒を飲ませようとして失敗してから、今の今まで姿を見ていない。
 どこかで休んでいる?  外かしら?

(でも、ちょうど良かったかも)

 だって見られていたら絶対、お小言の一つや二つは言われていただろうから。
 とにかく!
 私は夫人の化けの皮を剥がすまでは絶対に諦めない!
 リシャール様も手に入れてみせる!

(彼以上に私に相応しい人はいないんだから!)


 そうして私は待った。
 皆が私の存在に気付いてくれる時を。
 自分からあの輪に向かうのは、どうしても負けを認める気がしたからプライドが許さなかった。

 だから、とにかく動かずに待って待って待って……待ち続けた。



❇❇❇❇❇



(す、すごい質問攻めですわ!)

 囲まれてからどれくらい時間が経ったのかしら?
 たいして面白くもない話にここまで興味を持つなんて……
 いったいあの話の何が皆様の心をくすぐったの?
 しかも……
 どさくさに、チビフルールの武勇伝は他に無いのですか?
 なんて聞かれてしまったわ。

 ───武勇伝?  
 毎日楽しくのびのびと平凡に過ごしているだけの私に武勇伝なんてありませんわ?

 そう答えたら、よりザワザワして騒がしくなったのは……なぜ?
 私を抱きしめているリシャール様も何故か笑っていたし。
 皆様、パーティーで気分が上がっているんだわ、と結論づけた。


(───そういえば、メリザンド様の着替えはどうなったのかしら?)

 戻って来るのが遅くないかしら?
 そんなことを考え、扉に視線を向ける。

(……あら?  あれは何?)

 扉の入口に先程までは無かったであろうドレスを着た人形?  のようなものがあった。
 “それ”は、直立不動のままピクリとも動かない。
 一体誰があんな所にそんな物を置いたの?
 そう思ったと同時にハッとする。

(人形?  いいえ、違いますわ!  あれは……)

 あれは────幽霊!  
 昔、本で読んだことがありますもの!
 しかも、なにやら禍々しい負のオーラを放っているのを感じるので、幽霊の中でも性質の悪そうな怨霊とかいうヤツですわ!

(初めて見ましたわ……まさか、現実にいるとは)

 普通に考えて、生きている人間ならあんな直立不動のまま微動だにしないなんておかしいですわ。
 何よりあんな所にあるのに……私以外、誰も気にしていない!

「……」
「フルール?  どうかしたの?」
「あ……」

 私の様子がおかしいと感じたリシャール様が顔を覗き込む。
 声色も心配そう。
 リシャール様にはアレが見えるかしら?
 ドキドキしながら私はそっと口を開く。

「だ、旦那様……」
「うん?」
「そ、その……私……」
「……うん」

 私のただならぬ雰囲気から、いい話ではないと察したのか、にこにこしていたリシャール様から笑みが消える。

「どうやら私、ゆ、幽霊が見えるようになってしまったみたいなんですの!」
「え!?」
「しかもその幽霊、性質の悪そうな空気を放っていまして……お、怨霊かもしれませんわ……」

 その言葉にリシャール様だけでなく私たちを囲んでいた人たちもギョッとする。

「幽霊!?  フ、フルール!?  お、落ち着いて?」
「落ち着いていますわ!  で、ですが私の目指す“最強”に幽霊を見ることまでは入っていなかったので……さすがにちょっと驚いていますわ」
「うん。そこまで入っていたら僕も驚くよ」
「そう、ですわよね……」

 私はふぅ、と息を吐く。
 その間も参加者たちはザワザワしていた。

「……えっと、フルール。それで、フルールに見えるその“幽霊”はどこに?  この会場にいるの?」

 コク……
 私は無言で頷いてそっと指をさす。

「と、扉の入口に……ぼうっと立っていますの。先程から全く動きませんわ」
「え!」

 リシャール様を含めた皆が一斉に扉へと視線を向ける。

(ああ!  ほら!  まだ……いますわ!)

 どう見ても先程から全く動いていません!

「──ひっ!  怖っ」
「ほ、本当だわ!?  幽霊って本の中の空想上のものではなかったの!?」
「嘘っ……」

 すると、皆にも同じ姿が見えたようで、令嬢を中心に悲鳴が上がっていく。

 慌てふためく人々。
 連鎖して次々と上がる悲鳴。
 軽くパニック状態に陥っていく人たち。

 ───“ソレ”が幽霊などではなく私の大きな勘違いで、
 戻って来ていた“メリザンド様”だと気付かれるまで、しばし会場は大混乱となった。



────


「うーん、メリザンド様には悪いことをしてしまいましたわ……」

 私は会場から一旦退出し向かった御手洗で手を洗いながらそう嘆く。
 まさか、アレが幽霊ではなく生きた人間でそれも……本日の主役のメリザンド様だったなんて!
 禍々しい負のオーラも感じたし、無理!  あれは気付けませんわ。

「でも、さすがの私でも分かりました……メリザンド様のあの身体のプルプルは怒っていましたわ……」

 謝罪をした時、メリザンド様の身体はプルプル震えていた。
 あの一瞬でメリザンド様は“幽霊令嬢”となってしまったので、怒るのも無理はない。

「リシャール様を諦めさせるはずが余計な火をつけてしまったかもしれませんわね……私だったならあの場でメラメラですわよ」

 ですが、私はリシャール様の髪の毛の一本ですら譲る気はありませんので、これは最強夫人vs幽霊令嬢の負けられない戦いですわ!
 改めてメラッと闘志を燃やす。

「それにしても……メリザンド様は、なぜあんな所で微動だにせず立ったままだったのかしら?  ───あ!」

 なるほど……と思う。
 主催者として、離れていた間に皆の様子や会場に不備が無いかをチェックしていたのかもしれません。
 ピクリとも動かなかったのは不思議ですけれど。

「そういう心配りに関しては今後のためにも見習わないといけませんわね─────……って、ここはどこ?」

 御手洗から戻るのにぼんやり考えごとをしながら歩いていたせいで、なぜかパーティー会場となっている部屋がある区画とは違う場所へと踏み込んでいたことに気付く。
 人も居なければ、見たところ廊下の感じも違う。

「……モンタニエ公爵家もそうですけど……広すぎるのも問題ですわ」

 チビフルール(五歳)は迷子にならなかったのに、まさか公爵夫人フルールになってから、人様のお屋敷で迷子となるなんて……

「……まあ、屋敷の中であることは変わりません。歩いていればそのうち辿り着きますわよね!」

 ヒィさんを引き摺って歩き続けたあの隣国の王宮よりは全然狭いですもの。

「ですから、大丈夫ですわ~」

 私は全く根拠の無い自信を持ちながら屋敷内をウロウロさまよった。




(うーーん、なかなか辿り着きませんわね?)

 ウロウロを続けるも、一向に会場のある部屋の方向に戻れている感じがしない。
 私の野生の勘は凄いはずなのに、どうしてこういう時は力を発揮してくれないのかしら?
 なんて考えていた時だった。

 ───ドンッ

「う、わっ……!?」
「キャッ!」

 突然、曲がり角から現れた人物と体当りしてしまう。
 お互い前を見ておらず、ぶつかってよろけた私たちは互いに謝罪する。

「まさか人がいるなんて……ご、ごめん……」
「い、いえ。私こそ、すみません」

 パーティー参加者の方かしら?
 私と同じ迷子さんかもしれませんわね……と思いながら顔を上げてぶつかった人の顔を見た。

(─────あら?)

 おかしいですわ。
 私は自分の目を疑って目をコシコシする。

「……」

 何度、コシコシしても“目の前の人”の姿は変わらない。

(今日は不参加ではなかったの?)

「──え、えっと、こういう時はなんて聞くんだっけ…………そうだ!  だ、大丈夫、ですか……?  だ……!」

 たった今。
 私がぶつかったその人の姿は、
 最近私の大親友と婚約したばかりの、元辺境伯領の騎士・ナタナエル様にそっくりだった。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...