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237. チビフルール(五歳)と誘拐犯 ②
しおりを挟む『───痛っ!? くそっ……入れねぇ……』
狭い道へと逃げ込むと、男の人は苦しそうな声を上げた。
(つかまるわけにはいきませんわ!)
私は小さい身体とすばしっこさを大いに利用して逃げまくった。
普段からよく屋敷内を元気いっぱいに走り回っている私からすればたいしたことではない。
『ちょこまかするんじゃねぇ! 待てって言ってんだろーー!?』
『まーちーまーせーん!』
『テメェ!? ……おちょくってんのか!?』
『おちょ……?』
男の人の言っていることが相変わらずよく分からない。
『よく、わからないですけどおじさんのあし、おそいですわ~』
同じ男の人でもお父様はもっと早かった。
そのことを思い出した私は比較して素直な感想を述べる。
『なっ……!?』
『うんどうぶそく! たるんでるしょうこですわ!』
『……た、たるんで……る!?』
いつぞやかのお父様とお母様の会話を思い出して男の人にアドバイスをしてあげた。
男の目がクワッと大きく開かれる。
『調子に乗るなよ! お前は俺に捕まったあと、これから怖くて酷い目に遭うんだ!!』
『こわいめ……?』
『恐怖で泣き叫んでも誰も助けてはくれねぇ! ざまぁみろ!』
『……なく』
(どうして、わたしがなくのかしら?)
この人の話すことはどれも難しくてさっぱり理解出来ない。
だけど“泣く”という言葉は理解した。
おかしなことを言う人。
私はもう“赤ちゃん”じゃないのに!
だって泣くのは赤ちゃんの頃だけ───
『おじさん、わたしはもうあかちゃんじゃないんですの』
『は?』
『こうみえて、もうりっぱな“レディ”ですわ!』
だから、迷子になってしまった家族も探せる。
そう思って大きく胸を張った。
『ですから、わたしがあかちゃんにみえるならおじさんはびょーきです!』
『病……気だと!?』
『あたまとめのびょーき。もう、ておくれかもしれません』
『手遅……れ』
私の言葉に男の顔が赤くなる。
図星だったのかもしれない。
『こいつ……言わせておけば……』
『!』
グンッと男の足が早くなった。
ますますやる気満々の様子に嬉しくて私はにっこり笑う。
(ふっふっふ! おにごっこはこうでなくちゃ!)
『病気なんかじゃねぇ! 立派にこうして仕事してるじゃねぇか!』
『……おしごと?』
『───お前のような可愛い顔したガキを拐って売っぱらう仕事に決まってるだろ!?』
男は堂々と自分の“仕事”について語った。
そう。
追いかけている目の前の私にばかり夢中で、幼女と鬼ごっこしている姿がすでに異様で周囲からかなり注目を集めていることにも気付かずに。
『うる……? おじさん、おみせひらいているの?』
『あ!? みせ?』
『だって、かわいい“なにか”をうっているんでしょう? どこにあるおみせなんですの?』
お父様たちを発見したら連れて行ってもらおうかしら、と思った。
通りすがりの私に“鬼ごっこ”を頼むような孤独な人だから、きっとお店は繁盛していない。
そんな気がしたから。
『店じゃねぇ! 街の外れの倉庫! そこにお前のような商品を集めてる。そっから欲しい奴に高値で売っぱらうんだよ。よしっ! 捕まえ───って、いい加減捕まれや!?』
『い~や~で~すわ!』
ついつい話に夢中になってしまったので、ちょっと追いつかれそうになったけれど、すんでのところで避けた。
それからも私たちの鬼ごっこは続いた。
かれこれもう街を何周したのか。
変わらず元気いっぱいの私に比べて男は明らかにへばって来ていた。
『く───くそっ! な、何なんだよこのガキ……ぜ、全然疲れる素振りも見せねぇ……』
私はキャハハと笑う。
外でする鬼ごっこは風も気持ちいいし楽しい。
不思議とどこまでも走っていられそう。
『なんで……む、むしろ、元気よすぎんだろ…………ハァハァ』
『まあ! おじさん、もうおつかれですの~? おじいさん?』
『……っ! おじいさんじゃねぇ! 人を年寄りみたいに言うな!』
(わがままですわ~)
『わがままなおとこはモテませんわ』
『あぁ!?』
『おかーさまがいってました! もう、おじさんはておくれですわね! いっしょうひとりみ! こどくのさみしいじんせいですわ!』
『なっ!? ───ま、また、お前の母親か!!』
男は図星だったのか、カッと顔が赤くなる。
『畜生……いったい娘にどんな教育してやがる……母親の顔が見てみた───』
そう言いかけた時だった。
『───こんな顔ですけど、なにか?』
『え……』
私と男の間に入って来た人。
それは───
『おかーさま!』
迷子のお母様の登場に私はとってもびっくりして目を丸くしながら声を上げた。
お母様はチラッと軽く後ろを振り返って私を見る。
その顔が……
『……!!』
(お、おおおお……おこっていますわ!)
迷子になった皆を探しに行かずにのんびり鬼ごっこしていたから?
少しだけ……のつもりが鬼ごっこにかなり夢中になってしまっていたから?
とにかくお母様が完全に怒っていますわーー!
(おやつ……おやつがきんしされてしまう!)
『フルール大丈夫か!? ───ブランシュ! 先に行くな! 危ないだろう!』
『フルール!』
そこにお父様とお兄様も駆け込んで来る。
『おとーさま! おにーさまも!』
探すはずだった迷子の皆が見つかりましたわ! と嬉しくなる。
私は大好きなお兄様の胸に飛び込んだ。
その様子を確認したお母様が軽く息を吐いて男と向き合う。
『あなた……随分と私の可愛い娘を追いかけ回してくれたようですわね?』
『え? あ、い、いや……な、なんで……』
怯える男にお母様が睨み付ける。
『あなた馬鹿なの?』
『……ば、か』
『こんな街中で幼女を追いかけていて目立たないとでも思ったのかしら?』
『……え?』
『とっくにあなたのことは通報されていましてよ?』
『……!』
男が小さくあっ……と発すると、顔がどんどん青くなっていく。
『うちの子、ちょっとすばしっこいから中々追い付けなくて大変でしたけど』
『……』
『まあ! とっても素敵な顔色! 私、こういう顔色をした人を見るの大好きなの!』
紫色になった男の顔を見たお母様が嬉しそうに笑い、はしゃいだ声を上げる。
『おかーさま、うれしそう……』
『フルール! そんなのんきなこと言ってるばあいか!』
お兄様が怒りながらギュッと抱きしめてくれる。
『おにーさま?』
『まったく、おまえは! ……迷子になったら、うごくなと言われていただろ!』
『?』
私は首を傾げながらお兄様を見つめる。
『まいご? まいごになったのは、おにーさまたちでしょ?』
『『なっ!?』』
『しんぱいしましたわ。でも、ぶじでよかったです!』
『『……フルール』』
お父様とお兄様が目をまん丸にして顔を見合せた。
一方、お母様はジリジリと男に詰め寄る。
『ふふふ───素敵な顔色を見せてくれたあなたにとっておきの話をプレゼントして差し上げましょう』
『な、なんだ!?』
お母様がニヤリと笑った。
『あなた、私の可愛い娘に誘導されてペラペラと色々なことを喋っていたそうですわね?』
『え……?』
『あらあら、その顔。本当にお馬鹿さんのようね? あんな大声で喋っておいて……随分と間抜けな“誘拐犯”だこと!』
『!?』
お母様はとっても悪い顔をしてにっこり笑った。
『街の外れの倉庫に売り払う予定の子どもたちを拐って集めている……あなた大きな声で皆に教えてくれていたそうじゃない』
『な……』
『よかったわね? あなた暴露後も私の可愛い娘と仲良く鬼ごっこを続けてくれていたから……今頃、その倉庫は摘発されている頃よ?』
『て、摘発……』
男が呆然とした顔でそう呟く。
『───私と愛しの旦那様の可愛い可愛い娘に目をつけたからこうなるのよ! 覚悟なさい!』
『っっ!? ───グハァッ……!』
そう言ってお母様は長年の踊りで鍛えた美しい足を使って男を蹴り上げる。
そして男が吹き飛び、そのまま気絶したのかピクリとも動かなくなった。
(おかーさま! かっこいい!! さいきょう!)
その様子を見た私は大興奮した。
私を抱きしめて押さえていたお兄様が困惑の声を上げる。
『……こ、こら! フルール、なんであばれる!?』
『だって、おにーさま! わたしも! わたしも、おかーさまみたいにあしをぶんって……』
『なっ!? ───し、しなくていい! フルール! あれは……あの芸当はブランシュにしか出来ない!!』
お父様まで慌てて止めに入る。
『そうなの?』
『ああ。長年、踊って鍛えてきたブランシュだからこそ出来る技なんだ』
『きたえる……ちびっこのわたしはまだまだですわ』
仕方がないので断念した。
がっかりしているとお父様は優しく私の頭を撫でながら言った。
『そうだな。お父様は出来ればフルールにはお淑やかに……』
『───わかりました、おとーさま! わたし、おかーさまにでしいりして、さいきょうをめざします!』
『な……』
────チビフルール(五歳)。
この日から“最強”を目指す道がスタートすることになる。
──────
───……
「───と、いうわけでして、私が鬼ごっこしている間に、街の人たちからの通報が相次いで誘拐犯の組織はあっさり捕まって壊滅させられていたそうですわ」
何故か会場は今もしんっと静まり返っている。
私はリシャール様に笑顔を向けた。
「ほらね? 面白くもなんともない話でしょう?」
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