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236. チビフルール(五歳)と誘拐犯
しおりを挟むリシャール様の言葉に私は目を瞬かせる。
そんな昔の事件を? と不思議に思った。
「え?」
「すまない。あまりにもフルールがサラッと流すから余計に気になって……」
「まあ!」
リシャール様の腕にグッと力が込められる。
「……フルールが今も元気いっぱいで過ごしていて“未遂”と言っていたから、無事なことは分かっている……が! 気になるものは気になる!」
「旦那様……」
真剣なリシャール様の目にますます胸がときめいてキュンキュンする。
「───このままでは今夜、眠れそうにないんだ!」
「え、眠れない……? そうですわ! それなら、ずっと保留になっている私の得意な子守唄を───……」
なんだかんだでずっと披露出来ずにいる子守唄のことを思い出して提案してみる。
寝不足はよくありませんもの!
「いっ!! いや……こ、子守唄は大丈夫だ……から、は、話を聞かせてくれ!」
「そうですか? 話の方がいいですか?」
私が聞き返すとリシャール様は、ものすごい勢いで首を大きく縦に振る。
「あ、ああ! それに……おそらくこの話が気になっているのは僕だけじゃない!」
「どういう意味です?」
「……」
リシャール様が無言で辺りを見渡した。
そういえば先程から会場が静かですわね?
「今、この会場にいるパーティー参加者たちがチビフルール(五歳)が何をしたのか知りたいと思っているはずだ!」
「まあ!」
リシャール様は大真面目な表情のまま、堂々とした声でそう断言した。
「……迷子になってしまった家族を探す五歳の幼女が誘拐を企む悪い犯人の男と出会って、鬼ごっこをしていたら最後は組織ごと壊滅した……なんて話は別に面白くないと思いますわ?」
「お……鬼ごっ!? …………いや、そ、組織、壊滅!?」
リシャール様がギョッとする。
あと、他の皆様からもすごい視線を感じるわ。なにごと?
「怪しくないと言い張っていた誘拐犯の裏には、活動開始したばかりの変な組織がいたそうですのよ」
「フルール! ─────く、詳しく!!」
「旦那様……?」
何故かは分からないけれど、話を聞きたいらしいリシャール様の私の両肩を掴む手の力はとても強かった。
(そんなにですの!?)
もちろん愛する夫が望むならそれに答えることが“出来る妻”の役目ですけれど。
私は何故か静まり返っている会場内を見渡す。
もう悲鳴を上げながら泣き叫んで出て行ったメリザンド様の様子を気にかけている人は誰もいない。
(うーん?)
皆様、本日の主役のメリザンド様のことは気にしなくて本当にいいのかしら?
でも、メリザンド様が着替えを済ませて戻って来るまでは、まだ時間もあるでしょうし……
その間に少しだけお話すればいいか、と思い直す。
「……旦那様。私、その誘拐未遂犯のことは今、思い出しても腹が立って来ますの」
「え!?」
リシャール様の顔が青くなる。
周囲もハッと息を呑み、会場内の空気がピリッと張り詰める。
「フ、フルール……? じ、実は何か酷いことをされて……」
「だって、微笑みながら怪しい者ではないですよ~、と言いながら私に近付いてきた時、なんて言ったと思います?」
「……ん? あれ? え、えっと、そいつはな、なんて言ったの……?」
私はムスッとしながら答える。
「───“お嬢ちゃん、一人? もしかして迷子かな?”…………でしたのよ!!」
「……」
「確かに私は方向音痴ですけど、あの時は迷子ではありませんでしたのに!」
「……」
「迷子になったのはお父様とお母様とお兄さ────旦那様? どうしました?」
私が顔を上げるとリシャール様が頭を抱えていた。
ついでに身体も震えている。
(───こ、これは!)
あの時の私の気持ちを理解してくれて、誘拐未遂犯に対して怒りを覚えてくれていますのね!?
さすが私の愛する夫ですわ!! 大好き!
気を良くした私はニンマリ笑って“あの日”の話を始めた。
─────
───────……
あの日、皆で街に出かけた私は、見かけるものに目を輝かせてばかりだった。
(すごいですわ~、ヒトもモノもたくさんですわ~)
あれもおいしそう! あっちはキラキラ!
人の多さにも驚きつつ、お屋敷内では見ないものにとにかく心奪われていた。
そうしてふと気が付くと……
『……あれ? おとーさま? おかーさま? おにーさま?』
一緒にいたはずの家族がいなかった。
私はうーんと首を傾げる。
『……かくれんぼ?』
こんな街中で? と不思議に思っているとハッと思い当たった。
(ちがう! まいご……ですわ!)
街に来る前にお母様に散々、気をつけるようにと言われていた“迷子”という言葉を思い出す。
『なんてことなの! ちゅういしなさいね? っていってた、おかーさまたちがまいごだなんて!』
状況を理解した私はふぅ、と息を吐く。
『しかたがないから、わたしがみんなをみつけてさしあげますわ!』
そう呟いた私は、その場から離れてトコトコ歩き出した。
もちろん、迷子の鉄則……その場から離れるな! を理解することなく。
『まいごのまいごのおと~さま、おか~さま、おに~さま~』
そう口にしながら歩いている時だった。
『おや? お嬢ちゃん、一人? もしかして迷子かな?』
『?』
突然、見知らぬ人に声をかけられた。
私は振り返って顔を上げる。
『可愛いね? 何歳くらいかな? ご両親は? はぐれちゃったの?』
『……』
帽子を目深にかぶったその男の人はニコニコしながら話しかけて来た。
そして私に目線を合わせるようにしゃがみ込むと笑みを深めてこう言った。
『あ、ごめん。突然でびっくりしちゃったかな? でも安心して? お兄さんは怪しい者ではありません』
『……』
『迷子なんて心細いだろう? お兄さんが一緒に探してあげようか?』
『……まいご』
負けん気の強かった私はカチンッと来る。
さらに何だかその人の笑顔にもモヤッとしたものを感じていた。
『───おじさん! ていせいして!』
『は? お、おじ…………え?』
『まいごになったのは、わたしじゃないの!』
『……え、えっ? お、お嬢ちゃん……?』
その男の人は何故か狼狽えた。
『それから、おじさん! わたしは“おじょうちゃん”というなまえではありませんわ! これも、ていせいして!』
『ん? え?』
ちなみに、この頃の私の中では男の人は若かろうがお年を召していようが、皆、等しく“おじさん”だった。
“お兄さん”は大好きなアンベールお兄様を呼ぶ時だけの言葉だと思っていたから。
この時の誘拐未遂犯は二十代くらいの若者。
“おじさん”と呼ばれるには抵抗があったと思われるけど、もちろんそんなナイーブな男心など知らない。
結果、さらにその男の人は狼狽えた。
『…………あー、えっと、で、では君のお名前はなんて言うの、かな?』
『おしえない!』
『……!?』
ピシッと変な音が聞こえて空気が凍り付く。
『え……えっと……それは、な、なんで……かな?』
『おかーさまがいっていたから! “おとこのひとにきやすくなまえでよばせてはダメ!”って!』
『!?』
『かんちがいするバカもいるんだからって!』
『!?!?』
『おじさんはかんちがいするバカになりたいんですの?』
もちろん、よく意味は分かっていなかったけれど、私はそう突っぱねる。
目の前の男の人は笑顔のままふらついた。
『か、勘違いする馬鹿……』
『ええ、バカですわ。もういいです? わたしは、はやくまいごのみんなをみつけてあげなくちゃいけませんの』
『……馬鹿……』
『いまごろ、さみしくてないているかもしれないんですから! ……しつれいしますわ』
『……』
そう言って私は呆然としている男の人を無視してその場から立ち去ろうとする。
だけど、スタスタと歩き始めてすぐ、我に返った男の人が追いかけて来た。
『待っ……待て待て待て待てぇーー!?』
『!?』
『怖がらせないようにと優しく声をかけてやったのに、人をコケにしやがって! このガキ!』
『!』
何を言っているのかはよく分からなかった。
けれど、この時、なぜか鬼ごっこが開始したことだけは理解した。
(わたしとあそびたかったの!?)
『取っ捕まえて高く売っぱらってやる!』
『!』
『身なりもいいし、かなりの上玉だ! 絶対高く売れる……逃すか!』
(すごい! おこっているときのおかーさまみたいなかお! これは、ほんきだわ……!)
私はその男の顔を見て、鬼ごっこに対する並々ならぬ情熱を感じ取る。
早く迷子の皆を探し出したかったけれど、どうやら遊び相手に飢えているらしい、寂しいこの男の人に少しだけ付き合ってあげることにした。
『しかたありませんわ。すこしのあいだだけですわよ~?』
『は? 何をごちゃごちゃ言っている? おい待てゴラァ!?』
『い~や~で~す~わ~』
こうして、双方違う思惑のチビフルール(五歳)と誘拐犯による鬼ごっこが開始された。
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