王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
235 / 354

235. 怪しかったので

しおりを挟む


 パリーンッ

「────ま、待って!!」
「きゃっ!?」

 今、まさに飲もうとしたその瞬間、真っ青な顔をしたメリザンド様が私に向かって手を伸ばしてグラスを払い除けた。
 グラスが手から飛んで床に落ちると割れて中身が飛び散ってしまう。

「……っっっ!」
「メ、メリザンド様?  中身が……」

 なんてことを!  勿体ないですわ?  
 それに今──……

 言いたいことは色々あるけれど、メリザンド様は何故か無言で私を睨んでいる。
 そして、そのままの勢いで私に向かって突進して来た。

「ふ、夫人!  ───ど、どういうつもりですか!」
「え?」

 どういうつもり……とは?
 よく意味が分からず首を傾げる。

「えっと……?」
「!」

 ギリッと唇を噛んだメリザンド様が私の肩をガシッと掴む。

「────今のわざとでしょう!?」
「わざと……?」
「しらばっくれても無駄です!  夫人はなんて……なんて卑怯なの!?  この卑怯者!」
「卑怯……?」

 メリザンド様は、強く私を揺さぶる。
 どうやら顔を真っ赤にして怒っているみたい。
 けれど、何に対して怒っているのかよく分からない。
 また、その声がとても大きいので周りからもすごく注目されている。

(……それより、いいのかしら?  メリザンド様……)

「私の用意した飲み物が、だと分かっていて……それで、わざと私を脅すような嘘をついたのでしょう!?  最低ですっっ……!!」
「う、嘘?」
「そうです!  か、壊滅……とか……有り得ないわ!」
「そう言われましても、本当です!  としか言えませんわ?」

 困りましたわ。
 実際にお酒を飲んで壊滅させてから、ほら真実でしたわ~!  ホホホ~
 などと言うわけにもいきませんもの。

(……ん?  あら?  待って今……)

「すみません、メリザンド様?  それよりも今、なんて仰いましたか?」
「……え?」

 聞き間違い?  
 いえ、そんなことはありませんわよね。

「……今、“本当はお酒入り”と口にされましたわよね?」
「…………え?」
「あの“特別”な飲み物はお酒入り……でしたの?」
「────……!」

 私が首を傾げながら訊ねると、ヒュッと息を呑んだメリザンド様。
 その顔色が真っ赤から真っ青になっていく。
 周囲の人たちも、あっ!  と声を上げる。

「まあ!  ……メリザンド様?  大丈夫です?  顔が紫色ですわ?」
「~~っっっ」

 メリザンド様は伸ばした私の手を払い除けた。
 そして無言のまま何も答えない。
 けれど、その間も周囲からのチクチクとした視線がメリザンド様へと突き刺さっていく。

「ところでメリザンド様。先程の飲み物がお酒入りか否か……それも気になる所ではありますが……大丈夫ですの?」
「…………?」

 メリザンド様が無言のまま怪訝そうに顔を上げて眉をひそめる。

「先ほど、グラスが割れて中身が飛び散った際にメリザンド様のドレスに思いっ切りあの飲み物がかかってしまっていましたけど……?」
「!?」

 メリザンド様がクワッと目を大きく見開く。

「それで……今も、ドレスの色を変えながらジワジワと染みがどんどん広がっていっているのですけど……?」
「んなっ!?」

 変な叫び声を上げた後、メリザンド様が慌てて下を向く。
 現在進行形でメリザンド様のドレスはかなり色が変わっていた。

「……ひぃっ!?  ちょっ……う、嘘!?  や、ど、どうし……たら……」

 取り乱すメリザンド様。
 グラスが割れた時からずーーっと、ジワジワと変色していっているのに、呑気ですわ……
 と思っていたけれど、全く気付いていなかったらしい。

(生地も装飾も……とても高そうなドレスですのに……残念ですわ)

「嘘っ……ど、どうしよう…………い、嫌ぁぁぁぁぁーーーー!!」
「あ……メリザンド様!」

 私の肩から手を離して、頭を抱えたメリザンド様が勢いよくその場から走り去っていく。
 そんな逃げ出したメリザンド様のこと皆がクスクス笑いながら見ていた。

「……まだ、話の途中でしたのに」

(とりあえず着替えかしら……?)

 取り残された私はポツリと呟く。
 結局、あの特別だという飲み物はお酒入り……ということでよかったのかしら?

(それにしても、お酒だったなんて。とんだうっかりさんですわね……)

「……フルール」
「旦那様?」

 メリザンド様が泣きながら走り去った後、リシャール様が私の肩をトントンと叩く。

「えっと……大丈夫?」
「大丈夫?  あ、お酒だったらしい飲み物のことです?  一口も飲んでいませんから大丈夫ですわ!」

 私はドンッと大きく胸を叩く。

「い……いや、そうじゃなくて……」
「違いますの?」
「卑怯とか嘘つきとか好き勝手なこと言われて、悪者にされようとしていただろう?」
「……悪者」

 リシャール様が心配そうに私の頬を優しく撫でる。
 優しいその手つきにうっとりしながらも私は目を輝かせた。

「悪者…………つまり、悪女!!」
「え?」
「以前の私はわざと悪女になりましたが、今日の私は本物の“悪役夫人”になれていたというわけですわね!?」
「い、いやフルール……ちょっと……いや、かなり違う……」
「ふふふふふ。やはり、ホーホッホッホッ!  と高笑いするべきでした!?」
「え!?」

 今からでも遅くありませんわ!
 メリザンド様を追いかけて、ホーホッホッホッと……

「フルール!  絶対に可愛いんだろうけど今、この場での高笑いはやめておこうか?」
「そうですか?」
「うん」

 リシャール様がそこまで言うなら高笑いは、次の悪役夫人の時まで取っておくことにする。

「……ところで、フルール」
「はい!」

 リシャール様が軽く咳払いをしながら私に訊ねる。

「かなり念入りに脅し……いや、煽り…………んんっ、誤って酒を飲んだ場合のことを彼女に説明していたけれど、あれは?」
「ああ!  あれは、誤って飲まないように本当にお酒ではないのかと、一に確認、二に確認、三四も確認、五にも確認をしていたからですわ!」
「…………つまり、確認」

 そうですわ、と私は大きく頷く。

「旦那様。メリザンド様が“こちらはお酒が入っていません”そう口にされた時、私たちの目が合いましたの」
「目が?」
「ええ。あの時、メリザンド様は私から目を逸らさずに微笑みましたわ」
「う、うん」

 リシャールはその時の様子を思い出しながら頷いてくれる。

「私───昔ですが、ああいう微笑みをする方に会ったことがあるのです」
「ああいう微笑みって、どういうこと?」
「ええっと、自ら“怪しい者ではありません”と口では言いながらも、実は怪しい方がする微笑みですわ!」
「……」

 ピシッとリシャール様の笑顔が固まった。

「そう……あれは私が五歳の頃……」
「五歳……」
「当時の私は、今と変わらず、それはそれは好奇心旺盛でやんちゃな子どもでしたの」
「…………う、うん」

 リシャール様が肩を震わせている。
 やんちゃなチビフルールを想像して笑っているのかしら?

「ある日、家族で街へと出かけました」
「街?」
「はい。ですが私……見るもの見るものに目を輝かせていたら……いつの間にか家族とはぐれてひとりぼっちになっていましたの」
「……!」

 笑っていたはずのリシャール様の顔が青くなる。
 お分かりいただけたようですわね?
 そうですわ。

「街に五歳の子どもが一人……結果───フルール誘拐未遂事件が勃発しましたわ!」
「ゆ……誘拐!?」

 ギョッとするリシャール様。
 ますます青くなる。

「───私が迷子になった家族を探していましたところ……突然、見知らぬ方に声をかけられましたのよ」
「ま……迷子になった家族…………!」

 リシャール様が驚きの声を上げた。

「何かおかしかったです?」
「いや……」
「続けますわ。そして、その声をかけて来た方は私に微笑みながら言いましたの──怪しい者ではありません、と」
「……」

 リシャール様が胡散臭い!  という表情になる。
 同感ですわ。

「実際、その方は子どもの誘拐犯という非常に怪しい者だったのですけども……それで、あの時の誘拐未遂犯の笑顔と先程のメリザンド様の笑顔が重なってしまいまして」
「……」
「それで、妙に気になってしまったので、メリザンド様からすれば少し執拗かったかもしれませんが、念には念を入れて一に確認、二に確認……を徹底───って、旦那様?  どうされました?」

 なぜか、リシャール様がすごく渋い顔をしている。

「……フルール」
「はい!」

 リシャール様が私の両肩を掴む。
 そして真剣な目で私を見つめてくる。

(その目、ドキドキしますわ!)

 私の胸がキュンとなる。

「──今、僕は……」
「僕は?」
「おそらく今、フルールって怖い、恐ろしい……と泣きながら着替えているであろうメリザンド嬢なんかより……」
「より?」

 リシャール様。
 なかなかの言い草ですわ……
 あと、怖いってなんですの?

 そんなリシャール様。真剣な表情を崩さず私にこう言った。

「チビフルール(五歳)がどうやってその誘拐犯から助かったのか……の方が気になって仕方がない!」

 ────と。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...