王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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235. 怪しかったので

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 パリーンッ

「────ま、待って!!」
「きゃっ!?」

 今、まさに飲もうとしたその瞬間、真っ青な顔をしたメリザンド様が私に向かって手を伸ばしてグラスを払い除けた。
 グラスが手から飛んで床に落ちると割れて中身が飛び散ってしまう。

「……っっっ!」
「メ、メリザンド様?  中身が……」

 なんてことを!  勿体ないですわ?  
 それに今──……

 言いたいことは色々あるけれど、メリザンド様は何故か無言で私を睨んでいる。
 そして、そのままの勢いで私に向かって突進して来た。

「ふ、夫人!  ───ど、どういうつもりですか!」
「え?」

 どういうつもり……とは?
 よく意味が分からず首を傾げる。

「えっと……?」
「!」

 ギリッと唇を噛んだメリザンド様が私の肩をガシッと掴む。

「────今のわざとでしょう!?」
「わざと……?」
「しらばっくれても無駄です!  夫人はなんて……なんて卑怯なの!?  この卑怯者!」
「卑怯……?」

 メリザンド様は、強く私を揺さぶる。
 どうやら顔を真っ赤にして怒っているみたい。
 けれど、何に対して怒っているのかよく分からない。
 また、その声がとても大きいので周りからもすごく注目されている。

(……それより、いいのかしら?  メリザンド様……)

「私の用意した飲み物が、だと分かっていて……それで、わざと私を脅すような嘘をついたのでしょう!?  最低ですっっ……!!」
「う、嘘?」
「そうです!  か、壊滅……とか……有り得ないわ!」
「そう言われましても、本当です!  としか言えませんわ?」

 困りましたわ。
 実際にお酒を飲んで壊滅させてから、ほら真実でしたわ~!  ホホホ~
 などと言うわけにもいきませんもの。

(……ん?  あら?  待って今……)

「すみません、メリザンド様?  それよりも今、なんて仰いましたか?」
「……え?」

 聞き間違い?  
 いえ、そんなことはありませんわよね。

「……今、“本当はお酒入り”と口にされましたわよね?」
「…………え?」
「あの“特別”な飲み物はお酒入り……でしたの?」
「────……!」

 私が首を傾げながら訊ねると、ヒュッと息を呑んだメリザンド様。
 その顔色が真っ赤から真っ青になっていく。
 周囲の人たちも、あっ!  と声を上げる。

「まあ!  ……メリザンド様?  大丈夫です?  顔が紫色ですわ?」
「~~っっっ」

 メリザンド様は伸ばした私の手を払い除けた。
 そして無言のまま何も答えない。
 けれど、その間も周囲からのチクチクとした視線がメリザンド様へと突き刺さっていく。

「ところでメリザンド様。先程の飲み物がお酒入りか否か……それも気になる所ではありますが……大丈夫ですの?」
「…………?」

 メリザンド様が無言のまま怪訝そうに顔を上げて眉をひそめる。

「先ほど、グラスが割れて中身が飛び散った際にメリザンド様のドレスに思いっ切りあの飲み物がかかってしまっていましたけど……?」
「!?」

 メリザンド様がクワッと目を大きく見開く。

「それで……今も、ドレスの色を変えながらジワジワと染みがどんどん広がっていっているのですけど……?」
「んなっ!?」

 変な叫び声を上げた後、メリザンド様が慌てて下を向く。
 現在進行形でメリザンド様のドレスはかなり色が変わっていた。

「……ひぃっ!?  ちょっ……う、嘘!?  や、ど、どうし……たら……」

 取り乱すメリザンド様。
 グラスが割れた時からずーーっと、ジワジワと変色していっているのに、呑気ですわ……
 と思っていたけれど、全く気付いていなかったらしい。

(生地も装飾も……とても高そうなドレスですのに……残念ですわ)

「嘘っ……ど、どうしよう…………い、嫌ぁぁぁぁぁーーーー!!」
「あ……メリザンド様!」

 私の肩から手を離して、頭を抱えたメリザンド様が勢いよくその場から走り去っていく。
 そんな逃げ出したメリザンド様のこと皆がクスクス笑いながら見ていた。

「……まだ、話の途中でしたのに」

(とりあえず着替えかしら……?)

 取り残された私はポツリと呟く。
 結局、あの特別だという飲み物はお酒入り……ということでよかったのかしら?

(それにしても、お酒だったなんて。とんだうっかりさんですわね……)

「……フルール」
「旦那様?」

 メリザンド様が泣きながら走り去った後、リシャール様が私の肩をトントンと叩く。

「えっと……大丈夫?」
「大丈夫?  あ、お酒だったらしい飲み物のことです?  一口も飲んでいませんから大丈夫ですわ!」

 私はドンッと大きく胸を叩く。

「い……いや、そうじゃなくて……」
「違いますの?」
「卑怯とか嘘つきとか好き勝手なこと言われて、悪者にされようとしていただろう?」
「……悪者」

 リシャール様が心配そうに私の頬を優しく撫でる。
 優しいその手つきにうっとりしながらも私は目を輝かせた。

「悪者…………つまり、悪女!!」
「え?」
「以前の私はわざと悪女になりましたが、今日の私は本物の“悪役夫人”になれていたというわけですわね!?」
「い、いやフルール……ちょっと……いや、かなり違う……」
「ふふふふふ。やはり、ホーホッホッホッ!  と高笑いするべきでした!?」
「え!?」

 今からでも遅くありませんわ!
 メリザンド様を追いかけて、ホーホッホッホッと……

「フルール!  絶対に可愛いんだろうけど今、この場での高笑いはやめておこうか?」
「そうですか?」
「うん」

 リシャール様がそこまで言うなら高笑いは、次の悪役夫人の時まで取っておくことにする。

「……ところで、フルール」
「はい!」

 リシャール様が軽く咳払いをしながら私に訊ねる。

「かなり念入りに脅し……いや、煽り…………んんっ、誤って酒を飲んだ場合のことを彼女に説明していたけれど、あれは?」
「ああ!  あれは、誤って飲まないように本当にお酒ではないのかと、一に確認、二に確認、三四も確認、五にも確認をしていたからですわ!」
「…………つまり、確認」

 そうですわ、と私は大きく頷く。

「旦那様。メリザンド様が“こちらはお酒が入っていません”そう口にされた時、私たちの目が合いましたの」
「目が?」
「ええ。あの時、メリザンド様は私から目を逸らさずに微笑みましたわ」
「う、うん」

 リシャールはその時の様子を思い出しながら頷いてくれる。

「私───昔ですが、ああいう微笑みをする方に会ったことがあるのです」
「ああいう微笑みって、どういうこと?」
「ええっと、自ら“怪しい者ではありません”と口では言いながらも、実は怪しい方がする微笑みですわ!」
「……」

 ピシッとリシャール様の笑顔が固まった。

「そう……あれは私が五歳の頃……」
「五歳……」
「当時の私は、今と変わらず、それはそれは好奇心旺盛でやんちゃな子どもでしたの」
「…………う、うん」

 リシャール様が肩を震わせている。
 やんちゃなチビフルールを想像して笑っているのかしら?

「ある日、家族で街へと出かけました」
「街?」
「はい。ですが私……見るもの見るものに目を輝かせていたら……いつの間にか家族とはぐれてひとりぼっちになっていましたの」
「……!」

 笑っていたはずのリシャール様の顔が青くなる。
 お分かりいただけたようですわね?
 そうですわ。

「街に五歳の子どもが一人……結果───フルール誘拐未遂事件が勃発しましたわ!」
「ゆ……誘拐!?」

 ギョッとするリシャール様。
 ますます青くなる。

「───私が迷子になった家族を探していましたところ……突然、見知らぬ方に声をかけられましたのよ」
「ま……迷子になった家族…………!」

 リシャール様が驚きの声を上げた。

「何かおかしかったです?」
「いや……」
「続けますわ。そして、その声をかけて来た方は私に微笑みながら言いましたの──怪しい者ではありません、と」
「……」

 リシャール様が胡散臭い!  という表情になる。
 同感ですわ。

「実際、その方は子どもの誘拐犯という非常に怪しい者だったのですけども……それで、あの時の誘拐未遂犯の笑顔と先程のメリザンド様の笑顔が重なってしまいまして」
「……」
「それで、妙に気になってしまったので、メリザンド様からすれば少し執拗かったかもしれませんが、念には念を入れて一に確認、二に確認……を徹底───って、旦那様?  どうされました?」

 なぜか、リシャール様がすごく渋い顔をしている。

「……フルール」
「はい!」

 リシャール様が私の両肩を掴む。
 そして真剣な目で私を見つめてくる。

(その目、ドキドキしますわ!)

 私の胸がキュンとなる。

「──今、僕は……」
「僕は?」
「おそらく今、フルールって怖い、恐ろしい……と泣きながら着替えているであろうメリザンド嬢なんかより……」
「より?」

 リシャール様。
 なかなかの言い草ですわ……
 あと、怖いってなんですの?

 そんなリシャール様。真剣な表情を崩さず私にこう言った。

「チビフルール(五歳)がどうやってその誘拐犯から助かったのか……の方が気になって仕方がない!」

 ────と。
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