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232. 覚悟がありまして?
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今日の私はアニエス様の元へ突撃している。
その理由は大親友からアドバイスを貰うため。
「……それで? なぜ、フルール様はわたしの所に来たのですか?」
「もちろん! “夫と仲良しアピール”を周囲の方々にするいい方法が他にないかアニエス様に聞きたくて……ですわ!」
「……」
にこにこしながら私はアニエス様にそう告げる。
すると、アニエス様もにこっと笑い返してくれた。
「あなたたちが今さら、そんなことをアピールする必要がどこにあるのですか!?」
「え? ですが……相手は国宝泥棒ですのよ?」
やはり、油断は出来ません!
私はそう告げると、アニエス様は顔を押さえて今度は深いため息を吐いた。
「────あの誰もが振り返るほどの美男子が、フルール様の前でデロデロしていることはもうすっかり有名なのに……」
「え?」
デロデロ?
私は首を傾げる。
「くっ……その顔! 出たわね、無自覚!」
「?」
アニエス様が勢いよく私の肩を掴む。
「フルール様! あなたは、シルヴェーヌ元王女と一緒にいた時の彼の姿を覚えていないのですか!?」
「え?」
「ベルトラン様が隣にいたとはいえ、同じパーティーに参加していたこともあったでしょう?」
「……」
そう言われて記憶の糸を辿る。
リシャール様の顔を見て───さすが、噂の国宝級美男子ですわ~と遠くから思った覚えくらいはある。
しかし、私の頭の中は、今や夫となったそんな国宝級美男子や三年間も婚約していたベルトラン様よりも……
「ダ、ダメですわ、アニエス様……私の頭の中は美味しい料理ばかりが浮かんで来ます!!」
「は?」
「あの家のパーティーの肉料理はジューシーだった……あちらのパーティーのデザートは口の中が蕩けた……そんな記憶は鮮明ですのに! 夫……リシャール様は何処にいたのかしら……?」
「あ、あなた……」
大変! アニエス様が真っ赤な顔で震えていますわ!?
(こ、これは!)
「……ど、どれだけ食い意地張っているのよーーーーー!」
「!」
そして、やっぱり褒められた。
「と、言うわけで今日もアニエス様は元気いっばいでしたわ!」
「……」
「ナタナエル様は不在でしたけど今日も可愛かったですわ」
パンスロン伯爵家への突撃から戻った私はリシャール様にそう報告する。
「旦那様?」
「あ……」
私が呼びかけるとリシャール様がハッとする。
そして、はははと笑った。
「伯爵令嬢は相変わらず……だなと思って」
「ええ! 相変わらず照れ屋さんでしたわ!」
「……うん」
リシャール様が頷く。
「それで、パーティーでの仲良しアピールは、とにかくいつも通りでいれば問題ないと言われてしまいましたわ」
「いつも通り?」
「そうですわ! いつも通りです」
公爵家主催のパーティーともなれば美味しい料理なのは間違いありません!
いつも通りたくさんお腹の中に────
そんな美味しい料理をたくさん想像していたらリシャール様に後ろから抱きしめられた。
「どうしました?」
「……うん。フルールの脳内が僕より美味しい料理のことで埋まっている気がしたから、僕を中に入れてもらおうかと思って」
「まあ!」
さすが私の愛する夫……鋭いですわ。
「そこがフルールらしいけど、出来れば僕の部屋も残しておいてくれると嬉しいな」
「大丈夫ですわ! しっかり確保済みです!!」
「……それなら良かった」
リシャール様は優しく笑うとギュッと力を入れて、もう一度強く抱きしめてくれた。
「───そういえば、アニエス様はパーティーに参加しないそうです」
「そうなの?」
「はい。婚約もされたことですし、てっきりナタナエル様と一緒に参加するのかと思ったのですけれど……」
参加するのはパンスロン伯爵だけ、と言われてしまった。
「ナタナエル様は騎士だしパーティー慣れしていないので、いきなり公爵家のパーティーに連れていくわけにはいかないそうですわ」
「そうなんだ? まあ、確かに慣れていないと気後れしちゃうかもしれないけど」
公爵家のパーティー……しかも、王弟殿下の家ともなれば高位貴族のほとんどが参加するのは間違いない。
その気持ちは分かる……わ。
「ええ──……でも」
「でも?」
「確かにナタナエル様は、あまりパーティー慣れしていないかもしれませんが──」
「が?」
「“違和感”がありませんの。案外、そういう場にいてもしっくり来そうと言いますか……」
私がそう口にすると、リシャール様がそっと私の顔を覗き込む。
「───それはフルールの野生の勘?」
「……ふふ、そうですわね。彼はアニエス様大好き! が、全面に出ていますけど、少し変わった雰囲気をお持ちだからかもしれませんわね」
「僕には(フルールそっくりで)謎の人って感じしかしないけどなぁ……」
「アニエス様に関する理解度は素晴らしいですわよ」
それは、分かる……とリシャール様が笑う。
「いつかアニエス様を愛でながら一緒にお茶を飲みたいですわ!」
「それは───照れた伯爵令嬢が真っ赤になって怒りだしそうだね」
リシャール様はますます愉快そうに笑ってそう言った。
…………いつか実現してみせますわ!
──────
そうして迎えたパーティー当日。
(いよいよ、対決の時ですわーー!)
「奥様、燃えていますね?」
「ええ!」
私は支度をしながらメラメラッの気合を入れる。
そこへ、部屋の扉がノックされてリシャール様が顔を出す。
「フルール、支度は出来……」
「バッチリですわ!!」
ちょっと喰い気味に答えるとリシャール様がクスッと笑う。
「メラメラしてる」
「今日の私は一日、メラール・モンタニエですわ!」
「ははは、そっか」
リシャール様はもう一度クスリと笑うと私に向かって手を差し出した。
「───では、行こうか? 僕の愛する妻、メラール・モンタニエ公爵夫人?」
「ふふふ……よろしくってよ」
私はその手をしっかり取って歩き出した。
「───よ、ようこそ。モンタニエ公爵、それと、ふ、夫人……」
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
プリュドム公爵家に到着し、まず、国宝泥……主催者のメリザンド様の元へと挨拶に向かう。
チラチラ……
挨拶を交わしながらメリザンド様の視線が私たちの衣装に向かっているのを感じる。
(ふっふっふ! どうです? 見事なお揃いでしょう?)
私はさっそく仲良しアピールを開始。
ばーんと見せつけてみる。
これがいつぞやお母様の言っていた出来る女の“先制攻撃”というやつですわ!
「お、お揃いの衣装、素敵ですわ……ね」
「ありがとうございます!」
「で、ですが…………リ、リシャール様はあまり、そ、その色はお好みではなかった……と記憶していましたけど……た、大変ですわね?」
メリザンド様はそう言いながら視線だけリシャール様に向ける。
リシャール様は私の腰に腕を回して抱き寄せると、にこっとメリザンド様に向かって微笑んだ。
「大変?」
「ええ、奥様に合わせて……む、無理に着ていらっしゃる、のでしょう?」
「そうでしたっけ? ははは、僕は妻に似合う色は何でも好きですよ」
「……っっ!」
メリザンド様がぐっと押し黙ってリシャール様から勢いよく顔を逸らす。
(……ああ、メリザンド様! 今の貴女の気持ち……とってもとってもよく分かりますわ!)
今のリシャール様の微笑み……直視出来ないほど眩しくて美しいですものね!
国宝を盗むとこうして毎日毎日、眩しさに目がやられることになりますのよ?
───メリザンド様……貴女にその覚悟がありまして?
「───そ、そうでしたのね、記憶違いかしら…………で、では、ご、ごゆっくり……」
メリザンド様は顔を引き攣らせながら、そそっと後ろに下がっていく。
そんな彼女を見ながらリシャール様が私の耳元で不思議そうに言った。
「あれ? 思ったよりあっさり引き下がったね……? もっと何か言ってくるかな、と思ったんだけど?」
「仕方がありませんのよ。今は目を休ませているのですわ」
「目を休ませる?」
「直視してしまいましたからね」
「直視?」
自分がキラキラ眩しいという自覚のないリシャール様は腑に落ちない……そんな表情をしていた。
(無自覚とは恐ろしいですわ‼)
「────ですが! まだまだ、終わりではありません。これからですわ!」
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