上 下
230 / 354

230. 不思議な手

しおりを挟む


「フルール?  そんな大声出してどうしたの?」
「───はっ!  旦那様……」

 ちょうどそこへリシャール様がやって来た。
 私は手の中の予告状をじっと見つめる。

(あなたを狙う国宝泥棒からの予告状ですわ!)

 絶対に負ける訳にはいきません!

「フルール?  何かメラールになっていないかい?  気のせいかな……」
「いいえ、気のせいではありません!」

 とっても、メラメラしておりますわ!

「プリュドム公爵家───メリザンド様からパーティーのご招待ですわ」
「へぇ……パーティー…………えっ!?」

 リシャール様が驚いた顔で私を見る。
 気にしすぎ?
 いいえ、そんなことはありませんわ!!

「これはもう、妖しい匂いがプンプンしますのよ!」
「フルール……」

 私はリシャール様に向かってニンマリ笑う。
 そして、目の前のリシャール様にギュッと抱きついた。

「大丈夫ですわ!  必ず国宝は守り抜いてみせます!」
「フルール……」

 リシャール様もギュッと抱き締め返してくれましたわ。



「───そういえば、妖しい匂いで思い出したけど、フルールの嗅覚ってかなり凄いよね?」
「え?」

 リシャール様がそういえば……といった様子で切り出す。

「様々な匂いを嗅ぎ分けることはもう、野生の勘の一種なのかなと納得出来るには出来るんだけど、その知識も凄いよね?」
「旦那様……?」
「ほら、隣国でヴァンサン殿下の匂いについて言及していただろう?」
「!」

 リシャール様に褒められて嬉しくなる。
 頬が緩んでニマニマしてしまいますわ!

「アンベール殿にも少し話を聞いたけど」
「あら、お兄様から?」
「うん、簡単にだけど。一時、フルールがすごい香水にハマっていた時期があったって。でも、それ以上は何故か口を噤まれてしまったので、詳細は……」
「そうでしたのね」

 私はふふっと微笑む。
 リシャール様もニンマリ笑って私に訊ねる。

「また、崖の上で高笑いする悪女が本の中で使っていた?」
「違いますわ!  今回は本の中の女性ではなく、現実の女性ですわ」
「あれ?  そうなの?」

 私は頷く。

「お母様が拘っていてオーダーメイドで香りを作らせていましたのよ」
「へえ、そうなんだ?」
「それで、こう……調香師さんを見ていたら、私も色んな香りをこの手で作ってみたくなりまして……」
「……うん、そういう所はやっぱりフルールだ」

 えへへと笑いながら私は続ける。

「こっそり、お母様の香水の瓶をいじって新たな香りを作ろうと企みましたの」
「……フルール?  えっとそれって……まさか」

 リシャール様の顔が明らかに焦っていますわ。
 さすが、私の旦那様!  この後、何が起きたか想像出来ていそうですわ!

「しかし、知識がないとダメですわね……思うがままに私が混ぜ混ぜして作った香水は……」
「……」

 ゴクリ。
 リシャール様が真剣な顔で唾を飲み込んでいた。

「その日、屋敷内にいた人たち寝込ませるほどの強烈な香りが出来上がりましたわ」
「──ね、寝込ませる程の強烈な香り!?」
「また一人……と、耐えられずどんどん人が倒れていきましたわ」

 私はその時の光景を思い出しながら語る。

「……お兄様も被害者の一人ですわ。むしろ、この香りはなんだ!?  といの一番に飛び込んで来たこともあり……一番の重症でしたわね」
「ア…………アンベール殿……」

 リシャール様が口と鼻を押さえて青ざめている。

「───シャンボン伯爵家、危うく全滅しかけましたわ」
「……ぜ、全滅」
「唯一、無事だったお母様にそれはそれはもう怒られましてね。正しい知識を身につけないと今後一切、香水の類には触らせません!  と」
「……なぜ、夫人だけ無事……」
「淑女の嗜みとして今後一切触れないのは困りますわ。それで、お母様のお抱えの調香師の元に頼み込んで弟子入りしましたのよ」

 私がそこまで語るとリシャール様が頷く。

「なるほど。そこで知識と技術もみっちり叩き込まれた、と……そこにフルールの野生の勘から来る天性の嗅覚も相成って……うん、最強の出来上がり……か」
「…………調香師曰く、本当はそこまでみっちり叩き込むつもりは無かったそうなのですけど」
「ん?」

 不思議そうに首を傾げるリシャール様に私は苦笑する。

「私、この自慢の鼻のおかげで嗅ぎ分けは得意なのですが、調合しようとすると何をしてもなぜか必ず殺人級の香りが出来上がるそうで……」
「え……」
「皆と同じ材料、同じ手順……それなのに私の手から出来上がる物だけ必ず殺人兵器のような香り……調香師はその謎を解明したくて躍起になって私にたくさん作らせましたわ」
「……」

 リシャール様の顔がピクピクしていた。

「そ、そうか───それで?  謎……とやらは解明されたの?」
「いいえ。迷宮入りしましたわ。本当に私のこの手……不器用にも程があると思いません?」

 私は肩を竦めながら自分の両手をリシャール様に見せる。
 リシャール様は、ハハハと笑いながら応えた。

「そ、それは、ただ不器用……という問題……なのかな?」
「ええ。どう聞いても不器用という話です。色々と変わった形に育つ野菜もそうですけど……本当に不思議ですわ」

 私がそんな不満を口にするとリシャール様は何故か遠い目をする。

「フルール……シャンボン伯爵家の人たちって本当に強いよね……」
「何の話です?」
「───いや、我が家の使用人たちにも、もっと強くなってもらわないといけないな、と思っただけだよ」
「?」

 リシャール様は優しく笑いながらそう言った。



❈❈❈❈❈


 ───その頃のプリュドム公爵家。



「……メリザンド!  パーティーを開くってどういうつもりだ!」
「───お母様からの許可は得ました」
「私は許可していないだろう!?」
「……」

(お父様には反対されると分かっていましたからね)

 お父様がすごい顔で私を睨んでくる。
 でも、そんなの関係ないわ。

「メリザンド……熱を出して寝込んだあとに、お見舞いに贈られた“あの”呪いの供物……のような人参の悪夢からようやく解放されたばかりなのに何を考えている?」
「……」
「モンタニエ公爵に不必要に近付いたり……お詫びと称して大量の品を送り付けたり……あれもあんな大量に送るなんて聞いていなかったぞ!」
「……」

(だって、言ったら反対するでしょう?)

 口を開けばブランシュの娘だぞ……ですし。

 フルール・モンタニエ公爵夫人。
 あの女はいったい何者なの……
 “嫌がらせ”のつもりでお詫びと称して大量の品を送り付けたあと、お礼の手紙が届いたわ。
 やたら分厚い物が届いたから、てっきり文句の手紙と嫌がらせの仕返しに何か送り付けて来た、私が被害者となる証拠品を手に入れたと思ってほくそ笑んだのに……

(まさかの手紙のみ!!)

 私が文字を読むのを苦手と知っていた上であんな分厚い手紙を送り付けて来たに違いない。
 だけど、あれは限度を超えていてもあくまでも手紙。
 私が夫人から嫌がらせを受けた証拠には出来ない。

(そこまで計算しているなんて……恐ろしい)

 しかも、内容が妙に泥棒についてやたらと語られていた……あれは何だったの? 
 それに……それに……

(なぜ……この先、私が企んでいたことまでも筒抜けだったわけ?)

 ゾッとした。
 そのせいで熱まで出てしまい、寝込む羽目にもなり、もう考えていた計画は撤廃するしかなかった。
 そんな中、お見舞いとして送られて来たあの禍々しい人参……
 今にも動き出しそうで一目見ただけでも呪われそうな人参……

(今度こそ嫌がらせに違いない!  証拠品!)

 そう思ったのにお母様が見た目は危険だけど味は美味しい!  
 とか言ってお兄様と全部食べてしまった……!
 証拠隠滅!

(味は最高?  嫌がらせじゃなかったの!?)

 もう分からない。
 あの夫人……何を考えているのよ!



「メリザンド!  聞いているのか?」
「……」
「せっかく今、レアンドルがベッドから出て自分の足で庭を散歩出来るくらいまで調子が良くなって来た所なんだぞ!?  そんな時にこの家に多くの人を呼ぶのは……」
「……」

 生まれた時から病弱でベッドからほとんど出ることのなかったレアンドルお兄様。
 何故か先日から急に少しずつ元気になり始めた。
 私が留学している間も、調子が良さそうな時に自分の足で歩いてみるとすぐに体調が逆戻りしてまた寝込む……なんて日々だったらしいのに。

(お兄様が元気になるのは喜ばしいし嬉しいことだけれど……複雑だわ)

 モンタニエ公爵……リシャール様を離縁させて私の夫にするための“説得理由”が弱くなってしまうじゃない。
 お兄様が元気になるのは私の計画が上手くいってからにして欲しかったわ……
 なぜ、“今”なの?  
 タイミングが悪すぎるわ。
 そして、私の耳に聞こえてくるのはモンタニエ公爵夫妻の仲睦まじいという話ばかり……

(リシャール様が夫人に毎晩、美味しく食べられているって何なの!?)

 そんな話、知りたくもなかったわ!!
 あんなにのほほんとした顔をしながら中身はとんだ肉食夫人……
 無理やりリシャール様を襲って迫っているに違いない。

(皆、あのすっとぼけた顔に騙されているのよ……パーティーでその化けの皮を剥がしてやるわ!)
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?

新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

【完結】王太子は、鎖国したいようです。【再録】

仲村 嘉高
恋愛
側妃を正妃にしたい……そんな理由で離婚を自身の結婚記念の儀で宣言した王太子。 成人の儀は終えているので、もう子供の戯言では済まされません。 「たかが辺境伯の娘のくせに、今まで王太子妃として贅沢してきたんだ、充分だろう」 あぁ、陛下が頭を抱えております。 可哀想に……次代の王は、鎖国したいようですわね。 ※R15は、ざまぁ?用の保険です。 ※なろうに移行した作品ですが、自作の中では緩いざまぁ作品をR18指定され、非公開措置とされました(笑)  それに伴い、全作品引き下げる事にしたので、こちらに移行します。  昔の作品でかなり拙いですが、それでも宜しければお読みください。 ※感想は、全て読ませていただきますが、なにしろ昔の作品ですので、基本返信はいたしませんので、ご了承ください。

処理中です...