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230. 不思議な手
しおりを挟む「フルール? そんな大声出してどうしたの?」
「───はっ! 旦那様……」
ちょうどそこへリシャール様がやって来た。
私は手の中の予告状をじっと見つめる。
(あなたを狙う国宝泥棒からの予告状ですわ!)
絶対に負ける訳にはいきません!
「フルール? 何かメラールになっていないかい? 気のせいかな……」
「いいえ、気のせいではありません!」
とっても、メラメラしておりますわ!
「プリュドム公爵家───メリザンド様からパーティーのご招待ですわ」
「へぇ……パーティー…………えっ!?」
リシャール様が驚いた顔で私を見る。
気にしすぎ?
いいえ、そんなことはありませんわ!!
「これはもう、妖しい匂いがプンプンしますのよ!」
「フルール……」
私はリシャール様に向かってニンマリ笑う。
そして、目の前のリシャール様にギュッと抱きついた。
「大丈夫ですわ! 必ず国宝は守り抜いてみせます!」
「フルール……」
リシャール様もギュッと抱き締め返してくれましたわ。
「───そういえば、妖しい匂いで思い出したけど、フルールの嗅覚ってかなり凄いよね?」
「え?」
リシャール様がそういえば……といった様子で切り出す。
「様々な匂いを嗅ぎ分けることはもう、野生の勘の一種なのかなと納得出来るには出来るんだけど、その知識も凄いよね?」
「旦那様……?」
「ほら、隣国でヴァンサン殿下の匂いについて言及していただろう?」
「!」
リシャール様に褒められて嬉しくなる。
頬が緩んでニマニマしてしまいますわ!
「アンベール殿にも少し話を聞いたけど」
「あら、お兄様から?」
「うん、簡単にだけど。一時、フルールがすごい香水にハマっていた時期があったって。でも、それ以上は何故か口を噤まれてしまったので、詳細は……」
「そうでしたのね」
私はふふっと微笑む。
リシャール様もニンマリ笑って私に訊ねる。
「また、崖の上で高笑いする悪女が本の中で使っていた?」
「違いますわ! 今回は本の中の女性ではなく、現実の女性ですわ」
「あれ? そうなの?」
私は頷く。
「お母様が拘っていてオーダーメイドで香りを作らせていましたのよ」
「へえ、そうなんだ?」
「それで、こう……調香師さんを見ていたら、私も色んな香りをこの手で作ってみたくなりまして……」
「……うん、そういう所はやっぱりフルールだ」
えへへと笑いながら私は続ける。
「こっそり、お母様の香水の瓶をいじって新たな香りを作ろうと企みましたの」
「……フルール? えっとそれって……まさか」
リシャール様の顔が明らかに焦っていますわ。
さすが、私の旦那様! この後、何が起きたか想像出来ていそうですわ!
「しかし、知識がないとダメですわね……思うがままに私が混ぜ混ぜして作った香水は……」
「……」
ゴクリ。
リシャール様が真剣な顔で唾を飲み込んでいた。
「その日、屋敷内にいた人たち寝込ませるほどの強烈な香りが出来上がりましたわ」
「──ね、寝込ませる程の強烈な香り!?」
「また一人……と、耐えられずどんどん人が倒れていきましたわ」
私はその時の光景を思い出しながら語る。
「……お兄様も被害者の一人ですわ。むしろ、この香りはなんだ!? といの一番に飛び込んで来たこともあり……一番の重症でしたわね」
「ア…………アンベール殿……」
リシャール様が口と鼻を押さえて青ざめている。
「───シャンボン伯爵家、危うく全滅しかけましたわ」
「……ぜ、全滅」
「唯一、無事だったお母様にそれはそれはもう怒られましてね。正しい知識を身につけないと今後一切、香水の類には触らせません! と」
「……なぜ、夫人だけ無事……」
「淑女の嗜みとして今後一切触れないのは困りますわ。それで、お母様のお抱えの調香師の元に頼み込んで弟子入りしましたのよ」
私がそこまで語るとリシャール様が頷く。
「なるほど。そこで知識と技術もみっちり叩き込まれた、と……そこにフルールの野生の勘から来る天性の嗅覚も相成って……うん、最強の出来上がり……か」
「…………調香師曰く、本当はそこまでみっちり叩き込むつもりは無かったそうなのですけど」
「ん?」
不思議そうに首を傾げるリシャール様に私は苦笑する。
「私、この自慢の鼻のおかげで嗅ぎ分けは得意なのですが、調合しようとすると何をしてもなぜか必ず殺人級の香りが出来上がるそうで……」
「え……」
「皆と同じ材料、同じ手順……それなのに私の手から出来上がる物だけ必ず殺人兵器のような香り……調香師はその謎を解明したくて躍起になって私にたくさん作らせましたわ」
「……」
リシャール様の顔がピクピクしていた。
「そ、そうか───それで? 謎……とやらは解明されたの?」
「いいえ。迷宮入りしましたわ。本当に私のこの手……不器用にも程があると思いません?」
私は肩を竦めながら自分の両手をリシャール様に見せる。
リシャール様は、ハハハと笑いながら応えた。
「そ、それは、ただ不器用……という問題……なのかな?」
「ええ。どう聞いても不器用という話です。色々と変わった形に育つ野菜もそうですけど……本当に不思議ですわ」
私がそんな不満を口にするとリシャール様は何故か遠い目をする。
「フルール……シャンボン伯爵家の人たちって本当に強いよね……」
「何の話です?」
「───いや、我が家の使用人たちにも、もっと強くなってもらわないといけないな、と思っただけだよ」
「?」
リシャール様は優しく笑いながらそう言った。
❈❈❈❈❈
───その頃のプリュドム公爵家。
「……メリザンド! パーティーを開くってどういうつもりだ!」
「───お母様からの許可は得ました」
「私は許可していないだろう!?」
「……」
(お父様には反対されると分かっていましたからね)
お父様がすごい顔で私を睨んでくる。
でも、そんなの関係ないわ。
「メリザンド……熱を出して寝込んだあとに、お見舞いに贈られた“あの”呪いの供物……のような人参の悪夢からようやく解放されたばかりなのに何を考えている?」
「……」
「モンタニエ公爵に不必要に近付いたり……お詫びと称して大量の品を送り付けたり……あれもあんな大量に送るなんて聞いていなかったぞ!」
「……」
(だって、言ったら反対するでしょう?)
口を開けばブランシュの娘だぞ……ですし。
フルール・モンタニエ公爵夫人。
あの女はいったい何者なの……
“嫌がらせ”のつもりでお詫びと称して大量の品を送り付けたあと、お礼の手紙が届いたわ。
やたら分厚い物が届いたから、てっきり文句の手紙と嫌がらせの仕返しに何か送り付けて来た、私が被害者となる証拠品を手に入れたと思ってほくそ笑んだのに……
(まさかの手紙のみ!!)
私が文字を読むのを苦手と知っていた上であんな分厚い手紙を送り付けて来たに違いない。
だけど、あれは限度を超えていてもあくまでも手紙。
私が夫人から嫌がらせを受けた証拠には出来ない。
(そこまで計算しているなんて……恐ろしい)
しかも、内容が妙に泥棒についてやたらと語られていた……あれは何だったの?
それに……それに……
(なぜ……この先、私が企んでいたことまでも筒抜けだったわけ?)
ゾッとした。
そのせいで熱まで出てしまい、寝込む羽目にもなり、もう考えていた計画は撤廃するしかなかった。
そんな中、お見舞いとして送られて来たあの禍々しい人参……
今にも動き出しそうで一目見ただけでも呪われそうな人参……
(今度こそ嫌がらせに違いない! 証拠品!)
そう思ったのにお母様が見た目は危険だけど味は美味しい!
とか言ってお兄様と全部食べてしまった……!
証拠隠滅!
(味は最高? 嫌がらせじゃなかったの!?)
もう分からない。
あの夫人……何を考えているのよ!
「メリザンド! 聞いているのか?」
「……」
「せっかく今、レアンドルがベッドから出て自分の足で庭を散歩出来るくらいまで調子が良くなって来た所なんだぞ!? そんな時にこの家に多くの人を呼ぶのは……」
「……」
生まれた時から病弱でベッドからほとんど出ることのなかったレアンドルお兄様。
何故か先日から急に少しずつ元気になり始めた。
私が留学している間も、調子が良さそうな時に自分の足で歩いてみるとすぐに体調が逆戻りしてまた寝込む……なんて日々だったらしいのに。
(お兄様が元気になるのは喜ばしいし嬉しいことだけれど……複雑だわ)
モンタニエ公爵……リシャール様を離縁させて私の夫にするための“説得理由”が弱くなってしまうじゃない。
お兄様が元気になるのは私の計画が上手くいってからにして欲しかったわ……
なぜ、“今”なの?
タイミングが悪すぎるわ。
そして、私の耳に聞こえてくるのはモンタニエ公爵夫妻の仲睦まじいという話ばかり……
(リシャール様が夫人に毎晩、美味しく食べられているって何なの!?)
そんな話、知りたくもなかったわ!!
あんなにのほほんとした顔をしながら中身はとんだ肉食夫人……
無理やりリシャール様を襲って迫っているに違いない。
(皆、あのすっとぼけた顔に騙されているのよ……パーティーでその化けの皮を剥がしてやるわ!)
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