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229. フルール中毒
しおりを挟む(野生の妹、フルールって……)
その呼び方に僕は内心で苦笑いする。
ここの兄妹ってお互いのことがとっても大好きなんだけど、たまにすごい呼び方したり、扱い方をする。
まあ、それが仲良しの証拠なのかもしれない。
「み、見えていた……?」
「そうなんですよ、歯型が……チラッチラと見え隠れしているんです……リシャール様のそんなところに歯型を付けようとするのも、付けられるのも世界中探してもフルールしかいません」
「……」
僕だって他にいたら怖い。
そんなことを思っていたらアンベール殿は更に深く息を吐く。
「───どうせ、あの本能のまま野生の感覚で過ごし、肉食なフルールのことです。寝ぼけてご飯と間違えてかぶりついたか、キスマークでも付けるつもりで勢いが余り過ぎたか……そのどちらかなのでしょうが……」
(うん。あの感じだと後者かな……)
だがあの時のフルールの捕食者のような目は……まるで、肉食獣に襲われる生き物になった気分だった。
……肉食夫人の名も頷ける。
「フルールはお酒は飲んでいなかったが暴走気味だった」
「暴走フルール……!」
アンベール殿が頭を抱えている。きっとチビフルールの過去のアレコレを思い出しているのだろう。
(───フルール)
……モヤールへ改名しようかと思ったと言っていたな。
フルールは嫉妬とは無縁そうな様子で、あんまりにもノリノリで名探偵になっていたから、そんな複雑な思いに気付けなかった。
(僕は馬鹿だな……)
でも、かなりびっくりはしたけど、この歯型もフルールの愛情故と思うと途端に愛しくなる。
「はっ! リシャール様……何を歯型を押さえて嬉しそうに頬を染めているんですか! くれぐれも変な世界の扉は開かないでください!」
「……変な世界の扉?」
アンベール殿が僕の顔を見ながら焦っている。
「そうです。フルールといると、振り回されているうちに変な世界の扉が開いてしまう可能性が高いんです!!」
「変な世界の扉! ははは! 凄いや。さすがフルール」
確かに首に噛みつかれたのに、その人のことが愛おしいって、昔の僕なら有り得ない感情だ。
「リシャール様!? 笑いごとではないんですよ!?」
「はははは」
アンベール殿に怒られながら僕は一通り笑った後、また首を押さえる。
「───ところで、“これ”もっとしっかり隠さないといけないだろうか? あんまり分かりやすく隠すのも余計にわざとらしいと思ったんだが……」
僕の言葉にアンベール殿は首を横に振る。
「もう遅いですよ。以前のフルールの肉食夫人の噂と共に目ざとい噂好きの令嬢たちの間でどんどん話が広がっています」
「え? 肉食夫人の噂と共に?」
「そうですよ。モンタニエ公爵夫人は夫を食べちゃうほど愛していて、公爵もその痕を見せびらかすほど夫人を愛している───なんて所ですかね」
「ははは! 相変らずフルールは話題に事欠かな───ん? アンベール殿?」
「……」
苦笑していたら、何故かアンベール殿はニンマリと笑っていた。
さすが兄妹。悪い顔している時のフルールとそっくりだ。
「アンベール殿、楽しそうなその顔は?」
「いえ、きっとこの話は“例の公爵令嬢”の耳にも入るだろうなと思いましてね」
「!」
アンベール殿のその言葉に僕はハッとする。
「王弟殿下と共に何やら寝込んだという話も聞きました。どうせ犯人はフルールでしょう? フルール自身は悪意ゼロなのに何故か相手には大ダメージ……よくあることです」
「……はは」
さすがだ、鋭いな。
「公爵令嬢も、フルールの大好きな国宝に目をつけて余計なことを考えたばっかりに……」
「……」
「フルール、見た目がのほほんとしてニコニコしてばかりいるから、昔から怖くないと舐められやすいんですよ。で、痛い目を見るまでがワンセット」
「───そこもフルールの可愛い所の一つだと思うが?」
僕が真面目に応えるとアンベール殿が声を立てて笑った。
「リシャール様もすっかりフルール中毒ですね?」
「……え!」
「とんでもない行動や思考に目が離せない。ハラハラもさせられる……でも、やることも言動も憎めず可愛いと思う───……ほら、フルール中毒でしょう?」
「……」
そんなことをサラッと言うアンベール殿の顔をじっと見つめると、その顔は“ようこそフルール中毒の世界へ”と言っていた。
❈❈❈❈❈
「───そういうわけで、お裾分けに行ったら……なんと! アニエス様が婚約していましたの!」
「うん」
「お相手は、幼馴染の愛でる会会員のナタナエル様でしたわ」
「え? あのいまいち関係性がよく分からなかった謎の騎士……?」
「そうですわ!! 今日も仲良しでした」
帰宅した私は、アニエス様の婚約が決まった話を興奮しながらリシャール様へと伝える。
リシャール様は私を抱きしめると優しく私の頭を撫でつつ話を聞いてくれていた。
「私、嬉しくて嬉しくてつい、祝福の舞を庭で踊ってしまいましたわ!」
「え!」
えへっと笑いながら踊ったことを伝える。
すると、驚いたリシャール様の手が止まった。
「(伯爵家は)大丈夫だったの!?」
「(踊りはばっちり!)もちろんですわ!」
「……」
リシャール様は小さな声で庭なら……と呟いた後、再度頭を撫でる手を動かし始めた。
「ふっふっふ。それも、ただの“祝福の舞”ではありませんのよ!」
「…………え?」
「なんと! お裾分けに持っていった人参さんと踊りましたの! 祝福の舞with人参! 新たな踊りですわ!」
「……」
ピタッとリシャール様の手が再度止まる。
そして美しいリシャール様にじっと顔を覗き込まれた。
(ああ、素敵……いつ見ても眩しいですわ~)
私は美貌の夫にうっとりする。
「…………なんて?」
「ですから、祝福の舞with人参ですわ?」
「…………人参と?」
「踊りましたわ?」
「…………」
リシャール様はそのまま五分ほど無言で私の頭を延々と撫で続けたあと、とてもとても小さな声で一言、
「……新しいね」と言ってくれましたわ!
「───そうですわ! アニエス様から、王弟殿下の家族についてもっと詳しく話を聞いたのですけども」
「あ、聞けたんだ?」
「はい、やっぱり色々ご存知でしたわ!」
「さすがだね」
はい! と私は頷く。
「昔のことから最近までと情報が幅広かったので───アニエス様も新しく即位される王弟殿下のことが気になって、調べていたのかもしれません」
「へぇ?」
「さすが、アニエス様ですわ! ですが……」
「ですが?」
リシャール様が不思議そうに聞き返す。
「あ、いえ……」
王弟殿下一家のことを話すアニエス様は、やっぱりいつもよりどこか固かった気がするの。
言葉を選んでいるような……
「表に出ない公爵夫人は出たくても出れないそうですわ」
「え?」
「昔───嫡男のレアンドル様が病弱なのは夫人のせい──などという酷いバッシングをたくさん受けていたそうです」
「あ……」
「社交界なんて真っ平よ! というお気持ちが強いようで……」
リシャール様もそういうことか……という顔をした。
「その後、メリザンド様が産まれましたが、女性だったこともあり……」
「それでますますとやかく言う人が現れてうんざり……ってところか」
「メリザンド様がずっと他国にしかも遠くに留学されていたのもそういう理由のようですわ」
国内にいたままだと、確かに何を言われるやら……ですもの。
「さすがに、メリザンド様の留学先での様子までは“知るわけないでしょう!”と怒られてしまいましたわ」
「そっか」
「あ、ですが公爵夫人は、当時この国で誰よりも王妃になるのに相応しかった方だったようですが……」
「ん? どういうこと?」
リシャール様が首を傾げる。
「王弟殿下の夫人は、この国の“真実の愛”の被害者────退位するあの国王陛下の元、婚約者だった方だそうですの! 長年、王妃教育を受け続けていた方ですわ!!」
「……」
私がそう言ったらリシャール様は遠い目をして、
……それは社交界が嫌になるよね、とポツリと言った。
────
そんな話をしてから数日後。
王弟殿下も熱が下がったようで、無事に公務にも出られるようになった頃。
「まあ!」
私の手元にパーティーの招待状が届く。
なんと差出人の名前は────国宝泥棒のメリザンド様。
王宮を使わずに、プリュドム公爵家として開催するパーティーらしい。
私は思わず声を上げた。
「────国宝泥棒が堂々と盗人宣言の予告状を送って来ましたわ!」
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