王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
228 / 354

228. 自慢の鼻ですわ!

しおりを挟む


(うーん……?)

 でも、愛でる会会員兼婚約者になったナタナエル様は、騎士だし……
 確か辺境伯領を出て王立騎士団にって話でしたわ。
 と、いうことはメリザンド様や王弟殿下とは無関係な方ですわよね?
 それとも親戚?

(きっと……他人の空似ってやつですわ!)

 私はそう結論づける。
 でも、何でかしら?
 私の野生の勘が何かを訴えている気がする───……

「フルール様?  ぼんやりしてどうかしました?」
「え?  あ、いえ!  なんでも……」

 怪訝そうな表情のアニエス様にそう答えた時だった。
 ナタナエル様からフワッと香ってくる“香り”に気付いた。

(あら……?)

 私はナタナエル様の方に顔を向けると彼に訊ねる。

「───ナタナエル様、香水変えました?」
「え?」

 ナタナエル様が不思議そうに首を傾げた。
 アニエス様も、え?  という表情をしている。

「前にお会いした時───力比べ大会の時とは違う香りがしますわ!」
「え?  モンタニエ公爵夫人ってそんなこと分かるの?」
「はい!  分かりますわ」

 私は笑顔で頷く。
 すると、ナタナエル様は少し照れたようなどこか嬉しそうな顔で言った。

「───アニエスと婚約した時に、パンスロン伯爵……アニエスの父親に“よかったら使ってくれ”と貰ったんだ」
「まあ!  そうでしたの?」
「俺は元々、香りに特にこだわりはなかったから有難く使わせてもらっているんだ」

 つまり、伯爵様はあれかしら?
 自分の愛用している香りを義理の息子となるナタナエル様にプレゼントした……ということですわね?
 ふふ、良好な義理の親子関係が窺えますわ!

「なるほど───ですから、ナタナエル様の纏う、その新しい香りは殿香りなのですね!」
「「!」」

 私がにこにこしながらそう口にした瞬間、何故かアニエス様とナタナエル様の動きが止まった。
 そして、二人とも「え?」という顔でこっちを見る。
 そしてアニエス様が目を大きくまん丸に見開いたまま私に訊ねる。

「フ、フルール様?  ……お、王弟殿下、と同じ香りってどういうこと?」
「そのままの意味ですわ!  ナタナエル様の使われているその香りは王弟殿下と同じ香りです!」
「えっ……」

 えっへん!
 フルール様のこの鼻は誤魔化せませんわよ!!

「パンスロン伯爵───アニエス様のお父様は王弟殿下の元で働いておりますから、特別に賜っている物なのかもしれませんわね」
「……え?  と、特別?」
「?」

 あら?  アニエス様の目がもっと大きくなりましたわ!
 そんなに驚くこと?
 私は自慢の鼻を擦りながら答える。

「王弟殿下の使われている香りは、珍しい配合をされている香水なので、オーダーメイドだと思われますの」
「これがオ、オーダーメイド……?  そんなはず……よくある香りだと思うわよ?」
「いえ、このどこにでもある香りの中に少し……ほんの少しだけこっそり忍ばせている香り……が特徴ですわね。何かのこだわりでしょうか……」
「……!」
「まるで、二つの香りで一つとなるような絶妙な配合で、とても優しい香りですわ」

 驚くアニエス様の横でナタナエル様も無言で息を呑んで目を大きく見開いた。
 そんな特別製の香水を賜るなんてアニエス様のお父様は余程、殿下から信頼されている臣下に違いありませんわ!
 また、それを義理の息子となるナタナエル様にも……だなんて……

「───伯爵様がナタナエル様にその香りを渡した、ということは(義理とはいえ)父親と息子の素敵な親子愛の象徴ですわね!」
「父親と息子……」
「……親子愛」

 アニエス様とナタナエル様が驚いた様子でそれぞれ呟くと顔を見合せて戸惑っている。
 ──分かりますわ!
 さすがに王弟殿下と同じ香りだと分かると驚いてしまうわよね!!

「……っっ、お、お父様ったら!  ナタナエルに……な、なんてものを渡して……いるのよ、もう!」
「……」

 焦るアニエス様。
 どこか呆然としているナタナエル様。
 そんな二人を見ながら私は思う。
 リシャール様にも今度、お父様と同じ香水を買ってプレゼントしてみようかしら?
 なんて想像してにこにこ微笑んでいたら、ナタナエル様がどこか躊躇いがちに口を開いた。

「そんな大それたもの…………俺が使って……もいいのかな」
「え?」

 これは大変ですわ!
 ナタナエル様が王弟殿下と同じ香りということに恐れ多い……と思い始めてしまったようです。

「問題ありませんわ!  これは自分だけの香りだーーなんていう方なら初めからアニエス様のお父様にプレゼントしたりしませんもの」
「……」
「王弟殿下はそういうタイプの方には見えませんでしたわ」
「……そっか」

 ナタナエル様が苦笑する。

「私は(義理の)父親と息子が、特別製の同じ香りを使うのも“家族”という感じがして素敵だと思いますわ!」
「家族……」
「そうです!  親子の繋がりをより感じますわ!」
「……親子の……繋がり」

 私が満面の笑みでそう口にしたら、ナタナエル様の目が揺れる。
 その表情を見てハッとした。
 ……もしかしたらナタナエル様は“天涯孤独”の身なのかもしれませんわ!

(だって、彼は素性が謎の若手最強の騎士で、アニエス様のことが大好きなだけの男!)

 私が知っているのはそれだけ。
 なるほど───
 必死に騎士として生計を立てて来たけれど、それでも家族という存在に飢えていたのね?
 だからこそ、アニエス様のお父様は“家族の証”として……

(───いい話ですわ)

 自分の想像した話に心がほっこりする。

「ですから、ナタナエル様はその香りを気に入っているなら遠慮なんかせずにバシャバシャ使ってしまえばいいと思いますわ!」
「バシャバシャ……」
「は?  ちょ、ちょっと!  さすがにバシャバシャは使いすぎでしょう!?  変なことをナタナエルに勧めないでちょうだい!  本気にしちゃうのよ!」

 アニエス様に怒られてしまったわ。
 けれど、その横でナタナエル様は何だか嬉しそう……でも、どこか泣きそうな顔をして笑っているように見えた。

「くっ!  ────……フルール様」

(ん?)

 ここでプンプンしていたアニエス様の顔がどんどん赤くなっていく。

「アニエス様?」
「────っ!  あ、あああありがとうっ!」
「え!」

 アニエス様の言葉に私が驚いて目を丸くすると、照れた恥ずかしがり屋さんのアニエス様はすぐにそっぽ向いてしまった。

「それよりも!  ま、全く……!  フルール様ったら、いったいあなたはどういう鼻をしているのですか!  オーダーメイドの香り?  そんな匂いまで嗅ぎ分けるなんて───」
「自慢の鼻ですわ!」
「……っ!」

 ウグッとアニエス様が押し黙る。
 そして、深く息を吐くとそのまましゃがみ込んで、私と一緒に祝福の舞を踊った人参の入った箱を持ち上げた。
 まだその顔は赤い。

「の、呪われそうだけど…………も、貰ってあげるわよ!」
「アニエス様!」
「ど、どうせ、こ、今回も!  あ、味だけは美味しいんでしょう!?」
「ふふ、保証しますわ!!」

 私が喜ぶとアニエス様はジロっとした目で言った。

「…………さ、さっき話題に出た王弟殿下が“呪いの供物”を送り込まれて寝込んだと聞いたわ」
「え?  ええ。らしいですわね」

 早く元気になればいいですけど……

「まあ……呪いではなかったそうですけどね」
「!」

 さすがアニエス様!
 情報収集が早いですわ~

(あっ!)

 そこで私はアニエス様に“王弟殿下の家族”のことを聞こうと思っていたことを思い出す。

「フルール様。あなた、まさかと思うけれどこの人参……」
「───そうですわ、アニエス様!  実は私、今……その“王弟殿下の家族”について知りたいことがあるんですの!」
「なっ!?」
「この間も少し聞きましたけどもっと知っていることありますわよね!?」
「な、なんでわたし!?」

 私はアニエス様にグイグイ迫る。
 アニエス様は人参の箱を持ったまま固まった。



❈❈❈❈❈



 フルールが大親友にグイグイ迫っている頃────


「───リシャール様!」
「アンベール殿?」
「───こっちに来てください!」
「ん?」

 王宮にいた僕は、アンベール殿に声をかけられた。
 そして、フルールに、負けず劣らずの強い力で人気の無いところに連れて行かれる。

(この有無を言わせない感じ、フルールと似ているよなぁ……)

 そしてアンベール殿は近くに人がいないことを確認してから僕に訊ねる。
 ……目が怖いんだが。

「……今日、リシャール様を見かけてからずっとずっとずっとずっと気になっていまして」
「そんなに?」

 そんなに悩ませるほど気になるってなんのことだろう?
 アンベール殿は深いため息を吐く。

「リシャール様は隠そうとはしているんだと思いますが!  微妙に隠れておらずチラチラ見え隠れしていて俺はもう黙っていられません……!」
「……えっと?」

 僕が首を傾げているとアンベール殿はビシッと指をさして言った。

「───あなたのその首!  やったのは我が野生の妹、フルールですか!?」
「……あ」

 アンベール殿の指先は、何故か昨夜、フルールに噛まれた僕の首筋に向けられていた。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...