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228. 自慢の鼻ですわ!
しおりを挟む(うーん……?)
でも、愛でる会会員兼婚約者になったナタナエル様は、騎士だし……
確か辺境伯領を出て王立騎士団にって話でしたわ。
と、いうことはメリザンド様や王弟殿下とは無関係な方ですわよね?
それとも親戚?
(きっと……他人の空似ってやつですわ!)
私はそう結論づける。
でも、何でかしら?
私の野生の勘が何かを訴えている気がする───……
「フルール様? ぼんやりしてどうかしました?」
「え? あ、いえ! なんでも……」
怪訝そうな表情のアニエス様にそう答えた時だった。
ナタナエル様からフワッと香ってくる“香り”に気付いた。
(あら……?)
私はナタナエル様の方に顔を向けると彼に訊ねる。
「───ナタナエル様、香水変えました?」
「え?」
ナタナエル様が不思議そうに首を傾げた。
アニエス様も、え? という表情をしている。
「前にお会いした時───力比べ大会の時とは違う香りがしますわ!」
「え? モンタニエ公爵夫人ってそんなこと分かるの?」
「はい! 分かりますわ」
私は笑顔で頷く。
すると、ナタナエル様は少し照れたようなどこか嬉しそうな顔で言った。
「───アニエスと婚約した時に、パンスロン伯爵……アニエスの父親に“よかったら使ってくれ”と貰ったんだ」
「まあ! そうでしたの?」
「俺は元々、香りに特にこだわりはなかったから有難く使わせてもらっているんだ」
つまり、伯爵様はあれかしら?
自分の愛用している香りを義理の息子となるナタナエル様にプレゼントした……ということですわね?
ふふ、良好な義理の親子関係が窺えますわ!
「なるほど───ですから、ナタナエル様の纏う、その新しい香りは王弟殿下と同じ香りなのですね!」
「「!」」
私がにこにこしながらそう口にした瞬間、何故かアニエス様とナタナエル様の動きが止まった。
そして、二人とも「え?」という顔でこっちを見る。
そしてアニエス様が目を大きくまん丸に見開いたまま私に訊ねる。
「フ、フルール様? ……お、王弟殿下、と同じ香りってどういうこと?」
「そのままの意味ですわ! ナタナエル様の使われているその香りは王弟殿下と同じ香りです!」
「えっ……」
えっへん!
フルール様のこの鼻は誤魔化せませんわよ!!
「パンスロン伯爵───アニエス様のお父様は王弟殿下の元で働いておりますから、特別に賜っている物なのかもしれませんわね」
「……え? と、特別?」
「?」
あら? アニエス様の目がもっと大きくなりましたわ!
そんなに驚くこと?
私は自慢の鼻を擦りながら答える。
「王弟殿下の使われている香りは、珍しい配合をされている香水なので、オーダーメイドだと思われますの」
「これがオ、オーダーメイド……? そんなはず……よくある香りだと思うわよ?」
「いえ、このどこにでもある香りの中に少し……ほんの少しだけこっそり忍ばせている香り……が特徴ですわね。何かのこだわりでしょうか……」
「……!」
「まるで、二つの香りで一つとなるような絶妙な配合で、とても優しい香りですわ」
驚くアニエス様の横でナタナエル様も無言で息を呑んで目を大きく見開いた。
そんな特別製の香水を賜るなんてアニエス様のお父様は余程、殿下から信頼されている臣下に違いありませんわ!
また、それを義理の息子となるナタナエル様にも……だなんて……
「───伯爵様がナタナエル様にその香りを渡した、ということは(義理とはいえ)父親と息子の素敵な親子愛の象徴ですわね!」
「父親と息子……」
「……親子愛」
アニエス様とナタナエル様が驚いた様子でそれぞれ呟くと顔を見合せて戸惑っている。
──分かりますわ!
さすがに王弟殿下と同じ香りだと分かると驚いてしまうわよね!!
「……っっ、お、お父様ったら! ナタナエルに……な、なんてものを渡して……いるのよ、もう!」
「……」
焦るアニエス様。
どこか呆然としているナタナエル様。
そんな二人を見ながら私は思う。
リシャール様にも今度、お父様と同じ香水を買ってプレゼントしてみようかしら?
なんて想像してにこにこ微笑んでいたら、ナタナエル様がどこか躊躇いがちに口を開いた。
「そんな大それたもの…………俺が使って……もいいのかな」
「え?」
これは大変ですわ!
ナタナエル様が王弟殿下と同じ香りということに恐れ多い……と思い始めてしまったようです。
「問題ありませんわ! これは自分だけの香りだーーなんていう方なら初めからアニエス様のお父様にプレゼントしたりしませんもの」
「……」
「王弟殿下はそういうタイプの方には見えませんでしたわ」
「……そっか」
ナタナエル様が苦笑する。
「私は(義理の)父親と息子が、特別製の同じ香りを使うのも“家族”という感じがして素敵だと思いますわ!」
「家族……」
「そうです! 親子の繋がりをより感じますわ!」
「……親子の……繋がり」
私が満面の笑みでそう口にしたら、ナタナエル様の目が揺れる。
その表情を見てハッとした。
……もしかしたらナタナエル様は“天涯孤独”の身なのかもしれませんわ!
(だって、彼は素性が謎の若手最強の騎士で、アニエス様のことが大好きなだけの男!)
私が知っているのはそれだけ。
なるほど───
必死に騎士として生計を立てて来たけれど、それでも家族という存在に飢えていたのね?
だからこそ、アニエス様のお父様は“家族の証”として……
(───いい話ですわ)
自分の想像した話に心がほっこりする。
「ですから、ナタナエル様はその香りを気に入っているなら遠慮なんかせずにバシャバシャ使ってしまえばいいと思いますわ!」
「バシャバシャ……」
「は? ちょ、ちょっと! さすがにバシャバシャは使いすぎでしょう!? 変なことをナタナエルに勧めないでちょうだい! 本気にしちゃうのよ!」
アニエス様に怒られてしまったわ。
けれど、その横でナタナエル様は何だか嬉しそう……でも、どこか泣きそうな顔をして笑っているように見えた。
「くっ! ────……フルール様」
(ん?)
ここでプンプンしていたアニエス様の顔がどんどん赤くなっていく。
「アニエス様?」
「────っ! あ、あああありがとうっ!」
「え!」
アニエス様の言葉に私が驚いて目を丸くすると、照れた恥ずかしがり屋さんのアニエス様はすぐにそっぽ向いてしまった。
「それよりも! ま、全く……! フルール様ったら、いったいあなたはどういう鼻をしているのですか! オーダーメイドの香り? そんな匂いまで嗅ぎ分けるなんて───」
「自慢の鼻ですわ!」
「……っ!」
ウグッとアニエス様が押し黙る。
そして、深く息を吐くとそのまましゃがみ込んで、私と一緒に祝福の舞を踊った人参の入った箱を持ち上げた。
まだその顔は赤い。
「の、呪われそうだけど…………も、貰ってあげるわよ!」
「アニエス様!」
「ど、どうせ、こ、今回も! あ、味だけは美味しいんでしょう!?」
「ふふ、保証しますわ!!」
私が喜ぶとアニエス様はジロっとした目で言った。
「…………さ、さっき話題に出た王弟殿下が“呪いの供物”を送り込まれて寝込んだと聞いたわ」
「え? ええ。らしいですわね」
早く元気になればいいですけど……
「まあ……呪いではなかったそうですけどね」
「!」
さすがアニエス様!
情報収集が早いですわ~
(あっ!)
そこで私はアニエス様に“王弟殿下の家族”のことを聞こうと思っていたことを思い出す。
「フルール様。あなた、まさかと思うけれどこの人参……」
「───そうですわ、アニエス様! 実は私、今……その“王弟殿下の家族”について知りたいことがあるんですの!」
「なっ!?」
「この間も少し聞きましたけどアニエス様ならもっと知っていることありますわよね!?」
「な、なんでわたし!?」
私はアニエス様にグイグイ迫る。
アニエス様は人参の箱を持ったまま固まった。
❈❈❈❈❈
フルールが大親友にグイグイ迫っている頃────
「───リシャール様!」
「アンベール殿?」
「───こっちに来てください!」
「ん?」
王宮にいた僕は、アンベール殿に声をかけられた。
そして、フルールに、負けず劣らずの強い力で人気の無いところに連れて行かれる。
(この有無を言わせない感じ、フルールと似ているよなぁ……)
そしてアンベール殿は近くに人がいないことを確認してから僕に訊ねる。
……目が怖いんだが。
「……今日、リシャール様を見かけてからずっとずっとずっとずっと気になっていまして」
「そんなに?」
そんなに悩ませるほど気になるってなんのことだろう?
アンベール殿は深いため息を吐く。
「リシャール様は隠そうとはしているんだと思いますが! 微妙に隠れておらずチラチラ見え隠れしていて俺はもう黙っていられません……!」
「……えっと?」
僕が首を傾げているとアンベール殿はビシッと指をさして言った。
「───あなたのその首! やったのは我が野生の妹、フルールですか!?」
「……あ」
アンベール殿の指先は、何故か昨夜、フルールに噛まれた僕の首筋に向けられていた。
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