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226. メロメロ大作戦
しおりを挟む「───旦那様!」
「うん?」
私は頭を撫でてくれていたリシャール様の手を取る。
(今日はあれを決行するのにいい感じな気がしますわ……!)
今日の美味しい料理でリシャール様の胃袋もがっつり掴めたようですし。
「どうしたの? フルール」
「……」
不思議そうに首を傾げてきょとんとした目を私に向けるリシャール様。
そのちょっと気の抜けたお顔も相変わらず素敵ですわ!
(この国宝を死守するためにも───リシャール様をもっと私にメロメロ大作戦ですわ!)
「実は先日……私、お母様から忠告を受けた時にアドバイスを頂きましたの」
「義母上のアドバイス?」
「そうですわ」
私は頷きながら着ていた自分のガウンに手をかける。
「メリザンド様が旦那様に色仕掛けをしたというなら、妻の私も色仕掛けで対抗するべきだと!」
「……え!? フルール!?」
リシャール様が驚いたのか目を丸くして私を見る。
そうしているうちに私はガウンの紐を緩めた。
「ですから、いつもは旦那様が脱がしてくれるこのガウンも今日は私から脱ぎますわ!」
「え? ちょっと待っ……フルー……」
(自分から……というのは少し恥ずかしいですわね。でも───)
えいっ! と、私はガウンを脱いで肌をさらす。
もちろん、私のお肌は有能な公爵家の侍女たちの手によってピッカピカに磨きあげられてツルツルのスべスべですわ!
「お母様曰く、妻という立場に安心していたらいけないそうなのです!」
「え、フルール! 何で!? いつもと中の格好も違う……スケ……目、目のやり場が……」
「ふっふっふ! 今夜はあの人参を参考にして、いつもよりセクシーな私で勝負ですわ!」
「──っ!!」
ブフォッと吹き出すリシャール様。
(隙あり! ですわ)
私はリシャール様にじりじり迫りながらそっとベッドに押し倒す。
動揺しているからなのかリシャール様は簡単に押し倒されてくれた。
───ふふふ、懐かしいですわ。
リシャール様への想いを自覚して大好き! という想いを伝える時も私はこうしたわね。
(変わらず大好きですわ!)
だからこそ、国宝泥棒に盗まれるわけにはいきません!
「旦那様……白状しますわ。私、事故とはいえ旦那様が他の女性に触れたこと面白くありませんでしたの!」
「……え?」
リシャール様が目を大きく見開く。
「私をギュッと抱きしめてくれる時とは全然違っていて、全く気持ちが入っていない───瞬時にそう理解して分かっていても……こう胸の奥がモヤッとしましたの」
「フルール……」
すまない……そんな目でリシャール様が私を見る。
だからといってメリザンド様を助けずに転ばせていたとしてもモヤッとするのだけど。
(私は我儘女ですわ……)
「ですからあの時の私、モヤールへの改名まで考えましたわ!!」
「モヤー……!!」
今度のリシャール様はグホッと吹き出した。
モヤ……モヤール……と呟きながらケホケホとむせている。
「……」
考えはしましたけど、モヤール・モンタニエ……なんか語呂と響きが悪かったので断念ですわ!
「……旦那様」
チュッ……
私は前と同じようにリシャール様の頬にキスをする。
「フルール……?」
「───さあ、旦那様! そういうわけで今夜はこのまま私に誘惑されてくださいですわ!!」
「え!? いや、フルール……待って!?」
「待ちません!」
「ゆ、誘惑って何か……違う気がする、よ? これ、襲っ……」
「───いいえ、これは誘惑ですわ!」
私は首を横に振る。
だって、お母様から色仕掛けとは誘惑することだと教わり……では具体的にどうすればいいのです?
そう聞いたら、
“押し倒しておけば何でも大丈夫”と言われましたもの!
「……そのあとは普段、旦那様にされることをやり返せば大丈夫、だと!」
「ええ!? 普段僕がすることって……」
「……」
私はにこっと笑う。
リシャール様はよく私を押し倒したあとは首筋にもチュッてしますわね?
いつも私はその辺からメロメロになってしまい記憶はあやふやですけど───とにかく狙うは首筋ですわ!
私はリシャール様の首筋に狙いを定める。
「フルール! 目が……目が……捕食者みたいになってる! もしかしてお酒、お酒入っている?」
「お酒? まさか! 今日は一滴も飲んでいませんわ!」
愛する旦那様を誘惑するのに記憶を飛ばしている場合ではありませんもの!
「し、素面? フルール……頼むから一旦、少し落ち着い……」
「いいえ! 旦那様、もう止まれません! いきますわーー!」
ガブッ
(あら? チュッのつもりが勢いつけ過ぎました?)
「……っ!? フルーーーール!!」
───後に使用人は語る。
いつも賑やかな夫婦の寝室がこの日は一段と賑やかでしたね、と。
そんな熱い一夜が明けて目が覚めると、私はリシャール様の腕の中にいた。
「……」
あれから昨夜はいつ眠ったかしら?
最初は私の方が押し倒して誘惑していたのに、形勢逆転されてからの記憶があやふやだわ。
「……フルール、起きたの?」
「旦那様? おはようございます!」
「おはよう……」
ふわぁと欠伸をしながらも、寝起きまで美しいリシャール様が横になったまま私をギュッと抱きしめる。
「あの、旦那様?」
「うん?」
「わ、私にメ、メロメロになってくれましたか?」
「え?」
私が大真面目な顔で問いかけると、リシャール様は目をパチパチさせた後、優しく笑った。
「ははは! フルール。僕はもうずっと君にメロメロだよ?」
「!」
誘惑メロメロ大作戦、成功ですわーーーー!
リシャール様の首筋の歯型の跡を見ながらニンマリした。
「旦那様! 今日の私はアニエス様の所に行ってきますね」
「ん? 何か用事?」
朝の支度を終えて、お互いの本日の予定を確認しながら私はそう口にする。
「美味しい人参さんのお裾分けですわ!」
「ははは! それは泣いて喜ぶだろうね」
「ええ! アニエス様もきっとこの見た目を楽しんでくれますわ!」
───あなたの持ち込む野菜は毎回毎回、不気…………いったいどんな育て方をしたらそんなことになるのですか!
って前も褒めてくれたもの!
「ついでに、王弟殿下の……プリュドム公爵家についてもう少し詳しく聞いてきますわ」
「え?」
「前はざっくりしか聞けませんでしたので」
「そうなんだ?」
(いつもならもっと色々と語ってくれるのに、この間のアニエス様はどこか固かったのよね……)
敵のことはもっと知っておかなくちゃ!
「絶対にアニエス様はもっと色々お詳しいはずですわ!」
「いつものフルールの野生の勘?」
「ええ! 野生の勘ですわ!」
私は満面の笑みでリシャール様に頷いてみせた。
────
「アニエス様~! こーんにちは! 定例の野菜のお裾分けですわ~」
「ひっ!? 出た! お裾分け!」
歪な人参持参でアニエス様の元に押しかけると、アニエス様は今日も嬉しそうに出迎えてくれた。
「お裾分けは、少しお久しぶりですわね~」
「と、嫁いでからも作っていたの!?」
アニエス様の顔が感激のせいでピクピクしていますわ。
「当然ですわ! リシャール様が公爵邸に私の畑を用意してくれていましたの」
「くっ…………なんてことを……」
「アニエス様?」
「───そ、それで? 今回はどんな奇妙な野菜を作り上げたわけ!?」
さすが大親友のアニエス様。
理解が早いですわ~
「今日は人参ですわ。ちょっと歪ですけども」
「……ちょっと歪、ね」
アニエス様が鼻で笑う。
「もう、わたしはちょっとやそっとじゃ驚きませんからね!」
「ふふ」
「そ、それからフルール様! ちょうど良かったわ! わたし、あなたに話したいことが──……」
「───今回のお裾分けの人参さんはコレですわ!」
私は笑顔でパカッと箱を開ける。
「ひぃぃぃっ!? な、何よそれ! ……ま、禍々し……の、呪いの供物!?」
「アニエス様?」
呪いの供物?
最近、そんな話をどこかで聞いたような……?
(ま、いっか!)
「美味しく育ちましたわ!」
「お、美味しいって…………い、今にも……う、う、動き出し…………そう……」
やっぱりアニエス様は感動してくれてその場で硬直した。
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