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225. 平和が一番!
しおりを挟む「形は歪なのに味は最高って……」
「伯爵家で収穫した時もそうでしたの。モンタニエ公爵家の土でも変わらなかったですわ!」
私がそう説明すると、リシャール様がハッとした。
「───そういえば、今日の夕食! いつもと違う感じの人参料理が並んでいた……! あれは」
「ふっふっふ、そうですわ! ちなみに料理も私が料理長に提案させていただきましたわ!」
「フルールが……?」
(やったわ! リシャール様も驚いているようね!)
私は内心でほくそ笑む。
これも、魅力溢れる最強の公爵夫人への道……
夫の胃袋は掴んでおけ!
ですわ。
公爵夫人である私が直接、料理は出来ずとも、食材、そして調理内容に関わることで“いい女”アピールというやつですわ!
今日の夕食時に私は、ばっちり見ていましてよ!
リシャール様は、いつもと違う料理に気づいて不思議そうな顔をしながらも、口に運んでから幸せそうな顔をしていましたわ!!
あれは、美味しいの顔!
(メリザンド様を改心させるだけではダメ、夫の心もがっちり掴んでおかなくてはなりません!)
「旦那様、美味しかったです?」
「うん……! そっかフルールの人参だったのか!」
「見た目がコレのため販売は出来ませんので、レア人参さんですわよ!」
コレ……と私が二股人参を持ち上げると、リシャール様が吹き出す。
「その人参……あ、足が絡んでいるみたい……」
「ふふ、セクシーでしょう? 面白いですわよ」
「なら…………プリュドム公爵家にはどんな人参を贈ったの?」
リシャール様の質問に、私はニンマリ笑った。
「せっかくですので、厳選してなかなかお目にかかれないだろう珍しい形を中心に選びましたわ!」
「珍しい?」
「なんと、今回は四股もありましたの! それと、人の足のように見える長いのもありましたわ!」
「えっと? …………フルール、本当にそれを?」
あら?
リシャール様の顔、笑顔なのにピクピクしています?
もしかして実物を見てみたかったのかしら……?
残念ですけど、それはまたの機会に、ですわ。
「ですから、見た目でもクスッと笑えて元気になれて、食べても元気になれる最高のお見舞いを贈れましたわ!」
私はどーんと大きく胸を張った。
「フルール……ははは。本当に君は」
「旦那様、どうしました?」
「いや…………喜んでくれるといいなと思ってさ」
「はい!」
魅力溢れる最強の公爵夫人の見せつけ……なかなかいい感じのスタートですわ!
幸先の良いスタートに私はニンマリした。
─────
「え? メリザンド様だけでなく、王弟殿下まで寝込んでしまったの?」
翌日。
私は人参を受け取ったメリザンド様やプリュドム公爵家の様子が聞きたくて、メイドに連絡を取ってもらった。
「私の贈った人参は?」
「王弟殿下とメリザンド様は、まだ食べておられないようです」
「あら、残念」
感想聞きたかったのに。
「メリザンド様は、奥様からのお見舞いの品が届いた時は、ご自分で箱を開ける元気はあったそうですが」
「そうなの?」
「はい。今度こそ? 仕返し、証拠……などと呟いて奥様お手製の人参入りの箱を開けたそうです」
「……?」
仕返しとか証拠ってなんの話かしらね?
「開けた瞬間、メリザンド様の悲鳴が屋敷内に響き渡ったそうで……」
「まあ! そんなに喜んで貰えたの?」
そんなに嬉しそうな大きな声を上げてもらえるなんて!
製作者冥利に尽きますわね。
「よろ……コホッ…………で、娘の悲鳴を聞いた王弟殿下が部屋に駆け付けて……」
「王弟殿下は在宅していらしたのね?」
「そのようです。その後、殿下まで目を回して倒れてしまって……公爵家は軽いパニックに陥ったそうです」
「あら……もしかして私の人参さんがあまりにも美味しそうだったから、驚いてしまったのかしら?」
私が興奮してそう口にしたら、メイドが苦笑する。
「ブランシュの娘……恐ろしい……呪い……などと口にしながら、うなされているそうです」
「お母様の名前?」
「私の友人メイドは意味が分からなかったそうですが、古参の使用人たちは“悪夢再び”“血筋か”と口にしていたとか」
「よく分からない話ねぇ……?」
これには私も意味が分からなくて首を傾げた。
「では、公爵家ではまだ誰にもあの人参は食べられていないのね? 美味しいのに……」
「あ、いえ! それが」
「まあ! 誰か食べてくれたの?」
「毒味をしたところ、美味しいと分かったそうなので、公爵夫人と令息の食事に奥様の活用方法を参考にして調理してお出ししたそうですよ」
公爵夫人と令息……
(公爵令息は病弱という話だったわよね?)
「───そういえば私、公爵夫人の姿を見かけたことがないわ?」
「確かに……プリュドム公爵夫人は昔からあまり表舞台に出ませんね」
その辺については友人も詳しくは話してくれないのでよく分からない、とメイドは言っていた。
「家族以外に私の育てた野菜をお裾分けするのは久しぶりだったので、感想を聞きたかったけれど……仕方がないですわね」
「……奥様、ちなみに以前は“あれ”をご家族以外はどなたに?」
「伯爵家で収穫した時ね? あの時は───」
過去を思い出しながら、私はにこっと笑う。
「大親友のアニエス様と、当時の婚約者のベルトラン様にお裾分けしましたわ」
「っ! アニエス様…………おいたわしや…………」
メイドは口元に手を当てながら何事か呟く。
「ん? 何か言った?」
「い、いえ! 何でもありません……ち、ちなみにその時のお野菜は、今回と同じ人参で……?」
「あ、違う野菜よ!」
首を横に振りながら私は説明する。
「ベルトラン様にはピーマンを贈ったわ。でも、やっぱりちょっと形がおかしくて……」
「……ちょっと」
なぜかメイドの顔が引き攣った。
「なんだか人の顔みたいな形のピーマンでしたから……“なんとなくベルトラン様を連想させますわね”と言って贈りましたの」
「え……! ピ、ピーマンを贈りながらそのような伝言を付けたのですか!?」
「ええ。何かおかしかった? それでね、不思議なのだけど……なぜか、そこからベルトラン様とは一ヶ月くらい音信不通になってしまって。しばらく顔を合わせることがなくなったわ」
(あれは何だったのかしら?)
「……そ、れは」
私はふぅ、と息を吐く。
「そもそも伯爵家の畑を見て美味しそうだ、収穫されたら食べてみたい、などと言っていたのはあちらなのに!」
「奥様……」
あの時はピーマンしか無かったのよ!
「それと、アニエス様にはミニトマトでしたわ。ですが、何故か普通のトマトと大きさが変わらず……」
「えっと? ミニ成分はどこへ?」
「分かりませんわ! アニエス様に“ミニトマトですわ”と言ってお裾分けしたら眼のお医者様に行くように言われました! 私の目まで労わってくれて……ふふっ、相変わらず優しい気遣いでしたわ」
「……」
私が大親友のアニエス様の様子を思い出しつつうっとりしながら話すと「奥様は実に平和ですね」とメイドは笑っていた。
「……? だって平和が一番でしょう?」
そう返したら今度は苦笑された。
────
その夜、帰宅したリシャール様が私に言った。
「今日、王宮で即位前に王弟殿下の暗殺未遂が行われたかもしれないと騒動になっていて……」
「暗殺未遂!? まあ、大変!」
寝込んでいるところにそんなとどめを刺すようなことまで!?
王族、怖いですわ……
「なんでも、呪いの供物が屋敷に贈られた……って話で」
「呪い!? 恐ろしいですわね……」
「───うん、まあ、結果的に(野菜だと判明して)誤解だと分かったんだけどね」
「それは良かったですわ!」
安心して微笑んでいたら、リシャール様が苦笑して私の頭を撫でてくれた。
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