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219. 名推理の答え合わせ (リシャール視点)
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(フルール……!)
一見すると、とんでもなく疚しく見えてしまいそうな体勢になったタイミングで戻って来た僕の可愛い最愛の妻、フルール。
王弟殿下が「不貞だ!」と大騒ぎする中、フルールは冷静かつ見事に状況判断を行った。
僕の不貞を全く欠片も疑わなかったフルール。
あんまりにもノリノリで主張を述べていくため、こういう時はフルールの邪魔をしてはいけないと悟っている僕は静かにフルールの推理を聞くことにした。
(だが!)
「───旦那様が私を抱きしめてくれる時の手つきは、こう……こんな感じです!」
(なっ……!)
何やら大真面目な顔をしながら身振り手振り付きで僕の抱きしめ方の説明を始めるフルール。
まさかの説明にメリザンド嬢も王弟殿下も呆気にとられている。
「───何より、旦那様はわたしにギュッとしてくれる時は、まるで大切な大切な宝物みたいに触れてくれるのですわ! そして、そのまま流れるように顔を近付けて……」
「────フ、フルール!!」
───それ以上はダメだ!
頼むから、待て待て待て待て待ってくれーーーー!
僕は慌てて止めに入る。
どう聞いてもその流れは完全に僕のフルールの抱きしめ方? ……から、キスするまでの流れになっているじゃないか!
(毎朝毎晩、キスしていることまでここで暴露されるのは、さすがに恥ずかしい!)
「───旦那様? どうされました?」
「……」
フルールがいつもと変わらないきょとんとした顔と目で僕を見る。
こういう時の顔もやっぱり可愛い…………ではなく!
僕はデレッと伸びそうになる鼻の下を懸命に抑えてフルールを止めた。
「はっ! もしかして私の推理……どこか間違っていましたか?」
「え?」
間違っている?
まさか!
むしろ───……
「いや? フルール実はこの部屋にいたのかな? って聞きたくなるくらい完璧だったよ」
「まあ! やっぱり!」
フルールの顔が嬉しそうに華やぐ。
その笑顔のあまりの可愛いさに今すぐ抱きしめたいくらいだ。
(これ……さすが私、名推理ですわーー! とか思っていそうな顔だなぁ)
……そう。
驚くくらいの分析力でフルールはこの部屋で起きたことをズバッと言い当てた。
そのせいでメリザンド嬢なんかずっと目を見開いたまま固まってるぞ?
王弟殿下も驚愕の表情を浮かべているし。
でも、フルールの何が一番凄いのかと言うと……
(フルール…………君はどれだけ目が良いんだ?)
フルールと王弟殿下は部屋の扉を開けた所で動きを止めた。
この部屋は広いので僕らのいるテーブルまでかなり距離がある。
そこから近付かずになぜ、テーブルクロスがずれて、食べかけのお菓子が転がり、倒れたカップが空だという判断が全部出来たんだ?
しかも、カップの柄までばっちり見えます! だって!?
(……だが、嘘じゃないんだよな)
フルールは一切嘘などつかない。
本当に“そこ”から見えているんだろう。
(やっぱりフルールはフルールだなぁ)
そう思うだけで頬が緩んでしまう。
これで、まだまだ最強じゃないって言うんだから本当に驚きだよ。
まぁ、フルールの場合ほとんどが無自覚だからなのだろうけれど。
(フルールは、自分の出来ることは他の人も簡単に出来ることだと思っていそうだし)
───無理だからね? フルール。
「ふふ! さすが旦那様ですわ!」
「え?」
フルールは、にこにこ笑顔のまま固まっている王弟殿下を置き去りにしてこっちに近付いて来る。
「だって、よろけて倒れかけた方を咄嗟に助けるって反応が良くなくては出来ませんもの!」
「フルール……」
フルールは僕の前に来るとキラキラの目で僕を見ながらそう言った。
「それにメリザンド様に怪我がなくて良かったですわ!」
「……」
フルールが王弟殿下と部屋を出て行ってから起きたことはフルールが語った通りだ。
二人になると、なぜかメリザンド嬢は席を移動して僕に近づいて来た。
相変わらず素敵です、という言葉から始まり、シルヴェーヌ王女との婚約破棄について聞きたがった。
(えっと? 自分がその場にいたなら絶対に僕を助けたのに……だっけ?)
彼女は僕にそう言った。
その気持ちは有り難いけど、後々フルールに拾ってもらったことを考えれば、悪いことばかりじゃなかったからなぁ、と思った。
───フルールと出会ってから毎日が楽しくて幸せだから、婚約破棄されて良かったですよ?
そう告げると、メリザンド嬢は慌てたようにお菓子を手に取った。
『へ、へぇ……か、辛味も苦味も何でも得意とか……随分と変わった奥方なのですねーー……私は辛いのがちょっと───』
なんて言いながら、激辛の方のお菓子を手に取ったものだから本当に驚いた。
そして僕が止める間もなく彼女はそれを口に運んだ。
そこからはフルールの言う通り。
あまりの辛さに耐えられず咄嗟に飲み物を欲した彼女が手に取ったのはあの苦いお茶。
これまた止める間もなく勢いよく僕の目の前で飲み干した。
『……ぐぅえっっ!?』
口の中がたちまち大惨事になったらしいメリザンド嬢は変な声を上げて……
(───ん?)
なんて振り返っていたら、可愛い可愛い愛しの妻、フルールがじっとテーブルの上を見つめている。
その視線の先は激辛お菓子と苦いお茶。
「……」
「…………フルール」
「旦那様、どうしました?」
フルールがにこっと僕に笑いかける。
(……うん。フルールのこの可愛い笑顔……間違いないな)
僕は軽く咳払いをしてから訊ねる。
「フルール。君、激辛お菓子と苦いお茶を混ぜ合わせたらどんな口の中になるのか試したいわ、とか考えているだろう?」
「───え!」
「新しいマリアージュとか言っていたもんね? 実はかなりウズウズしている。違う?」
「旦那様……」
えへっ……
図星を指されたフルールが再び可愛くて照れた笑顔を見せる。
その分かりやすさと可愛さに僕もフッと吹き出す。
(あぁぁぁ、なんでフルールはこんなに可愛いんだ?)
そこの置物みたいになっている親子は今すぐ部屋から出て行ってくれないかな?
フルールを思いっきり抱きしめたい!
なんて失礼なことまで頭を過ぎってしまう。
「だって旦那様! これはもう未知なる発見! があるかもしれませんわ!」
「フルール……」
そのキラキラの目。僕はこれに弱い。
だが、それで万が一フルールがお腹を壊すなんてことになったら……
(ん? ……………………いや、無いな。絶対無いな)
僕のフルールに限ってそれは無い。だって無敵のお腹だ。
そう思った僕はじっとフルールの目を見つめる。
「旦那様?」
「……」
くっ! 可愛い……
と、フルールに見惚れていたら、さり気なくお菓子とお茶を既に手中に収めていることにギョッとした。
いつの間に……素早すぎるだろう!
目が合うと、にこっとフルールが笑う。
(あ、駄目だ。これはもう僕には止められない)
そうして、フルールは満面の笑顔を浮かべながら幸せそうに激辛お菓子と苦いお茶を同時に口にした。
───そんなフルールに夢中で、僕はずっと固まっていたメリザンド嬢が意識を取り戻していて、凄い目で僕らを見ていることに気付けなかった。
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