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216. 何でも美味しい

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「───紹介しよう。こちらが私の娘、メリザンドだ」

 王弟殿下の横で優雅に微笑んで立っているメリザンド様はとてもお綺麗な方だった。

(高貴な香りがしますわ~)

 さすが生まれながらの公爵令嬢!
 そう言いたくなる雰囲気。オーラがすごい。
 そんな彼女の空気に圧倒されながら、私はあれ?  と思った。

(ん?  気のせいかしら?)

 メリザンド様を見ていると、誰かの顔を思い出す。
 雰囲気とかは違うけれど、似ている人を知っているような───

「……フルール?  大丈夫?」
「はっ!  大丈夫、です」

 いつだって私の挙動には敏感で理解力抜群の愛する夫、リシャール様が小声で心配そうに訊ねてくれる。
 今はきちんとご挨拶しないと……そう思って顔を上げる。
 そして王弟殿下と並んだメリザンド様を見て、あっ……と納得する。

(───似ている人を知っているも何も……)

 すぐ横に、とっても似ている人がいたわ!
 メリザンド様はお父様とそっくりなのね!
 理由が分かってスッキリした私は、にこにこ笑顔を浮かべる。

 ────あまりにも、にこにこし過ぎていたので、メリザンド様の私を見る怪訝そうな表情には一切気付けなかったけれど。


───


「───本当に驚いたわ。まさかリシャール様がシルヴェーヌ殿下と婚約破棄されるなんて」
「ははは、そうですね」
「留学先でお父様から手紙を貰った時は本当に本当に驚いてしまったのよ」
「それは──ご心配をおかけしました」

 挨拶を終えたあと、王弟殿下は公務があるということで仕事に戻られ、私たちとメリザンド様はお茶を飲みながら話をすることに。
 そして会話は、まず一応?  顔馴染みのリシャール様とメリザンド様が中心になって進んでいた。

(まあ!  このお茶、初めて飲みますけど美味しいですわ!)

 二人の会話を聞きながら初めて飲むお茶に驚いて目を丸くしていると、メリザンド様が私の様子に気付いたようで小さく笑った。

「うふふふ、珍しいお茶でしょう?  私が留学していた国でよく飲まれていたお茶なの」
「ええ!  とっても珍しくて変わったお味ですわ。そしてとっても美味しいです!」

 私が満面の笑みで答えると、メリザンド様の眉がピクリと反応した。

「……けっこう苦味があるから、苦手……という方も多いので大丈夫かしらと思っていたけれど……夫人は平気なの?  一応、この国の他のお茶も用意しているけど」
「はい!  甘味、塩味、酸味、苦味、うま味……基本的に私はなんでも美味しく頂けますわ」
「……そ、そう。それは良かったわ」

 メリザンド様は少し驚いた顔をしていた。
 私はもう一口、そのお茶を飲む。

(確かに……この国ではあまり好まれない味かも)

「へぇ、そんなに苦いの?」

 リシャール様が物珍しそうにお茶のカップを手に取る。
 するとメリザンド様がハッとして慌てたように言った。

「───あ、申し訳ございません!  確かリシャール様は苦いお味は苦手だったはず!  どうぞこちらのお茶を……」

 そう言って我が国でよく飲まれるお茶をリシャール様に勧めようとした。

「あ、いや。大丈夫なのでお構いなく」
「……え?」
「頂きます」

 リシャール様はそれを制止すると、このめずらしいお茶をゴクリと飲んだ。

「───うん、確かに苦いし、変わった味だね。この国では珍しいかも」
「ですわよね!」

 私たちがそう言いながら笑い合っていると、メリザンド様は不思議そうに訊ねてきた。
 身体がフルフルしているからかなり驚いているみたい。

「えっと……リシャール様は苦いお味は克服されて……?」
「いや、そんなことはない」

 リシャール様は首を横に振る。
 その返答にメリザンド様はますます不思議そうな顔をした。
 そんなリシャール様はチラッと私の顔を見ると、少し照れたように口を開く。

「実は結婚して……いや、結婚する前からかな?  妻……フルールと出会ってから、彼女といると何でも美味しいと思えるようになりまして」
「……は、い?」

 メリザンド様が目を丸くしている。
 そして私もこの話は初耳だったので聞き返す。

「旦那様?  その話、初めて聞きましたわ」
「え?  あ……そう、かな?  いや…………うん、そうかも」
「!!」

 リシャール様が気恥ずかしそうにしながら柔らかく微笑む。
 いつもの国宝級の微笑みに照れが加わったことで、とんでもない破壊力を繰り出していた。

「その……フルールって、何でも美味しそうにたくさん食べるだろう?」
「ええ!  何でも美味しいですわ!」

 さっきも言ったけれど、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味……なんでも大丈夫ですもの。

「そんなフルール見ていたら、僕も何でも美味しそうに思えて来て」
「まあ!」
「確かに昔は苦味があるものは得意じゃなかったけど、今はフルールのおかげでその良さが分かるようになったんだ」
「旦那様……!」

 まさか!
 私のただの食欲がリシャール様に多大な影響を与えていたなんて!

「それに、昔はあんまり食事そのものに美味しいと感じることはなかったけど、これもフルールの影響なのかな?  今はすごく美味しいと感じるようになったよ」

 リシャール様が嬉しそうに微笑みながらそう言ってくれたので、私の胸がキュンとした。
 そんな愛するリシャール様にうっとりしていると、メリザンド様が口を開く。

「私、リシャール様が王女殿下との婚約が破棄になられてすぐに別の方と婚約したと聞いて、す、すごく驚いたのですけど」
「え?  ああ、確かに……」
「あ……」

 私とリシャール様は顔を見合わせる。
 自分たちの中では色々なことがあった上でのこの結果だったけれど、傍から見ればかなりの急展開に感じるのかも。

「それで……ま、まさか、そんなにも仲睦まじい夫婦になられていたなんて、完全に予想が……お、驚きですわ……」

 そう言ってメリザンド様はグビッと勢いよく苦いお茶を飲み込む。
 さすがメリザンド様は慣れているのね!  とてもいい飲みっぷり!

(やっぱり留学されていただけあって未知なる発見があったわ!)

 私は次にテーブルに並ぶお菓子に目をつけた。
 これもこの国では見たことがないものばかり。
 その中でも、私は赤い色が目立つ特徴のある変わったお菓子に目をつけた。

(変わった色……)

「メリザンド様、こちらのお菓子を頂いてもよろしいですか?」
「え?」

 ハッとした様子のメリザンド様が顔を上げると、私が指をさしているお菓子を見た。
 そしてすぐに笑顔になる。

「え、ええ、どうぞ!  それもあちらの国のお菓子なの……」
「やはり、そうなのですね?  ありがとうございます。いただきます!」

 私はそれを手に取ると自分の口へと運ぶ。

「!」

(こ、これは……!!)

 私はカッと目を大きく見開くと、そのまま飲み込む。

(これも、とっても美味しいですわ~~)

 このピリッとした感じがまた……最高~~!
 私が笑顔でもう一つ手に取ろうとした所でメリザンド様が慌てた様子で声をかけてきた。

「ふ、夫人?  あの……ごめんなさい?  先に言えば良かったのだけど、実はそちらのお菓子はかなり辛味が強いのが特徴で……」
「はい!  確かに少し辛味が強いですね。ですが、とってもとっても美味しいですわ!」
「す、少し?  お、美味しい……?  げ、激辛……よ?」
「激辛?  あ、私は辛味も得意なんですの!  美味しかったのでもう一つ、頂きますわね!」
「え……?  あ……」

 私は満面の笑みでそのお菓子をおかわりした。
 メリザンド様は目をまん丸に見開いて、口をパクパクさせながら私のことを見ていた。

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