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214. 王弟殿下への報告

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(弁償代……王家に請求書いってませんわよね……?)

 帰国後、報告のために王弟殿下の元に向かう私とリシャール様。
 ちょっと色々あったけれど、無事にお役目は果たせた……そう思っている。

 弁償の話になったら、確実にお母様の耳に歓喜の舞を踊ったことが入ってしまうはず。
 出来ればそれは避けたいところ。

(アンセルム殿下……私はあなたを信じていますわ!)

 と、頭の中に未来の隣国の王となる人の顔を思い浮かべた時、ふと思い出した。

「あ!  そういえば、旦那様」
「うん?  どうかした?」

 今日もキラキラ眩しい国宝級の美しい夫が優しい目で微笑む。

「実は……帰国前にアンセルム殿下に聞かれたことがあるのですけど」
「うん」
「殿下のお顔……とても真剣でしたの」
「真剣?  それはかなり重要な話?」

 リシャール様の顔付きも真面目なものに変わる。

「すごく大事なことだから、嘘をつかずに答えて欲しい、と」
「……そ、そんなに?  ごめん、僕……フルールが殿下とそんな大事な話をしていたなんて全く知らなかった……」
「いえ、大丈夫ですわ。ただ……」
「ただ?」

 リシャール様が首を傾げる。

「この話のことも王弟殿下に報告すべきなのかしら……と思いまして」
「……うーん、あの殿下が真剣な表情で訊ねるくらいのことだから……ちなみにどんな話?  やっぱり深刻な───」
「───“モンタニエ公爵夫人にどうしてもこれだけは聞いておきたい!  ……君は犬や猫と会話が出来るのだろうか!?”…………ですわ」
「え?」

 リシャール様の顔がピシッと固まった。
 足も止めてしまったので私もそのまま立ち止まる。

「ずっとそれを私に聞きたくて聞きたくて、殿下は寝不足になったそうですわ」
「アンセルム殿下……悩みすぎだろ」

 リシャール様が頭を抱えた。

「あちらの国では、もしかしてワンちゃんや猫ちゃんと話せる人間を探している……ということでしょうか?」
「え、あ、いや……」
「殿下が寝不足になるくらいですもの。今すぐワンちゃんや猫ちゃんと話をしなくてはならないほどの何かが起きている───かなり重大なことなのでは?  と思いましたの」
「……」
「やはり、それだけ重大なこととなると報告は必須ですわよね?」
「……」

 なぜかリシャール様が黙り込んでしまう。

「旦那様?」

 私が呼びかけるとリシャール様が顔を上げた。

「えっと、フルール。まず、君はその殿下からの質問になんて答えたの?」
「え?」

 私が目を瞬かせていると、ガシッと肩を掴まれた。

(近っ……距離が近いわ、旦那様!)

 いくら、イチャイチャ不足だったからといってここは王宮のど真ん中ですわ!
 いけない、と思いつつも真剣な瞳に見つめられて私の頬がどんどん熱くなっていく。

「……僕も知りたい。もしかしてフルールは犬や猫と……」
「旦那様……」

 まさか、リシャール様までそんな真剣な目で訊ねてくるなんて!
 私は驚きが隠せない。
 我が国でもワンちゃんと猫ちゃんと話せる人間を探しているということ!?

(ごめんなさい、リシャール様……)

「旦那様。殿下にもお答えしましたが……いくら、常に最強の公爵夫人を目指している私でもさすがにそれは無理ですわ」
「……無理!」

 リシャール様がハッとする。

「フルール……そう、か。うん、そうだよね……さすがのフルールも──」
「確かに、以前迷子の迷子の子猫ちゃんを偶然拾いまして、お家に届けたことはありますけど……」
「え!?」
「あれは会話ではなく……私が野生の勘を働かせて一方的に語り続けた結果ですわ」

 期待に応えられなかったことが申し訳なくて私は目を伏せる。

「野生の勘……」
「ええ。実にお利口な子猫ちゃんでしたわ」
「…………無事に家まで辿り着けたならそれは会話が成立していたのでは……」
「旦那様?」

 リシャール様は、「いや……」と言って首を横に降ると続けて言った。

「犬とは?  犬とは何かエピソードはないの?」
「ワンちゃんですか?  ワンちゃんは…………あ!  子どもの頃、お兄様が友人から預かったワンちゃんと遊んだことがありますわ」
「へえ?」

 目を大きく見開いたリシャール様は興味深そうに頷く。

「そして、おやつの取り合いをしましたわ」
「……へ……ぇ?  い、犬……と?」
「そうですわ!  隠されたおやつをどちらが先に発見するかの真剣勝負です!」
「……」
「負けた方は本日のおやつ抜き…………絶対に絶対に負けられない戦いでしたわ!」

(そういえば、さすがに会話は成立しなかったけれど、何となくワンちゃんが何を考えているかは伝わって来たような……)

「あ、ちなみに勝負の結果は互角でしたのよ!  おやつ抜きはギリギリ免れましたわ!  お父様たちも手が震えるほど感動して凄いねってたくさん褒めてくれました!」
「……」

 私が笑顔でそう口にすると、リシャール様が手を伸ばして優しく頭を撫でてくれた。

「フルール。アンセルム殿下とのその会話は特に王弟殿下に報告はしなくてもいいんじゃないかな?」
「そうですか?  アンセルム殿下にとっては、とってもとっても重要そうでしたけど……」
「……うん、大丈夫だよ。僕が保証する」

 リシャール様は私の頭を撫でながら、王弟殿下は別に犬や猫と話せる人間を探してはいないと思うしね、と言った。
 それなら良かった、と思いこの話は深く考えることをやめた。


────


 そうして私たちは王弟殿下の元へと向かって挨拶と帰国の報告をする。
 チラチラと“弁償”の二文字が頭をよぎる中、王弟殿下が私を見た。

「───モンタニエ公爵夫人に聞きたいのだが」
「は、はい!」

 き、来た!?
 私の胸がドキドキする。

「……王太子妃殿下を狙っていた集団を、最終的に壊滅させたとはどういうことなんだ?」 
「……」
「そのお礼に、毎年秘蔵のワインを夫人に寄贈することにしたと報告を受けているのだが?」

(そっち!  でもそうよね、さすがに報告はいくわよね……)

 弁償の二文字が出てこなかったことに安堵しつつ、歓喜の舞の件を除いて私は隣国でのことを報告した。

(ん?  何だか王弟殿下の顔色がどんどん悪くなっていくような……?)

「───そ、そうか…………そうだった、な。破滅を呼ぶ…………うん。いや、私は大丈夫。兄上とは違う……ははは」

 顔をピクピク引き攣らせながらブツブツと何かを呟いていた。
 そうして無事に報告も終わり帰ろうとした時、王弟殿下がそういえば、とリシャール様に声をかけた。

「そうだ、モンタニエ公爵」
「はい、なんでしょう?」
「そなた、私の娘を覚えているか?」
「え?」

 不思議そうに聞き返すリシャール様に王弟殿下は言った。

「ずっと長いこと国外に留学させていたが、このたび、私の即位を機に戻ってくることになった。確か、貴殿とは昔馴染みだろう?」
「そうは仰いますけれども、子どもの頃にシルヴェーヌ殿下と共に何度かお会いしたくらいだと記憶していますが?」

 リシャール様の返しに王弟殿下はおや?  という顔をした。

「そうなのか?  当時、よくモンタニエ公爵家の令息がーーと貴殿の話を聞いていたのだが……では、あれはなんだったのだろうな?」

 王弟殿下は不思議そうに首を傾げながら言った。

「まあ、いいか。子どもの頃の話だしな……それで、もうすぐ娘は帰国するのでよかったら顔を見せてやってくれ。こちらに友人が殆どいないから、夫人もよかったら話し相手になってくれると嬉しい」

 ───と。

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