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212. ペラッペラの愛

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 私の発したこの言葉に衝撃を受けた人は多かったようで、室内は大きくザワついた。
 野次馬で集まっている人たちの方からは失笑も盛れる。
 どうやら、吹き出さずにはいられなかったらしい。
 また、真実の愛盲信メンバーの中には、顔色を変えてオロオロと目が泳ぎ始めた人が何人かいたのを私は見逃さなかった。

「……もちろん全員が全員そうだとは言いませんわ!」

(ですけど、これ……前々から思っていましたのよね)

 だって、人の心は揺れやすい。
 だからこそ浮気心とかってそう簡単には治らないと思うもの。 
 かつての私もリシャール様への恋心を自覚して、あまりの自分のチョロさ加減にチョロールへの改名に悩んだくらい。
 ですから、よーーく分かりますわ!

(もちろん、私は愛する旦那様一筋ですけどねっ!)

 でも───
 少なくとも、ここに集まっている真実の愛を盲信しているメンバーはとにかく愛がペラッペラな人が多そうですもの!

「恋愛は弱肉強食の世界ですわ!  必ず勝者と敗者が出てしまうことは仕方がありません」

(──ここで予言者フルール、第二の予言発動ですわ!)

「ですが、それを正々堂々と戦うこともせずに真実の愛を理由にして無理やり奪い取った薄っぺらい愛なんて絶対に長続きしませんわ!」
  
 私はここで一旦言葉を切って、ふぅ……と息を吐く。
 そして顔を上げる。

「そう───名付けるなら……あなたたちの愛は、真実の愛ではなくペラッペラの愛ですわ!」
「ペラッ……!?」

 エリーズ嬢が悲鳴のような声を上げて顔を引き攣らせた。
 そんな彼女に向かって私はにっこり微笑む。

「ええ!  ペラッペラですわ!  …………ところでエリーズ様は何をそんなに驚いているのです?」
「は?」

 エリーズ嬢の眉がひそめられる。

「だって、ペラッペラの愛ならまさにエリーズ様が我が国でこれでもかと証明して下さったではありませんか!」
「なっ……!?」
「殿下も廃嫡。エリーズ様も永久追放!  見事な“ペラッペラの愛”の証明でしたわ!  ありがとうございます!」 
「~~っ!?」

 一段と室内が大きくざわめき、視線がエリーズ嬢に集中していく。
 その視線を受けたエリーズ嬢の顔色はさらに悪くなっていった。

「あ!  エリーズ様の愛はペラッペラ……ということは、つまり!  ここにいる皆様は真実の愛ではなく───“ペラッペラの愛”が素晴らしいと謳っていたことになりますわね!」

 続けて私が手を叩いて思いついたことを口にすると、彼らから一斉に元気いっぱいの声が上がった。
 ……ち、違う!  ペラッペラなんかじゃない! ほ、本物だ!
 ……そうよ!  私たちは真実の愛で結ばれたの……よ…… し、真実……
 ……捨てられる?  今度は俺が……捨てられる?

 うーん。どうやら皆様、混乱している様子ですわ。
 今すぐ、お相手の元に向かって、自分の愛が本物かどうか確認しに行きたそうな顔をしていますけど……
 ですが、これは忘れてはいけません!

「……皆様、ペラッペラの愛を自覚されたのは大変素晴らしいことなのですけど……残念ですが、まだ帰れませんわよ?」

 真実の愛──いえ、ペラッペラの愛を盲信する集団メンバーの皆様が「え?」って表情で私を見る。

「ふ、夫人……?」

 アンセルム殿下も不思議そうな顔で私を見ている。
 すると、リシャール様がサッと動いて殿下の元に向かい耳元で何かを囁く。
 その言葉を受けて、アンセルム殿下はハッとして口を閉じるとコクリと頷いた。

「……」

(さすが、愛する私の旦那様ですわ……)

 私の言いたいことを理解して戸惑う殿下に説明してくれたのね?
 キュンッとする胸を抑えながら、私はぐるっと集団メンバーを見渡す。

「当然でしょう?  あなた方は、なんのためにアンセルム殿下にこの場に集められたと思っているのです?」

 それまでザワザワしていた室内が、いい感じに静かになったので私はにこっと笑った。

「……まさか、王太子殿下と妃殿下のおめでたい結婚式を妨害しようと企み、そのためにイヴェット様に危害を加えようとしたことが無かったことになるとでも?」

 サーッと彼らの顔が一気に青くなる。

「甘いですわ!  大事な大事なお妃様を傷つけられて、アンセルム殿下は黙っているような方ではありません!」
「夫人……!」
「フルールさん……!」

 アンセルム殿下がどこか気を引き締めた表情で私を見る。
 また、イヴェット様も感激した目で私を見た。

(……分かっていますわ!)

 二人の思いを受け取った私はコクリと頷き、殿下たちの代わりに大きく宣言した。

「今、ここにいるペラッペラの愛を盲信するあなたたちは、一族郎党皆、拷問の刑ですわーーーー!」

 私のその宣言で、室内は一気に阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
 真っ先にヒィさんが、拷問は嫌ぁぁと泣き叫び、その声につられたように他の女性たちも泣き叫ぶ。
 膝から崩れ落ちた男性や、その場で卒倒する人もいた。

(ふふふ、皆、自業自得ですわ~)

 私の大事なイヴェット様を傷つけた罪は重いですわ。

「……えっと、い、一族郎党ってぜ、全員!?  ……え?  ふ、夫人……!?」
「?」

 ん?  どうしてかしら?
 アンセルム殿下まで動揺している。
 私はハッと気気付いた。

(まさか、アンセルム殿下……彼らの処罰甘くするつもりだったのでは?)

「……殿下、駄目ですわ」
「え?」
「こういうことは甘くしてはいけませんわ。示しもつきませんし……何より処罰を甘くすることでいつ寝首を搔かれるか分かりませんもの」
「ね、寝首を……?」

 私は神妙な顔で頷く。
 そう。甘さを見せてやられてからでは遅いのですわ。

「そうです。私はこの国の処罰に関して口を出すことは出来ませんが、どうか───」

 私がそこまで言いかけた時、横からリシャール様が私の肩を叩く。

「旦那様?」
「……フルール。僕、ずっと考えていたんだけど」
「まあ!  どうしました?」

 私は首を傾げる。 
 リシャール様ったら一体、何をそんなに?

「───フルールさ。最近、愛読書変わったんじゃないか?」
「……」
「勧善懲悪……悪人たちが容赦なく拷問されるような話にはまってないか?」
「……」

 にこっ……
 私は無言で笑顔を浮かべる。

「……どうもフルールの発言が妙に過激になっている気がするんだ。考えられるのは愛読書の影響かなって思った。違う?」
「……」

 にこっ……

「フルール!」
「……」

 リシャール様が私の肩を掴んでじっと見つめてくる。
 その美しい顔のドアップに私の胸は高鳴るけれど、今は……

 にこっ……

(変ね───どうしてバレたのかしら?)

 侍女と“この本は内容がかなり過激なので、ご主人様が心配するかもしれないから黙っておきましょう”と決めたはずなのに。
 それで、本棚の上から……

「────フルール!  その本は本棚の上から何段目で右から何番目に並んでいるんだ!」
「う、上から五段目の右から六番目ですわ!  ────あっ!」

(な、なんてこと!  つい……反射的に答えてしまったわ!!)

 慌てて口を押さえたけれど遅かった。
 な、なんて巧みな誘導作戦なの……!
 目が合った国宝級の美しい顔が私に向かってにっこり微笑む。

「……フルールさん」
「リ、リシャール様……」

 私も、えへっと笑い返した。
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