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210. 真実の愛とは
しおりを挟む「まさか、お説教の時間を貰えるとは思いませんでしたわ」
「うーん、お説教というより……」
「なんであれ、これで綺麗に問題が片付いて、殿下とイヴェット様が皆に祝福される結婚式を迎えて欲しいですわ!」
「フルール……」
私が笑顔でそう言ったら、リシャール様は優しく笑い返してくれた。
そうして使用人の案内で私たちは皆が集まっているという部屋の扉の前に到着した。
「───こちらの部屋でございます」
(来たわね……お説教の時間!)
軽く深呼吸しながら、扉が開けられるのを待った。
そうして使用人の手で扉が開けられると奥から声が聞こえて来た。
「……だから、見てくださいってば、この顔! あたしは被害者なんですっ!」
エリーズ嬢のそんな声が聞こえて来る。
どうやら殿下はすでに尋問を始めているみたい。
「───私には自業自得にしか思えない。そなたを中心になかなか過激な考えの持ち主たちが大暴れしてくれていたようだからな」
「……そ、それとこれとは別です! とにかく私が受けたこれは暴行罪です!」
(どうやら、エリーズ嬢は私を訴えたいみたいですわね……?)
やっぱり力加減は気を付けないと……
改めて反省する。
「わたくしはずっと見ていたわ。フルールさんのあれはあなたを起こしていただけでしたわよ?」
「違いますっ! 普通は起こすだけでこんなに顔は腫れません! これには明確な殺意と悪意が───」
「──いいえ! 悪意も殺意もありません! それがフルールさんなのです!」
「なっ……」
(イヴェット様……)
私が感動しているとリシャール様が小声で呟いた。
「顔が腫れたのを利用し、話をすり替えて自分を被害者に見せようとしているみたいだが…………相手が悪い。フルールのことが全く分かっていないな」
「旦那様?」
私が聞き返すとリシャール様はにっこり笑った。
「フルールは敵に回しちゃいけないってね───さあ、行こうか」
「はい!」
リシャール様から差し出された手に、私は自分の手を重ねる。
────
私たちが手を繋いで部屋の中に入ると、一斉に多くの視線を浴びた。
(あら? すごく人が多い?)
これ、真実の愛を盲信する集団以外の人もいるのでは?
最終的にかなりの大騒ぎになってしまったから、あの時の野次馬かしら。
そう思った。
そんな部屋の中央にはざっと数十名が集められている。
正確な数は分からないけれど、名簿に並んでいた名前の人数とそう変わらない気がする。
皆、青白い顔で殿下たちとエリーズ嬢のことを見ていた。
(この人たちが真実の愛を盲信して過激な計画を立てていた、その他の人たちね?)
彼らの顔は、まさかこんなことになるとは思わなかった……そう言っている。
(……真実の愛を盲信しすぎた結果よ)
殿下やイヴェット様がそれぞれ真実の愛に目覚めてくれれば、こんなことをしてもお咎めなしだと思ったのでしょうけど……
(どうして分からないのかしら?)
始まりはよくある王族の政略結婚。
そんな二人が何年も意思の疎通に失敗しながら、ようやく歩み寄ることでお互いを知り、大事な存在となって大切にするこの姿───
真実の愛というならこちらでしょうに。
「───ああ、来てくれたか。呼び出してすまない。モンタニエ公爵、夫人」
私たちの姿を見たアンセルム殿下は少し疲れた様子でそう言った。
「今回の件───怪しい集団の中心となっていたこの男爵令嬢とは一向に話が進まず……更には公爵夫人を呼べと騒いでいてな……」
そう言われてエリーズ嬢の顔をみると少し腫れはひいている。
今はかろうじてエリーズ嬢だと分かるくらい。
そんなエリーズ嬢の顔みて私はハッとする。
(……目がうるうるだわ!)
さすが涙一つでのし上がった魔性の女、エリーズ。
こういう場で涙は忘れない。
「ちょっとやり過ぎだったかもしれませんけど、だって……あたしたちは殿下にも妃殿下にも目を覚まして欲しくて……それなのになんでこんな目に……」
うるうるうる……
エリーズ嬢は本気を出して来た。
でも……
(ダメですわ。そのお顔では……)
「───余計なお世話だ!」
「……っ!」
案の定、アンセルム殿下に絆される様子は全くなくピシャリと一刀両断した。
エリーズ嬢がビクッと震えた。
「なるほど……やはり、ですわ」
私は小さな声で呟いた。
「フルール? どうかした?」
「……旦那様。魔性の女になるには涙を自在に操るのも大事ですが、それを存分に活かすための容姿も必要不可欠なのですね?」
「ん?」
リシャール様が首を傾げる。
「見てください。残念ながら現在、私のせいでお顔が崩壊した今のエリーズ嬢では何度涙を流しても、殿下はおろか信者にすら効いている様子がありませんのよ」
「フルール……めちゃくちゃ真剣な顔をしていたから何を考えているのかと思っていたら……そっち?」
「ええ。興味深い事例です。むしろ、これは信者こそ目が覚めて来ているかもしれませんわね」
ふっふっふ……と私は笑う。
「───それに、どうしてですか! どうしてあの破壊された部屋の請求が全てあたしに来るのですか!?」
「ここに集まった集団の中心は君だろう?」
「ぐっ……だとしても! 部屋を壊したのはあたしではなく……あそこのホワホワした公爵夫人です!」
エリーズ嬢がビシッと私を指さした。
どうやら殿下は請求書をエリーズ嬢たちに持っていったようで弁償の件でも揉めているらしい。
「殿下もその場にいて目撃していたではありませんか!」
「ああ、あれは凄かった……クルクル舞い踊りながら次から次へと部屋を破壊していくあの姿……開いた口が塞がらないとはこのことかと思ったものだ」
アンセルム殿下はうんうんと大きく頷く。
「旦那様! 私の歓喜の舞が大勢の前で褒められていますわ!」
「う、うん……? 褒め……?」
もう! 殿下からあんなに絶賛されているのにリシャール様は首を傾げている。
「だが甘いな! 男爵令嬢。モンタニエ公爵夫人のあれはきっと全て計算なのだ!」
「え……け、計算……?」
(───ん?)
はしゃいでいた私は動きを止めて、何の話かしらと内心で首を傾げる。
「そこにいるモンタニエ公爵夫人は、少々、人間離れした能力の持ち主のようだからな」
(人間離れ……?)
「そなたたちの犯罪の証拠を事前に嗅ぎ分け目星をつけていた箇所をピンポイントで攻撃していったんだ!」
(ええーーーー!?)
「……なっ! ま、まさかあれは全て偶然ではないと言うのですかっ!?」
「そうだ。それも周囲を油断させる目的で踊りながらそれをやってのけたんだ」
(アンセルム殿下ーー? あなた何を言っているんですのーー?)
殿下の発言に室内が騒がしくなる。
そして、視線が一斉に私に集中した。
私は慌てて隣のリシャール様の肩を揺らす。
あれは全部偶然なのに!
「旦那様! どうしましょう! とんでもない誤解が広がっていますわ」
「ははは、でも実際、フルールが壊した所から証拠がごっそり出て来ているからね」
「それはそうですけど……」
私がそう言うとリシャール様はにこっと笑った。
ちょっと黒い笑み。
「大丈夫だって。どうせ彼らは他にも賠償金やら慰謝料やらの支払いがたんまりあるんだから。少し増えても大して変わらないよ」
「旦那様……」
「どうせ、そもそもの原因は向こうにあるんだし、ついでに払ってもらっちゃおう」
そういう問題かしら?
なんて考えていたら、アンセルム殿下が私に声をかけた。
「───モンタニエ公爵夫人」
「は、はい」
「そなたは自国で何度か“真実の愛”騒動に巻き込まれた。慰謝料請求が得意になるほどに」
「え? ええ、慰謝料請求は大得意ですわ!」
大きく頷いてそう答えたらまた室内が騒がしくなった。
「……では、そんな夫人に聞きたい」
「……!」
私はゴクリと唾を飲み込む。
「君は、真実の愛についてどう思う?」
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