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209. まだまだですわ!
しおりを挟む(……何だか凄いことになっていますわ)
私は目の前の光景を見ながらそう思った。
エリーズ嬢を見た仲間(のはず)は完全にパニックを起こしているし、そのエリーズ嬢もかなり動揺している。
また、彼らの大声を聞きつけて何事かとどんどん人も集まって来ている。
「ちょっと! 何であたしのこと……あたしは──……」
「ひっ!? いやーー怖い!」
「きゃーーーー」
「だ、だから近寄るな!」
エリーズ嬢に怯える人たち。
なぜ、怯えられているのか未だに分からずにいる頬を腫らしたエリーズ嬢。
そこへ、騒ぎを聞き付けた王宮の衛兵たちが駆け込んで来る。
「き、貴様……何者だ!?」
「……え? だ、だからあたしは……」
「人を襲っている不審者とはお前のことだな!? 部屋もこんなに荒らして」
「え、え? ちょっ……なんで!?」
衛兵に捕縛されるエリーズ嬢。
でも、彼女は暴れて言うことを聞こうとしない。
「離しなさいよーー!」
「────殿下! 妃殿下!? なぜ、こんなところに!?」
「大丈夫ですか!?」
そうしてようやくこの場に王太子夫妻がいることに気付く人たち。
本来なら進んでこの場を収めるべき立場の殿下もこの事態に頭がついていっていないのか、呆然としていて動かない。
それはイヴェット様も同様だった。
「……ダメだ。呆けている! こ、これもこいつの仕業かっ!」
「だろうな。この部屋の惨状は酷すぎる……部屋をこんなにめちゃくちゃにして人を襲い、果ては殿下たちまでこんなにして……」
「はっ! バルバストル国からの客人までいらっしゃるぞ! ……ま、まさか、客人を人質に!?」
とにかく、殿下たちを安全な場所に移動させようとした衛兵たちは私とリシャール様の姿にも気が付いて慌てている。
「離してぇーー」
「暴れるな! ……くっ、こ、これは───違法な薬物でも使っているんじゃないか?」
「なに!?」
意図せずどんどん罪(冤罪あり)が増えていくエリーズ嬢。
何も言えずに泣きじゃくるヒィさんと切り裂きメイド。
パニックを起こしているその仲間たち。
とにかく状況を理解しようとする衛兵。
集まった興味津々の野次馬……
(……やっぱり凄いことなっていますわ)
「旦那様……」
「フルール?」
私はリシャール様の服の裾を掴んで軽く引っ張り、耳元でそっと伝える。
「……今後、人をペチペチする時は力加減には重々気を付けますわ」
「…………う、うん」
リシャール様は何か言いたそうな目で私を見る。
「これではエリーズ様たちにお説教が出来ませんわね」
「……フルール、そっち?」
「ええ」
真実の愛がいかに脆いものなのかお説教するつもりでしたのに。
すると、リシャール様が私の肩にポンッと手を置いた。
「次から次へと色々なことが起きすぎて僕の頭も正直ついていけていないんだけど……」
「けど?」
「少なくとも、あそこの“悲劇のヒロイン”には説教以上のダメージが与えられたとは思う───トラウマ級のね」
「旦那様……」
そう言われてエリーズ嬢に視線を向ける。
「……なんで? どうして皆、あたしを見て不審者とか言うのよーー!?」
「───鏡でも見て自分の顔に聞いてみるといい」
「は? 顔? あたしの顔はとっても可愛…………ん?」
残念ながら、鏡は私が砕いてしまったので確認は出来なかったけれど、エリーズ嬢は窓に映った自分の姿を認識したらしい。
それまで騒いでいたエリーズ嬢がピタリと動きを止めた。
「な……っ!? ば、化け物がいるわ!?」
「それがあなたですよ?」
「は? 何言って……あたしは隣国の王子が夢中になるくらいとってもとっても可愛くて可憐で………」
衛兵が大きなため息と共に言う。
「現実を見てください。あなたの頬は今、パンパンに腫れています」
「…………は? 腫れ……え? これ……あた、し?」
ペタペタと自分の頬を触るエリーズ嬢。
「普通、これだけ腫れていたら痛みもあるでしょうし、気付くと思いますけどね」
「痛っ~~っっ!? ……え? ま、待って! もしかしてあたしはこの化け物顔を皆に晒し……」
「そうですね。我々も……この騒ぎを聞きつけて集まったあそこの野次馬も皆、見ています」
衛兵のその言葉にエリーズ嬢は固まる。
そして、頭を抱えるとまるでこの世の終わりみたいな叫び声を上げた。
─────
一番暴れていたエリーズ嬢が自分の姿を見てショックで再び白目をむいて倒れたので、あの場は一旦収まった。
何が起きてどうなってこうなったのかを明らかにするため、私たちは部屋を移ることに。
改めて呼ばれるまではリシャール様と別室で休憩。
「フルール、お茶でも飲む?」
「ありがとうございます。いただきますわ」
リシャール様が持って来てくれたお茶を受け取ってグビッと一気に飲む。
動き回った身体にいい感じに染み渡る。
「まだ、終わってはいませんけど……とっても長い一日でしたわ」
「うん……僕も」
リシャール様が苦笑する。
そして腕を伸ばすとギュッと私を抱きしめた。
私は驚きながらも抱きしめ返す。
「どうしました?」
「フルールのことはだいぶ理解したつもりでいたけれど、まだまだだったと思い知らされたよ」
リシャール様の身体が震えている。
これは笑っているのかしら?
「──その嗅覚とか、無敵のお腹とか、瞬時に暗号読み解く頭脳とか……他にも挙げたらキリがないけどね」
「そうは言いますが、最強を目指すにはどれもまだまだ足りないですわ?」
「え?」
「最強の公爵夫人はまだまだ遠いです」
嗅覚はワンちゃんには到底敵わないし、お腹だってたまたま下剤の耐性があっただけ。
暗号だってまだまだ全てを解読出来るわけじゃないもの。
私がそう言うとリシャール様の身体がまた震える。
「旦那様?」
「…………いや、フルールだなと思ってさ」
「?」
リシャール様がそっと私の頬に手を触れた。
国宝の美しい顔が近付いてきたので私の胸がキュンとなる。
「どんなことも妥協しないし、好きなことや興味のあることは、どんどん突き詰めて吸収して自分のものにしてしまうし……野生の勘も凄いし……それでも、まだまだなんだ?」
「ええ。まだまだ最強は遠いですわ!」
私がそう断言するとリシャール様は国宝の微笑みを浮かべる。
私の胸は更にドキッとした。
「フルール……」
「……旦……リシャール、さま?」
「ははっ、名前……久しぶりに呼ばれた気がする」
「そ、そうですか?」
「うん、フルール……」
リシャール様は甘く蕩けそうな声で私の名前を呼びながら、そっと私の唇を塞いだ。
そうして、そのまましばらく甘い時間を堪能していたら部屋の扉がノックされる。
「───モンタニエ公爵、夫人。アンセルム殿下が先の件でお二人のことをお呼びです」
私たちは顔を見合わせる。
「ついに来ましたわ旦那様……私が壊したあの部屋の弁償についての話がまとまったのかしら?」
「いや、それよりも───」
「あ、殿下の話ですと、白目をむいて倒れていた令嬢が目を覚ましたそうです。それで───」
「なるほど! つまりお説教の時間ということですわね!?」
私は呼びに来た使用人にグイグイ迫る。
「え、えっと? 近っ……コホンッ……押収した名簿を元に良からぬことを企んでいた集団のメンバーも呼び出したから来て欲しいと……」
「まあ! もう集めたんですか? さすが殿下、やることが早いですわ!」
大事なイヴェット様のためですものね!
そう思った私はふっふっふと笑う。
私に迫られていた使用人がビクッとした。
「フルールがちょっと悪い顔して笑っている……」
「───行きましょう旦那様! 真実の愛を盲信する集団はここで完全に壊滅させなくては!」
「もう、ほぼ半壊してると思うけどね……」
私は意気揚々と殿下の元に向かった。
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