王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
207 / 354

207. フルールの影響力(リシャール視点)

しおりを挟む

❈❈❈❈❈


 フルールは自信満々の笑顔で胸を叩いた。
 そして、なんの苦もなく暗号を解読してはスラスラ読み上げていく。
 読み上げられる度に絶望の表情を浮かべていく三人を見ていれば、フルールが嘘を並べているわけではないことも明白だった。

(すごいな。フルールは本当に解読している……)

「───なんということなの!  結婚式も中止に追い込むつもりだったそうですわ!  許せませんわ」

 そして、フルールは読みながらどんどんメラール化している。

「ス、スラスラ読んでる……な、なんでぇ?」
「特殊な暗号を用いていたものもあるはずなのに……」
「拷問は嫌ァーー!」

 一人だけ完全にパニックを起こしているが、三人がフルールを見ながら嘆いている。
 なんで解読出来るのか不思議でしょうがないのだろう。

(……実は、僕も理由を知りたい)

 何でそんなにあっさり読めるんだ?
 フルールはこんなの暗号とは呼べないと言っていたけれど結構、複雑に書かれているよ?
 少なくとも、即座に読めるものではない。

 そんなフルールの様子を、アンセルム殿下は再び口を開けてポカンとして見ているし……

(大丈夫か?  王太子……)

 イヴェット妃はフルールに向かって目をキラキラさせているし……

(大丈夫か?  王太子妃……)

 フルールはそんな周囲の視線を全く気にせずどんどん解読している。

「どうしました?  旦那様」
「……え?  あ、いや」 
「もしかして読むペース、速すぎました?」

 そうじゃない。そうじゃないんだが……
 いや、気になるし聞いてしまおう!
 おそらく今、敵味方関係なく拷問に脅えるメイド以外のこの場にいる者たちの気持ちは同じはずだ!

「……そ、そうじゃないんだけど、フルールは暗号を読むの得意なの?」
「え?  得意?」

 フルールはきょとんとした顔を僕に向ける。

「うん。だってさっきからスラスラ読んでいるだろう?」
「……」

 フルールは一旦、目をパチパチさせて黙り込む。
 するとすぐに、にこっと笑った。
 うん、やっぱり可愛い笑顔だ───ではなくて!

「旦那様───私の部屋にある本棚の一段目の右から三番目に並んでいる本のシリーズ覚えています?」
「あ、ああ、フルールの好きな“悪女は今日も愉快に嘲笑う”シリーズだろう?」
「それですわ!」

 僕が答えるとフルールは嬉しそうに笑った。
 くっ……だから、その無邪気な笑顔は可愛いんだって!
 あと、フルールの記憶力に色んな意味で衝撃だったから覚えているだけだ……

「旦那様も現在せっせと読み進めているこの話。旦那様はまだ辿り着いていませんが、あのシリーズの後半に悪女が華麗に暗号を解く話があるのです」
「え?」
「誰も解けない解読不能な暗号をサラッ解いて嘲笑う姿は爽快ですのよ」

(まさか……)

「それで、悪女が高笑いするのにピッタリな崖を探す一方、私もあの悪女のように華麗に暗号を解いて高笑いしてみたくなりまして……」
「…………うん」

(やっぱり……)

「それから、ありとあらゆる暗号に関する本を読み漁って猛勉強したのですわ!」

 フルールがえへへっと照れ臭そうに笑う。

「ですが……本だけの知識では物足りなくなってしまい、実践したくなりましたの」
「……え?」
「だって、普通に生活していたら暗号を解く機会なんて無いでしょう?」

 僕は頷く。
 それはそうだ。

「ですから私は、お父様とお母様に頼み込んで───期間限定で、シャンボン伯爵家は暗号だらけで生活することになりましたわ!」
「え!  暗号だらけ?」

 フルールがニンマリと笑う。

「そうですわ。お父様、お母様、お兄様……果ては使用人まで。毎日、様々な暗号が作られて飛び交う生活をしていましたの」
「ほ、本当に?」
「ええ。その日にやることの指示も全て暗号を使ってのやり取りですわ」

 暗号だらけで生活!?
 な、何をしているんだ、シャンボン伯爵家…………
 そんなの生活しにくいだろう!?

「うっかり指示を解き間違えて、お父様の仕事の資料を灰にするなんてこともありましたわ」
「……フ、フルール」

 やっぱり!
 絶対何かやらかしていると思ったが……

「たくさん怒られたので、そこからもっともっと勉強しましたのよ!」

 フルールはめちゃくちゃ可愛い顔でえっへんと胸を張る。

「ですから私、大抵の人が考えつくであろう暗号のパターンを読み解くのは得意になりましたの」
「……専門的で高度なやつは?」
「そこは勉強した本の知識が役に立ちます。色々なパターンを実践しましたから応用すると結構すんなり解読出来ますわ」

 フルールはとっても簡単そうに言う。
 けれど、それは基礎の基礎が頭に入っているから出来ることだし、応用力とか必要だし──……

(混乱してきた……)
  
「……」
「ちなみに、私に一番付き合ってくれたのはお兄様なので、お兄様もこれくらいならすぐに読めると思いますわ」

 フルールはそう言いながら、ちょうど手に持っている紙を僕に見せた。
 残念ながら僕にはこれを即座に読み取れるような頭はない。

(アンベール殿……)

 僕はフルールに付き合い続けている彼も実はとんでもなく超人なのではないかと密かに思っている。
 あとは、シャンボン伯爵家全体。
 あそこは、使用人も含めて底知れない。そしてフルールを中心にどこかズレている……
 絶対、敵に回してはいけない家だ。

(フルールって無自覚に最強家族を作り上げていたんじゃ……)

 そして、その舞台は僕との結婚により、シャンボン伯爵家から我が家に移っているのでは?
 改めてフルールの凄さを実感する。

(───この先が楽しみだな)

 そう考えて小さく笑うとフルールが首を傾げている。

「旦那様?」
「いや……フルールの前では暗号なんて意味がないのだとよく分かったよ」
「ふふ」

 僕がそう言ってフルールに笑いかけると、フルールも可愛い笑顔を返してくれた。
 もう、これでかなりあの三人の心は抉ったと思うけど、フルールはもう少し読んでみます、と言ってパラパラ目を通している。

「あら?  旦那様……この辺のやり取りは悪事の計画ではなく、メンバー間の愚痴とかお悩み相談となっていますわね」
「え?」

 愚痴?  悩み相談?

「───真実の愛で夫を寝とったのに相手が廃嫡されたから生活が苦しくなってきた……妻の元婚約者からの慰謝料請求額がとんでもないことになり始めた……どれも、最初は幸せだったのにって内容ばかりですわね……」

 真実の愛を貫いても、やっぱり皆が皆、幸せなわけではないのだな。
 僕の脳裏に、かつての婚約者シルヴェーヌ王女やベルトラン、ヴァンサン王子の姿が浮かぶ。

「───な、何よそれ!  デタラメを言わないで!」

 フルールの読み上げた内容に、エリーズ嬢が反応を示し反発した。

「……エリーズ様も最初は可哀想だったけど、よくよく考えれば王妃の器ではないわね、だそうです」
「は?  はぁぁ!?  誰よ!  それ誰が書いたの!?」
「知りませんわ。私はエリーズ様以外のメンバーのことはそこのお二人以外は知らないので聞かれても困ります」
「うっ……」

 フルールの正論に、エリーズ嬢は悔しそうに押し黙る。

「そんなに気になるならどうぞ、こちらの紙ですわ」
「え」
「他にも色々とエリーズ様のことが書いてありますわよ?」

 フルールがそう言いながら、その陰口が書かれていると思われる紙をエリーズ嬢に渡す。
 しかし、彼女は解読出来なかったのだろう。
 紙を凝視したまま動かない。

「……こんなことまで書かれて……エリーズ様も自業自得とはいえ大変ですわね」
「え?」
「あら?  案外、平気そうなご様子。ショックではありませんの?」
「は?  ……な、なっ……だから、これ……」

 フルールは彼女が暗号を解読していると思って話しているようだ。
 なので、エリーズ嬢はどんどん不安が煽られ真っ青になっていく。

「さすがですわ!  帰国後も懲りずに相変わらず多くの男性を垂らしこんでいたせいで、皆様から同情されつつも尻軽女と影で呼ばれて笑われていることなんて、エリーズ様にとっては慣れたもの……へっちゃらなのですね!?」
「~~~~っっっっ!?」

 フルールの発した一切容赦のないその言葉に、エリーズ嬢は白目をむいてその場に倒れた。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...