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206. 読めますが?
しおりを挟むエリーズ嬢が必死に泣きながら何か叫んでいるけれど、私はそれを無視してリシャール様の持っている紙を覗き込む。
「まあ! これは……名簿ですの?」
「うん。これは机の引き出しから拾ったやつ」
その紙にはびっしりと名前が書かれている。
「つまり、今ここにいない方々のお名前がこれで分かる、ということですわね!」
「そういうことになるね」
「嫌ーー、返しなさいよぉーー!」
エリーズ嬢が叫んでいる。
それを無視しながら私は思う。
(思っていたよりも結構、人数がいますわね)
それだけ“真実の愛”が流行ったことが窺える名簿だった。
これは国として問題視するはずだわ。
「旦那様、他の紙には何が書かれているんですの?」
「ちょっと……! あたしの話を聞きなさいよ、ホワホワーーーー!」
(ホワホワ? 何がホワホワなのかしら?)
エリーズ嬢の声をひたすら無視しながらリシャール様の持っている他の紙を覗き込む。
「あら? 旦那様。これって……」
「うん。これらはメンバー同士の伝言だと思うんだ」
「伝言?」
「それぞれ隠し場所に忍ばせておいてこっそり計画を伝え合うという方法を取っていたんじゃないかな? …………まあ、それをフルールが踊りながらどんどん暴いていったわけだけど」
なるほど!
パッと見では分からないような所に隠して悪事の計画のやり取りをしていたのね。
そして、私がそれを発見──……
「ふふ。まるで、宝探しみたいですわね!」
「え?」
「懐かしいですわ。子どもの頃によくお兄様と宝探しごっこをしましたの」
「宝探し?」
「屋敷内に宝物を隠してそれを探すのですわ」
私が懐かしくなって目を輝かせながら語るとリシャール様が苦笑する。
「相変わらず、二人は楽しそうな遊びをしているね?」
リシャール様の言葉に私はニンマリ笑う。
「ええ。お兄様の提案で始めましたのよ。私の野生の勘が非常に冴え渡る楽しい遊びでしたわ!」
「うん。フルールは得意そうだ」
「ふふふ、私の野生の勘はこれで鍛えられたと言っても過言ではありませんわ!」
私は大きく胸を張る。
確か、天気の悪い日が続いて外で遊べずウズウズしている私にお兄様が屋敷内で動ける遊びを考えてくれたのが始まり。
お互い宝物を隠したあとは、ヒントを出しながら捜索していくの。
先に見つけた方が勝ち!
「ははは! でも、フルールのことだから違うお宝も発見してそう」
「さすが旦那様ですわ」
「あれ、なら……?」
「ええ───ある時……お父様とお母様の熱烈な恋文を発見してしまいましたわ」
グホッとリシャール様がむせた。
「こ、恋文!?」
リシャール様がケホケホ咳をしながら聞き返してくる。
大丈夫かしら?
「そうですわ。主にお母様がお父様に送り続けた手紙でしたわ。お父様ったらお母様には捨てちゃったと言いながらも、実は全部こっそり大事に大事に仕舞っていたみたいなんですのよ」
「……そ、それをフルールが見つけちゃった……と?」
「だってお宝の匂いがしたんですもの」
「……匂い」
「ものすごく慌てたお父様がすっ飛んできましたわ」
あんなに我を忘れて取り乱すお父様は初めて見ましたわ。
お母様は嬉しさのあまり私を抱きかかえて一日中踊っていたし。
「そうして鍛えられたフルールの野生の勘はどんどんパワーアップして…………こうなったのか……」
リシャール様がそう言いながらボロボロの部屋をぐるりと見回す。
苦笑して軽く息を吐いた後、そのまま持っている紙に視線を戻した。
「だが……名簿はともかく、こっちのメンバー同士のやり取りの手紙は暗号が使われている。これは読み解くのは少し厄介だね」
「暗号ですか?」
「うん。やり取りするのにこっそり隠し場所を使ったり、暗号使ったり……彼らは徹底している。この中にイヴェット妃に行う嫌がらせの計画とかが書いてあると僕は思っているんだけど」
そう言いながらリシャール様が三人に視線を向ける。
リシャール様のその言葉を聞いて、それまでずっと喚いていたエリーズ嬢が気を取り直して不敵に笑った。
「ふふ、あはは! どうやら証拠見つけていい気になっていたけれど、そこまでが限界のようね!」
「……」
「なんて書いてあるのか分からないなら、それらは証拠としては不十分───」
「……まあ! エリーズ様、明日もイヴェット様に嫌がらせをするおつもりでしたのね!?」
「…………へ?」
私が今、チラッと見た紙にはそう書かれているので読みあげてみた。
「え? フルール?」
不思議そうな表情をするリシャール様に私はにこっと笑って続きを読む。
「この紙に書いてありますわ。えっと、下剤を飲まされて苦しんでいる予定のイヴェット様にお見舞いと称して───」
「待っ……待って待って待って待って、待ちなさいよーーーー!?」
エリーズ嬢がまん丸の目を更にまん丸にして慌てて止めてくる。
「なんですの?」
「あ、あなた……ホワホワ……のくせに、な、な、なんで……」
「ホワホワ?」
「くっ! だから! その緊張感のない顔……っっ!」
何を言っているのかしらと思って聞き返したけれど、エリーズ嬢の言いたいことが私にはよく分からない。
「……何を言いたいのかよく分からないので、続きを読みますね? えっと、お見舞いと称してイヴェット様の元にメイドを使って荷物を送り込み……」
「だーかーらーーーー!」
取り乱した様子のエリーズ嬢の大声がまたしても私の邪魔をする。
もう! どうして最後まで読ませてくれないの?
「なんで読めるの!? それ、全部暗号で書かれているのよ!? あたしの力作……」
「力作、ですか?」
「そうよ!!」
自信満々に答えるエリーズ嬢。
「……私には普通に読めますが?」
「チッ…………だ、だから、どうしてなのよ!?」
「え? だって法則が分かれば……暗号なんてそう難しいものではありませんわよね?」
「は? 即座に法則を見抜いたの!?」
エリーズ嬢が驚愕の表情で私のことを見てくる。
そんなに驚く?
私は首を傾げながら答えた。
「ええ。だってこれはかなり単純ですもの」
「……ぐっ……た、単純ですって……!?」
「はい。これを暗号と名乗るおつもりなら、もっと複雑にしないといけませんわ」
「……んなっ!?」
私がそう説明すると、リシャール様が私の肩を叩く。
「旦那様? どうしました?」
「……うん、あのさフルール。色々聞きたいことは沢山あるんだけど……とりあえず、こっちは読める?」
そう言って渡されたのは別の紙。
筆跡が違うのでエリーズ嬢が書いたものではなさそう。
「はい……こちらは…………まあ!」
私はそこに書かれていた内容に目を通すと思わず声を上げた。
「……なんて酷い…………結婚式直前にウェディングドレスを台無しにするための計画を立てていますわ!」
「──え!? わたくしのウェディングドレスを!?」
「な、なんだと!?」
これには、イヴェット様も殿下も黙ってなどいられない。
恐ろしい顔で三人を睨む。
王太子夫妻に睨まれた三人は小さく悲鳴をあげて縮こまる。
まさか、ウェディングドレスにまで手を出そうとしていたなんて!
乙女の夢をなんだと思っているのかしら……
メラッ……
(……きっとこれは切り裂きメイドの計画ね?)
エリーズ嬢の書いていたと思われる暗号よりは難易度が上がっているけれど、これも解読は難しくはなかった。
そう思ったら案の定、切り裂きメイドが半泣き状態で声を上げた。
「どうして? なんで解読出来るの……よー……」
「何のための暗号だったの……意味なかったじゃない……」
ヒィさんまで嘆き始める。
その言葉にエリーズ嬢がカチンときたようで声を荒げた。
「ちょっと! 意味がないなんて言わないで頂戴!」
「エリーズ様! そうは言っても……ノックの合図があることもバレていましたし、隠し場所も暴かれて暗号もあっさり解かれて……名簿まで取られているんですよ? ……もう……もう……」
ヒィさんは、拷問がーー! もう引き摺らないでーーと泣き出した。
(ヒィさん……今更、嘆いても遅いわ)
そんな目でヒィさんを見つめていると、またしてもリシャール様が肩を叩く。
「……フルール。ちなみにさ、こっちも読める?」
そう言いながら、リシャール様が別の紙も私に見せる。
私はそれにもざっと目を通す。
「……」
「……フルール?」
私はにっこり笑ってドンッ胸を叩く。
「──もちろん! 全部、読めますわ!」
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