王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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205. 奇跡の攻撃

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(ぐっちゃぐちゃですわ!)

 割れた花瓶に、落ちた額縁は数個に及ぶ。
 引き出しが飛び出して中身が散乱した机にビリビリになったカーテン。
 壁紙が剥がれた所もあれば、部屋の中央ではテーブルもひっくり返ってしまっている。

(ボロボロですわ!)

 部屋を見渡しながら思った。
 やっぱり足を滑らせてしまったのが一番の原因ですわね……
 あんなに中身が飛び出すなんて想定外でしたもの。
 私の頭の中に弁償の二文字が浮かぶ。

「……」

 婚約破棄の慰謝料の相場の計算は得意ですけれど、物の相場は……よく分からない。
 ──こういう時こそ頼れる夫、リシャール様!
 そう思って愛しの旦那様、リシャール様に視線を向ける。

(そういえば……)

 私が踊っている時、リシャール様は途中から私が壊した物の後を転々として何かを拾っていたけれど……
 あれは何だったのかしら?
 気になった私は少し呆けた様子の旦那様に声をかけた。

「旦那様、何を持っているんですの?」
「え……ああ、フルールお疲れ様。その……色々凄かったよ」
「!」

 愛するリシャール様に褒められて私は顔が綻ぶ。

「あ、ありがとうございます。ですけど、ちょっとだけ部屋が大惨事になってしまいましたわ」
「ん……これ、ちょっと……かな?  そんな矛盾した言葉は初めて聞いたよ……」
「ええ、ちょっとですわ。かつて封印される前にシャンボン伯爵家で踊った時はもっと───」

 私がそう言いかけると、リシャール様がははは……と笑った。

「な、なるほど、実家ではもっと…………うん。そのことは殿下も交えて後で話そうか」
「ええ、分かりましたわ」

 私は頷く。
 そうよね、壊れたものは王宮の物だものね。

(シャンボン伯爵家に……お母様に連絡行かないようにしないと……)

 私の脳裏に怒ったお母様の顔が浮かぶ。
 このままだと公爵家に連絡が入ってご飯のおかわり禁止令が発令されてしまうかもしれない。

(ダメ……!  それは……死活問題よ!)

 なんとしても口封じ……いえ、口止めしないといけませんわ。
 アンセルム殿下とイヴェット様、この惨状に怒っていないかしら?
 そう思ってそろっと二人の顔を見る。

 殿下は未だに口をあんぐり開けたまま固まっていた。
 目だけは何度もパチパチと瞬きをしている。

(そんなに感動されたの!?)

 未だに動かないなんて!
 ならば、イヴェット様の反応はどうかしら?
 下剤入りのお茶が出される前、私は舞を踊りたいと熱く語ってしまったのだけど。

「───フルールさん!!」
「イヴェット様?」

 イヴェット様はとってもいい笑顔で駆け寄って来て私の手を取る。

「思っていたよりもダイナミックな踊りでした!」
「あ、ありがとうございます……」
「ダンスとは違うのだろうと思ってはいたけれど……想像以上!」

 笑顔のイヴェット様を見て私は安心した。
 とりあえず、色々壊したこと怒ってはいないみたい。

「ああ───なんて素晴らしい攻撃なの!」

(……ん?)

 イヴェット様は私の手をギュッと握ると笑顔でそう言った。

「攻撃……ですか?」
「ええ!  わたくしこんな攻撃方法初めて見たわ」

 上機嫌ではしゃいでいるイヴェット様を見ながら私は内心で首を捻る。
 攻撃とは?

「踊っていると見せかけ相手を油断させておいて、実は精神をボッキボキに折っていく高難度の技の数々……素敵!  さすがフルールさん!!」
「イ、イヴェット様……ありがとうございます!」

 イヴェット様の言っていることは半分も分からなかったけれど、褒められたことは理解したので、私も満面の笑みでお礼を言う。

「ふふ、見て?  フルールさん。あちらの三人……完全に魂が抜けているわ」
「え……?」

 そう言われて、魔性の女エリーズ嬢とヒィさんと切り裂きメイドに視線を向ける。
 三人は感動の涙をボロボロに流しながら殿下みたいに固まっていた。
 涙がある分、感動度は殿下より高いと私は判断した。

「彼女たち、フルールさんが物にぶつかる度に叫んでいたのよ」
「叫ぶ?」
「ええ。そこーー!  とか、何でそれなのーー!?  とか、そこだけはーー……とか」
「……変わった声援ですわね?」

 私は首を傾げる。
 でも、よからぬことを企む人たちなので、ちょっと人とは感性が違うのかもしれないと思うことにした。

「フルール……彼女たちの叫びはそういう声援とは違ったんじゃないかなー……」
「旦那様?」

 そこへずっと私たちの話を黙って聞いていたリシャール様が口を挟む。

「違った?」
「うん、正真正銘の悲鳴だよ、あれ」
「悲鳴……?  旦那様、それはまだ早くありません?」
「ん?」

 私は不思議に思ってリシャール様に訊ねる。

「だって、彼女たちが拷問されるのは、これからですもの」
「拷問!  ───ひぃぃっっ!?」

 “拷問”という言葉にそれまで固まっていたヒィさんが反応し、悲鳴をあげた。

「ヒィさん……ここまでの道案内をしてくれたからと言って罪を軽くは出来ないわ」

 私がヒィさんに向かってそう呟くとリシャール様が苦笑しながら私の頭を撫でた。

「……やっぱり、それがフルールです、としか言えないなぁ……」
「旦那様?  いったい何の話ですの?」
「うん、実はさフルール。これなんだけど」 

 そう言ってリシャール様は手に持っていた紙を私に見せようとする。

「その紙……私が踊っている時に旦那様があちこち移動して拾っていたものですわね?」
「え?  フルール、気付いていたの?」
「ええ。気になってよそ見したら、足の高さを間違えてしまって……あそこの壁紙がベリッと剥がれましたわ」
「……」

 リシャール様が無言のまま、私が指をさした壁紙の剥がれた箇所を見つめた。

「そ、そうだったのか……それでね、フルール。実は、この紙……」
「はい」
「故意なのか偶然なのか…………とにかくフルールが壊していった物の中から発見されたものなんだ」
「はい?」

 私が首を傾げる。

「まずは、花瓶と花。実はあれ造花で花瓶の中に水は入っていなかったみたいなんだ」
「まあ!  造花?」
「うん。花瓶が割れたはずなのに、なぜか水がないからおかしいなと思って確認していた」

 そんな細かい所に気付けるなんて……すごいわ!  
 さすがリシャール様!  

「その傍には折りたたまれた紙が落ちていた。花瓶の中に隠してあったのだと思う」
「隠して……?」
「次に、フルールが破壊した複数の額縁。これも調べてみたらどれも裏側に紙が貼り付けてあったよ」
「まあ!  すごい偶然ですわね!?」
「フルールさん……すごい!」

 驚いた私とイヴェット様が目を丸くしているとリシャール様はもう一度苦笑しながら私の頭を撫でる。

「……さすがに想像つくと思うけど、その次にぶつかった机の引き出し……」
「飛び出した拍子に散らばった紙に私が足をとられて滑ったやつですわね?」
「そう。あの引き出しの中にも紙が入っていた」

 リシャール様が頷く。
 なるほど。
 それらを拾い集めていたからリシャール様は今、たくさん紙を手に持っているのね?

「…………フルールはそうやって次から次へと無邪気に攻げ…………お、踊りながら、彼女たちが隠し忍ばせてていた物をどんどん暴いていったんだ」
「隠していた?  その紙には何が書かれているんですの?」
「うん。これ……」

 リシャール様が説明しようとしたその時、ハッと我に返った魔性の女エリーズ嬢から一際大きな悲鳴が上がった。

「嫌ぁぁぁぁぁ!  ほぼ集めてる──嘘でしょう!?  何でよぉぉぉ!?」

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