王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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203. 恐怖の勘違い

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(──やっぱり)

 そんなことだろうとは思った。
 メイドの服を着ていれば、いざとなったらその他大勢に紛れることも可能。
 ほとぼりが冷めるまではここで匿うつもりだったのね。

(それにしても……)

 この部屋、エリーズ嬢の甘ったるい香りがプンプンするわ。
 残り香の主張が激しかった理由が分かった気がした。

「妃、妃殿下……ど、どうして」

 声を震わせながらそのメイドが訊ねる。
 どうして王太子妃がこんな所に……そう言いたいのだと思う。

(まあ、普通なら王太子妃が訪ねて来るはずのない場所よね)

 そんなメイドの問いかけにイヴェット様は笑顔で言った。

「わたくしの最も尊敬する方で大事な友人でもある、こちらのフルールさんが犯人の元に案内してくれるというのでついて来たのです」
「……なっ!?」
「そ、尊敬している!?  友人ですって!?」

 イヴェット様の言葉に更に愕然とするエリーズ嬢とメイド。
 エリーズ嬢は真っ青な顔でもう一度私の顔をじっと見てくる。
 目が合ったので私はにっこり笑う。
 すると、エリーズ嬢は更にビクッと怯えた表情を見せた。

(……ふっふっふ、どうしましょう……)

 だって、こんなの……こんなの嬉しくて口元が緩んでしまうわ!!
 そんな中、私は内心で大興奮していた。
 だって……

(──イヴェット様が私のことを尊敬する友人だと言ってくださったのよ!)

 なんと私……大親友、アニエス様に続く大親友を手に入れましたわ!
 今すぐ小躍りしたい気分……お母様直伝の喜びの舞……いえ、それよりも一度も誰にも披露せずに封印されてしまった歓喜の舞を踊り出したい気分よ!!
 そう思った私の身体がウズウズしてしまう。

(踊りたい──でも、ダメ、歓喜の舞は喜びの舞より難易度が高い)

 もし、お母様に知られたら……
 でも、身体がウズウズするわ。

「……ひっ……今度は、な、何で身体を震わせて、……こ、怖っ……」
「……」

(あら、でも待って?  ここは隣国……ここでならたとえ踊ったとしてもお母様にバレないのではないかしら?)

 そうよ、ほんの少しだけ……
 そう思った私は、さらに口元を緩ませる。

「……ひっ!?  え、な、なに?  なんなのよ、その笑い…………な、なにを企んでいるの……よ」

(────よし! るわよ!!)

 そうと決まったら、お説教の時間の前に少しだけ時間を貰わないといけない。
 私は隣にいるリシャール様に満面の笑みで声をかけた。

「旦那様!」
「フ、フルール?  どうしたの?  何だか凄くいい笑顔だけど……」
「あの───これからってもいいですか!?  すぐ終わりますので!」
「ん?  え?  フルール……今、な、んて?」

 リシャール様が驚愕の表情で私に聞き返す。
 よく聞こえなかった?
 私は少し大きめの声ではっきり口にする。

「でーすーかーら!  もう私、我慢出来ません!  りたいのです!」
「……え?  や、る!?  聞き間違いじゃなかった!?  待ってフルール……本気で言っているの!?」
「はい!」
「ひぃぃっっっ!?」

 私が元気よく返事をしたと同時に、なぜかエリーズ嬢から悲鳴のような声が上がる。

(んーー?  エリーズ嬢、先程よりも顔が青くなっているような……?)

 気のせい?  と思いながらも私は真剣な顔でリシャール様に大きく頷き返す。

「旦那様。もちろん、私は本気ですわ!」
「っ!  フルール……」
「旦那様、ここ……この場所は幸いと言いますか……人気の少ない部屋ですのよ」

 私は部屋の中をぐるりと見回す。
 こんな王宮の奥にある使用人用の部屋なんて用が無ければそうそう近付く人もいない。
 最っっ高にいい条件が揃っているわ!

「それはそうなんだけど……」
「でしょう?  ふふふ。ですから、このことは旦那様たちが口を噤んで黙ってくれさえいれば…………バレませんわ!」

 私がニンマリ笑顔でそう言った瞬間、エリーズ嬢と匿われていた切り裂きメイドとヒィさんがそれぞれ悲鳴をあげた。

「ひぃぃぃーーーー!?  待ってよーー!?」
「嫌ぁぁ!?」
「嘘でしょーー?」

(まあ!  三人ともそんなに嬉しそうな悲鳴を上げてくれるの?)
  
 まさか、この三人が喜んでくれるとは。

「ありがとうございます!  そんなに喜んで貰えるなんて光栄ですわ!」
「ひっ!?  よ、喜ぶ!?  何を言って……あたしは……」
「はい!  これはもう腕がなりますわ!」

 私はエリーズ嬢の言葉を遮って、ふふっと笑いながら続ける。

「……」

 エリーズ嬢は青い顔のまま黙りこむとガタガタ震え出した。
 早く披露しろ、我慢出来ないわという合図?
 魔性の女は意外とせっかちさんのようね。

「ですが……出来ることなら、この場にいらっしゃらないお仲間の皆様も呼びたいところでしたわ。それだけが残念ですわね」
「え!  全員って!?  フ、フルール……?」
「……」

 私はリシャール様に向かってにこっと笑う。
 だって、せっかくなら観てくれる人は多い方がよかったわ……感想が聞きたいから!

「は?」
「ま、まさか、そんな有り得ない……全滅させる気?」
「そ……そうよね!  有り得ない!  とにかくこんな所でそんなこと……するわけない……」

 エリーズ嬢と切り裂きメイドが、真っ青な顔を見合せながら何かごちゃごちゃ言っている。
 そこにやっぱり真っ青な顔をしたヒィさんが加わった。

「……いいえ、あ、あの人は口にしたことは…………本当に、じ、実行する……わ。間違いない……」
「は?」
「や、やだ、大袈裟ね」

 エリーズ嬢と切り裂きメイドはヒィさんの言葉を笑い飛ばそうとしたけれど、ヒィさんが全力で叫ぶ。

「大袈裟じゃないのよーーーー!  嘘なんてつかない……いつだって本気そのもの……」
「え?」
「何を言って……」
「あ、あ、あの人ならる!  絶対に……確実に!  そ、それも……」

 ヒィさんが震える手で私を指さす。
 絶対に、だなんて……そんな絶大な信頼を貰えて嬉しいわ。

「それも、何よ?」
「…………あの人、ニコニコ笑顔のままでするのよーー!」
「なっ!」
「え、がお!?」

 そんなヒィさんの叫びにエリーズ嬢と切り裂きメイドから笑みが消える。
 二人がそっと私を見たのでばっちり目が合った。

(当然!  歓喜の舞ですもの。笑顔は大事ですわ!!)

 そう思った私は三人ににっこり笑顔を向ける。
 三人はその場で硬直した。
 どうやら、このまま大人しく鑑賞することにしたらしい。

(では、遠慮なく───……)

「それでは、旦那様もゆっくり観ていてくださいね!」
「……えっと、フルール?  君はいったいな……にを……」
「───さすがに初めてなので私もドキドキしていますわ───では!」
「いや、フル……説明……」

 何か言いたそうな顔をしたリシャール様に笑顔で手を振って、そのまま私は三人の元へと近付く。
 ちなみにイヴェット様と殿下もさっきから動かない。
 二人ともすごい顔で私を見ているけど……

(大丈夫かしら?)

 歓喜の舞を踊り終えた後は切り裂きメイドも丁度この場にいることだし、捕まえてじっくり話を聞かないといけないのに。
 これは……早く終わらせた方がいいわね!

「では───あまり、長く時間を取るわけにはいきませんので、サクッといきますわね!」
「サ……サクッ……?」
「ええ、サクッと」

 三人の前に立った私がそう口にした瞬間、これまでで一番嬉しそうな三人の元気いっぱいの悲鳴が部屋の中に響いた。

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