203 / 354
203. 恐怖の勘違い
しおりを挟む(──やっぱり)
そんなことだろうとは思った。
メイドの服を着ていれば、いざとなったらその他大勢に紛れることも可能。
ほとぼりが冷めるまではここで匿うつもりだったのね。
(それにしても……)
この部屋、エリーズ嬢の甘ったるい香りがプンプンするわ。
残り香の主張が激しかった理由が分かった気がした。
「妃、妃殿下……ど、どうして」
声を震わせながらそのメイドが訊ねる。
どうして王太子妃がこんな所に……そう言いたいのだと思う。
(まあ、普通なら王太子妃が訪ねて来るはずのない場所よね)
そんなメイドの問いかけにイヴェット様は笑顔で言った。
「わたくしの最も尊敬する方で大事な友人でもある、こちらのフルールさんが犯人の元に案内してくれるというのでついて来たのです」
「……なっ!?」
「そ、尊敬している!? 友人ですって!?」
イヴェット様の言葉に更に愕然とするエリーズ嬢とメイド。
エリーズ嬢は真っ青な顔でもう一度私の顔をじっと見てくる。
目が合ったので私はにっこり笑う。
すると、エリーズ嬢は更にビクッと怯えた表情を見せた。
(……ふっふっふ、どうしましょう……)
だって、こんなの……こんなの嬉しくて口元が緩んでしまうわ!!
そんな中、私は内心で大興奮していた。
だって……
(──イヴェット様が私のことを尊敬する友人だと言ってくださったのよ!)
なんと私……大親友、アニエス様に続く大親友を手に入れましたわ!
今すぐ小躍りしたい気分……お母様直伝の喜びの舞……いえ、それよりも一度も誰にも披露せずに封印されてしまった歓喜の舞を踊り出したい気分よ!!
そう思った私の身体がウズウズしてしまう。
(踊りたい──でも、ダメ、歓喜の舞は喜びの舞より難易度が高い)
もし、お母様に知られたら……
でも、身体がウズウズするわ。
「……ひっ……今度は、な、何で身体を震わせて、……こ、怖っ……」
「……」
(あら、でも待って? ここは隣国……ここでならたとえ踊ったとしてもお母様にバレないのではないかしら?)
そうよ、ほんの少しだけ……
そう思った私は、さらに口元を緩ませる。
「……ひっ!? え、な、なに? なんなのよ、その笑い…………な、なにを企んでいるの……よ」
(────よし! 踊るわよ!!)
そうと決まったら、お説教の時間の前に少しだけ時間を貰わないといけない。
私は隣にいるリシャール様に満面の笑みで声をかけた。
「旦那様!」
「フ、フルール? どうしたの? 何だか凄くいい笑顔だけど……」
「あの───これから踊ってもいいですか!? すぐ終わりますので!」
「ん? え? フルール……今、な、んて?」
リシャール様が驚愕の表情で私に聞き返す。
よく聞こえなかった?
私は少し大きめの声ではっきり口にする。
「でーすーかーら! もう私、我慢出来ません! 踊りたいのです!」
「……え? や、殺る!? 聞き間違いじゃなかった!? 待ってフルール……本気で言っているの!?」
「はい!」
「ひぃぃっっっ!?」
私が元気よく返事をしたと同時に、なぜかエリーズ嬢から悲鳴のような声が上がる。
(んーー? エリーズ嬢、先程よりも顔が青くなっているような……?)
気のせい? と思いながらも私は真剣な顔でリシャール様に大きく頷き返す。
「旦那様。もちろん、私は本気ですわ!」
「っ! フルール……」
「旦那様、ここ……この場所は幸いと言いますか……人気の少ない部屋ですのよ」
私は部屋の中をぐるりと見回す。
こんな王宮の奥にある使用人用の部屋なんて用が無ければそうそう近付く人もいない。
最っっ高にいい条件が揃っているわ!
「それはそうなんだけど……」
「でしょう? ふふふ。ですから、このことは旦那様たちが口を噤んで黙ってくれさえいれば…………バレませんわ!」
私がニンマリ笑顔でそう言った瞬間、エリーズ嬢と匿われていた切り裂きメイドとヒィさんがそれぞれ悲鳴をあげた。
「ひぃぃぃーーーー!? 待ってよーー!?」
「嫌ぁぁ!?」
「嘘でしょーー?」
(まあ! 三人ともそんなに嬉しそうな悲鳴を上げてくれるの?)
まさか、この三人が喜んでくれるとは。
「ありがとうございます! そんなに喜んで貰えるなんて光栄ですわ!」
「ひっ!? よ、喜ぶ!? 何を言って……あたしは……」
「はい! これはもう腕がなりますわ!」
私はエリーズ嬢の言葉を遮って、ふふっと笑いながら続ける。
「……」
エリーズ嬢は青い顔のまま黙りこむとガタガタ震え出した。
早く披露しろ、我慢出来ないわという合図?
魔性の女は意外とせっかちさんのようね。
「ですが……出来ることなら、この場にいらっしゃらないお仲間の皆様も呼びたいところでしたわ。それだけが残念ですわね」
「え! 全員って!? フ、フルール……?」
「……」
私はリシャール様に向かってにこっと笑う。
だって、せっかくなら観てくれる人は多い方がよかったわ……感想が聞きたいから!
「は?」
「ま、まさか、そんな有り得ない……全滅させる気?」
「そ……そうよね! 有り得ない! とにかくこんな所でそんなこと……するわけない……」
エリーズ嬢と切り裂きメイドが、真っ青な顔を見合せながら何かごちゃごちゃ言っている。
そこにやっぱり真っ青な顔をしたヒィさんが加わった。
「……いいえ、あ、あの人は口にしたことは…………本当に、じ、実行する……わ。間違いない……」
「は?」
「や、やだ、大袈裟ね」
エリーズ嬢と切り裂きメイドはヒィさんの言葉を笑い飛ばそうとしたけれど、ヒィさんが全力で叫ぶ。
「大袈裟じゃないのよーーーー! 嘘なんてつかない……いつだって本気そのもの……」
「え?」
「何を言って……」
「あ、あ、あの人なら殺る! 絶対に……確実に! そ、それも……」
ヒィさんが震える手で私を指さす。
絶対に、だなんて……そんな絶大な信頼を貰えて嬉しいわ。
「それも、何よ?」
「…………あの人、ニコニコ笑顔のままでするのよーー!」
「なっ!」
「え、がお!?」
そんなヒィさんの叫びにエリーズ嬢と切り裂きメイドから笑みが消える。
二人がそっと私を見たのでばっちり目が合った。
(当然! 歓喜の舞ですもの。笑顔は大事ですわ!!)
そう思った私は三人ににっこり笑顔を向ける。
三人はその場で硬直した。
どうやら、このまま大人しく鑑賞することにしたらしい。
(では、遠慮なく───……)
「それでは、旦那様もゆっくり観ていてくださいね!」
「……えっと、フルール? 君はいったいな……にを……」
「───さすがに初めてなので私もドキドキしていますわ───では!」
「いや、フル……説明……」
何か言いたそうな顔をしたリシャール様に笑顔で手を振って、そのまま私は三人の元へと近付く。
ちなみにイヴェット様と殿下もさっきから動かない。
二人ともすごい顔で私を見ているけど……
(大丈夫かしら?)
歓喜の舞を踊り終えた後は切り裂きメイドも丁度この場にいることだし、捕まえてじっくり話を聞かないといけないのに。
これは……早く終わらせた方がいいわね!
「では───あまり、長く時間を取るわけにはいきませんので、サクッといきますわね!」
「サ……サクッ……?」
「ええ、サクッと」
三人の前に立った私がそう口にした瞬間、これまでで一番嬉しそうな三人の元気いっぱいの悲鳴が部屋の中に響いた。
298
お気に入りに追加
7,224
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる