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201. あたしは“悲劇のヒロイン”(エリーズ視点)
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(遅いわね……)
あたしはチラッと時計を見た。
今日はイヴェット王太子妃はバルバストルから来ている賓客の公爵夫人とお茶会だと聞いた。
だから、効き目抜群の下剤をお茶に混ぜ込む計画を立てたのだけど。
(誰が訪問しているか知らないけど、あたしをコケにしたバルバストル国の客人諸共、大恥をかいちゃえばいい!)
あたしの“真実の愛”を壊しただけでなく……笑い者にしたあの国……
本当に許せない。
永久追放されてあたしは二度とヴァンサン殿下には会えなくなった。
王太子妃になって、ゆくゆくは王妃になる夢も絶たれた。
(何もかも上手くいっていたはずだったのに───)
「エリーズ様、いくらなんでも戻ってくるの遅くありません?」
「大丈夫よ! あなただって上手くやれたのだから問題ないわよ」
イヴェット王太子妃のドレスを切り刻んで脅迫状を置いてくるという役目を無事にこなしたメイドが心配そうにしている。
今、この部屋にいるのはあたしたちだけ。
このメイドは顔が割れている可能性があるから今、皆で匿っている。
「ですが、もし捕まっていたら……」
「あの下剤は即効性よ? 一口飲んでもすぐに大変なことになる薬。だから下剤を飲まされたと気付いても、すでに身体は追いかけられる状態ではないはずよ」
───そうよ!
あの下剤は薬の研究者たちが長年、研究に研究を重ねて、どんな人にも必ず効く即効性のある薬として開発し、多くの国で幅広く便通の悪い人のために使われている薬なんだから。
「そうですが、今は静かになりましたけど、先ほどまで外が騒がしかったですよ? まさか……」
「……」
(やめて! そんな不吉なこと言わないで!)
あたしは上手くやっているもん。
大丈夫……
真実の愛はあんな形で終わっちゃったけど、この国に帰って来てからは上手くやれているもん。
あたしはうるっと一瞬で涙を浮かべる。
するとメイドが慌ててあたしに駆け寄った。
「エリーズ様!?」
「……あ、ごめんなさい。急に心配になってしまって……」
「エリーズ様……本当にお優しい……」
(チョロい!)
あたしは内心でほくそ笑む。
「どうしてこんなにお優しい方が真実の愛を失って酷い目にあわなくてはいけないのでしょう?」
「向こうで…………真実の愛なんて幻想だって……そんなもの存在しないって皆、寄って集ってあたしを……」
うるうる……
ふふふ、涙はどんどん溢れてくるわ。
簡単、簡単!
だって泣いておけば皆、優しくしてくれるもん。
帰国後、あたしはとっても冷たい視線に晒され、あたしを引き取った男爵の父と共に陛下の前に呼び出された。
陛下が言うには国同士でこの件の話し合いは済んでいるからと、あたしの処分は父に委ねられることに。
父は謁見が終わると、人目もはばからずあたしを罵倒した。
だから、あたしもあたしで大勢の前で得意の泣き真似を披露してやった。もちろん、父が悪者になるように。
(そうしたら、あら不思議!)
あたしはあっという間に“悲劇のヒロイン”となって、皆に優しくされることになったわ。
父もそれ以上はあたしを責めることは出来なくなりギリギリ勘当も免れた。
おかげで、あたしは理不尽に真実の愛を奪われた被害者として、特に真実の愛の肯定派にたくさん同情して貰えている。
「あんなにもエリーズ様はヴァンサン殿下と仲睦まじくされていたのに……」
「……」
(ほーらね!)
「私は真実の愛で素敵な殿方を奪うことに成功しましたが……」
「ええ、そうね。とっても羨ましいわ……でも、あなた最近、奪った相手の元婚約者の令嬢に盛大な慰謝料金額を請求されているんだっけ?」
「っっ! …………そうなのです!」
メイドは悔しそうに頷く。
「元婚約者の令嬢にありもしない罪を擦り付けて婚約破棄を仕向けて真実の愛を貫いたところまでは良かったのですけど……急に突然向こうの令嬢が“婚約破棄の慰謝料の相場がある”とか言い出して……」
「……」
(慰謝料の相場……)
話を聞いていると同じ目に合っている人は結構、多いのよね。
少し前までは慰謝料請求するという発想も少なかったし、慰謝料の基準となるものが無かったから皆、大人しく泣き寝入りしていたという話なのに。
最近になって急に真実の愛を理由に婚約破棄された側が主張を激しくしている、とか。
なんで?
それに……
(慰謝料……嫌な顔を思い出すわ)
あの憎き悪役令嬢、オリアンヌの味方をしていて殿下とあたしを散々コケにし続けたあの令嬢───
大した身分でもないくせに殿下に金払えって要求していた。
名前は確か────……
ココココン、コンッ……
その時だった。
部屋の扉がノックされる。
「……! エリーズ様、このノックは!」
「ええ、そうね。ようやく戻って来たようね」
……この部屋は王宮の使用人たちに用意されている一室。
いつ誰が訪ねてくるか分からないので、あたしたちはノックに様々な合図を作っていた。
あたしたちは顔を見合せてにっこり笑う。
───このノックの仕方は間違いない。
確かに遅くなったけど下剤担当のメイド、ちゃんと戻って来たみたい。
あたしは嘘泣きしていた涙を拭って、寛いでいたソファから立ち上がると扉に向かう。
そして声をかけながら扉を開いた。
「────遅かったわね? 心配していたのよ。上手くやれ────……」
「……」
「…………え?」
扉を開いたあたしは固まった。
(……は?)
扉を開いた先───そこにはなぜか、真っ青で今にも死にそうな顔をしてガタガタ震えている下剤担当のメイド。
そして、その後ろにはたった今思い出していたバルバストル国の───……
「まあ! その変わらない魔性のお顔とその甘ったるい匂い! エリーズ様ですわね? お久しぶりですわ!」
「────!?」
(なぜ! なぜあの時の令嬢がここに!?)
確か、名前はフルール・シャンボン。
あたしと殿下の真実の愛を壊した憎き令嬢がにっこにこの笑顔で立っている。
あたしにはここに彼女がいる意味が全く分からない。
「……え? え、え?」
「ちょっと大勢で押しかけて申し訳ないですけれど、失礼しますわね?」
「……え、」
そう言って真っ青な下剤担当メイドを押しのけて、グイッと強引に部屋に押し入ろうとしてくる。
大勢?
そこでようやく後ろに他にも人がいることに気付いた。
(あ、あの美形!)
ヴァンサン殿下の世話係だった思わず見惚れるくらいめちゃくちゃ美形な男と────
「ぅえぇっ!?」
あたしは変な声を上げた。
そこには我が国の王太子殿下と…………あたしが狙っていたはずの…………王太子妃、イヴェット。
(なにこの顔ぶれーーーー!?)
それより王太子妃……ピンピンしていて元気じゃん!! 即効性下剤はどうしたのよ!?
まさか、失敗……?
あたしは慌てて下剤担当メイドに視線を向けるけど、まだガタガタ震えていてとても話が出来る状態には見えない。
(震えていないでこの状況をとっとと説明しなさいよーーーー!)
「エリーズ様? 大丈夫です? あ、もしかして立ったまま寝ちゃいました? 器用ですわ~……でも、起きてくださいませ」
「!?」
憎きホワホワ令嬢が、きょとんとした顔で頓珍漢な発言をしながらあたしの目の前で手を上下に動かしている。
(この状況で寝れるわけないでしょーー? あたしをバカにしてんのーー!?)
そう叫びたいのに声が出なくて固まって動けないあたしに向かって彼女はニンマリ笑って言った。
「……エリーズ様、突然で驚かれているとは思いますけれど、私たち貴女にとってもとっても大事な“お話”がありますの」
「……!」
「そのため、少々強引にヒィさんに案内をお願いしましたわ!」
あたしは内心で眉をひそめる。
ヒィさんって誰よ?
まさか、そこの下剤担当のメイドじゃないわよ…………ね?
「エリーズ様! お時間いただけます? あ、無くてもいただくんですけどね!」
「……!?」
「と、いうわけで失礼しますわ~」
憎きホワホワ令嬢は、にっこにこの笑顔で圧をかけながら「お邪魔しまーす」と元気よく言って、今度こそあたしを押しのけて部屋へと入って来た。
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