王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
201 / 354

201. あたしは“悲劇のヒロイン”(エリーズ視点)

しおりを挟む


❈❈❈❈❈


(遅いわね……)

 あたしはチラッと時計を見た。
 今日はイヴェット王太子妃はバルバストルから来ている賓客の公爵夫人とお茶会だと聞いた。
 だから、効き目抜群の下剤をお茶に混ぜ込む計画を立てたのだけど。

(誰が訪問しているか知らないけど、あたしをコケにしたバルバストル国の客人諸共、大恥をかいちゃえばいい!)

 あたしの“真実の愛”を壊しただけでなく……笑い者にしたあの国……
 本当に許せない。
 永久追放されてあたしは二度とヴァンサン殿下には会えなくなった。
 王太子妃になって、ゆくゆくは王妃になる夢も絶たれた。

(何もかも上手くいっていたはずだったのに───)



「エリーズ様、いくらなんでも戻ってくるの遅くありません?」
「大丈夫よ!  あなただって上手くやれたのだから問題ないわよ」

 イヴェット王太子妃のドレスを切り刻んで脅迫状を置いてくるという役目を無事にこなしたメイドが心配そうにしている。
 今、この部屋にいるのはあたしたちだけ。
 このメイドは顔が割れている可能性があるから今、皆で匿っている。

「ですが、もし捕まっていたら……」
「あの下剤は即効性よ?  一口飲んでもすぐに大変なことになる薬。だから下剤を飲まされたと気付いても、すでに身体は追いかけられる状態ではないはずよ」

 ───そうよ!
 あの下剤は薬の研究者たちが長年、研究に研究を重ねて、即効性のある薬として開発し、多くの国で幅広く便通の悪い人のために使われている薬なんだから。

「そうですが、今は静かになりましたけど、先ほどまで外が騒がしかったですよ?  まさか……」
「……」

(やめて!  そんな不吉なこと言わないで!)

 あたしは上手くやっているもん。
 大丈夫……
 真実の愛はあんな形で終わっちゃったけど、この国に帰って来てからは上手くやれているもん。

 あたしはうるっと一瞬で涙を浮かべる。
 するとメイドが慌ててあたしに駆け寄った。

「エリーズ様!?」
「……あ、ごめんなさい。急に心配になってしまって……」
「エリーズ様……本当にお優しい……」

(チョロい!)

 あたしは内心でほくそ笑む。

「どうしてこんなにお優しい方が真実の愛を失って酷い目にあわなくてはいけないのでしょう?」
「向こうで…………真実の愛なんて幻想だって……そんなもの存在しないって皆、寄って集ってあたしを……」

 うるうる……
 ふふふ、涙はどんどん溢れてくるわ。
 簡単、簡単!
 だって泣いておけば皆、優しくしてくれるもん。

 帰国後、あたしはとっても冷たい視線に晒され、あたしを引き取った男爵の父と共に陛下の前に呼び出された。
 陛下が言うには国同士でこの件の話し合いは済んでいるからと、あたしの処分は父に委ねられることに。
 父は謁見が終わると、人目もはばからずあたしを罵倒した。
 だから、あたしもあたしで大勢の前で得意の泣き真似を披露してやった。もちろん、父が悪者になるように。

(そうしたら、あら不思議!)

 あたしはあっという間に“悲劇のヒロイン”となって、皆に優しくされることになったわ。
 父もそれ以上はあたしを責めることは出来なくなりギリギリ勘当も免れた。
 おかげで、あたしは理不尽に真実の愛を奪われた被害者として、特に真実の愛の肯定派にたくさん同情して貰えている。

「あんなにもエリーズ様はヴァンサン殿下と仲睦まじくされていたのに……」
「……」

(ほーらね!)

「私は真実の愛で素敵な殿方を奪うことに成功しましたが……」
「ええ、そうね。とっても羨ましいわ……でも、あなた最近、奪った相手の元婚約者の令嬢に盛大な慰謝料金額を請求されているんだっけ?」
「っっ!  …………そうなのです!」

 メイドは悔しそうに頷く。

「元婚約者の令嬢にありもしない罪を擦り付けて婚約破棄を仕向けて真実の愛を貫いたところまでは良かったのですけど……急に突然向こうの令嬢が“婚約破棄の慰謝料の相場がある”とか言い出して……」
「……」

(慰謝料の相場……)

 話を聞いていると同じ目に合っている人は結構、多いのよね。
 少し前までは慰謝料請求するという発想も少なかったし、慰謝料の基準となるものが無かったから皆、大人しく泣き寝入りしていたという話なのに。
 最近になって急に真実の愛を理由に婚約破棄された側が主張を激しくしている、とか。
 なんで?
 それに……

(慰謝料……を思い出すわ)

 あの憎き悪役令嬢、オリアンヌの味方をしていて殿下とあたしを散々コケにし続けたあの令嬢───
 大した身分でもないくせに殿下に金払えって要求していた。
 名前は確か────……

 ココココン、コンッ……

 その時だった。
 部屋の扉がノックされる。

「……!  エリーズ様、このノックは!」
「ええ、そうね。ようやく戻って来たようね」

 ……この部屋は王宮の使用人たちに用意されている一室。
 いつ誰が訪ねてくるか分からないので、あたしたちはノックに様々な合図を作っていた。

 あたしたちは顔を見合せてにっこり笑う。
 ───このノックの仕方は間違いない。
 確かに遅くなったけど下剤担当のメイド、ちゃんと戻って来たみたい。

 あたしは嘘泣きしていた涙を拭って、寛いでいたソファから立ち上がると扉に向かう。
 そして声をかけながら扉を開いた。

「────遅かったわね?  心配していたのよ。上手くやれ────……」
「……」
「…………え?」

 扉を開いたあたしは固まった。

(……は?)

 扉を開いた先───そこにはなぜか、真っ青で今にも死にそうな顔をしてガタガタ震えている下剤担当のメイド。
 そして、その後ろにはたった今思い出していたバルバストル国の───……

「まあ!  その変わらない魔性のお顔とその甘ったるい匂い!  エリーズ様ですわね?  お久しぶりですわ!」
「────!?」

(なぜ!  なぜあの時の令嬢がここに!?)

 確か、名前はフルール・シャンボン。
 あたしと殿下の真実の愛を壊した憎き令嬢がにっこにこの笑顔で立っている。
 あたしにはここに彼女がいる意味が全く分からない。

「……え?  え、え?」
「ちょっと大勢で押しかけて申し訳ないですけれど、失礼しますわね?」
「……え、」

 そう言って真っ青な下剤担当メイドを押しのけて、グイッと強引に部屋に押し入ろうとしてくる。
 大勢?
 そこでようやく後ろに他にも人がいることに気付いた。

(あ、あの美形!)

 ヴァンサン殿下の世話係だった思わず見惚れるくらいめちゃくちゃ美形な男と────

「ぅえぇっ!?」

 あたしは変な声を上げた。
 そこには我が国の王太子殿下と…………あたしが狙っていたはずの…………王太子妃、イヴェット。

(なにこの顔ぶれーーーー!?)

 それより王太子妃……ピンピンしていて元気じゃん!!  即効性下剤はどうしたのよ!?
 まさか、失敗……?
 あたしは慌てて下剤担当メイドに視線を向けるけど、まだガタガタ震えていてとても話が出来る状態には見えない。

(震えていないでこの状況をとっとと説明しなさいよーーーー!)

「エリーズ様?  大丈夫です?  あ、もしかして立ったまま寝ちゃいました?  器用ですわ~……でも、起きてくださいませ」
「!?」

 憎きホワホワ令嬢が、きょとんとした顔で頓珍漢な発言をしながらあたしの目の前で手を上下に動かしている。

(この状況で寝れるわけないでしょーー?  あたしをバカにしてんのーー!?)

 そう叫びたいのに声が出なくて固まって動けないあたしに向かって彼女はニンマリ笑って言った。

「……エリーズ様、突然で驚かれているとは思いますけれど、私たち貴女にとってもとっても大事な“お話”がありますの」
「……!」
「そのため、少々強引にヒィさんに案内をお願いしましたわ!」

 あたしは内心で眉をひそめる。
 ヒィさんって誰よ?
 まさか、そこの下剤担当のメイドじゃないわよ…………ね?

「エリーズ様!  お時間いただけます?  あ、無くてもいただくんですけどね!」
「……!?」
「と、いうわけで失礼しますわ~」

 憎きホワホワ令嬢は、にっこにこの笑顔で圧をかけながら「お邪魔しまーす」と元気よく言って、今度こそあたしを押しのけて部屋へと入って来た。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

処理中です...