王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
200 / 354

200. それがフルール

しおりを挟む


「───リシャール殿」
「殿下?」

 意気揚々と出発したフルールの後をついて歩いていたら、アンセルム殿下が小声で僕に声をかけて来た。

「どうされましたか?」
「……っ!  どうもこうも……君の奥方は……いったい、な、何者なんだ!」
「……」

(僕も知りたい)

 アンセルム殿下の顔は明らかに困惑している。
 フルール慣れしていないとこうなるのか、と思った。

「前に会った時から、物怖じしない性格の令嬢だとは思っていたが……」
「とっても可愛いでしょう?  鈍感ですが最高に可愛くて強くて行動力抜群な僕の自慢の妻なんです」

 僕が惚気けると殿下は勢いよく首を横に振って言う。

「惚気が聞きたいのではない!  彼女はいったい……人間……人間だよな?  ……だが」
「だが?」
「下剤への耐性、嗅覚、そしてあのメイドとの会話……どれもこれも人間離れしているではないか!」
「……」

(あ、やっぱり殿下もそう思うんだ)

 驚いているのは僕だけではなかった。
 ただ、何を聞かれても“それがフルールなんです”としか言えない。

「それに、イヴェットが……」
「妃殿下が?  どうされました?」

 殿下の視線がイヴェット妃に向けられる。
 その表情は少し戸惑っているように見えた。
 どうしたのかと思いイヴェット妃の方を見ると、彼女はフルールをじっと見つめていた。

「……」

 気のせいだろうか?
 その目がキラキラ輝いているような……
 あの目は───

「イヴェットは前の件からずっと夫人に感謝をしていた」
「はあ……それはありがとうございます」

 壊れかけていた殿下たち二人の縁を無自覚のまま結んだフルールだからかな。
 殿下に片想いしていたイヴェット妃がフルールに感謝するのは納得だ。

「それが今は……あれは……イヴェットのあの目はもう崇拝レベルだ!」
「崇拝?  それは───フルールが聞いたら飛び跳ねて喜びますね」

 嬉しそうに笑う姿が想像出来るぞ。
 こっそり、夜に喜びの舞を披露してくれるかも。

(いや、素面のフルールの喜びの舞は見たいがこの国で大惨事を引き起こすわけにはいかない……)

 壊れた物の損害賠償請求書と共に帰国したら王弟殿下が目を回して倒れてしまう気がする。
 仕方ないが今は我慢するしかない。

「……バルバストルからの帰国後、イヴェットとたくさん話をした」
「殿下?」
「私が長年、冷たいとばかり思っていたイヴェットは想像以上に純粋で……」
「純粋?  ……ああ、ですからフルールに崇拝……」
「そうなのだ」

 殿下は大きく頷く。
 そんなに純粋だったならフルールの影響を受けてもおかしくないな。

「自分も下剤を飲んでお腹を鍛える!  とか、嗅覚も鍛えてみせます!  とか言い出しそうで」
「…………全力で止めてください」
「もちろんだ」

 本当にフルールの影響は計り知れない。

 そんなフルールは、あのメイドをグイグイ引っ張りながら質問攻めにしている。
 フルールに引っ張られていることで、引き摺られた時の恐怖が甦っているのか、メイドは明らかに怯えていた。

「さあ、ヒィさん!  次の角はどちらです?」
「ひぅっ……」
「──右ですね!」

 フルールは難なく即答し、うんうんと頷く。

「では、あちらの突き当たりは?」
「ひぅッ…………」
「───なるほど、あそこは左……と」

 さも当然のように受け止めるフルール。

(待て待て待て!  ────今の答えの違いはどこなんだ!?)

 僕には違いが全く分からなかったんだが?

「うーん……これは案内がないと方向音痴な私には絶対に辿り着けないですわね。ヒィさんがいてくれて良かったですわ」

 フルールはメイドの案内を聞きながら感心している。

「…………リシャール殿」
「はい」
「奥方はそのうち犬や猫とも普通に会話し始めそうな勢いだ」
「いや……さすがに、そこまでは───」

 僕はそう否定しかけたが……

 ……え?  ニャー?  ────旦那様、猫ちゃんが餌よこせと言っていますわ~
 ……え?  ワンッ?  ────旦那様、ワンちゃんがお散歩行きたいと言っていますわ~

(あ、違和感がない……)

「リシャール殿?」
「い、いえ。何でも……ありません」

(……フルール)

 帰国したら真っ先にアンベール殿に会いに行こう。
 チビフルールの香水の話も気になるし……
 これから先もフルールの夫として生きていくための何かいいアドバイスが貰えるかもしれない。
 …………いや、欲しい!

 僕はそう決めた。


❈❈❈❈❈


 ヒィさんの案内の元、歩き続けたら彼女はようやく一つの部屋の前で止まった。

「……ひょ、ひょひょへふ……」
「え?  ここです?」

 どこに向かっているのかと思えば、なるほど……と納得する。
 どうやら、使用人たちに与えられていた部屋の一つのようね。

(真実の愛の盲信者の協力者には王宮の使用人が多いのかも)

 魔性の女が強制帰国された際に真っ先に連れてこられたのは王宮のはず。
 そのまま王宮の人たちを誑し込んだのなら、潜伏場所となっても不思議ではない。
 王宮は人も多いし隠れるには持ってこいよね。

「旦那様、この部屋だそうですわ」
「うん……」

 リシャール様が頷きながらも、何故かじっと私の顔を見ている。

「どうかされました?」
「……あ、いや。本当に辿り着いたんだなって」
「ヒィさんのおかげですわ」
  
 私はそう答えると、ヒィさんに向かって笑顔で言う。

「では、ヒィさん。ノックして扉を開けてもらえます?」
「ひぇっ!?」
「え!」
「フルールさん?」
「ん?」

 ヒィさん、リシャール様、イヴェット様、アンセルム殿下の順番で声を上げて皆が私の顔を見た。

「皆様、どうかしました?」
「あ、いや……彼女に?  フルールがそのままの勢いで突撃するのかと思ったんだけど」

 リシャール様が躊躇いがちにそう訊ねてくる。

「私が?」
「うん……」
「まさか!  そんなことはしませんわ」

 私が笑顔で否定するとリシャール様は不思議そうな顔をした。
 なので、にっこり笑みを深めて説明する。

「旦那様、ノック一つでも人によって違いがありますのよ」
「え?」
「回数はもちろん、叩く場所、叩き方、叩く時の力加減などで聞こえてくる音はどれも違って聞こえますわ」

 そういえば。
 何故なのかしらね……シャンボン伯爵家では何故かお母様が一番荒々しい……いえ、誰よりも勇ましい叩き方だったのよね……
 あれは今でも不思議。

 そんなことを思い出しながら、少し遠い目をして私は続ける。

「潜伏先は王宮の一室。こんな所ではいつ誰が訪ねてくるか分かりませんわ」
「あ、ああ、確かに」
「ですから、部屋へのノックに“仲間だと知らせる合図”などがあってもおかしくありません」

 私がそう言うとヒィさんの肩がビクッと跳ねた。

「ここは、部屋の位置的にも高さ的にも即座に逃げるのは難しい場所のようですし……中にいる人間にとっては誰が訪ねて来たかは明確にしたいはず」
「……でも、フルール。それだと危険だ逃げろ!  とか外から中に警告するための合図もあったりしないかな?  まあ、ノックで警戒音を聞いてからすぐ逃げられるのかは不明だけど」

 リシャール様はチラッとヒィさんを見ながらそう言った。
 私はフフッと笑う。

「そうですわね。確かにそんな合図も用意されているかもしれませんが───」

 リシャール様の警戒は最もね。
 でも……

「ですが万が一、今ここでヒィさんがその合図を出そうものなら……」
「なら?」
「一族諸共消される前には酷い拷問がヒィさんを……」
「~~っっ!!!!!?」

 私がそう言いかけたらヒィさんが声にならない叫びを上げた。
 涙目になって凄い勢いで首をブンブンと横に振っている。

(拷問……拷問はいやぁぁぁ……ですか)

「そうですか、分かりましたわ。こちらも扉を開ける前から警戒されては面倒ですし困りますの。ではヒィさん、お願いしますわね?」
「っっ……う、うぅぅ……」

 私がにっこり笑顔でお願いすると、ヒィさんはがっくり項垂れながら観念したように扉をノックした。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...