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200. それがフルール

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「───リシャール殿」
「殿下?」

 意気揚々と出発したフルールの後をついて歩いていたら、アンセルム殿下が小声で僕に声をかけて来た。

「どうされましたか?」
「……っ!  どうもこうも……君の奥方は……いったい、な、何者なんだ!」
「……」

(僕も知りたい)

 アンセルム殿下の顔は明らかに困惑している。
 フルール慣れしていないとこうなるのか、と思った。

「前に会った時から、物怖じしない性格の令嬢だとは思っていたが……」
「とっても可愛いでしょう?  鈍感ですが最高に可愛くて強くて行動力抜群な僕の自慢の妻なんです」

 僕が惚気けると殿下は勢いよく首を横に振って言う。

「惚気が聞きたいのではない!  彼女はいったい……人間……人間だよな?  ……だが」
「だが?」
「下剤への耐性、嗅覚、そしてあのメイドとの会話……どれもこれも人間離れしているではないか!」
「……」

(あ、やっぱり殿下もそう思うんだ)

 驚いているのは僕だけではなかった。
 ただ、何を聞かれても“それがフルールなんです”としか言えない。

「それに、イヴェットが……」
「妃殿下が?  どうされました?」

 殿下の視線がイヴェット妃に向けられる。
 その表情は少し戸惑っているように見えた。
 どうしたのかと思いイヴェット妃の方を見ると、彼女はフルールをじっと見つめていた。

「……」

 気のせいだろうか?
 その目がキラキラ輝いているような……
 あの目は───

「イヴェットは前の件からずっと夫人に感謝をしていた」
「はあ……それはありがとうございます」

 壊れかけていた殿下たち二人の縁を無自覚のまま結んだフルールだからかな。
 殿下に片想いしていたイヴェット妃がフルールに感謝するのは納得だ。

「それが今は……あれは……イヴェットのあの目はもう崇拝レベルだ!」
「崇拝?  それは───フルールが聞いたら飛び跳ねて喜びますね」

 嬉しそうに笑う姿が想像出来るぞ。
 こっそり、夜に喜びの舞を披露してくれるかも。

(いや、素面のフルールの喜びの舞は見たいがこの国で大惨事を引き起こすわけにはいかない……)

 壊れた物の損害賠償請求書と共に帰国したら王弟殿下が目を回して倒れてしまう気がする。
 仕方ないが今は我慢するしかない。

「……バルバストルからの帰国後、イヴェットとたくさん話をした」
「殿下?」
「私が長年、冷たいとばかり思っていたイヴェットは想像以上に純粋で……」
「純粋?  ……ああ、ですからフルールに崇拝……」
「そうなのだ」

 殿下は大きく頷く。
 そんなに純粋だったならフルールの影響を受けてもおかしくないな。

「自分も下剤を飲んでお腹を鍛える!  とか、嗅覚も鍛えてみせます!  とか言い出しそうで」
「…………全力で止めてください」
「もちろんだ」

 本当にフルールの影響は計り知れない。

 そんなフルールは、あのメイドをグイグイ引っ張りながら質問攻めにしている。
 フルールに引っ張られていることで、引き摺られた時の恐怖が甦っているのか、メイドは明らかに怯えていた。

「さあ、ヒィさん!  次の角はどちらです?」
「ひぅっ……」
「──右ですね!」

 フルールは難なく即答し、うんうんと頷く。

「では、あちらの突き当たりは?」
「ひぅッ…………」
「───なるほど、あそこは左……と」

 さも当然のように受け止めるフルール。

(待て待て待て!  ────今の答えの違いはどこなんだ!?)

 僕には違いが全く分からなかったんだが?

「うーん……これは案内がないと方向音痴な私には絶対に辿り着けないですわね。ヒィさんがいてくれて良かったですわ」

 フルールはメイドの案内を聞きながら感心している。

「…………リシャール殿」
「はい」
「奥方はそのうち犬や猫とも普通に会話し始めそうな勢いだ」
「いや……さすがに、そこまでは───」

 僕はそう否定しかけたが……

 ……え?  ニャー?  ────旦那様、猫ちゃんが餌よこせと言っていますわ~
 ……え?  ワンッ?  ────旦那様、ワンちゃんがお散歩行きたいと言っていますわ~

(あ、違和感がない……)

「リシャール殿?」
「い、いえ。何でも……ありません」

(……フルール)

 帰国したら真っ先にアンベール殿に会いに行こう。
 チビフルールの香水の話も気になるし……
 これから先もフルールの夫として生きていくための何かいいアドバイスが貰えるかもしれない。
 …………いや、欲しい!

 僕はそう決めた。


❈❈❈❈❈


 ヒィさんの案内の元、歩き続けたら彼女はようやく一つの部屋の前で止まった。

「……ひょ、ひょひょへふ……」
「え?  ここです?」

 どこに向かっているのかと思えば、なるほど……と納得する。
 どうやら、使用人たちに与えられていた部屋の一つのようね。

(真実の愛の盲信者の協力者には王宮の使用人が多いのかも)

 魔性の女が強制帰国された際に真っ先に連れてこられたのは王宮のはず。
 そのまま王宮の人たちを誑し込んだのなら、潜伏場所となっても不思議ではない。
 王宮は人も多いし隠れるには持ってこいよね。

「旦那様、この部屋だそうですわ」
「うん……」

 リシャール様が頷きながらも、何故かじっと私の顔を見ている。

「どうかされました?」
「……あ、いや。本当に辿り着いたんだなって」
「ヒィさんのおかげですわ」
  
 私はそう答えると、ヒィさんに向かって笑顔で言う。

「では、ヒィさん。ノックして扉を開けてもらえます?」
「ひぇっ!?」
「え!」
「フルールさん?」
「ん?」

 ヒィさん、リシャール様、イヴェット様、アンセルム殿下の順番で声を上げて皆が私の顔を見た。

「皆様、どうかしました?」
「あ、いや……彼女に?  フルールがそのままの勢いで突撃するのかと思ったんだけど」

 リシャール様が躊躇いがちにそう訊ねてくる。

「私が?」
「うん……」
「まさか!  そんなことはしませんわ」

 私が笑顔で否定するとリシャール様は不思議そうな顔をした。
 なので、にっこり笑みを深めて説明する。

「旦那様、ノック一つでも人によって違いがありますのよ」
「え?」
「回数はもちろん、叩く場所、叩き方、叩く時の力加減などで聞こえてくる音はどれも違って聞こえますわ」

 そういえば。
 何故なのかしらね……シャンボン伯爵家では何故かお母様が一番荒々しい……いえ、誰よりも勇ましい叩き方だったのよね……
 あれは今でも不思議。

 そんなことを思い出しながら、少し遠い目をして私は続ける。

「潜伏先は王宮の一室。こんな所ではいつ誰が訪ねてくるか分かりませんわ」
「あ、ああ、確かに」
「ですから、部屋へのノックに“仲間だと知らせる合図”などがあってもおかしくありません」

 私がそう言うとヒィさんの肩がビクッと跳ねた。

「ここは、部屋の位置的にも高さ的にも即座に逃げるのは難しい場所のようですし……中にいる人間にとっては誰が訪ねて来たかは明確にしたいはず」
「……でも、フルール。それだと危険だ逃げろ!  とか外から中に警告するための合図もあったりしないかな?  まあ、ノックで警戒音を聞いてからすぐ逃げられるのかは不明だけど」

 リシャール様はチラッとヒィさんを見ながらそう言った。
 私はフフッと笑う。

「そうですわね。確かにそんな合図も用意されているかもしれませんが───」

 リシャール様の警戒は最もね。
 でも……

「ですが万が一、今ここでヒィさんがその合図を出そうものなら……」
「なら?」
「一族諸共消される前には酷い拷問がヒィさんを……」
「~~っっ!!!!!?」

 私がそう言いかけたらヒィさんが声にならない叫びを上げた。
 涙目になって凄い勢いで首をブンブンと横に振っている。

(拷問……拷問はいやぁぁぁ……ですか)

「そうですか、分かりましたわ。こちらも扉を開ける前から警戒されては面倒ですし困りますの。ではヒィさん、お願いしますわね?」
「っっ……う、うぅぅ……」

 私がにっこり笑顔でお願いすると、ヒィさんはがっくり項垂れながら観念したように扉をノックした。
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