198 / 354
198. 妄想探偵フルール(リシャール視点)
しおりを挟む❈❈❈❈❈
ふふん、と得意そうに胸を張っている愛する可愛い妻フルールを見ながら僕は思う。
(フルールってなんで、こんなに何もかパワフルなんだろう?)
すでにここまでの話で僕の頭の中は情報が溢れかえっていて大変なことになっている。
特に過去の下剤の話はビックリだ。
あと、絶対にそのやらかした三人の令嬢は義父と義母に消された……よな?
(怖くて聞けない……)
下剤は効かない……か。
こっちは、イヴェット妃からフルールが何か良くないものが入ったお茶を一気飲みしたと聞いただけでも血の気が引いたというのに。
もし、フルールに何かあったら犯人は命乞いをされても絶対に許さないくらい酷い拷問を……なんてドス黒いことまで考えたのに。
殿下がすぐに調べさせて混入されていたのは強力な下剤だと判明したものの、当の本人はケロッとした顔で実行犯を追いかけていると言われて拍子抜けし、どうにか黒い気持ちは消してフルールの戻りを待つことにした。
しかし、なかなか戻って来ないので心配していたら、今度は王宮内をウロウロしながら実行犯を引きずり回しているという目撃情報が多数寄せられて……
しかも、情報を元に探してもなかなか捕まらない。
(てっきり、お酒でも飲んだのかと思ってヒヤヒヤした……)
だが、それは違った。
フルールは素面のまま無自覚に自らの手で実行犯に制裁を……拷問紛いのことを笑顔で行っていた。
(僕の立場って……)
あそこのメイドは今、自分の行った行為を酷く悔いているところだろう。
引きずり回されたのはよほどの恐怖だったに違いない……
恐怖で固まった顔と魘され具合から見てもそう思う。
そんな様子だから、しばらく情報を吐かせるのは無理だろうと思ったが……
フルールは可愛い笑顔を浮かべたまま言う。
「イヴェット様のズタズタにされたドレス、脅迫状、それからそこの下剤混入の実行犯メイドなのですが……」
「……」
僕たちはゴクリと唾を飲み込む。
アンセルム殿下もイヴェット妃も真剣な顔でフルールを見つめている。
いったい、フルールはこれだけで何故、黒幕が誰なのか分かったんだ?
「……そのどれからも共通の“香り”がしましたの」
「香り?」
僕が聞き返すとフルールは大きく頷く。
「イヴェット様のドレスや脅迫状が全てそこのメイドの仕業なら共通の香りがしていても不思議ではないのですが、あちらの実行犯は逃げています」
「そう、ね。確かに姿を消した者とそこのメイドは別人だわ」
イヴェット妃がそう言うならその通りなのだろう。
と、なると───
「これは、残り香ですわ。そして、私はこの香りの主を知っています」
「え?」
なぜ? そう思った僕がフルールの顔をじっと見つめると、フルールはにこっと笑った。
(くっ……可愛い)
「旦那様、覚えています? あの方ですわ」
「あの方?」
「……ええ、あの方……貧弱……げっそり王子と真実の愛を貫くはずだった方───魔性の女、エリーズ嬢ですわ」
「なっ……!」
なんだって? げっそ……あの──ヴァンサン元王太子殿下の?
確かに彼女はこの国出身で、あの件で我が国から追放されてこの国に戻らされているはずだけど……
僕がびっくりして目を丸くしているとフルールは続ける。
「フルール、何で彼女の香りが分かる?」
「あら、お忘れです? 誰が忘れても私はこの香りを忘れてなどいませんわ…………ふふ、ふふふ」
フルールの目が据わっている。
「あの無理やりお兄様に抱きついた時についた残り香───あの時と同じ香りがプンプンしますのよ!」
「え!」
「あの件でお兄様は、勘違いしたげっそり王子に殴られ……旦那様だって国宝のそのお顔に傷がつきましたわ」
メラッ……
(た、大変だ! フルールがメラール化し始めた!)
あの傷は大した傷ではなかったから、とっくに消えている。
アンベール殿だって自分で復讐した。
それでもフルールは許せないらしい。
危険な気配を察知した僕は慌ててフルールを宥めようとする。
「えっと、フ、フルールはあの時の彼女の香りを覚えているの? す、すごいね!?」
「───ええ、覚えていますとも。常に香っていましたからね、あの甘ったるい香り……そして過剰なスキンシップによる移り香……これは間違いありません」
メラメラッ……
(し、しまった! 余計に火がついた!)
またしても、フルールの人間離れしていそうな嗅覚の記憶に驚いて出た発言が更なるフルールの闘志に繋がってしまった。
そうだ……フルールはアンベール殿のことが大好きなんだ……
「フルールさん! え、えっと……でも、同じ香水を使っている人が他にもいる可能性だってあるのではないかしら……?」
フルールがメラメラし始めたので万が一、人間違いが起きたら大惨事だと察したのか、焦った様子のイヴェット妃がフルールに訊ねる。
この方、本当に変わったな、と思う。
すると、フルールはメラメラ闘志の炎を燃やしながら首を横に振る。
「いいえ、ありえませんわ。そもそもこの香りはかなり独特の配合がされていますから、市販品ではなく特注品なのですわ」
「!」
(なんで分かる!?)
フルールが僕の視線から思考を感じ取ったのか、えへっと照れたように笑った。
「香水に関しましては昔、子どもの頃にちょっと……」
「ちょっと?」
「んー……───その話はまた後で、ですわ。とにかく! あの魔性の女、エリーズ嬢にげっそり王子がプレゼントでもしていたのでしょう。おそらく他には無い香りだと思います」
(また後で? ───き、気になるじゃないかっ!)
チビフルール、いったい何をしたんだ!?
くっ! こんな時、こんな時にアンベール殿さえいてくれればスッキリ出来るのに!
僕は一気にアンベール殿が恋しくなった。
「───いや、だが。確かその男爵令嬢はあちらの国でヴァンサン殿下との真実の愛がボロボロになって帰国させられたのだろう? なぜ、“真実の愛”なんかを盲信する集団に?」
アンセルム殿下が首を傾げている。
確かに……
あんな形でヴァンサン殿下との愛が砕けたのだから、真実の愛なんてものは幻想だった! そんなもの存在しなかった! むしろ、真実の愛のせいで酷い目にあったと真実の愛に否定的になるものでは?
そう思ったけれど、メラー……フルールは語る。
「……おそらくですけど、エリーズ嬢は“悲劇のヒロイン”を演じているのですわ」
「え?」
「悲劇の……」
「ヒロイン?」
三人で順番に首を傾げた。
「確かにエリーズ嬢は失意のまま強制帰国となりましたわ。真実の愛を大っぴらにして国を出ていったのにまさかの帰国。本来なら冷たい視線で迎えられるはずでした───が」
「が?」
「そこはやはり涙一つでのし上がった魔性の女……彼女はそれを逆手にとります」
(フルール……ノリノリだな)
こういう妄想を語る時のフルールは特に楽しそうだ。
そして、単なる妄想ではないのがフルールの凄いところ。
「目をうるうるさせて、自分は真実の愛を引き裂かれた“悲劇のヒロイン”なのだと周囲に語ったのですわ!」
そこまで言ったフルールは静かに息を吐く。
「多分、同情されてチヤホヤされていい気分になっているのだと思います。あと……」
「あと?」
「イヴェット様を狙っているのは“王太子妃”だからでしょう」
(あ!)
「つまり、自分がなれると信じていた“王太子妃”という立場を羨んで、イヴェット妃に嫌がらせを行った……ということか?」
「そういうことですわ」
フルールは頷く。
(うーん。やっぱり、フルールは凄いなぁ)
僕では、たとえ香りを感じても絶対に結び付けられる気がしない。
「……それで、フルール。肝心の彼女への接触はどうする? 捕まえなくてはいけないけど?」
「そうですわね。それは───……」
236
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです
ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる