王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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197. 甘く見ないで ②

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 さすがの私だって飲んだものが“毒”だったなら、どうなっていたかは分からない。
 でも、今回飲んだのは───

「この程度の下剤なら、私には効かないのですわ」
「そうみたいだけど……な、んで?」

 リシャール様が不思議そうに聞き返す。
 私はにこっと笑って答えた。

「もともと、効きにくい体質らしいのですけど……一番は身体に慣れているからです」
「慣れ……?」

 更に不思議そうなリシャール様の横でイヴェット様が声を上げる。

「フルールさん、慣れているって……それ、部屋を出ていく時にも言っていたけれどなぜなの?」

 イヴェット様も不思議そうにしている。

「……えっと」

 私は過去を思い出しながら語る。
 そう、あれは───

「時期はベルトラン様との婚約を発表した頃だったと思うのですが……あ、ベルトラン様というのは私が以前婚約していた方のことですわ」

 イヴェット様やアンセルム殿下に一応、軽くベルトラン様のことを説明しておく。

「大勢の前で“真実の愛”を披露したものの、結果としてその愛は粉々に砕けて今は社交界の片隅で踏み潰されながら小さく生きている方なのですけど……」
「踏み潰されて……か。真実の愛……やはり、ろくな結末を迎えていないのだな」

 アンセルム殿下が大きくため息を吐いた。

「それで、私がそんな彼と婚約した後、パーティーに参加するとこれまで交流のなかった令嬢たちが、不思議とたくさん話しかけてくれるようになりましたの」

(ん?)

 私がそこまで口にすると、なぜか皆の表情が曇って顔を見合わせている。
 ここはアニエス様以外のお友達が増えそうで良かったね、と喜ぶところなのに……

「そして皆様、いつもとても優しくて……それで、パーティーでよく食べてよく飲む私のために世話を焼いてくれるようになりましたの」
「世話って……」
「特にその中でも三人ほど熱心な方々がいまして」
「熱心……?」

 少々、顔を引き攣らせたリシャール様が聞き返す。
 私はにっこり笑って答えた。

「いつも私のためにたくさん料理を取ってきてくれて、飲み物も貰ってきてくれたのですわ」
「フ、フルール!  そ、それで君は……」

 うわぁぁぁ、と天を仰いだリシャール様がガシッと私の両肩を掴む。
 どうしたのかしら?  
 すごく真剣な表情で見つめてくるのでドキドキしてしまうわ。

「もちろん!  どれも有難く美味しく頂きましたわ」 
「……!」
「───ですが、お料理はともかく……飲み物は変わった味のものが多くて」
「フルール……それって……」

 私は神妙な顔で頷く。

「ええ……あとで分かったことなのですけど、その変わった味のあれらはすべて下剤入りでしたの」
「!」

 私の言葉にリシャール様だけでなく全員が息を呑んだ。
 リシャール様が私に訊ねる。

「どうしてそのことが判明したんだ?」
「───とあるパーティーの時、たまたまですがお兄様と私の飲み物を交換したのです。そしてお兄様はその飲み物を一口飲むなり……」
「ま、まさか……」
「ええ、青白い顔になってお腹をおさえて…………勢いよく走っていきましたわ」

 その場がしんっと、静まり返る。
 この空気……きっと皆様、お兄様に同情しているのね?
 分かるわ。
 だってあの時のお兄様は見たことないほど苦しそうな顔をしていたもの……

「げっそりして戻って来たお兄様は言いました。この飲み物はどうしたのかと。それで彼女たちから話を聞くことになりましたわ」
「……理由は?  その令嬢たちは理由をなんて言っていたんだ?」

 リシャール様の質問に私は満面の笑みを浮かべる。

「それが……いつもよく食べてよく飲む私のお腹を心配してくれていたそうですの」
「え……?」
「ですが、いつも全然効いている様子を感じられないから、だんだん強力なものに変えていったと話されていましたわ」
「……」
「ですが、お医者様によるとどうやら私はもともと効きにくい体質で、彼女たちのおかげでさらに耐性が付いたそうです」

 しーん……
 なぜか、また場が静まり返る。
 そんな中、リシャール様がおそるおそる口を開いた。

「そ、そうか。でさ、フ、フルール。ちなみにその令嬢たちのその後は?」
「え?」
「今も社交界にいるのかな?」

 私は首を横に振る。

「この話はさすがに私の身体のことを思ってくれていたにしても……万が一ということもありますし、何より勝手にやったことは良くないとして問題視されましたわ」
「だろうね……」 

 リシャール様もイヴェット様たちも、当然だと頷く。

「ですから、その後は両家の親同士で話し合いが行われていました」
「まあ、そうなるか」
「はい。それで……」

 そこまで口にしてふと思った。
 あの時の令嬢たちって、と……

「そ、それで?」
「あ……お父様とお母様がその令嬢たちの各家に話し合いに行ってから姿を見ていませんわ」
「…………見て、いない?」
「ええ。話し合いは円満に終えたそうなのですけども」
「……」
「その後、一人ずつ順番に姿を見なくなりました。突然、結婚したとか、婚約が決まったとか、一家ごと他国に身を移すことにしたとか……理由は様々でしたけど……」

 特にこの件は、お父様よりお母様の方がお怒りだったことを覚えている。
 私が首を捻りながらそう話すと、リシャール様が顔を引き攣らせた。
 イヴェット様とアンセルム殿下も顔を見合わせる。

「旦那様?」
「い、いや……なんでもない。とりあえずフルールが元気な理由が分かって良かった……よ、うん」
「ご心配おかけしましたわ────ですが、私の過去の話とは違ってあそこのメイドがしたことは許されることではありません」

 そう言って私は今もベッドで魘されているメイドに目を向ける。

「緩やかタイプではなく、いきなりあんな強力タイプを飲ませようとするのは、王太子妃への気遣いでも何でもありませんわ!」
「いや、フルール……緩やかタイプだろうと、もともと下剤を飲ませる行為に気遣いとか一切ないから……」
「旦那様!  これも───間違いなく“嫌がらせ”というやつです!」

 私の言葉にリシャール様も頷きながら小さく呟く。

「他人のことならちゃんとそう判断出来るんだーー……」
「旦那様?  なにか?」
「うん、いや…………それよりさ」

 だけど、リシャール様はすぐに困った表情を浮かべた。

「……そこのメイドから話を聞きたい所なんだけど、あの様子だから難しい」
「───この件の黒幕が誰なのか吐かせたいのだがな」

 アンセルム殿下も悔しそうにそう言った。
 どうやら、私が王宮内をウロウロし過ぎて引き摺りすぎてしまったから、吐かせる状況ではないらしい。
 でも……

「んー……おそらく、ですけど黒幕が誰かなら分かりますよ?」

 私がそう口にすると三人がギョッとする。

「どこにいるかまではさすがに分からないですけど……」
「なんで?  フルール……もしかして、引き摺りながらそこのメイドに吐かせたの?」
「……え?  旦那さ、ま?  い、え……そ、うではなく──……」

 リシャール様が興奮してガクガク揺らすので上手く喋れない。

「あ、す、すまない!」
「いえ、大丈夫ですわ」

 リシャール様はハッとして慌てて肩から手を離す。

「えっと、フルール。それなら、本当になんで?」
「……」

 私は、ニンマリ笑ってふふんと胸を張った。

「旦那様、この私を甘く見ないでくださいませ!」

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