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195. 不思議です
しおりを挟む(えーー! なんですの? その集団!)
「真実の愛こそ素晴らしい……ですか?」
思わず私が聞き返すとイヴェット様は深く頷く。
そして引き裂かれたドレスの中から何かを手に取った。
そこから出て来たのは……
「手紙……?」
殿下が目を瞬かせる。
「脅迫状です。破れたドレスの中に忍ばせてありました」
「なっ! 脅迫状!?」
慌てた殿下がイヴェット様の手からその紙をひったくるように奪う。
そして中に目を通した。
「───真実の愛で結ばれたわけではない者たちの結婚式なんて即刻中止しろ?」
「政略結婚反対! だそうです」
イヴェット様がやれやれと肩を竦める。
「この方たち、わざわざ王宮に人を忍び込ませてドレスを切り刻んで脅迫状を置いて……かなり無駄な労力を使っていますね」
「いや、イヴェット! だから、君はなんでそんなに冷静……」
「え? ですが脅迫状なんて昔から山のように届いておりましたから、その今更……といいますか……あまり驚く要素がなく……」
「は!?」
淡々としたイヴェット様の言葉に殿下は目を剥いた。
「聞いてない! 私はそんな話は一切聞いていなかったぞ!? いつからだ!」
「……アンセルム様と婚約した頃からでしょうか?」
「な……」
確か、二人の婚約が結ばれたのは公爵家の後ろ盾が必要で───という話だったものね?
家柄を理由に選ばれたイヴェット様が許せなくて嫌がらせをしていた人が多くいた、ということかしら。
私はリシャール様に声をかける。
「公爵令嬢相手によくやりますわね? おそろしくないのでしょうか?」
「うん、でも僕も王女殿下の婚約者だった頃、周囲から嫌味はたくさん言われたな」
「嫌味?」
リシャール様が遠い目をする。
「だから、父親だったあの人は婚約に固執して躍起になっていたわけだけど……」
「旦那様……」
私がお父様の書斎で書類を散り散りにして呑気に遊んでいた頃、そんな目に……
胸がキュッとなった私は、少し背伸びをしてリシャール様の頭を撫でる。
「フルール?」
「チ、チビリシャール様に、とっても頑張りましたね、のヨシヨシですわ!」
「……フルール」
リシャール様は国宝級の笑顔で嬉しそうに微笑み返してくれた。
私も微笑み返しながらふと思う。
(そういえば……)
私はこんな国宝級のかっこいいリシャール様と結婚したのに、どうして誰からも嫌味も脅迫の一つも受けないのかしら?
記憶を辿ってもそういった攻撃を受けた覚えが全くない。
聞こえるのは祝福の声ばかり。
(不思議ですわね……? でも)
たとえ、何を言われても最後は返り討ちにしますけど!
と、拳を握りしめて密かに気合を込めた。
「これでは困ったな───結婚式は……」
「中止になんてしません!!」
イヴェット様が力強い声でそう押し切る。
殿下はその迫力に驚きの目を向けた。
「え?」
「絶対に中止なんて嫌です! だって、わ、わ、わ、わわたくし……ずずずっとこの日を……」
「……イヴェット?」
そこまでは威勢の良かったはずのイヴェット様が突然、顔を赤くして吃り始めた。
「たたたたたた楽しみに、ゆ、ゆゆ夢みて……」
「っ! イ、イヴェット……! 楽しみ? 夢?」
「ははははい……」
二人が見つめ合って真っ赤になっている。
私は思った。
(もう! 二人はこんなに仲良しなのに! 脅迫犯たちはどこに目をつけているの!!)
─────
慌ただしくなってしまった挨拶を終えて、私たちは結婚式まで滞在する部屋へと案内された。
「ほんの少し何かが違えば、我が国もあんな感じになっていたのかな」
「え?」
部屋に入るなり、ソファに腰かけた旦那様がため息と共にそう言った。
「シルヴェーヌ王女とベルトランが宣言通り真実の愛で結ばれ、後に帰国したヴァンサン王子もあの連れ帰って来た令嬢と結ばれていたら……」
「…………我が国でも真実の愛ブームが起きていてもおかしくなかったですわね」
リシャール様も私もオリアンヌお姉様も……
真実の愛で結ばれたカップルの邪魔者として見られていたとしても不思議ではない。
でも、結果は知っての通り。
「どうしてこんなに違う結果になってしまったのかしら?」
「……」
私がそう言うとリシャール様がじっと私を見る。
「旦那様?」
「───やっぱり、そこにフルールがいたかいないか……じゃない?」
(……?)
「私? 私はベルトラン様からそれ相応の慰謝料を貰おうとしただけですわ?」
言われている意味がよく分からず、そう返すとリシャール様が優しく笑った。
「うん……そうなんだけどね」
「?」
「それが周りに回って……いや、なんでもない」
私が首を傾げていると、リシャール様はそのまま私の肩に腕を回して抱き寄せた。
リシャール様の温もりにうっとりして身を預けていると耳元でため息と呟く声が聞こえる。
「あの二人──無事に結婚式が行われるといいけど」
「それは大丈夫ですわ!」
私はガバッと顔を上げる。
「フルール? なんでそんな自信たっぷりに言えるの?」
「野生の勘ですわ!」
えっへんと私は大きく胸を張る。
「……ですけど、真実の愛を盲信している方々を野放しにしておくのは危険ですわ」
「うん」
「脅迫状やドレスの件は許せません」
「アンセルム殿下は、使用人も厳しくチェックして警備や護衛も増やすとは言っていたけどね」
結婚式の参列の為にやって来ただけの他国の私たちに出来ることは多くない。
そして結婚式は中止にはしない。
「ですが、これ以上は何も起こらないといいですけど───……」
─────
翌日、私はイヴェット様と二人でお茶をしていた。
「イヴェット様、今日は何事もなく大丈夫ですか?」
「ええ、今のところは何も」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
「逃亡した使用人の足取りは掴めましたの?」
「いいえ、アンセルム様も人を使って捜索してくださってますけれど……見つからないそうです」
「仲間がいそうですから、確実にどこかに匿われていますわね」
「そうなのです。だから厄介で……」
イヴェット様もため息を吐いた。
「たとえ、政略結婚でも努力や気持ち次第では幸せになれることもあるのに……」
「イヴェット様」
その言葉を聞いて、この方は帰国してからも幸せを掴み取る為に頑張ったことが窺えた。
「……帰国してからお父様とお母様に言ってやりましたのよ」
「え?」
言ってやった?
イヴェット様はクスッと笑う。
「はっきり宣言しておきましたわ。わたくしはあなたたちの道具ではない。きっかけはなんであれ、わたくしは自分の意思でアンセルム様の元に嫁ぎます、と」
「まあ!」
「ですから、わたくしの気持ちとしてはこれも真実の愛のようなつもりなのですけど」
私もうんうんと頷く。
改めて思うわ。
ベルトラン様と王女様ったらあの日、本当に余計なことを口にしてくれたわね……
そんなことを思いながら、メイドに淹れてもらったお茶のおかわりを一気にグビッと飲み干した。
(……ん?)
何だかさっきと違う味がする……ような?
(───これは!)
「イヴェット様! そのお茶を飲んでは駄目ですわ!」
「え?」
「アンセルム殿下に連絡して、そのお茶の成分を調べてもらってください!」
「!」
私の声に驚いたイヴェット様がお茶を飲もうとしていた手を止める。
そのまま私は急いで立ち上がると、たった今、お茶のおかわりを持って来て退出したばかりのメイドの後を追いかけようと部屋を出た。
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