194 / 354
194. 事件
しおりを挟む「騒がしくしてしまって申し訳ございません」
「……イヴェット! なんで君はそんなに冷静なんだ!」
「アンセルム様? 落ち着いてくださいませ」
アンセルム殿下が慌てて部屋を飛び出したので私たちも慌てて追いかけた。
イヴェット様の部屋の前に到着し中に入る。
怪我などしている様子はない。
けれど……
「これが落ち着いてなどいられるか! 君のドレスがズタズタなんだぞ!?」
「ええ、まあ……そうなんですけども」
「イヴェット!?」
イヴェット様の手にはズタズタに切り裂かれたドレスが数着。
見るも無残な状態となったそれを見て殿下は大きく慌てていた。
(……? イヴェット様が随分と冷静だわ)
私は不思議に思う。
これは明らかに異常事態なのに───……
さすがに殿下みたいに慌ててもおかしくないと思うのだけど。
(まさか……)
私はハッとする。
そっと隣に並ぶリシャール様の服の裾を掴んで引っ張った。
「フルール? どうした?」
険しい表情で部屋の様子を見ていたリシャール様が私の顔を覗き込む。
「……もしかしてあのドレス、イヴェット様がご乱心あそばせて自分で引き裂……」
「フルール!? フルールも落ち着いてくれ」
リシャール様が私の両肩をガシッと掴んだ。
「たとえ、あれが彼女のご乱心だったとしても、だ! あんな手で引き裂きにくいものは選ばないと思うよ?」
「え?」
「あんなわざわざ刃物を用意して切り裂くくらいなら、もっと簡単な物に当たるから!」
そう言われて、それもそうね……と思い直す。
「確かに……そういえば私も子どもの頃、よく紙を手で破ってちぎっていましたわ」
「うん?」
「興奮すると不要な紙を与えられて、破ったりちぎったりして発散していましたの」
「それはまた───掃除が大変そうだね」
「ええ……メイドはいつも嘆いておりましたわ」
確かに。
あれをわざわざ刃物で切っていたなら、あまり発散にはならなかったわね、きっと。
「ちなみに、その楽しさに目覚めた私はそのままお父様の書斎に忍び込んで……」
「…………え」
リシャール様の顔が青ざめていく。
「紙がたくさん! と目を輝かせて散り散りにしましたところ……」
「……」
「人の気配に振り返ったら涙目になったお父様と見たことがないくらいに怒った顔のお母様がいましたわ」
「フルール……そ、それは……」
ヒクヒクとリシャール様の顔が引き攣っている。
懐かしいわ。
特にあの時のお母様……とってもとっても怖かった。
確か、散々怒られたこの後、怒りの舞よりも格上の“憤怒の舞”を初めて見た覚えがあるわ。
「罰として一週間のおかわりとおやつの禁止命令と、散り散りにした紙の破片を集めて繋げて貼り付ける作業を言い渡されましたわ」
「そ……それは……なんてキツい」
リシャール様が目を大きく見開いて息を呑む。
私もうんうんと頷く。
「ええ、とてもとても辛い罰でしょう? おかわりとおやつの禁止はとてもとてもとても堪えましたわ……」
「そっち!? フルールの辛かったのはそっち?」
なぜかリシャール様が目を丸くして驚いている。
私は首を傾げた。
「当然ですわ? 死活問題ですもの」
「いや……普通はさ、散り散りになった紙の破片を集めて繋げる方が……辛いと思う、んだけど?」
困惑した表情でリシャール様はそう言う。
「確かにあれは、なかなか根気のいる作業でしたわね。ですが、おかげでパズルが大得意になりましたのよ」
「いや、パズルって……うん……あ!」
「どうしました?」
何かを思い出したように口元を押えるリシャール様。
不思議に思っているとじっと私の目を見つめて来た。
「前に……僕が父親だったあの人──前公爵と対峙した時……」
「した時?」
「報告書の複製を奪われてビリビリに破かれた時だよ」
「ああ、あのお兄様が書いていた……?」
リシャール様がうん、と頷く。
「あの時のフルール、破かれた破片をいくつか拾っただけでアンベール殿が書いた字だって即座に断言していたけど」
「ええ! だって私、お兄様の字が大好きですもの」
「もちろん、それは知っているよ」
それを聞いたリシャール様は小さく笑う。
そして優しく私の頭を撫でた。
「それもあるんだろうけど、あんな破片だけでそれをすぐに理解出来たのはその散り散りパズルの経験があったからなのかなって今、思ったんだ」
なるほど、と私は目を瞬かせた。
私はニコッと笑う。
「つまり、あの時の“おとーさま書斎の書類散り散り事件”は無駄ではなかった、ということですわね?」
「事件に名前ついてた! ところでフルールっていくつ事件を持っているの?」
「数えたことが無いので分かりませんわ!」
「……」
リシャール様もニコッと笑い返してくれた。
そんな昔話でついほのぼのしてしまったけれど、イヴェット様の引き裂かれたドレスは、ほのぼのしている場合ではないと思い直す。
(いったい、誰がこんなことを……)
もしも必要なら、この場で名探偵フルールが登場……
「───アンセルム様、わたくしが落ち着いているのはすでに犯人が分かっているからです」
「え?」
そう思ったけれど、どうやら名探偵フルールは必要なかったらしい。
イヴェット様は部屋の中を見回すと静かに息を吐いた。
「この騒ぎでわたくし付きの使用人がみんな集まっていますけど、朝には居たはずなのに今は姿を見せていない者がおります」
「なんだって!? 誰だ!」
アンセルム殿下が集まった使用人たちに目を向ける。
「おそらく今頃、逃亡しているところでしょう……もっと使用人を雇い入れる場合は審査を厳しくしなくては……今回は甘かったみたいですね」
「くっ……」
イヴェット様が目を伏せながらそう言った。
アンセルム殿下が、悔しそうに唇を噛んだ。
「だが、イヴェット。君のその落ち着きぶり……これは初めてのことではないな?」
「え?」
「犯人が分かったにしても落ち着きすぎだ! 実はずっと嫌がらせを受け───」
目が据わって興奮し始めた殿下をイヴェット様が慌てて止める。
「落ち着いてくださいませアンセルム様! いえ……王宮でのドレスの切り裂きは初めてですけれど……別にわたくしのドレス自体が切り刻まれるのは初めてではありませんし……」
「は? イヴェット? 君は何を言っている?」
「実家───公爵家ではよくあることでしたから」
「……え」
今度は目を丸くする殿下に、落ち着いた様子のイヴェット様は淡々と言う。
「ですが、今のわたくしはもう王太子妃……さすがに無かったことには出来ません」
「イヴェット!?」
二人の会話を聞きながら思う。
ドレスがよく切り刻まれる家ってどんな家?
以前のイヴェット様は、大親友のアニエス様をも超えるほどの恥ずかしがり屋を発揮していた。
そのせいで敵が多かったのかも。
(言動も危なっかしいものばかりだったものね……)
それを思うと今のイヴェット様は別人のように落ち着いている。
「いくら、わたくしのことが気に入らないにしても、さすがにこれはやりすぎですわね」
「イヴェット?」
「せっかく、フルールさんたちが式のために来てくれたと言うのに……」
「待ってくれ……イヴェット。君はこの事件、何か心当たりがあるのか?」
アンセルム殿下に問われたイヴェット様はあっさり答えた。
「アンセルム様。これは───婚約破棄ブームを巻き起こした政略結婚からの愛なんて認めない、真実の愛こそ素晴らしい! を盲信する集団の仕業です」
215
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています
ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです
ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる