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193. お腹いっぱい
しおりを挟むそうして私たちは、隣国へと出発した。
隣国までの間、いくつかの街で休みながら向かうことになったので───
「旦那様! 見てください、あちらのお店も美味しそうですわ!!」
「え……」
「あ、いえ、やはりこちらのお店の方がいい匂いがしますわね?」
私は立ち寄った街で美味しそうなお店を見つける度に、目を輝かせて飛び出してはリシャール様を引きずっ……連れ歩き、食い倒れに勤しんでいた。
「───旦那様、旦那様、あれも美味しいはずだと私の野生の勘が……」
「~~フルール! ちょっ、ちょっと落ち着こう!」
「はい? どうしました旦那様?」
あれもこれもと目を輝かせていた私をリシャール様が止める。
「いいか? フルール」
「はい」
「君の持つ、その野生の勘──それは、かなり素晴らしいものだと僕は常々思っている」
「まあ! ありがとうございます!」
野生の勘が褒められて嬉しかった私は満面の笑みでお礼を告げる。
すると、どこにいても何をしていても美しい国宝リシャール様が、くっ……と顔を歪めた。
「旦那様?」
「うん……だから、フルールが集めたそれらはとっっっっても美味しいのだろう!」
「ええ! ご安心くださいませ! どれも私……フルール保証付きですわよ!」
私が胸を張るとリシャール様は苦笑した。
「ならさ。まずは、僕たちの両手で持てる範囲までにしないか?」
「両手に?」
「うん……すまない。僕の手にはもうこれ以上は持てないんだ!」
「え!」
そう言われて私は自分とリシャール様の手を交互に見る。
私たちの手には、先程から買い漁ったばかりの食べ物、食べ物、食べ物、食べ物、食べ物、食べ物……
「───見事に食べ物しか持っていませんわ!!」
「そうなんだよ、だから───」
「分かりましたわ、旦那様! それでは一旦、これらは私たちのお腹の中に収めるとしましょう!」
「ん? え? これで終わりじゃなくて?」
私の言葉にリシャール様が首を傾げる。
「まさか! まだまだ足りないですわ」
「足りない……」
「ええ! では、まずこれらを美味しく頂いて残りの店もどんどん回りますわよ!」
「フ、フルール……」
私がにっこり笑ってそう告げたのだけど、リシャール様の顔がなぜか困惑している。
(……大変!)
あまりにもたくさん買い込んでしまったから、リシャール様が何から食べたらいいのか……と困惑してしまっているのね?
やはり、ここは私のおすすめから食べてもらうべきだわ。
そう思った私は、一番のおすすめを手に取った。
「では旦那様、口を開けてくださいませ」
「え? く、くち? 何で?」
「そう。口ですわ、はい、あーん……」
「あ……あーん?」
戸惑いながらリシャール様が言われた通りに口を開ける。
私は今よ! と思いリシャール様の口の中におすすめ品を突っ込む。
「──!?」
「どうです? 美味しいですか? それはこの中での一番のおすすめですわ」
私は満面の笑みで訊ねる。
「……っっ」
すると、無言でモグモグ食しているリシャール様の顔がどんどん赤くなっていく。
あら? と思った。
「もしかして辛かったです?」
「……」
無言で首を横に振る旦那様。
良かった。
激辛をいきなり口に突っ込むのは、さすがにひどい妻……悪妻フルールになってしまう。
「あ、では、もしかして熱かったです? ごめんなさい」
「……」
これも違うらしい。
でも嫌そうな様子ではないし……それなら、どんどん食べてもらっても大丈夫よね?
そう思った私は、あれもこれもと手に取ってリシャール様には、都度あーんと口を開いてもらい、どんどん詰め込んでいく。
もちろん、自分でも食べることは忘れない。
さすが私の勘で選んだ食べ物! どれも美味しい!
「はい、旦那様! こちらもとても美味しかったですわ。なので次はこちらをどうぞ、あーんですわ」
「あ……のさ、フルール、お腹……」
「お腹?」
「そ、そうなんだ、僕のお腹が……」
リシャール様がじっと私を見つめている。
その美しい顔にドキドキしながらも、私はリシャール様のその必死の思いを受け取った。
(これは……!)
「───分かりましたわ! まだまだ足りない! もっと欲しい! ということですわね?」
「……えっ?」
「よかったです……さっきも言いましたが、やはり私もまだまだ足りなくて」
「……足り……ない?」
リシャール様の目線が食べ終えたゴミの山に向けられる。
「そう……か。うん、そうだよな。だって、フルールなんだから……知ってた」
リシャール様は頭を抱えて何やら一人でブツブツと呟いている。
「さあさあ、旦那様。次はあちらの店ですわ!」
「う、うん……」
こうして、美味しいものをたくさん食べて、もちろんしっかり身体も動かし、夜はたっぷり寝て私らしく元気いっぱいに過ごしながら隣国へと向かった。
────後に、リシャール様は語る。
天国(可愛い妻)と地獄(大食い)の両方が味わえる、ドキドキの旅程だった…………と。
────
そうして、お腹も心も満たされて大満足な私たちは無事に隣国に到着。
王宮にて久しぶりにアンセルム殿下に再会した。
「───ようこそ。このたびはこちらの願いを聞きいれてくれてあり…………ん?」
笑顔で私たちを出迎えてくれた殿下。
だけど、リシャール様の顔を見るなり怪訝そうな表情になる。
「リシャール殿? どうした? 長旅で疲れてしまったのか? 心なしかげっそりしているような……」
「……い、いえ、そんなことはありません! 大丈夫です」
リシャール様が慌てて首を振る。
「あ、もしかして空腹か? それならば、今すぐ軽食でも用意させて───」
「い! いえいえ、お腹はたっぷり……むしろ、この上ないほど満たされていますので、お気づかいは無用です!」
リシャール様はもっと激しく首を横に振った。
「そうか? ならいいが……そしてシャンボン伯爵令嬢……いや、モンタニエ公爵夫人になったのだったな、は変わらず元気そうだ」
「はい、おかげさまで! アンセルム殿下、ご結婚おめでとうございます!」
私がお祝いの言葉を述べると、アンセルム殿下は照れくさそうに頷いた。
「ああ、ありがとう」
(よかったわ、幸せそう!)
その笑顔を見て安心する。
てっきり、婚約破棄するものだとばかり思っていた二人だったのに……
本当にびっくりよ。
「君と約束した、イヴェットを幸せにする……必ず生涯かけて実行しようと思っている」
「はい!」
あの時は違う意味で二人の幸せを願っての言葉だったけれど……
「イヴェットももうすぐ来る。とても君に会いたがっていた」
「私もお会いしたかったので嬉しいです」
イヴェット様の花嫁姿が楽しみだわ。
「……ところで殿下、こちらの国の真実の愛と婚約破棄ブームはどうなったのですか?」
「あ、ああ、それは……」
リシャール様が現状を訊ねて殿下が答えようとしたその時。
「────失礼します、アンセルム殿下!」
「なんだ! 国賓の来客中だぞ!」
「存じております。が、も、申し訳ございません……ですが……」
慌てて部屋に飛び込んで来たのは殿下の側近。
「何か緊急事態か?」
「…………そ、それが……イヴェット妃殿下が……」
側近が言いにくそうに口を開く。
イヴェット様の名前が出たのでアンセルム殿下も顔色を変えた。
「イヴェットがどうした!? 何かあったのか!」
「そ、それが────……」
(イヴェット様……なにがあったのかしら?)
私とリシャール様も顔を見合せる。
幸せムードのはずだったのに、一気に不穏な気配を感じた。
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