上 下
193 / 354

193. お腹いっぱい

しおりを挟む


 そうして私たちは、隣国へと出発した。
 隣国までの間、いくつかの街で休みながら向かうことになったので───



「旦那様!  見てください、あちらのお店も美味しそうですわ!!」
「え……」
「あ、いえ、やはりこちらのお店の方がいい匂いがしますわね?」

 私は立ち寄った街で美味しそうなお店を見つける度に、目を輝かせて飛び出してはリシャール様を引きずっ……連れ歩き、食い倒れに勤しんでいた。

「───旦那様、旦那様、あれも美味しいはずだと私の野生の勘が……」
「~~フルール!  ちょっ、ちょっと落ち着こう!」
「はい?  どうしました旦那様?」

 あれもこれもと目を輝かせていた私をリシャール様が止める。

「いいか?  フルール」
「はい」
「君の持つ、その野生の勘──それは、かなり素晴らしいものだと僕は常々思っている」
「まあ!  ありがとうございます!」

 野生の勘が褒められて嬉しかった私は満面の笑みでお礼を告げる。
 すると、どこにいても何をしていても美しい国宝リシャール様が、くっ……と顔を歪めた。

「旦那様?」
「うん……だから、フルールが集めたそれらはとっっっっても美味しいのだろう!」
「ええ!  ご安心くださいませ!  どれも私……フルール保証付きですわよ!」

 私が胸を張るとリシャール様は苦笑した。

「ならさ。まずは、僕たちの両手で持てる範囲までにしないか?」
「両手に?」
「うん……すまない。僕の手にはもうこれ以上は持てないんだ!」
「え!」

 そう言われて私は自分とリシャール様の手を交互に見る。
 私たちの手には、先程から買い漁ったばかりの食べ物、食べ物、食べ物、食べ物、食べ物、食べ物……

「───見事に食べ物しか持っていませんわ!!」
「そうなんだよ、だから───」
「分かりましたわ、旦那様!  それでは一旦、これらは私たちのお腹の中に収めるとしましょう!」
「ん?  え?  これで終わりじゃなくて?」

 私の言葉にリシャール様が首を傾げる。

「まさか!  まだまだ足りないですわ」 
「足りない……」
「ええ!  では、まずこれらを美味しく頂いて残りの店もどんどん回りますわよ!」
「フ、フルール……」

 私がにっこり笑ってそう告げたのだけど、リシャール様の顔がなぜか困惑している。

(……大変!)

 あまりにもたくさん買い込んでしまったから、リシャール様が何から食べたらいいのか……と困惑してしまっているのね?
 やはり、ここは私のおすすめから食べてもらうべきだわ。

 そう思った私は、一番のおすすめを手に取った。

「では旦那様、口を開けてくださいませ」
「え?  く、くち?  何で?」
「そう。口ですわ、はい、あーん……」
「あ……あーん?」

 戸惑いながらリシャール様が言われた通りに口を開ける。
 私は今よ!  と思いリシャール様の口の中におすすめ品を突っ込む。

「──!?」
「どうです?  美味しいですか?  それはこの中での一番のおすすめですわ」

 私は満面の笑みで訊ねる。

「……っっ」

 すると、無言でモグモグ食しているリシャール様の顔がどんどん赤くなっていく。
 あら?  と思った。

「もしかして辛かったです?」
「……」

 無言で首を横に振る旦那様。
 良かった。
 激辛をいきなり口に突っ込むのは、さすがにひどい妻……悪妻フルールになってしまう。

「あ、では、もしかして熱かったです?  ごめんなさい」
「……」

 これも違うらしい。

 でも嫌そうな様子ではないし……それなら、どんどん食べてもらっても大丈夫よね?
 そう思った私は、あれもこれもと手に取ってリシャール様には、都度あーんと口を開いてもらい、どんどん詰め込んでいく。
 もちろん、自分でも食べることは忘れない。
 さすが私の勘で選んだ食べ物!  どれも美味しい!

「はい、旦那様!  こちらもとても美味しかったですわ。なので次はこちらをどうぞ、あーんですわ」
「あ……のさ、フルール、お腹……」
「お腹?」
「そ、そうなんだ、僕のお腹が……」

 リシャール様がじっと私を見つめている。
 その美しい顔にドキドキしながらも、私はリシャール様のその必死の思いを受け取った。

(これは……!)

「───分かりましたわ!  まだまだ足りない!  もっと欲しい!  ということですわね?」
「……えっ?」
「よかったです……さっきも言いましたが、やはり私もまだまだ足りなくて」
「……足り……ない?」

 リシャール様の目線が食べ終えたゴミの山に向けられる。

「そう……か。うん、そうだよな。だって、フルールなんだから……知ってた」

 リシャール様は頭を抱えて何やら一人でブツブツと呟いている。

「さあさあ、旦那様。次はあちらの店ですわ!」
「う、うん……」

 こうして、美味しいものをたくさん食べて、もちろんしっかり身体も動かし、夜はたっぷり寝て私らしく元気いっぱいに過ごしながら隣国へと向かった。


 ────後に、リシャール様は語る。
 天国(可愛い妻)と地獄(大食い)の両方が味わえる、ドキドキの旅程だった…………と。



────



 そうして、お腹も心も満たされて大満足な私たちは無事に隣国に到着。
 王宮にて久しぶりにアンセルム殿下に再会した。


「───ようこそ。このたびはこちらの願いを聞きいれてくれてあり…………ん?」

 笑顔で私たちを出迎えてくれた殿下。
 だけど、リシャール様の顔を見るなり怪訝そうな表情になる。

「リシャール殿?  どうした?  長旅で疲れてしまったのか?  心なしかげっそりしているような……」
「……い、いえ、そんなことはありません!  大丈夫です」

 リシャール様が慌てて首を振る。

「あ、もしかして空腹か?  それならば、今すぐ軽食でも用意させて───」
「い!  いえいえ、お腹はたっぷり……むしろ、この上ないほど満たされていますので、お気づかいは無用です!」

 リシャール様はもっと激しく首を横に振った。

「そうか?  ならいいが……そしてシャンボン伯爵令嬢……いや、モンタニエ公爵夫人になったのだったな、は変わらず元気そうだ」
「はい、おかげさまで!  アンセルム殿下、ご結婚おめでとうございます!」

 私がお祝いの言葉を述べると、アンセルム殿下は照れくさそうに頷いた。

「ああ、ありがとう」

(よかったわ、幸せそう!)

 その笑顔を見て安心する。
 てっきり、婚約破棄するものだとばかり思っていた二人だったのに……
 本当にびっくりよ。

「君と約束した、イヴェットを幸せにする……必ず生涯かけて実行しようと思っている」
「はい!」

 あの時は違う意味で二人の幸せを願っての言葉だったけれど……

「イヴェットももうすぐ来る。とても君に会いたがっていた」
「私もお会いしたかったので嬉しいです」

 イヴェット様の花嫁姿が楽しみだわ。

「……ところで殿下、こちらの国の真実の愛と婚約破棄ブームはどうなったのですか?」
「あ、ああ、それは……」

 リシャール様が現状を訊ねて殿下が答えようとしたその時。

「────失礼します、アンセルム殿下!」
「なんだ!  国賓の来客中だぞ!」
「存じております。が、も、申し訳ございません……ですが……」

 慌てて部屋に飛び込んで来たのは殿下の側近。

「何か緊急事態か?」
「…………そ、それが……イヴェット妃殿下が……」

 側近が言いにくそうに口を開く。
 イヴェット様の名前が出たのでアンセルム殿下も顔色を変えた。

「イヴェットがどうした!?  何かあったのか!」
「そ、それが────……」

(イヴェット様……なにがあったのかしら?)

 私とリシャール様も顔を見合せる。
 幸せムードのはずだったのに、一気に不穏な気配を感じた。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

この婚約破棄は、神に誓いますの

編端みどり
恋愛
隣国のスーパーウーマン、エミリー様がいきなり婚約破棄された! やばいやばい!! エミリー様の扇子がっ!! 怒らせたらこの国終わるって! なんとかお怒りを鎮めたいモブ令嬢視点でお送りします。

【完結】「王太子だった俺がドキドキする理由」

まほりろ
恋愛
眉目秀麗で文武両道の王太子は美しい平民の少女と恋に落ち、身分の差を乗り越えて結婚し幸せに暮らしました…………では終わらない物語。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

ヒロインは辞退したいと思います。

三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。 「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」 前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。 ※アルファポリスのみの公開です。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

処理中です...