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192. 思いを馳せる
しおりを挟むそんなお父様の言葉を聞いたリシャール様が呟く。
「すごいな……義父上はあれがなんの舞なのか分かるんだ?」
「ええ! お母様はお父様の前でたくさん踊ってきたようですから」
「……」
リシャール様はなるほど、と笑う。
主に求愛の舞ばかりだったそうですけど。
「私は封印されるまでは教わっていましたので分かりますけど……お兄様はさっぱりですわね」
お兄様は全く違いが分からないらしい。
「───ところで、フルール。いったいブランシュは何を考え始めたんだ?」
「お父様……」
そうよね!
皆からすると部屋にやって来たらすでにお母様が踊っていたわけだから何事かと思うのも当然だわ。
「バルなんちゃらの舞姫ブランシュについてですわ!」
「……は?」
お父様が怪訝そうな表情になる。
私は慌てて補足した。
「えっと、お母様の昔の呼び名です」
「昔の呼び名……ああ」
お父様はなんのことか理解してくれたようだけど、何故かじっと私を見る。
「どうしました?」
「いや、今……バルなんちゃらと言わなかったか? フルール。お前まさかまだ……」
「───き、気のせいですわ、お父様!」
私は堂々と胸を張って答える。
しかし、さすが私のお父様。簡単には納得してくれない。
「だが今……」
「気のせいです、空耳です、幻聴ですわ、お父様……!」
「フルール! 近い! せ、迫るな!」
とにかく国名が言えなかったことを誤魔化すためにグイグイとお父様に詰め寄ったら無理やり引き剥がされた。
「はっ! ではお父様! お母様が王弟殿下の婚約者候補筆頭だったことは本当ですの?」
「え? ああ、そうだな」
お父様があっさり肯定する。
「……つまり、お母様は王子様よりお父様を選んだということですわね!?」
「…………ま、まあ、結果としてそういうことにはなるのだろうが……フルール、お前……その目は何だ?」
お父様が少し怯えている。
だって!
王子妃にもなれたはずの立場を捨てて伯爵令息の元へ────お母様はお父様への愛を貫いたのね!?
素敵、素敵よお母様!
やっぱり恋は掴み取るものですわ!
私は勝手に両親の恋物語を想像してはしゃぎ出す。
そこでふと思い出した。
そういえば───確か、私の愛読書にも似たような話があったわ!
「旦那様、すごいですわ!」
「すごい? どうした、フルール?」
「愛を貫くお父様とお母様の話は、まるで今、私の部屋にある本棚の上から三段目の右から五番目に並んでいる本とそっくりなんですの!!」
「……え? 三段……み、右……?」
リシャール様がギョッとした目で私を見る。
「待ってくれ、フルール……なんで分かるんだ? というかまさか本の位置、覚えているのか?」
「当然ですわ! 例えば私の大好きな悪女の嘲笑うシリーズは一段目の右から三番目! そこからシリーズが始まってずらっと並んでいますわよ?」
「え……」
「旦那様?」
一瞬驚いた顔をしたリシャール様だったけどすぐに笑顔になって「うん、フルールだしね」と、自分に言い聞かせるように、よく分からない言葉を口にしていた。
その後、細かい馴れ初めは何故かお母様が照れてしまって教えてくれなかったけれど、概ね満足したので私たちは帰路につく。
そんな帰りの馬車の中でリシャール様がポツリと言った。
「よくよく考えると、僕らの両親たちや陛下、王弟殿下たちは皆、同世代になるんだなー……」
「そうですわね」
「そうやって次の世代へと話が受け継がれていく……」
「面白いですわね! 私たちの慰謝料請求の話も受け継がれていくのかしら?」
「……ふっ」
リシャール様が吹き出した。
「僕は王女殿下に捨てられた悪役令息ってところかな」
しみじみと語るリシャール様。
そして何を思ったのかクスリと笑った。
「旦那様?」
リシャール様は片手は私の手と繋いだままで、そっと反対の手で私の髪に触れる。
「僕たちの間に子どもが生まれたら……どんな子になるだろう?」
「え!」
突然の話に驚いてリシャール様の顔を見つめたらにこっと優しく微笑まれた。
国宝級の微笑みが眩しくて目が開けられない。
「男の子でも女の子でもフルールにそっくりな可愛い子がいいな……」
「───いえ! 私に似てしまっては駄目ですわ」
もちろん元気が一番! ですけど、私にばかり似てしまっては国家の大損失ですもの!
「駄目って……フルール……君はそんなに僕の顔が好きなの?」
「もちろん! 大大大好きですわ!」
私は間髪入れずに即答する。
リシャール様はくくっと笑った。
「───本当にずるい。普通なら顔だけか! 僕の顔が目的だったのか! と文句の一つでも言いたくなるところだろうに……」
「に?」
リシャール様は私をギュッと抱きしめた。
そしてしみじみと言う。
「フルールを繋ぎ止められるのだから、この顔でよかったなと改めて思っているよ」
「旦那様……」
リシャール様はもう一度ギュッと私を抱きしめた。
「私、どこにも行きませんよ?」
「いいや、フルールは目を輝かせるようなことがあると、全速力で僕をおいていく」
「……」
困った……否定出来ないわ。
どうしましょう!
「だから、隣国では僕のそばを離れないこと! いいね?」
「はい」
「美味しそうな物を見つけてもフラフラ引き寄せられていっちゃ駄目だ」
「はい」
「それから、これが一番大事だ。お酒は───……」
「それはもちろん、分かっていますわ!」
今回の結婚式は外交も兼ねているのにそんな失態は許されません。
「一にお水、二にお水、三四もお水で五もお水ですわ!」
「要するに全部水……」
リシャール様が笑う。
「僕も気をつけて目を光らせておかないと」
「ふふ」
私たちは顔を合わせて笑い合った。
「そういえば、隣国の真実の愛と婚約破棄ブームはどうなったのでしょう?」
「あー……」
私がイヴェット様にお渡しした慰謝料の相場の資料が役に立ったという話は前の手紙で聞いたけれど……
「さすがに落ち着いた頃なんじゃないかな?」
「ですわよね! いつまでも続くものではありませんわよね! それに───」
「それに?」
リシャール様が、私の顔をのぞき込む。
「不仲と思われていた殿下とイヴェット様が結婚して幸せそうな姿を国民に見せているのなら、きっと大丈夫ですわ!」
「フルール……」
「もしかすると今度は結婚ブームが起こっているかもしれませんわよ?」
私がそう言うとリシャール様が苦笑する。
「ははは、いくらなんでも……さすがにそれは国民も単純すぎるだろう?」
「いいえ、分かりませんわよ! ブームとはそういうものですから!」
そんな話をしながら私たちは屋敷に戻り、隣国への出発の準備を始めた。
(最強の公爵夫人(を目指す)フルール……外交デビューですわ!)
私は気合いを入れまくった。
そして、この時の私はすっかり忘れていた。
隣国には我が国から強制送還となった涙一つでのし上がった“魔性の女”がいたことを──……
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