王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
192 / 354

192. 思いを馳せる

しおりを挟む


 そんなお父様の言葉を聞いたリシャール様が呟く。

「すごいな……義父上はあれがなんの舞なのか分かるんだ?」
「ええ!  お母様はお父様の前でたくさん踊ってきたようですから」
「……」

 リシャール様はなるほど、と笑う。
 主に求愛の舞ばかりだったそうですけど。

「私は封印されるまでは教わっていましたので分かりますけど……お兄様はさっぱりですわね」

 お兄様は全く違いが分からないらしい。

「───ところで、フルール。いったいブランシュは何を考え始めたんだ?」
「お父様……」

 そうよね!
 皆からすると部屋にやって来たらすでにお母様が踊っていたわけだから何事かと思うのも当然だわ。

「バルなんちゃらの舞姫ブランシュについてですわ!」
「……は?」

 お父様が怪訝そうな表情になる。
 私は慌てて補足した。

「えっと、お母様の昔の呼び名です」
「昔の呼び名……ああ」

 お父様はなんのことか理解してくれたようだけど、何故かじっと私を見る。

「どうしました?」
「いや、今……バルなんちゃらと言わなかったか?  フルール。お前まさかまだ……」
「───き、気のせいですわ、お父様!」

 私は堂々と胸を張って答える。
 しかし、さすが私のお父様。簡単には納得してくれない。

「だが今……」
「気のせいです、空耳です、幻聴ですわ、お父様……!」
「フルール!  近い!  せ、迫るな!」

 とにかく国名が言えなかったことを誤魔化すためにグイグイとお父様に詰め寄ったら無理やり引き剥がされた。

「はっ!  ではお父様!  お母様が王弟殿下の婚約者候補筆頭だったことは本当ですの?」
「え?  ああ、そうだな」

 お父様があっさり肯定する。

「……つまり、お母様は王子様よりお父様を選んだということですわね!?」
「…………ま、まあ、結果としてそういうことにはなるのだろうが……フルール、お前……その目は何だ?」

 お父様が少し怯えている。
 だって!  
 王子妃にもなれたはずの立場を捨てて伯爵令息の元へ────お母様はお父様への愛を貫いたのね!?
 素敵、素敵よお母様!
 やっぱり恋は掴み取るものですわ!
 私は勝手に両親の恋物語を想像してはしゃぎ出す。

 そこでふと思い出した。
 そういえば───確か、私の愛読書にも似たような話があったわ!

「旦那様、すごいですわ!」
「すごい?  どうした、フルール?」
「愛を貫くお父様とお母様の話は、まるで今、私の部屋にある本棚の上から三段目の右から五番目に並んでいる本とそっくりなんですの!!」
「……え?  三段……み、右……?」
  
 リシャール様がギョッとした目で私を見る。

「待ってくれ、フルール……なんで分かるんだ?  というかまさか本の位置、覚えているのか?」
「当然ですわ!  例えば私の大好きな悪女の嘲笑うシリーズは一段目の右から三番目!  そこからシリーズが始まってずらっと並んでいますわよ?」
「え……」
「旦那様?」

 一瞬驚いた顔をしたリシャール様だったけどすぐに笑顔になって「うん、フルールだしね」と、自分に言い聞かせるように、よく分からない言葉を口にしていた。



 その後、細かい馴れ初めは何故かお母様が照れてしまって教えてくれなかったけれど、概ね満足したので私たちは帰路につく。
 そんな帰りの馬車の中でリシャール様がポツリと言った。

「よくよく考えると、僕らの両親たちや陛下、王弟殿下たちは皆、同世代になるんだなー……」
「そうですわね」
「そうやって次の世代へと話が受け継がれていく……」
「面白いですわね!  私たちの慰謝料請求の話も受け継がれていくのかしら?」
「……ふっ」

 リシャール様が吹き出した。

「僕は王女殿下に捨てられた悪役令息ってところかな」

 しみじみと語るリシャール様。
 そして何を思ったのかクスリと笑った。

「旦那様?」

 リシャール様は片手は私の手と繋いだままで、そっと反対の手で私の髪に触れる。

「僕たちの間に子どもが生まれたら……どんな子になるだろう?」
「え!」

 突然の話に驚いてリシャール様の顔を見つめたらにこっと優しく微笑まれた。
 国宝級の微笑みが眩しくて目が開けられない。

「男の子でも女の子でもフルールにそっくりな可愛い子がいいな……」
「───いえ!  私に似てしまっては駄目ですわ」

 もちろん元気が一番!  ですけど、私にばかり似てしまっては国家の大損失ですもの!

「駄目って……フルール……君はそんなに僕の顔が好きなの?」
「もちろん!  大大大好きですわ!」

 私は間髪入れずに即答する。
 リシャール様はくくっと笑った。

「───本当にずるい。普通なら顔だけか!  僕の顔が目的だったのか!  と文句の一つでも言いたくなるところだろうに……」
「に?」

 リシャール様は私をギュッと抱きしめた。
 そしてしみじみと言う。

「フルールを繋ぎ止められるのだから、この顔でよかったなと改めて思っているよ」
「旦那様……」

 リシャール様はもう一度ギュッと私を抱きしめた。

「私、どこにも行きませんよ?」
「いいや、フルールは目を輝かせるようなことがあると、全速力で僕をおいていく」
「……」

 困った……否定出来ないわ。
 どうしましょう!

「だから、隣国では僕のそばを離れないこと!  いいね?」
「はい」
「美味しそうな物を見つけてもフラフラ引き寄せられていっちゃ駄目だ」
「はい」
「それから、これが一番大事だ。お酒は───……」
「それはもちろん、分かっていますわ!」

 今回の結婚式は外交も兼ねているのにそんな失態は許されません。

「一にお水、二にお水、三四もお水で五もお水ですわ!」
「要するに全部水……」

 リシャール様が笑う。

「僕も気をつけて目を光らせておかないと」
「ふふ」

 私たちは顔を合わせて笑い合った。

「そういえば、隣国の真実の愛と婚約破棄ブームはどうなったのでしょう?」
「あー……」

 私がイヴェット様にお渡しした慰謝料の相場の資料が役に立ったという話は前の手紙で聞いたけれど……

「さすがに落ち着いた頃なんじゃないかな?」
「ですわよね!  いつまでも続くものではありませんわよね!  それに───」
「それに?」

 リシャール様が、私の顔をのぞき込む。

「不仲と思われていた殿下とイヴェット様が結婚して幸せそうな姿を国民に見せているのなら、きっと大丈夫ですわ!」
「フルール……」
「もしかすると今度は結婚ブームが起こっているかもしれませんわよ?」

 私がそう言うとリシャール様が苦笑する。

「ははは、いくらなんでも……さすがにそれは国民も単純すぎるだろう?」
「いいえ、分かりませんわよ!  ブームとはそういうものですから!」

 そんな話をしながら私たちは屋敷に戻り、隣国への出発の準備を始めた。

(最強の公爵夫人(を目指す)フルール……外交デビューですわ!)

 私は気合いを入れまくった。


 そして、この時の私はすっかり忘れていた。
 隣国には我が国から強制送還となった涙一つでのし上がった“魔性の女”がいたことを──……

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです

白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。 それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。 二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。 「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

姉妹の中で私だけが平凡で、親から好かれていませんでした

四季
恋愛
四姉妹の上から二番目として生まれたアルノレアは、平凡で、親から好かれていなくて……。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

処理中です...