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190. 王弟殿下の呼び出し
しおりを挟む王宮に向かうため馬車に乗り込んだ私たちは、突然の呼び出しについて考える。
「やっぱり、腕相撲力比べ大会の件かしら?」
「うーん……まあ、その可能性が一番高いだろうとは僕も思うけど」
嫌々ながら新しい国王となる王弟殿下からの呼び出しに私とリシャール様は首を傾げる。
知りたがっていたので大会の結果はすでに報告済みだ。
「王弟殿下はそんなに参加したかったの……?」
まさか、報告書を読んでいたら身体が疼いた?
それならば早急に殿下の予定を把握し、第二回の開催について考えないといけないかもしれない。
頭の中でそんなことを考えていたら、リシャール様が私の肩にもたれかかって来る。
「旦那様、どうしました?」
「……」
リシャール様がこんな風に甘えてくるのは珍しい。
(ハッ! ……これはきっと)
頭の中で名探偵フルールの推理力を働かせた結果……
“さみしい”のだわ! と結論を出した。
(昨日……元ジメ男から手紙が届いたからですわね!?)
手紙によると、辺境伯はやはりすんなり元ジメ男のことを認めてくれなかったらしく、
──ここで汗水流しながら鍛錬を続けて必ず認めてもらう!
あの頃のジメジメした彼からは考えられないほど前向きなメッセージが添えられていた。
私はそっとリシャール様の頭を撫でる。
「旦那様……心配しなくても大丈夫ですわ」
「フルール……?」
「……もしかしたら、ムキムキになって戻ってくるかもしれませんわね」
「ムキッ? え? だ、誰が!?」
リシャール様が私の肩から頭を離す。
そして、私の顔を驚いた顔でじっと見つめる。
ふふん! どうやら名探偵フルールに心の内を当てられて驚いているようですわね!
「ちょっ……え? なんの話!? 僕はただフルールに触れ……」
「旦那様! 私には分かっていますわ! さすがにムキムキになられては人相までもが変わりすぎてショックですわよね?」
(分かるわ……私もムキムキになった元ジメ男の姿を想像しちゃったもの)
残念ながら……あの必死にリシャール様に尻尾を振っていた子犬感が消えてしまっていたわ。
あれは寂しいわよね……
「え……う、うん? 人相? だから誰の……」
「どうぞ旦那様! 今は思う存分にこの私の肩をお使い甘えて下さいませ!」
「……う、ん? とりあえず、あ、甘えていいの?」
「当然ですわ!!」
「……」
リシャール様は一瞬だけ真顔となり何かを考えたようだけど、すぐにこてっと再び私の肩にもたれかかる。
私はその様子に小さく微笑んでもう一度、その頭を優しく撫でた。
(髪の毛フワフワだわ~)
私はよく頭を撫でられるけど、自分が撫でる機会はあまりないので段々楽しくなってくる。
「……」
「……ふふ」
「……」
「……ふふふ」
「…………っ」
笑いを堪えながらワッシャワッシャとこれでもかと愛しい夫の頭を撫でていると、ついにリシャール様が痺れを切らした。
「───フルール!!」
「はい!」
ガバッと起き上がったリシャール様と私の目が合う。
私はニコッと笑った。
「───っ!」
「旦那様?」
「くっ! フルールは、いつだって強引でハチャメチャな行動するのに……すぐそうやって可愛く笑うんだ……!」
「……え?」
リシャール様はそう言ってじっと私の目を見つめると、そのまま顔を近づけて来る。
私はそっと目を閉じて温もりを待った。
「なんで僕の奥さんは毎日毎日こんなに可愛いんだろう……」
そんな言葉のすぐ後に甘い甘いキスが降って来た。
(────それを言うなら私の国宝の夫は毎日毎日とってもかっこいいわ……)
私は心の中でそう応えた。
────
「───モンタニエ公爵。それから夫人、今日はようこそ」
「本日はお招きありがとうございます」
これまで表舞台にほとんど出て来なかった王弟殿下とまともに顔を合わせるのは初めてかもしれないわ。
そんなことを思いながら挨拶を終えて顔を上げる。
すると目が合った王弟殿下は、私を見ると何故か小さく笑った気がした。
(……?)
「まずは、夫人の発案だという腕相撲大会ご苦労だった」
「ありがとうございます」
「報告を見る限り、随分と盛り上がった様子だったそうだな」
「はい! それはとても盛り上がりましたわ!」
私が満面の笑みで答える。
王弟殿下も満足そうに頷き返した。
「ただ、報告書によると、最終的には腕相撲力比べ舞い踊り大会になったとあるが……舞い踊り、とは?」
「盛り上がった結果ですわ!」
私はそう言い張る。
「舞い踊り……」
「とってもとっても大会が盛り上がった結果、陽気な方が増えただけですわ!」
「……」
更に強く強く主張する。
別に間違っていないもの!
「そ……そうか、陽気。まあ、第二回は是非とも私も呼んでくれ。そうだな、場所も王宮を提供しよう」
やっぱり参加したいらしい。
そしてとんでもない大規模になりそうな予感……!
(た、楽しそう……)
私のワクワクの血が騒ぐ。
「それに、どうやら下手にパーティーを開くよりも良い縁に出会える場らしいからな」
王弟殿下はハッハッハと笑った。
「良い縁、ですか?」
「モンタニエ公爵夫人は、今や縁結び夫人と呼ばれているだろう? 次に開催する時は参加者が増えるはずだ」
「は、い?」
最強の公爵夫人の前に、どうやら私にはまた別の名がついたらしい。
「…………本当に変な伝説を作るところはよく似ている」
「なんの話でしょう?」
王弟殿下が呟いた小さな声。
よく似ている、とは?
そんな私の疑問が伝わったのか、王弟殿下はますます笑みを深めながら言った。
「なにって……もちろん、この大会の優勝者───バルバストル国の舞姫・ブランシュのことだ」
「……え!?」
王弟殿下の発した言葉が理解出来ず、私はリシャール様の顔を見る。
目が合ったリシャール様も首を傾げていた。
「現、シャンボン伯爵夫人……ブランシュは君の母親だろう? モンタニエ公爵夫人」
「……お」
(お母様ーーーー!?)
「こうして見ていると、夫人は若い頃のブランシュとよく似ている」
「あの? ……殿下はお母様をご存知……」
そこまで言いかけて思い出す。
お母様の出身は侯爵家……王族と懇意にしていても不思議はない。
「いや、ご存知も何も……バルバストル国の舞姫・ブランシュは当時……第二王子だった私の婚約者候補筆頭だった令嬢だ」
「……婚!?」
(お母様!? その話は初めて聞きましたわよーーーー!?)
あと、その呼び名はなに!?
バルバ……無理! 噛みそう!
「だが……あの舞姫は私のことは全く眼中に無く、エヴラール……現、シャンボン伯爵……そなたの父親をひたすら追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて……いたがな」
「!」
王弟殿下が遠い目をする。
お母様がお父様を追いかけ続けた話……それは聞いた通りね、と思う。
「そんな二人の娘が、まさか王女と王子を立て続けに潰し、あの兄を玉座から引きずり下ろして私に王位を回して来るとは……」
人生とは何が起こるか分からないものだなぁ……
王弟殿下はため息を吐きながら、しみじみそう呟いた。
「あの方々の末路は自業自得ですわ。それで、本日の殿下の用事とはなんでしょうか?」
「ん? あ、ああ……そうだった、つい、昔話をしてしまったな」
(ええ! 今すぐ実家に突撃したいくらい気になる話だらけですわ!)
私の頭の中はもうお母様に話を聞きに行きたくてウズウズしている。
だから、本日呼び出された理由が早く知りたい!
「モンタニエ公爵、それから夫人を本日ここに呼んだ理由はこれだ」
そう言って王弟殿下は私たちに一通の手紙を差し出した。
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