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189. 兄と弟
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「……え? 弟と辺境伯令嬢が仲睦まじく過ごしている?」
「はい! 先ほど一度、旦那様の様子を伝えに言ったら目のゴミを取ってあげていましたわ!」
「目のゴミ?」
朝は本当に瀕死状態で全く動けなかった愛する夫のリシャール様。
今はどうにか回復した彼が不思議そうに首を傾げる。
「ええ! 身体を密着させて見つめ合っていましたし、手もニコレット様の顔に触れていましたので間違いありませんわ!」
「……間違いないの?」
「はい!」
「(フルールの中では)その距離感でも目のゴミを取っていた、で間違いないんだ……?」
「はい!!」
(愛読書でよく見たシーンですから、間違いありませんわ‼)
笑顔で大きく頷く。
すると、リシャール様がなぜか渋い表情となり、何か言いたそうに頭を抱えた。
「旦那様! やっぱりまだ調子が悪いですか?」
「……いや、大丈夫」
「本当に?」
「うん、体調は。ただ、思わぬ衝撃を喰らったから、それが……」
(思わぬ衝撃……?)
そこで私はハッと気付く。
もしかして昨夜の私、リシャール様になにか危害を加えていた!?
「すみません、私はいつものように昨夜のことは記憶になくて!」
二日連続で記憶を失くすのは初めてよ。
私が焦るとシャール様は小さく笑った。
「え? 昨夜? あ、うん。それは大丈夫。分かっている」
「……?」
「僕が言いたかったのは……フルールの恋愛思考…………うーん、ま、これはもういいかな?」
「旦那様?」
リシャール様は独り言を呟いたあと、自身で納得したのか頷いている。
(やっぱりお疲れのようね……)
昨夜、とってもいい気分で秘蔵のワインを開けて飲んだところ、二回目の追いかけっこ祭りが開催されてしまった。
しかも、今回の私はお母様直伝の舞を踊りながら邸内を走り回って逃げていたらしい。
被害については朝、ぐったりしていた様子のリシャール様が話してくれた。
いつもの走り回る様子に加え、舞が加わったことで邸内の破壊行為をすぐに予想したリシャール様は割れ物を避難させていた。
(すごいわ、その咄嗟の判断力!)
おかげで被害は最初の避難が間に合わなかった花瓶数点くらいだったらしい。
人的被害は、私を止めようと追いかけ続けたリシャール様と使用人たち。
かつてのシャンボン伯爵家での大惨事を思えばこれはかなり最小の被害だと思う。
「不思議ですわね……本能には逆らえません」
そして私は何も覚えていない。
話によると、お母様がお父様のために編み出した伝説の“求愛の舞”まで踊ったらしいのに!
(どうして覚えていないのーー!)
「本当にフルールの行動は予測不可能だよ」
「旦那様……」
「これまで僕の前でお酒を飲んだフルール。全部やることが違うんだよ」
「不思議ですわね?」
私が呑気にそう答えると、リシャール様はくくくっと笑う。
「それに、この間みたいにフルールがゾクゾクするとかで好きそうな感じで冷たく罵ってみたのに、今回は全く止まらなかったんだ」
「まあ!」
罵られたですって!? それも覚えていないわ、悔しい!
それはもったいないことをしてしまったと悔やむ。
「大会の日のフルールは多少の暴走はあったものの、脱がなかったし脱走もしなかった……この違いは何だろう? 酒の種類? いや、でもなぁ……」
リシャール様は首を捻りながらブツブツ呟く。
「あ、もしかしたらフルール、本能で感じ取っているのかな?」
「本能で?」
「そう。例えばこの場では脱いでも許される、ここなら思いっきり走り回っても大丈夫……とかね」
「……」
「もしそれを本能で嗅ぎ分けていたら、フルールって本当に凄いよね?」
リシャール様はハハハッと笑いながら言う。
私は目を瞬かせた。
「───つまり、私の大得意の野生の勘が更に冴え渡っているということですわね!?」
「う、うん……そんな感じ……かな?」
グイグイ迫りながら訊ねるとリシャール様はどもりながらも頷いてくれる。
「まあ、昨夜? はともかく───僕としてはその野生の勘はアルコール摂取する際にでも発揮して欲しい……」
最もなことを言われてしまったので私はエヘッと笑って誤魔化した。
────
「兄上。僕は、まだまだ未熟だけどニコレット様と生きていきたい!」
(も、元ジメ男ーーーー!)
元ジメ男はまっすぐ兄の顔を見つめてそう口にする。
「ま、だまだ未熟な僕が……そ、その、こんなに素敵な人を、ま、守れるのかと言えば、そ、それは不安がない、わけでも……ないけど……」
けれど、急に弱気にもなる。
(頑張って! ジメ男に戻りかけているわよーー!?)
私は必死に心の中で励ます。
「───っ! それでも、僕はこれからもっともっと心も身体も強くなってみせる!」
(言えたわーー!)
リシャール様と共に、ニコレット様と元ジメ男の元に慌てて向かった。
そこでリシャール様はまず、元ジメ男の決意を確認した。
───ドンファン辺境伯家の婿入り。お前にやれるのか? と。
そして元ジメ男は、それに精一杯答えていく。
いい感じ……顔つきが本当に男らしくなったわ!
石コロも卒業ね!
「……分かった。それなら正式にドーファン辺境伯家に申し出るとしよう」
「兄上!」
パッと顔を輝かせた元ジメ男にリシャール様は“兄”の顔で笑う。
「だけど、認められるか否かはお前しだいだぞ? 公爵家ではなくお前自身を見て判断するよう委ねるからな?」
「もちろん、分かっています!」
そんな兄弟の会話をニコレット様が嬉しそうに聞いている。
「ニコレット様?」
「ふふ、いいわ……あんなにもナヨナヨしていたのに短期間でのこの成長……ふふ、ふふふふふ……いい、やっぱり好み……」
(好みなのね? 愛、愛だわ!)
まだまだ大変だと思うけれど、幸せな予感がして頬が緩みニンマリした。
「───え? それでは婿入りと修行も兼ねてジメ………辺境伯領に行ってしまうの?」
「ジメ? 義姉上、今なんて?」
「コホンッ……なんでもないわ。本格的に身を移すと聞いたから驚いだけ……」
ちょっと元ジメ男の名前が思い出せなかったから変な言い方になったけど伝わったはず。
ニコレット様が横から説明してくれた。
「実はナタナエルから王都に戻りたいという話があったの」
「え?」
それってアニエス様の幼馴染で、私が認めたアニエス様を愛でる会の会員よね?
「彼は王族騎士団に入れるよう我が家から推薦しておいたからサミュエル様にはぜひ、領地に来てもらって彼の抜けた分、若手の最強を目指してもらおうと思っているのよ」
「!」
私はニコレット様の発言に密かに息を呑む。
(───サミュエル! そうよ、元ジメ男はそんな名前だったわ!)
そして、若手最強を目指す!?
つい最近までナヨナヨしていた元ジメ男、サミュエルにとって、なんて大きな目標なの!
私は感動した。
「…………お前はそれでいいのか?」
「はい、兄上!」
リシャール様に訊ねられて元気よく答える、元ジメ男のサミュ……なんとか。
「いつだって高みを目指す義姉上を見習って僕も……最強を目指します!」
(いい心がけよ! サミ…………)
サ……なんちゃらという名前の元ジメ男はキラキラ目を輝かせながら、私たちの前で熱く宣言した。
────
その夜。
「旦那様、寂しいですか?」
「……え?」
昼間に元ジメ男が辺境伯領に身を移す話をしてから少し元気がないような気がした。
「あいつ……弟が辺境伯領に行ってしまうことを僕が……寂しいと思って……いる?」
「ええ」
私はそっとリシャール様に寄り添う。
だって、元ジメ男が公爵家に戻って来てからのリシャール様は、昔作れなかった兄弟の時間を取り戻そうとしていたように思う。
かなり世話を焼いていたもの!
「大丈夫ですわ」
「え?」
「彼は、私が認めたお兄様大好き同盟の一員ですもの。離れていてもお兄様大好き! は変わりませんわ」
「そういうものなの?」
私はクスッと笑いながら、大きく胸を張る。
「そういうものですわ。自分が愛する人の元に嫁いで離れて暮らすようになっても……兄がお嫁さんを迎えても……お兄様大好き! が変わらない妹がここにいますわ!」
「フルール……」
「それに旦那様が呼んだなら飛んで帰って来ますわよ、きっと」
(忠犬ジメ男……ですもの)
そう口にしながら、頭の中で尻尾を振り続ける元ジメ男の姿が浮かんだ。
「…………そうだな。ありがとう、フルール」
リシャール様は国宝級の笑顔で優しく笑ってそっと私を抱きしめてくれた。
それから、数日後。
荷物をまとめた元ジメ男はニコレット様と共に辺境伯領に向かった。
弟を見送る兄のリシャール様の背中はやっぱり寂しそうだったけど、新たな門出をしっかり祝って送り出していた。
その後は穏やかな日々が流れる中、とうとうあの陛下の退位の日が正式に決定し、新たな国王陛下の即位の日も決定した。
そんな中、新たな国王陛下となる王弟殿下から私とリシャール様はなぜか呼び出しを受けることになった───
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