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185. あなたが一番

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「────フルール?  大丈夫?」

 自分の試合が終わり、手を見つめながら少しの間呆けてしまう。
 すると、リシャール様が声をかけながら私の顔を覗き込んでいた。

「はっ!  だ、旦那様!!」
「試合終わってからのフルール、じっと自分の手を見つめているからさ、大丈夫かなって」
「あ……」
「大丈夫?」

 心配そうな表情で訊ねてくるリシャール様。
 私はニンマリ笑顔を向ける。

「もちろんですわ!  さすが辺境伯領のトップクラス!  若手最強と呼ばれるだけありましたわ!」
「伯爵令嬢と戦っていた時もそうだけど、あの彼、直前までニコニコしていたのに突然雰囲気が変わるよね」
「そうなのです!」

 あの彼、ことナタナエル様。
 彼は私が勝負に出た途端、この時を待っていたと言わんばかりに動いて──
 結果、私はあっさりナタナエル様に敗北した。

 そうして最終決戦に挑むことになった彼は今、顔を真っ赤にした元気いっぱいの大親友に詰め寄られている。

(もうニコニコ顔に戻っているわ)

 私が力を込めて勝負を仕掛けた瞬間、あんなにもピリッとした張り詰めた空気になったというのに。 

(あっ……と思った時には自分の手が沈んでいた)

「フルール、逆に興奮しているね。落ち込んでいるのかと思ったけど」
「私が落ち込む?  まさか!」

 私はますます笑みを深める。

「むしろ、あんなにもアニエス様のことで心が通じ合い分かり合える同士で、最強だとか……また拳を交える機会を想像して今はワクワクしかありませんわ!」

 次は負けない!  と、私は意気込む。

「……!  フルールは本当にブレないな……」

 リシャール様が私の頭を撫でながら苦笑した。

「でも、あそこまで意気投合するのは…………うん、ちょっとずるいな」
「ずるい?」

 私はリシャール様の顔をじっと見つめる。
 あまり見たことのない表情だった……
 もしかして!
 私はハッと気付く。

(旦那様も仲間に入りたい……?)

 それなら、いつでも大歓迎なのに!
 そんなことを考えていたら、リシャール様が戦いを終えたばかりの私の右手を取る。
 そして、労わるように優しく両手で包んでくれた。

「僕はフルール(の思考)についていくのにいつでも必死だからさ」
「……旦那様」

 私は反対の手を伸ばしてリシャール様の頬をツンッと突っつく。

「フルール?」

 きょとんとした顔のリシャール様と目が合ったので、ニッコリ笑った。

「……旦那様あなたが一番ですわ」
「え!」
「いいえ、リシャール様。あなたしかいませんわ」

 こんなにも私を理解してくれて尊重してくれて愛してくれる最高の旦那様。
 昔は私の一番はお兄様だった。
 でも今は……
 お兄様はお兄様で特別な位置にいるけれど、リシャール様以上に素敵な人を私は知らないわ。

「フルール……」
「ナタナエル様は言うならば…………“アニエス様を愛でる会”の会員メンバーといったところですわね」
「愛でる会……また、伯爵令嬢が聞いたら泣いちゃいそうな発言を……」
「ふふ、嬉し泣きする姿が目に浮かびますわ。ちなみに会長は大親友の私ですわよ!  たとえ幼馴染であっても譲りません」

 リシャール様とそんな話をしていた時だった。

「───フルール」

 後ろから声をかけられた。
 振り返るとそこに居たのはお母様。 

「お母様?」
「お疲れ様、フルール。残念だったわね?」
「いえ、大丈夫ですわ。まだまだ私が未熟だと分かっただけです!  この先も鍛錬を重ねてまいりますわ」
「そう……」

 お母様は相変わらずね、と笑う。

「ふふ、というわけで、この休憩が終わったら決戦の相手は辺境伯領の騎士と……あの告白坊やね?」
「こ……」

(告白坊や……)

 お母様ふふっと、笑いながらそう言った。
 もう、お母様ったら!   
 告白坊やは確かにその通りだけど、元ジメ男の彼には立派な名前が……名前…………なまえ。

(……えっと…………あれ?)

「……」

 反論しようとした私は黙り込んだ後、チラッと視線を向ける。
 顔でも見たら名前を思い出せるのではないかしら?  そう思って。 

 元ジメ男は最終決戦を前にガチガチに緊張しているのか、必死の形相でニコレット様のアドバイスに耳を傾けている。

(この試合で結果を残せば、辺境伯様への説得もしやすくなるものね)

 ニコレット様の為にもっともっと漢を見せてちょうだい!  
 ───……元ジメ男!
 名前を思い出すことを早々に諦めた私は心の中で義弟にエールを送った。

「あの告白坊や……我が家に父親と乗り込んで来た時とは、随分と顔付きも変わったわね?」
「ええ、お母様。そうですわね。あの時はかなりウジウジ、ジメジメしていましたから……」
「その節は弟がすみません」

 リシャール様が謝るとお母様はいいのよ、と首を横に振った。

「誰が相手でも私が勝てばいいだけなのだから、ね。オリアンヌさんにも言ったけれど、若い人には負けられないわ」
「お母様……」

 お母様はバサッと髪をかきあげながら言った。

「見ていなさい、フルール」
「はい?」
「あなたが見たがっていた勝利の舞──優勝Ver. をこの場で披露してみせるわよ」
「!」

 お母様のその言葉に私はカッと目を見開く。
 それは子どもの頃から話を聞くだけ聞かされたけれど、一度も見せてもらったことがない幻の舞。
 だって、普通に生きていて見るきっかけなどなかなかないもの。

(見たい!  絶対に見たいわ!!)

「あら、目がキラキラに……ふっ、さすが私の娘。食い付いたわね?  楽しみにしていなさいな。なにより、私も旦那様に勝利の舞を披露したいですからね、ふふ」
「はい!」

 私が満面の笑みで頷くと、お母様は満足そうににっこり微笑んでお父様の元に戻って行った。

「義母上の今のって……もしかして負けちゃったフルールの様子を心配して声をかけに来たのかな?」
「……だと思いますわ。お母様は怒らせると怖いですけど、そういう人ですもの」

 リシャール様の言葉に頷きながらお母様の背中を見つめていたら、リシャール様がポンポンと私の頭を撫でた。
 顔を上げると国宝級の笑みを浮かべているリシャール様と目が合う。

「本当にシャンボン伯爵家の人たちは皆、いい人たちだよね」
「旦那様……」
「改めて拾ってもらえたことに感謝しているよ」
「───ふふ、あれは……もう運命ですわ!」

 “真実の愛”に目覚めた婚約者に捨てられた者同士だった私たちの出会い───
 あの日から色々あったわね、と改めて思った。



 そうして、それぞれの思いを胸に最終決戦が始まる。
 総当たり戦となる最終決戦。  
 栄えある優勝は誰の手に?


 結果、この腕相撲力比べ大会の白熱した戦いを制したのは────……

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