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182. 彼(義弟)の名は
しおりを挟む「───サミュエル……様」
「え! し、師匠!?」
「……」
「いいいいいい今! ぼ、僕の名を!?」
ニコレット様から名前を呼ばれたことに驚いたジメ男が動揺している。
そんなニコレット様は少し不満そうな顔でジメ男に言った。
「私、確かにあなたの師匠……だけど、師匠じゃないです」
「……!」
その言葉にジメ男がハッとして更に赤くなる。
「~~っっ! そ、そんな目で……見な……くっ!」
ニコレット様にじっと見つめられて、さらに動揺するジメ男。
何度も息を吐いては吸ってを繰り返し、ようやく口にした。
ニコレット様の目をしっかり見て口を開く。
「ニ…………ニコレット嬢」
「────はい!」
「~~っっ!」
全身真っ赤になりながら、ようやく口にしてくれたその名前にニコレット様は嬉しそうに微笑んだ。
ジメ男はそんなニコレット様の笑顔を見て悶えていた。
一方の私はそんな二人の様子をニコニコ顔で見守っていた。
(……そっか、ジメ男の名前って────……うん)
過去に何度か聞いたはずの彼の名はいつも印象に残らず、すっかり思い出せなくなってしまい、私の中ではジメ男で定着していたけれど───
(もう、ジメ男は卒業ね……)
ジメジメジメジメ……ジメ男……影が薄くて目立たず、兄好きを拗らせて馬鹿なことをやらかしてはウジウジしていたというのに。
試合だけでなく、きちんとニコレット様と向き合ってしっかり漢を見せて来た。
(えっと、彼の名は……サ……)
私がジメ男の卒業に感動し名前を覚えようと反芻しようとしていたら、横からリシャール様が声をかけて来た。
「フルール? さっきからずっと弟のことばかり見つめているけど、どうかしたの?」
「え? あ、卒業式をしておりましたの」
「そ……」
私の返答に、リシャール様が笑顔のまま一瞬固まった。
そして目を瞬かせる。
「えっと、そ、卒業式……? それはフルールの脳内で?」
「そうです! 無事に卒業しましたわ。とても感動でしてよ!」
「か、感動」
私は満面の笑みで伝える。
「…………そ、そうか。それは良かった、ね?」
「はい!」
リシャール様の言葉に私は大きく頷いた。
「………………うん、ダメだその可愛い笑顔を見ても何の話か分からない! ……フルール! なんの卒……」
「───と、いうわけで全員勝負がついたので、次は勝ち残った人たちで優勝者を決める戦いに入りますわ!」
「え? あ、フル……」
「旦那様、見ていてくださいませ! 最強の公爵夫人を目指す身として必ずや……勝ってみせますわ!!」
私はメラメラしながら更なる闘志を燃やしていく。
「お母様の強さも未知数……オリアンヌお姉様は言うまでもない……」
「フ、フルール……あのさ、卒業って……」
「特に……私の大親友を瞬殺した辺境伯の騎士様は侮れませんわ!」
やはり最強を目指す者としては、いくら彼がアニエス様ととっても仲良しでも当たったら絶対に負けませんわ!!
「……フルール」
「───そして、愛を手に入れた男! ……あちらも厄介です」
「……フ」
「愛とは時にとんでもないパワーを発揮しますのよ! ね? 旦那様!!」
「…………ソウダネ」
「?」
(何かカタコト……?)
リシャール様は表情がどこか寂しそうだったけれど、優しく私の頭を撫でてくれた。
───と、いうわけで。
腕相撲力比べ大会、無事に最後の五人が決定。
お母様、オリアンヌお姉様、私、辺境伯の騎士のナタナエル様、そして───サ……サミュ…………元ジメ男!
この五人よ!!
(まさか、ニコレット様がいない戦いになるなんて思わなかったわ)
これには誰もが驚いたことだろう。
何が起こるか分からないからこそ勝負は面白い。
「本来はこの段階で総当たり戦にしたいところですけど、残念ながら私たちはここまで激戦を戦い抜いて来ましたわ……」
私がそう説明する。
厳密に言うと、中には激戦とは遠いところにいた人も混じっている。
けれど、試合数をこなしていることに違いはない。
と、いうわけで残りの五名の対戦もクジで組み合わせを決めることにした。
最後の三戦は総当たり戦とする。
「ですので…………クジ運も勝負のうちですわ!」
───そうして、クジの結果……
「あら!」
「まあ!」
お母様とオリアンヌお姉様の嫁姑対決!
「へぇ……」
「あ!」
辺境伯の騎士、ナタナエル様と私によるアニエス様の大親友対決!
サ……元ジメ男こと愛を手に入れた男はクジ運に勝ったので、最後の総当たり戦の勝負を残すのみとなった。
────
「旦那様、私……アニエス様の大親友として、次の戦いは絶対に負けられませんわ!」
残った五人の試合の開始前に一旦休憩時間を儲けることにした。
私はリシャール様とバルコニーに出て涼んでいる。
「フルール、楽しい?」
「はい! とっても楽しいですわ!」
私が元気いっぱいの笑顔で答えると、リシャール様も優しく笑ってくれた。
そして、バルコニーから部屋の中を指さした。
「ここから見える皆の顔も楽しそうだよ」
「……」
「参加者も観戦者も、みんな笑顔。早々に敗退した者からはぜひ、リベンジしたいなんて声も出ている」
「そうなると……次は王弟殿下…………その頃は陛下かしら? も参戦するかもしれませんわよ?」
「……」
想像するだけでも、すごい試合になりそう。
リシャール様もそう思ったのか私たちは顔を見合せて笑う。
「本当にフルールらしい斬新な催しだよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「……フルール」
「?」
リシャール様がそっと私を抱き寄せる。
そして、軽く額にキスを落とした。
「旦那様……?」
「最強の公爵夫人を目指す君に勝利がありますように」
「……」
リシャール様が私の大好きな国宝級の笑顔を見せてそう口にする。
その瞬間、私の胸がキュンとなった。
嬉しくて私からもギュッとリシャール様に抱きついたあと、ニンマリと笑う。
「───当然ですわ!」
「うん」
「だって、男も女も関係ない! 強い者が勝つ! ですもの」
リシャール様も声を立てて笑う。
「ははは、僕の奥さんは強いからね」
「──ええ。だって、私は国宝の妻ですから!」
「……フルール」
リシャール様は微笑みながらもう一度、優しく私の額にキスを落とした。
この時、主催者の公爵夫妻はもちろん、他にも会場内のあちこちで甘い雰囲気が広がっていったという。
そんな甘い空気が消えない中、優勝者を決めるための対決が開始された。
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