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181. それぞれの戦い ~恋の行方②~
しおりを挟む「……え? モンタニエ弟……」
「っっ!」
まさかのジメ男の大告白に誰もが驚いた。
そして同時に……
ダーンッ!
「……えっ!」
「あっ!?」
「……」
「……」
突然の告白に驚いて力が抜けたニコレット様、反対に大きな力を入れていたジメ男。
その結果、ニコレット様の手が沈んでいた。
この展開に呆然とするニコレット様。
同じく最初は呆然としていたジメ男もハッと我に返ると真っ青になっていく。
「……」
「っっ! し、師匠……ここここれは! ち、違っ……」
ジメ男、真っ青な顔のまま慌て出す。
口からは弁解の言葉。
そんなジメ男の様子にニコレット様がキッと睨んだ。
「……違う? それは“私のことを好き”だと言ってくれたことが違う、と?」
「違います! 僕は本当にあなたのことが好きです! …………ち、違うのは……こ、この試合の結果……で」
「……」
「僕は、か、勝ちたくて卑怯な手を使ったわけじゃ……なく、て」
ジメ男は必死になって訴える。
動揺もあるからか全体的な発言はしどろもどろになっているのに、
“ニコレット様が好き”
この部分だけはキッパリ躊躇わずに口にしていた。
「…………やっぱり暴走した」
「旦那様?」
隣にいるリシャール様が小さな声で呟く。
「まさか、その場の勢いで告白までするとは」
「ええ。しかも、勢いとどさくさでニコレット様を倒してしまいましたわ」
大告白と試合の結果──
見守っている私たちもどちらに驚いたらいいのか分からなかった。
「……師匠! こ、この試合は……」
「無効になんてしませんよ?」
「え?」
ニコレット様の言葉にジメ男が目を丸くする。
「だって、モンタニエ弟は、わ、私のこと好き……なんでしょう?」
「好きです!」
「師匠として?」
「女性として好きです!!」
青かったはずの顔を今度は真っ赤にして答えるジメ男。
(ジメ男……相変わらず顔色の変化が器用だわ)
私がそんなことを考えながら、ぼんやり二人を見つめているとニコレット様は言った。
「───それなら、この試合の結果は私の心にたるみがあった証拠……だから、無効にはしません」
「師匠……?」
「あなたは私に勝ちたくて嘘をついたわけではないのでしょう?」
「もちろんです! ぼ、僕は……」
しどろもどろのジメ男に向かって、ニコレット様は微笑む。
「───ありがとう」
「……え?」
ニコレット様のその言葉にジメ男が期待の目で顔を上げる。
「これまで私は自分をたくさん鍛えてきたつもりだったわ」
「……はい」
ニコレット様が真剣な表情で語り出したので、ジメ男も神妙な顔で頷く。
「でも、いくら愛の告白でも試合中の言葉一つでこんなに動揺してしまって敗北するとは……私もまだまだということなのね……」
「え?」
「身体だけでなく、心も鍛えなくては……と学んだわ。だから、ありがとう」
「は、はい! 僕なんかかがお役に立てて光栄です!!」
ジメ男はビシッと背筋を伸ばしてそう答えた。
(なるほど……)
私はニコレット様のその言葉を聞いて、身体以外に心を鍛えることも必要なのかと考える。
(よく考えたら、リシャール様との試合中……私も胸がときめいては心がぐらついたわ)
つまり!
戦いの最中にどんな事があっても、動揺しない鋼のような心作りが大事!
私はリシャール様の手を取ってギュッと握る。
「フルール?」
「旦那様!」
「どうかした? あ、フルール。なんかさ、辺境伯令嬢と弟の会話の雲行きがロマンスから遠ざかっ……」
「───今夜はその美しい顔で微笑みながら、たくさん私を罵ってくださいませ!」
「!?」
ブハッとリシャール様が吹き出した。
「微笑みながら!? な、なんで!? 待ってくれ! フルールまでどうしたんだ!?」
「もちろん、鍛えるためですわ」
「な、何を!?」
私は、ふふん! と胸を張り笑顔で答える。
「心です。どんなことが起きても動じない鋼の心を手に入れる為ですわ!!」
「フルール!?」
「身体だけではなく心も鍛えるべき───今のニコレット様の言葉に……私は大変共感しましたの」
「フ、フルールまで……」
いつだって私がドキドキするのも胸がキュンとするのもリシャール様だけだもの。
つまり特訓相手はリシャール様! あなた以外、考えられないわ!
「フルール……いや、あっちの二人もなんだけど……今はさ、こう愛の告白の行方はどうなるの? そんなドキドキの瞬間、なんじゃないのかな?」
「え?」
「それなのに、フルールだけじゃなく、肝心のあの二人からも……甘いロマンスの空気が消え去っているんだけど!?」
「……」
そう言われてジメ男とニコレット様に視線を戻す。
「旦那様。でも、二人は見つめ合っていますわ?」
「うん、確かに見た感じはそうなんだけど! 空気、空気!」
「空気?」
そう言われてもう一度、ジメ男もニコレット様の方を見る。
そして私はハッと気付く。
「空気がメラメラしていますわ!」
「う、うん、だからね? せっかくのロマンスが吹き飛んでしまっているように見えるんだよ」
「ロマンス…………あ、告白!」
「あっ! て、フルール……」
リシャール様がじとっとした目で私を見る。
私はえへへ、と笑って誤魔化す。
(なんてこと……もう私の頭から愛の告白やらなんちゃらは綺麗に吹き飛んでいたわ)
ようやくここで私はジメ男の一世一代の愛の告白を思い出した。
そう言われてから二人を見ると確かに、ニコレット様とジメ男の空気は師匠と弟子に戻っているようにも見えた。
「……だから、モンタニエ弟」
「は、はい」
「これからも……私のそばにいて欲しい」
「はい!」
ニコレット様の言葉に忠犬のような返事をするジメ男。
(……ああ!)
確かに言葉だけを聞くと甘い言葉のようなのに……
「旦那様……ジメ男の言葉の返し方が弟子としてのものに聞こえますわ!」
「……だろう? だから皆も色んな意味で戸惑っているよ……」
確かに。
皆、これはいったい……? そんな顔をして二人の行く末を見守っている。
(ジメ男ーーーー!)
「───そ、それから!」
「はい!」
「…………い」
「え?」
ニコレット様の声が珍しくボソボソとしていたのでよく聞こえなかった。
皆が首を傾げる中、ニコレット様は今度はハッキリとした口調で言った。
「ち、父と会って欲しい!」
「……え? 師匠のですか?」
きょとんとしているジメ男。
その言葉に皆がハッとしたのに本人だけが気付いていない。
ニコレット様は頬を赤くしながらもジメ男の顔を真っ直ぐ見る。
「……言ったでしょう! 私が連れ帰る、む、婿候補の話です!」
「む、婿……え? それって…………」
ようやく言葉の意味を理解したジメ男の顔も赤くなっていく。
「ですから! ……一緒に来てくれますか? モンタニエ弟────いえ……」
「え……?」
「───」
ニコレット様は真っ赤な顔で固まったままのジメ男に顔を近付けると、耳元で小さく囁いた。
そう。私がこれまで、ずーーーーっと思い出せずにいた彼の名前を。
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